[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―25 蕎麦
名誉は挽回しなければならない、
汚名は返上しなければならない。
だから食べ損なった蕎麦は食べなければならない。
それがこの狂った世の中でサラリーマンという弱者が生き延びる為の数少ないルールの一つだ。
だから前回の屈辱をはらす為に都合よく組まれた己斐での現場を苦戦しながらも終わらせ、再び広電西広島・己斐駅前を目指す。
開店時間には間に合わないが12時前には店に入れそうだ。
小走りで信号を渡り、店の方へ視線を向けると僅かだが行列が見える。
嫌な予感を振り払うように足を早める。
近づいて見ると、前回食べたいか焼きの店の前に人の列が出来ていた。
そういうば朝の情報番組で取り上げられてたのを思い出す。
メディアの力は偉大であり、恐ろしい。
軽く安堵しながら店内に入り、鴨南蛮を頼む。
冬と言えば鴨南蛮なのだが実は鴨自体は美味いと思うが冬の味覚で言えば牡蠣や穴子、鮟鱇やフグの方が好きなんで決して鴨だけ食べることはない。
しかも麺類でいえば蕎麦よりうどん、ラーメン、パスタの方が好きなのだ。
偉そうに食べ物の文句をいつも言っているが蕎麦の香りや繊細な味わい、美味さがイマイチわからない。
実は味覚音痴なのだ。
なのに鴨と蕎麦が組み合わさった瞬間、食べずにいられなくなる。
そう、冬と言えば鴨南蛮なのだ。
とは言え蕎麦が茹で上がる間、店の日本酒のリストや抜きだけのメニューを眺めてるとそれだけで飲みたくなる。
暴走したくなる、頼みたくなる。
鴨や湯葉で日本酒を死にそうなくらい呑みたい。
人生終わらせてもいいから日本酒でつつきたい。
この店の日本酒が地元広島の僕好みの酒なら間違いなく、この瞬間に人生を間違うだろう。
しかし我慢の限界を見計らうように鴨南蛮が届き、救われた。
熱々の鴨南蛮を目の前にしてすぐに食べないなんて愚か者だ。
右手にはし、左手に携帯を持ち食べながら写メを撮ろうとする。
が、自らの愚かしい失敗に気付く。
座る位置が逆光のために写メが上手く撮れない。
座り直せばよいのだが写メごときが食欲に勝てる訳もなくそのまま撮影。
蕎麦を啜る、汁を啜る。
写メではしょせんこの美味さは伝わらないし、しょせん自己満足と薄い義務感。
寒さで震えた身体が暖かい旨さに包まれ、ほぐされていく。
単純に美味い、鴨の脂とか麺の旨さとかよくわからないが美味い。
一年ぶりの感動に思わず震える。
腰のある喉ごしのよい蕎麦を喰らうと、この瞬間だけはラーメン好きを蕎麦好きに変えてしまう。
肉厚な鴨肉をはしでつまむと喜びでだらし無く、へらへら笑ってしまう。
噛み締めると期待にそぐわない濃厚なうま味と歯ごたえ。
分厚い弾力ある肉は昂揚感を高めてなんだか身体に火が灯るような気がする。
しかもまだ二切れある。
まだ鴨肉が残る口内へ蕎麦を啜る、啜る。
汁を啜り、また鴨肉をほうばる。
焙られた白葱を合間にかじると中身が飛び出し火傷する。
火傷しようが構わずまた蕎麦を喰らう。
そして我慢してた丸、団子に手を伸ばす。
もったいないのでかわいく少しだけかじると思いのほか軟らかく、
でも挽き肉の歯ごたえが心地よくユックリばらけて口の中に旨さが広がる。
これだけをドンブリいっぱい食べたいな~。
鴨南蛮、なんて素敵な食べ物なんだろう。
名残は惜しいが熱々のまま、食べ終わりたいし、でも終わりたくない。
そんな葛藤に溺れながら今日もまた、終わった。
食べ終わったのは残念だが、冬はまだ終わっていない。
またこの近くで現場があったらまた来よう。
というか用事を作ろう。
短い冬の間、僕はにわか蕎麦好きになるのだから。