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2006年09月 アーカイブ

2006年09月20日

今月の写真

  マユタテアカネ
「マユタテアカネ」(雄)
 毎年、わが家の庭に沢山やって来るが、今年は少ない。
 お盆を迎え、やっと赤くなった。
 (2006.7.13撮影)

今月の言葉(9月)

老馬の知―老馬道を知る

     ―韓非子

 

 九月は敬老の月でもある。一九六六年(昭和四十一年)、従来の「老人の日」を改めて、十五日を国民の祝日として制定され全国各地でお年寄りを敬い、長寿を祝う行事がある。
 高齢化社会に生きる一人としては、複雑な気になる。現在七十五歳。気分は青年であり、あるときは、まだ壮年を自負(!?)しているから。しかし、世間では、老人、年寄り扱いである。広辞苑を見ると、「老人」は「年寄り」のふた文字で解釈してあるが、新明解国語辞典の定義には「すでに若さを失った人。たくましさはなくなったが、思慮、経験に富む点で社会的に重んじられるものとされる」とある。これ!これだ!と思わず膝を打った。「思慮、経験に富む…」
 とかく高齢者、年寄りは、若者に疎んじられ、疎外される風潮である。時代の流れ、と言ってしまえば、それまで。高齢者の中にも「もう若い者に任せればいいんだ」という人もある。しかし、それでいいものだろうか?と疑念をもつ。
 冒頭の言葉は、中国春秋時代の故事。まさに言いえて妙。若い駄馬よりも老馬の知恵を評価したもの。年寄りには若者には無い知恵があることを説いている。
 「温故知新」―、ふるきをたずねてあたらしきを知る―。日曜日の民放テレビのコメンテータ、竹村健一氏が口癖のように話す。「歴史をもっと知らないといかん」とパイプの煙をくゆらせながら、キャスターたちに問題の本質のカギを指摘する。この人の評価云々は、別に私も同調することが多々ある。ことのほか、歴史認識ではそうである。
 「過去に目を閉じる者は、現在にも盲目になる」西独時代一九八五年五月八日、ドイツの敗戦記念日でのワインベッカー大統領の有名な演説。この言葉のあとに「未来の悲劇に手をかすことにもなる」とまで言った。のちに同じ敗戦国、ドイツと日本の違いとまで言われた。私は思う。年寄りは自らを卑下することなく、若い世代に語り継ぐ責務がある。
 とくに広島では原爆の悲劇を語ることもそうであるし、戦後の広島の社会、文化を構成したカープの歴史をもそれぞれの立場で語り部となり、若い世代と共生する羅針盤役に―。

(風彦)

雑感(9月)

代表取締役 田河内秀子

 例年お盆が過ぎれば、多少しのぎやすくなるのに、今年は殊のほか残暑が厳しい。身体が弱っている方にはつらい日々ではと心が痛む。看護士をしていた頃、九月に体調を崩され亡くなる方が多かったのを思い出す。暑い夏を越すのは、それだけ体力を使うのだ。
 さて、八月は我が社にとって、会社設立の月で、新しい期の経営方針を発表する月である。今期は今までやってきたことを総括し、更なる躍進を図るべく次々と新しい手を打っていかなければならない。しかし、製造業であるからには、基本を大事にして、地に足のついた経営をしていかなければと肝に命じている。
 そこで、今期は5Sを徹底しようと、全社員で確認した。今まで5Sという言葉はよく耳にしていたが、意味についてははっきり認識していなかった。最初のS「整理」は、いる物といらない物に分別し、いる物のみにすること。二番目のS「整頓」はあるべき物が在るべき位置に在るべき数だけあるようにする事。三番目のS「清掃」は汚れたら直ぐ拭き取るというように即行動すること。四番目のS「清潔」は前記の三つのSを維持すること。五番目のS「躾」はこれらのSを習慣にすることだそうだ。「整理」「整頓」をすると、仕事の能率・効率が向上し、「清掃」「清潔」を徹底すると、仕事の質が向上すると言われる。製造業でありながら今までやっていなかったのは恥ずかしいことだ。来年の今ごろは、誰にでも会社見学にきて頂けるようピカピカな会社になるよう一年をかけて取り組んでいきたい。
 我が家についてもまず「整理」をやってみた。あるわあるわいらない物が! 土曜日毎に市のリサイクルセンターに、いらない物、壊れている物、その内使うかもしれないと取ってあった物を持っていった。中には一度も手を通さなかった値札がついたままの服まで出てきた。まだ整理していない押入れが二つ残っている。台所の下もまだ整理していない。壊れたパソコン・壊れたテレビはどうしよう。庭にもいらない鉢が転がっている。「整理」だけでもう一ヶ月かかりそうだ。しかし、かなり身の回りがスッキリしてきた。
 先に逝ったあの人やあの子を偲び、五十代からは捨てる生き方をと思いながら、もう六十代に手が届く年齢になってしまった。この機会に遅ればせながら身の回りを整理していこうと思う今日この頃である。

Q:介護予防の訪問介護についての留意点は何でしょうか?

A: 

・介護予防サービスは月単位の定額報酬ですが、引越し等で月途中、事業者を変更した場合は変更した日を基準に、実際に利用した日数に関係なく日割り計算をします。

・利用回数や1回あたりのサービス提供時間は、特に標準とされたものはありません。介護予防サービス計画の目標に従い、訪問介護事業所が利用者様の状態の変化、目標の達成度などを踏まえて決め、必要に応じて変更していくものです。過少サービスになっていないか等を、介護予防支援事業者が点検します。

・一律に要支援1は週1回、要支援2は週2回というように決めるのは不適当です。利用者の状況に応じて決めます

・月途中で状況が変化して、週2回が週1回になっても、報酬区分は変更する必要はありません。著しい変化の場合は、支給区分が変更することもありえます。

・サービス提供責任者の配置基準は、介護サービスと同様(ヘルパー10人毎又はサービス提供時間月450時間ごとに1人)です。

・家族や地域の支え合いサービスが見込める場合、自立支援の観点から、出来るだけ本人が出来る事は本人が、家族や地域の支え合いや他の福祉サービスの利用が重視されます。

身近な野鳥「秋のタカブシギ」

野鳥観察の楽しみ(五十)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫

 

タカブシギ
写真はタカブシギ('04. 9.13,東広島市で撮影)〔Nikon D100, VR Nikkor  80~400mm,1:4.5~5.6D,1/320秒-f/6.3, 露出補正+1.0,レイヤー補正〕

 毎年、秋の渡りの時期、旅鳥のタカブシギは残暑きびしいうちから姿を表わし、冬寒くなるまで、次から次へとやって来て、三日から一週間でいなくなる。一集団は多くても10羽くらい、比較的分散している。
 
 珍しい鳥は大抵、このような常連(タカブシギ、ムナグロ、コチドリなど)の群れが入れ替わる時見つかる。普通に見られる鳥の観察をしっかりとしていると、珍しい鳥にも出会える可能性が高くなる。

 タカブシギは浅く水をはった水田で、忙しそうに餌を啄(つい)ばんでいることが多い。体は褐色から灰色で上面に白色の斑点がある。目の上に白い眉斑があり、クサシギとの識別のポイントとなる。

 療養中なのに声が掛かるとすぐ出かけて行っては、体調を崩したり、再入院となった。野鳥観察が出来ないのは辛いが、辛抱が肝心だ。このような時なので、返って、落ち着いて本当に身近な野鳥のお話ができる。 

(2006年8月30日記)

― 人生は50歳から  (7) ―

ひろしま女性学研究所
代表 高雄きくえ

 熱い、暑い夏でした。その広島に「ハチロクの風」が吹きました。その風を起こしたのは、8月6日のヒロシマを撮りに来た大阪・写真表現大学生7人です。22歳から40歳までの写真が好きな人々が、当研究所が呼びかけたカメラ・パフォーマンス「2006.8.6 ヒロシマ撮れたて展」に参加してくれたのです。早朝の平和公園、記念式典、さまざまな集会が繰り広げられる非日常的空間とそれでも過ぎていく日常を、これまでヒロシマについて余り考えたことはないという彼らのレンズが捉えました。私も久しぶりに平和公園に行きました。何年ぶりだろう。わたしも3本撮りました(ぎゃらりぃfで展示中)。

 

写して、現像して、展示して…。
8人のヒロシマがここにある。
(ぎゃらりぃf)


 わたしの主テーマが「家族」から「暴力」にシフトしてきた頃から、「ヒロシマ」が気になり始めました。ヒロシマは「原爆という暴力を受けた街」を表しているからです。わたしの関心は、「ドメスティック・バイオレンス(親密な関係の中に起こる暴力)」と「原爆という暴力」の間にはどんな関係があるのだろうか、そのことにあります。つまり憲法24条(両性の平等)と9条(戦争放棄)の関係ということなのですが…。またの機会に。

 

 

お問合せ先

ぎゃらりー茶房f・広島女性学研究所

広島市中区白島北町16-25

TEL 082-211-0266

Emailkazokusha@enjoy.ne.jp

広島女性学研究所
http://www.enjoy.ne.jp/~kazokusha/

性善説VS性悪説

縄文が日本を救う! (43)

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
 

 「日本の常識 世界の非常識」といわれる。この言葉は日本特有の思考、すなわち日本人の脳天気さ、絶対的な安全(あるいは平和)意識は、決して世界では通用しないのだということを言い表して妙である。

 「人を見たら泥棒と思え」という言葉がある。これはお人好しすぎる日本人に対する、一種の警告語だが、なんでも世界中で「振り込め詐欺」の被害が後を絶たないような無防備で人を信用するような国は皆無だそうで、それだけでも日本の脳天気度は空前絶後といっても、決して言い過ぎではない。

 「日本も危険になった」といいながらも、自販機が路上に並ぶ国など、日本以外にはあり得ないし、あれだけ外国人犯罪者のショベルカーによるATM被害が続発しても、新しい対策法がお目見えしたという話は聞こえてこない。

 昨今話題になっているように、外交官や海上自衛隊員が、チャイナドレスの深いスリットの奥に潜む「ハニー・トラップ」に易々と絡め取られるのも、この国のお人好し度を示している。

 このことを言い換えると、「性善説」の日本に対して、すべての他国は「性悪説」だと言うことになる。ではなぜこうした違いが生まれたか?

 外敵に隔離され、豊かな森に恵まれた環境で生まれた縄文文化は、まず定住であり、採集と漁撈という生活文化の中で、土器に代表される「森に発した匠の技」という手の文化、すなわち「工」という技能を特化させていった。「工」=物づくりにはよりよいものを造り、それを大切にするという文化に通じる。これが日本人の「性善説文化」と直接結びついているのだ。

 一方草原から発した狩猟→遊牧の民は、次第に近隣の採集→農耕の民を隷属させていくが、征服された農民の信じる多くの神々もまた、遊牧民の信じる唯一の神に征服されていった。

 種族の拡大は物資の需要を拡大し、遊牧の民は足の文化を発揮して「商」=通商という技能を特化させ発達させていった。 当初物々交換からスタートした通商には、(良くも悪くも)買い手と売り手の損得勘定が衝突するところから成り立つ。そこから必然的に「性悪説」が生まれることになった。

 旧約聖書を読み解くと、神によって土塊(つちくれ)からつくられた、始原のヒトであるアダムとイヴの時から、すでに神の言いつけに背き、罪としてエデンを追われ、額に汗する労働を科せられるという「原罪」からスタートしていることがわかる。

 その後もノアの箱船や、バベルの塔など、神とヒトの契約は破られ続ける、すなわちヒトは、生まれながら罪を犯すという、「性悪説」がその根底にあるのだ。

 ユダヤ・キリスト・イスラム教という、それぞれ根っこの同じ一神教の国は勿論、世界の殆どの国は、遊牧の民によって支配されてきた。その過程で身につけてきた「保身の術」こそ、「性悪説」に根ざした「まず疑ってかかる」「人を見たら敵と思う」という思想である。またそうしなかったら生き残れなかったのである。

 グローバルな時代、日本的美学がすんなり通用するはずがないと知るべきだが、悲しいことに、また誇るべき事に日本人は、「日本の常識こそ、本物であり、それを非常識と考える世界の人たちの発想こそ非常識だ」と思いこんでいるのだ。

 それ自体本当は正しいことなのだが、残念ながらそれが世界では通用しないことが問題なのである。なにしろ「性悪説」の「商」にさえ、「性善説」に発した倫理観である「商人道」を持ち込むほどの日本人のことだ。小泉内閣の行政改革路線の過程で、行き過ぎた金融界の動向も、遠からず落ち着いてくるだろう。

 グローバリゼーションは避けて通れない命題であり、日本人以外の人たちの考え方を学ぶ必要は不可欠である。だからといって、なにも日本人そのものが「性悪説」に染まる必要はないのだが、相手のことを十分知っていることこそが不可欠なのだ。

 いずれにしろ日本の未来も、「性善説」に発した「工」を中心に進まなければその道は絶対に開けないことを肝に銘ずるべきである。世界の人たちが、どんなことがあっても日本の製品を求める、そんな「工」の極致を極め、磨き続けていることが肝要だと知るべきである。

 間違っても、平気で偽物・まがい物を造って毫(いささか)も恥じない国の意見など、聞くべきではないし、同じ歴史認識を持つことなど、絶対にあり得ないと知るべきである。

国家の自縛

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
佐藤 優 著  産経新聞出版  定価1575円(税込)

 国家の罠がベストセラーになったことは、「逮捕された(刑事被告人になった)からワルだ」という短絡的な発想に与しない日本人がまだ多くいるという証しだと言えなくもない。

 本書は産経新聞の元モスクワ支局長斉藤勉氏の質問答える形式を取っているが、そこはお互いに理解し合った中あうんの呼吸が見事である。

 著者は斉藤氏から、ロシアが好きかどうか、それに小泉首相の悪口を言わない理由について、「自分はただロシアとは職業(外交官)として接してきただけで、日本が一番好きである。ロシア人もエリチェンやプーチン、アメリカ人もブッシュの悪口はいうが、外人から彼らの悪口を聞くと大変怒るのだ」という。それに引き替え、一国の総理の悪口を言う外国人に怒らないばかりか、むしろそれを喜ぶ日本人の存在のいかに多いことか。

 著者は「北朝鮮とのパイプ作り」についても、向こうのホテルになにもしないまま何ヶ月でも滞在し、先方からのアプローチがあれば「ただの電話番であって、忠実に国に伝えるだけに徹するし、会いたい人は金正日将軍様の日程を管理する人だけだ」という、「白旗(軍師)作戦」というユニークな案を提示する。

 またロシアとの接触にモンゴルの朝青龍の父親のルートを活用する案とか、反日デモで壊された大使館など謝罪があるまで一切修理させず、この国の理不尽さを世界中に見せつけるべきだった、その他明敏且つ大胆な発想を提示してくれる。

 本書の中で「日本の外務省には、いかに無作為の罪が多いか」を、一つ一つ事細かに指摘しているのだが、その1例として中東問題を挙げている。日本の外務省はアラビア語や中東の研究などは、主としてシリアで行い、イスラエルを無視している。多くの国はイスラエルで学んでいるのだが、軸足を中立ではだれにも信用されないという。

 著者はかつてロシアとの折衝にイスラエルを仲介にして動いたが、その際次官の許可を得ての予算や行動が、結局罪として断罪されることになった事実がある。イスラエルは日本のシンドラーこと杉浦千畝に大きな恩義を感じているので日本に好意的だが、外務省は彼の行為が越権だとして最近まで無視してきた経緯がある。

 著者はまた靖国や、新しい歴史教科書問題にも好意的なスタンスで接しており、彼なりの対応策を論じている。

 つづまるところ外務省は、有り余る著者の能力を生かすどころか、金の卵を産むトリを、むざむざ野に放ってしまったことになる。可能ならば安倍幹事長の秘密機関の長として活用して欲しいものだ。

 本書でもっとも感銘を受けたのは、チャイナでは簡体字、コリアではハングルだけにしてしまったことは、過去の歴史からの離別を意味している、という指摘である。かつて日本も同じ憂き目を見ているが、それはひょっとするとGHQの差し金だったか、コリアの場合は幼稚なナショナリズムだとして、チャイナの場合は共産党による陰謀だといえるかも知れない。 北畠親房の『神皇正統記』に傾倒する著者から見ると、外務官僚の歴史認識と国語知識の欠如は、まさに憂慮の極みに思えるはずである。

 

季刊「がんぼ」2006年第12号

 (有)南々社 発行

 「秘密基地だ。その場所にたどり着き、思ったことはそれだった」という書き出しで紹介されているのは、まさしくあそこのことではないか。
 私の勤務している会社と目と鼻の先にあり、いつも気になりながら、特別な資格がなければ入れないのではないかと、足を踏み入れることをためらっていた、あの、橋のたもとのキャンピングカー+ 粗末な小屋(失礼!)。写真と丁寧なレポートで、数年間いだいてきた疑問が一気にとけた。パスタの店らしい。常連のお客さんのことばが引用されている。
  「ここではいい料理、いい雰囲気、いい仲間に会える」
 「私も場所は教えたくない」とライターはむすぶ。さすがに電話番号は書いてあるけれど、秘密基地の住所は掲載されていない。自分で探しなさいという、粋な計らいだ。
 この小さなスペースを秘密基地の件に費やしてしまったが、この「がんぼ」は、広島人にとって見慣れた情景の美しさや日常の生活の良さを再認識させてくれる雑誌だ。かといって、いわゆるタウン誌ではなく、広島から読みごたえのある情報を発信するというスタンスの、志の高い雑誌。私の住んでいる市内に、こんな本を出版している会社があるのを知って、頼もしく思った。
 次号「がんぼ」2006年秋号(Vol.13)は、10月25日発売予定とのこと。今度はどんな「発見」をさせてもらえるだろうか。秋が楽しみだ。

http://www.galilei.ne.jp/nannansha

(哉)

 

パイレーツ・オブ・カリビアン

【監督】ゴア・ヴァービンスキー
【主演】ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ

 シリーズ第二作の本作品は、前回で語られなかったエピソードが明らかにされる続編であるとともに、新たな謎が示される第三作への壮大な予告編でもあります。愛すべき海賊、キャプテン・ジャック・スパロウを筆頭に、三人の中心人物は、くるくる変わる表情と前回を上回る激しいアクションで見る側をお腹いっぱいにしてくれました。
 主人公たちを取り巻く様々な人物や海賊船を形作る造形技術には目を見張ります。現実には存在し得ない奇妙な存在と戦う人は本当に大変。けれどそんな深海の魔物を見ていると、ここまでしなくても...とさえ思ってしまいました。主演の三人だけでなく、どの出演者も印象的な人ばかりです。その彼らをSFX漬けにするのはなんだかもったいなくて特殊効果を若干控えめにしてほしいと思ってしまいました。もちろん最初から最後まで思う存分楽しめるのだけど、次回では監督にこの贅沢なお願いを聞いていただきたいなぁ。

(nao)

 

[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―3 洋食屋さんのビーフカツレツ

 今、凄く関心のある食べ物がある。

 それは洋食屋さんのビーフカツレツだ。

 トンカツでもステーキでもメンチカツでもなくビフカツなのだ。

 もちろんトンカツもステーキもメンチカツも大好きだが、ビフカツに浪漫を見つけてしまったから仕方ないのだ。

 その一つが福島町にある有名なステーキと珈琲の店だが、洋食メニューが充実していてここのビフカツがとにかく美味い

 安くてボリュームがあるステーキが超有名なこの店はシングルステーキでも220gありトリプルは420gもあるらしい、もちろん味も美味い。


 表面はカリッとして中はジューシーでニンニクが効いた醤油ベースのソースが食欲を煽り、肉をたっぷり喰わしてくれる。

 話は脱線したが、つまり牛肉が美味い店だ。

 ビフカツもまずい訳ないと思っていたが予想以上に旨かった。

 この店ならではのボリューム感は変わらないが、ステーキとは違いマッシュルームの入ったデミグラスソースがたっぷり掛かりめちゃめちゃ美味そう。

 そのデカイ一切れを先ずはソースの掛かってない部分から口いっぱい頬張るとサクッとした熱い衣の中から柔らかい肉から旨味と肉汁が咥内を満たす。

 やばい。

 堪らず次はソースにたっぷり浸して喰らう、

 口に入れると今度はドミグラスソースが味に濃厚さを加えて咥内を喜びに震わす、

 やはりやばい、

 美味い。

 少し冷静になろうとライスを一口、ビフカツを考えるにビフカツて凄い。 カツレツのボリュームと衣の旨さ、牛肉ならではのレア感とジューシーさと柔らかさステーキを思わせるね、デミグラスソースのボリュームと旨さは肉と合間ってビーフシチュー食べてるみたい。

 いろんな美味さを味わえるのが楽しい、ボリュームも満点だしやはりビフカツ最高です。

 ちなみに女性や子供には同じくデミグラスソースがたっぷり掛かったハンバーグが柔らかくて添えられた半熟の目玉焼きと合わせてお勧めです。