今月の写真
毎年、我が家の庭に沢山やってくる。
暗くて涼しい所をパタパタと飛ぶ。
(2006.7.7撮影)
永遠なるものを求めて
永遠に努力する人を菩薩という
―高田好胤
八月になると、生前、薬師寺の管長だった高田好胤さんの冒頭の説法を思い出す。
六日の原爆忌、十五日の敗戦忌―。日本人には、歴史的な悲しい月。仏教では「祥月」といい、死者が死んだ月にあたる。言わば『日本の死んだ月』だともいえる。
そして、私たちは、世界に原爆の悲惨さと戦争のおろかさを訴え、「世界平和」を希求し願った。人類最初の原爆被爆を体験した広島では、原爆慰霊碑には「過ちは繰り返しませぬから…」とまで碑文に刻まれている。
しかし、あれから六十一年。地球上ではいまなお思想、宗教などの対立から争いが絶えない。また核拡散の危機から地球破滅、人類滅亡につながりかねない危惧も―。それだけに「ノーモア・戦争」「ノーモア・ヒロシマ」は、人類の永遠のテーマでもある。
過日、私は『原爆の語り部』の友人に、高田好胤さんの言葉を伝えた。
「あなたの弛まない活動ぶりは、まさに菩薩です。平和の菩薩です。敬服します」
この人は、少年飛行兵出身。戦後、労働運動の活動をへて、反核、反戦を訴え、正月には『被爆者供養』のため、平和公園での慰霊碑に裸足行脚を。これまでにもハワイ、ワシントン、クウェートまで出かけて平和を訴えた実践家である。
五月、八月に修学旅行をかねて平和学習にやってくる東京の女子中学生を対象に話す私の『原爆の語り部』とは違う、本格的なボランティアである。
私は考えた。昭和ヒト桁生まれ、被爆当時は、中学三年生。原爆で父親を失い、私自身、入市被爆者。戦時下での体験をした一人として同じ世代の人たちと手をつなぎ、戦争を知らない若者たちに、思想、宗教を越えて戦争の悲劇と平和の大切さを訴える『平和の語り部』としての輪を広げたい。それが私たちの残された責務だと。
平和は人類の永遠のテーマ。高田好胤さんの説いた言葉を改めて学び、広島から多くの『平和の菩薩』の誕生を。広島市基町の一角、銀色の平和観音像が炎暑のなか輝いている。
(風彦)
「学びて時に之を習う、また愉しからずや」
先日私も受講したセミナーの最終講で、ある受講生が「受講を終わって」と題して発表されるのを聞いた。その中で出てきた言葉がこれである。論語の中の一節である。
「学」は学問する。その内容は、詩(『詩経』・書(『書経』など)の古典を学び、礼(儀式・行事や日常生活での礼儀作法)・楽(音楽)を勉強すること。「習」は繰り返し練習する。復習・練習・習熟の習。「おそわる」ではない。
「学習」ということばは、前の「学」とこの「習」を合わせてできたもの。
意味は、「学問をして(その学んだことを)常に反復練習する。(そうすると理解が深まって身についてくる)なんとうれしいことではないか」というもの。
その方のお話は、
いろいろな講演会やセミナーを受講してたくさんの良いお話を聞く。しかし、聞いただけでは、なるほどと思っても胸にストンと落ちてこない。良い言葉を聞いた後、これは大事と思うと、大きく紙に書き、天井に張り、寝るときいつも見るようにしている。そうするとある時、何かのきっかけで、その言葉が自分の言葉として胸にストンと落ちてくる。そのきっかけは、反復練習の中で生まれる。例えば『聴く』事が大事と学び、それを家庭や職場で練習しようとする。すると人の話をしっかり聴こうとして聴けない、自分が言いたい事はひとまず置いといて人の話を聴くということの難しさ、何とか聴こうと練習をつんでいく中で、ある時、『あぁ 聴くということは、こういうことだったのか』と、ストンと胸に落ちる。この『胸にストンと落ちる』状態になる事が、『また愉しからずや』では、という趣旨だった。
ただ知識として知っている事は多い。しかし、本当に自分のものになっているかと言えば、自分のものになっているものは少ない。学んだことを反復練習する中で、少しはましな人間になっていけるのではと、その方のお話を聞いていて思った。その方は私学の高校を経営されているが、本当に謙虚で真面目な人柄で、生徒さん達もきっとその理事長さんの人柄に習う人に育つに違いないと確信させられた。
A:
広島県の介護保険事業所や介護保険施設への定期監査で、改善指導をされた事業所・施設が約92%に及んだと、7月20日付けの中国新聞に載りました。余りに高い率なので驚かれた方も多いのではないでしょうか。しかも4年連続で90%以上という高率で推移しているため、県は指導態勢を強化してくる構えだそうです。
県内の事業所・施設のうち約2割にあたる756施設を監査し、うち695施設に厚生労働省令の基準を満たさない何らかの不備があったそうです。
居宅サービス事業所では、重要事項説明書の記載不備が最も多く、特に利用者に説明すべき苦情処理や事故発生時の対応についての記載がされていないケース、又、職員の勤務体制(兼務の場合特に)の記載不備が目立ったということです。
居宅介護支援事業所では、ケアマネージャーの利用者さんに対するケアプランの説明や同意が不十分と指摘され、利用者の方の同意書が残っていない事例が多かったそうです。
そのように毎年監査が行われるにもかかわらず、書類の不備が高率で推移する背景には、スタッフの人員が少なく事務全般に手が回らない、制度改正のたびにチェック項目が増えてそれに事業所が追いついていけない。という事情があります。
弊社は介護事業所で使われる帳票を作成していて、同意書やケアプラン用の帳票など次々に作り販売して参りましたが、重要事項説明書については作っていませんでしたので、早急に作るよう準備をすすめているところです。又、介護予防も始まり、さまざまなマニュアルも必要になってきています。事業所の皆様が本来の仕事に力を注ぐ事が出来ますよう、弊社としても日々研鑚を積まなくてはと肝に銘じているところです。
(2006年7月30日記)
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「写真展『揺-私がインドに惚れるわけ』byもりたひろみ」より |
ぎゃらりぃfは、7月20日から8月1日まで写真展「揺-私がインドに惚れるわけ」です。この7月下旬にインドに旅をされた森田裕美さんの作品が16点ほど展示されています。首都デリー、イスラム教の街アグラ、ヒンズー教の街ジャイプールの市井の人々の表情が、からだを包む彩色豊かなサリーのように、森田さんの視線に優しく包まれて私たちに届いてきます。 わたしも写真は好きでモノクロに魅力を感じている1人ですが、森田さんのインドカラー写真に「色」のもつ深さも感じます。写せないけど「匂い」や「音」や「息遣い」も一枚の写真から読み取れるのです。モノクロにももちろんそれを感じるから好きなのですが、カラーが「現在」のそれだとしたらモノクロは「超時間」といってもいいかもしれません。 そして、展示作業をしながら、これは私の仕事の「編集」に似ているなあと思いました。本や新聞づくりと同じなのです。だからわたしにも「やれる!」と思えたのかもしれません。この年になると、これまでやってきたことと大きく違うことはできないけど、多様になるのだと妙に納得したことでした。 |
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お問合せ先 ぎゃらりー茶房f・広島女性学研究所 広島市中区白島北町16-25 TEL 082-211-0266
広島女性学研究所 |
また香料諸島は、香辛料にとどまらず木綿・絹製品・砂糖・コーヒー・紅茶など豊かな物産を生み育み、そして交易する東南アジアの多島海であった」と謳い上げる。加えるならば、白檀・伽羅木・栴檀、紫檀・黒檀という香木や銘木、チークやラワン材という有用樹、それにゴム・バナナ・ココナッツオイル・コプラなどの物産は、すべて東南アジアの熱帯雨林という自然が生み育んだ、豊かな植生からの贈り物であった。
16世紀のポルトガル・スペイン、次いで17世紀にはオランダ・イギリス、少し遅れて19世紀にはいると、フランス、そしてスペインから奪う形でアメリカがフィリッピンにと、この地を貿易の対象としてではなく、植民地として支配することになったのである。
結局、不幸にもこの東南アジアは、インド・ビルマ・セイロンという南アジアと併せ、タイ(シャム)国を除くすべての国が欧米列強の植民地として、苦難の道を歩くことになった。また東アジアでは、日本だけが、植民地の悲哀を味わうことがなかったが、あおの大国チャイナでさえ、各地を租借地として、切り取り自由の憂き目を味わうことになった。
黄金の国ジパングとして、西欧列強の垂涎の的であった日本だけが、なぜ彼らの植民地化を免れたのか。それは言うまでもなく信長の時代、植民地化の尖兵として派遣されたカソリックの神父たちの目に、異教徒として空前絶後の高度文明を持ち、しかも信長を初め戦国武将たちの軍事力が、西欧のそれを大きく凌駕していたからに他ならない。しかも日本は、軍事面だけでなく衛生観念が高く、高い識字率を誇っていたからである。
20世紀に入って、不幸にも欧米連合軍と戦火を交えることになった日本が、開戦直後東南アジアも進攻して、有色人種として初めて(先の日露戦争に続いて)植民地支配者という白人種を見事に打ち破った。絶対的だった白人宗主国の軍隊が、脆くも敗れ去ったという事実が、その後相次ぐ植民地独立のきっかけとなったことは周知の事実である。
“「森を守れ」が森を殺す!”“伐って燃やせば「森は守れる」”という過激なタイトルのシリーズ第3弾である。その実内容は、日本の森林および林業に対する深い愛情に裏打ちされており、それを裏切り続ける日本の現状に切歯扼腕し、警鐘を鳴らし続けているいわば一種の憂国の書でもある。
本書の中で著者は、世界最大の木造建築物といわれる奈良大仏殿が、明治39年(1906年)の大修理で、屋根には鉄骨829トンが組み込まれて西欧建築手法のトラス構造を取り入れられ、イギリスから鉄骨やボルトが発注されている事実、屋根を軽くするために瓦を2万枚も減らし、葺き土もやめて番線で繋ぐ、場所によっては鉄筋コンクリートを使用するなど、われわれの知らない世界を、垣間見せてくれる。
実は著者は、この大仏殿の真実とカヴァー率67%という、世界有数の森林国家でありながら、実は82%も輸入に頼っている現状と重ね合わせてみせるのだ。ではなぜこんな不可思議な現象が起きているのだろうか。
日本はかつて、熱帯雨林を破壊すると非難されてきたが、その後アメリカ・カナダ材に移り、今ではシベリア材や北欧材が主な輸入先になっている。なぜ国産材が売れないのか、今までその理由を険しい斜面からという立地条件の悪さが価格面で外材に太刀打ちできない理由だと言い続けてきたのだが、北欧材、特にオーストリア材は日本に似た傾斜面にある樹木であるため、もはや言い逃れは出来ない状態になっている。最近では国産材の方が割安になってきたのに、なぜ建築業界からそっぽを向かれるのだろうか。
著者は森林所有者と建築業者の話し合いの現場で、建築業者から「乾燥が足りず寸法が狂っている、納期を守らない、大量にオーダーしても価格がむしろ上がる」というクレームに、なんら反論の声が上がらないことを何度も見聞きしている。
そこには需要の現状を直視しない林業界の閉塞した意識があり、この分野に一般企業の参入をかたくなに拒んできた、農林行政の後進性があった。
日本の住宅では、依然として木造建築に対する希求が強いのだが、要は日本の林業界に需要に応じる姿勢や体制がまったく欠如していることである。
そうした中で著者は、宮崎県の某林業会社が、あの中国に向けてスギ材を輸出している事実を見聞することになった。それらは太さがまちまちで、中にはごく細い枝のようなものが隙間を埋めるように混ざっていることに気付く。訊ねると、節や割れ目などを補修したり、隠したりするために役立つということであった。
現在木材の世界最大の輸入国になったといえ、安さを誇る中国に日本材が輸出できるという事実は取り組み方では瀕死の状態の日本林業を蘇生できるはずである。著者はそうしたノウハウにも紙数を割いているが、問題は官民一体でこの課題に取り組む必要が肝要であろう。この事例から著者は、それでもやり方によっては「瀕死の日本の森も再生出来る」と結んでいる。
ダフネ・デュ・モーリア 著
吉田 誠一 訳
早川書房 発行
夏なのでホラー。お決まりの選択ですが、本書はホラーといっても変化球、奇妙な味の話が集められた短編集です。
英語のタイトルをYahoo!の辞書(プログレッシブ英和中辞典)で調べてみたら、
【BREAKING POINT】(人が)耐えられる限度, 限界点, (事態が)持ちこたえられる限度, 決裂点;《工》破壊点
とのこと。なるほど、ここにおさめられた6つの短編の登場人物たちは、破局の人生に向かって落ち込もうとしている極限の状態にある人たちばかりです。20世紀前半に書かれた外国の作品ですが、今読んでも新鮮で、共感できるのは、作家の目と筆が人間の本質をついているからでしょう。
最後におさめられた「あおがい」という作品の〈自分の不幸の原因を認識できない〉主人公などは、あなたの周囲を見回してみれば、必ず一人は見つかるに違いないと言い切ることができます。いや、もしかしたらあなた自身がそうなのかもしれない。そうだとしたら、あなたは、《自分の不幸の原因を認識できない人を描いた小説の意味を認識できない》という、二重の認識障害を病んでいるわけですが…。
人間という合理的に割り切れない存在がかもし出す恐怖ワールドを描いた本書は、寝苦しい夏の夜のお供に最適な一冊です。(ますます寝苦しくなるかもしれないですが)
(哉)
【監督】萩上直子
【主演】小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ
三人の日本の女性の過去も、フィンランドにたどり着いたいきさつもほとんど示されないままの映画ですが、なぜか違和感はありません。その理由が、帰りに寄った本屋で分かりました。
『普通の暮らしを楽しむ』をテーマにした本の多いこと。そこには仕事用の靴や化粧から離れて、ナチュラルな色調でまとめられた部屋でシンプルな器に盛られた気取らない食事を楽しむような時間を薦める写真が掲載されています。実際の『普通の暮らし』はもっとごちゃごちゃした色彩で、休みだからといって仕事を忘れるはずもなく、それらは目に優しい絵本のように思えます。
この映画もそんな絵本を眺めるように見ていたので違和感がないのでした。けれど登場する人たちが皆きりっとしているので、詳しい説明は無いのに好ましい説得力があります。この映画を見た日のご飯にシャケを焼いた人は多いのではないでしょうか。うちもそうでした。
(nao)
五日市中央のとある橋を渡ってすぐにある焼肉屋さんに友人と行った。
個人的な偏った見解だが焼肉屋は四種類に分かれると思う。
一つめは王道だが「肉」を食わせる店。
肉自体の質や味で勝負する店だ。
カルビ、ロースの純王道タイプや生肉、内臓自慢型に分かれる。
次は「飯」。
ご飯を食わせる店。
大衆店に多く、サイドメニューが多いか、味の濃いタレが自慢店が多い。
続いて「酒」を呑ませる店だ。
焼肉自体が普通に食べてもビールや酒には相性抜群なのだが、この手の店は塩や肉自体の味を生かして、ただ酒が飲めるのでなく酒の味がわかるメニューが多いのだ。脂やタレは確かに美味いが酒の味を殺す事もある。
最後に「金」をくわせる店。
まあ意外とこういう店は多いので注意してください・・・
肝心のこの店のだが、ずばり酒を呑ませる店だ。
カウンターにずらり並ぶいろんな種類の焼酎、日本酒が見た目から飲み屋かと思わせる。
塩系のメニューが多いのだがタン塩は柔らかくジューシー、
塩ホルモンはプルプル揺れ、脂と旨みがとろとろ咥内で溶ける、
塩カルビも分厚く満足感が高く、味もあり美味い。
それよりも驚いたのがお勧めメニュー。
これがまためちゃめちゃ酒に合うのだ♪
その名も「テンシオ」。
ややサシの少ない肉にバターが挟んでいて塩系の味付けがされているのだがとにかくビールや酒が進む味なのだ。
見た目はあっさりだが、肉自体の味とバターが香りと旨さをプラスしてこの塩味が後を引きついつい呑んでしまう飲んでしまう。
酔っ払った勢いで店主に聞くと、この「テンシオ」は山口県と広島県に一店づつしかないとのこと。
そもそも「テンシオ」の呼び名も天然とか塩から来てると思っていたのだが実は沖縄唐手(空手)の奥義の名前だそうだ。しかもこのメニューを生みだしたのは山口で店をやられている店主さんでその世界では有名な空手の元チャンピオンなのだ。
それが何故広島にも「テンシオ」があるかというと、この店の店主がサラリーマン時代に仕事の縁で食べに行き、あまりの旨さに酒の勢いで脱サラして弟子入りしたという。
酒飲んで脱サラとはテンシオの旨さもさることながら酒飲みの好みを外さないセンスと味付けはやはり店主が酒飲み、酒好きから来ているのかもしれない。
他にも旨いメニューは多く、
脂の少ないモモ肉を塩とニンニクおろしとあえたヘルシー焼きも酒飲み友人は絶賛だったし、
タレメニューも醤油ベースでさらり、あっさりとして美味い。
焼き野菜のつけタレに胡麻油を混ぜてるのも泣かせる美味しさ。
ちょっとベタ褒め気味だが酒がこれだけ進むと気も大きくなるし本当に酒飲みは焼肉屋では途中で飽きるのだがここでは最後まで肉が食える。
ここは酒飲みならお勧めです。