今月の言葉(11月)
「世界は一冊の本」
ひとむかし前は『灯火親しむ候』といった。読書に快適な季節から『読書の秋』ともいった。活字ばなれした現在の若者には、その実感がないだろう。まんが、アニメ、映像文化の氾濫をはじめ世の中は、パソコン、インターネットなど、いわゆる『IT時代』。書物ページを操るとかページを切る、といった言葉は死語に近い。いまや『検索』の時代である。しかし、人間形成には、小さい時からの読書がいかに大切か、が論議されている。
美智子皇后陛下が「子供らの可能性を信じて」と題し、児童書評議会でスピーチされたのは、平成十四年十月二十九日(スイス・バーゼル)だった。美智子皇后様は、「国際児童図書評議会」(IBBY)創立五十周年記念大会の名誉総裁でもあったが、ご自身の少女時代の読書の思い出から読書により多くの恩恵を受けられたことを英語でスピーチされた。世界の人たちも感銘したものだ。
いまだに、当時新聞に掲載されたスピーチの全文を保存している。
冒頭の『世界は一冊の本』は、詩人、長田弘の有名な詩である。
本を読もう/もっと本を読もう/もっともっと本を読もう/書かれた文字だけが本ではない/日の光り、星の瞬き、鳥の声/川の音だって、本なのだ(中略)
本でないものはない/世界というのは開かれた本で/その本は見えない言葉で書かれている(後略)
三行ずつに十五行に書かれている。
詩の解釈をするまでもあるまい。
読書は人によってさまざまである。扇屋正蔵さんの「聞き上手・話し上手」(講談社現代新)を読んでいたら、経団連会長、当時の土光敏夫さんの読書法があった。
「私は一日に何冊かの本や雑誌に目を通す。その中の一行でもピンとくるものがあればそれをむしりとる。私の読書法はむしり読み」
といった内容だった。
私は思う。読書は人生の学校。先人たちは言った。
「読書百遍意自ずから通ずる」
― 我思う。ゆえに我あり ― (デカルト)
皆さん! 灯火親しむ季節です。
(風彦)