今月の写真
« 2006年11月 | メイン | 2007年01月 »
慈善の船を造ろう
永遠に沈まない
フレンドシップという船を
師走になると商店街、デパートではXマス商戦を煽るジングルベルのメロディがジャンジャン鳴り響き、『騒音化』する。そんな中で貧しい人、恵まれない人た
ちに『愛の手』を―と今年も「歳末助け合い運動」が広がる。地震、台風による被災地への救援募金をはじめ、交通遺児のための育英資金、目の不自由な人のた
め盲導犬を、心臓移植手術のための渡米資金カンパなどさまざまな街頭募金が登場する。国内だけでなく海外での自然災害による被災地への救援活動も活発に
なった。
一連の街頭募金運動も、その時代、時代によって変わってきた。なかでも一番印象に残ったのは、終戦直後の街頭募金。戦争によって負傷した兵士達が白衣を
まとい、義足や義手をあらわにして登場。その日の糧を求める。あまりにも痛々しい傷痍軍人の姿が、戦争による悲惨さを訴えて同情を誘ったものである。敗戦
後の貧困と疲弊した日本社会の風物詩だった。あの頃の社会事情を知る人も少なくなってきた。
当時、中学生だった私の恩師、英語の先生が説いた言葉が、今でも忘れられない。 「君たちの将来は洋々たるものだ。二度と戦争の悲劇を起こさないためにも、趣味を持ちなさい。私のいう趣味は、船を造ることだ。
あの戦艦大和やタイタニック号のような船ではない。フレンドシップという船だよ。このフレンドシップという船、友情は永遠に沈まない。お互いにそれぞれ
の立場を理解し助け合うという友情をはぐくめば、戦争という悲劇は起こらないものだ」
この言葉を私は、今でも語り継ぐことにしている。先日もある集まりで趣味の話が出た。人それぞれが、ゴルフ、くるま、旅行、俳句などが話題になったとき、私の番。
私の趣味は船を造ることだ。と言ったら一同、模型の船だと勘違いしたようだ。そこで恩師の話を一席。一同、うーん。ナルホドと。その後で私は、『自画自賛』しすぎたかと自省の常ではあるが…。
歳末助け合い運動の季節になると、年老いたあの英語の先生のことを思い出しながら私は、私なりの『貧者の一灯』を。
(風彦)
一年前から、布団を止めベットで寝ることにした。箪笥もすぐそばに置き、手を伸ばせばなんでも取れるように便利にレイアウトをした。炬燵も止めて暖を
取るのはエアコンと電気ストーブ。灯油のストーブは面倒なのでとっくに止めた。一階の和室はフローリングに変え、ソファを置いた。すべてバリアフリーの我
が家!これでいつ車椅子の生活になろうと寝たきりになろうと大丈夫なのだが、思わぬ事が起こってきた。
畳から立ち上がるという動作を一年もしなくなると、股関節と膝の関節にガタがきた。はじめはただ単に運動不足だから膝が痛いのだろうと思っていたが、股
関節まで曲がりにくくなってきて、はたと気づいた。毎日の立ったり座ったり、布団を上げたり敷いたりの動作の積み重ねはたいしたものなのだ。バリアフ
リー、バリアフリーというが、人間の身体にとっては決して良くない。不便であったり、面倒である事がかえって体のためには良いこともあるのだ。車もそう
だ。左足の方が右足より筋力で劣るのは、きっとオートマのせいだ。
ケアマネをやっていた時、ケアプランの中に住宅改修や福祉用具貸与を組み入れた事があったが、あれは本当に適切だったのだろうかと今になって思う。段差
をなくしたり、ベットを入れることはかえって身体の機能を損なう。ヘルパーさんを入れて家事をやってもらう事は、掃除や買い物、調理に使っていた身体機能
や献立を考える等という頭を使うこともしなくなる可能性がある。
厚生労働省は、不適切な介護サービスは介護度を重くする、介護予防が必要なのだとしきりに言い、四月から介護予防サービスが始まった。生活形態を変える
ことにより、わが身に明らかに身体機能低下がおこり、やっとその真意が納得できた。けっして介護保険の費用を抑制する為だけに言っているだけではなく根拠
があるから言っているのだ。
益々便利な世の中になっていく。いまさら車をミッションに変えたり、炬燵を出したりと元の生活に戻るのは困難だが、現状を認識すれば、やれることはたくさん在るだろう。
A:介護保険が始まりもう6年目ですので、いろいろな苦情が集まっているようです。
東京都の例ですが下記に記します。
(つづく)
首をのばし、大きな嘴(くちばし)をショベルカーのように使って、水面のプランクトンを濾(こ)しとっている。この長くて幅の広い嘴(くちばし)は生活に適合して進化すると言うダーウインの「進化論」を思い起こさせる。
ハシビロガモは他の鴨たちと同じようにシベリアで繁殖し、秋には本州以南に渡り越冬する。一部北海道でも繁殖している。特徴は大きな嘴(くちばし)。雄は頭、顔、首にかけて紺黒色、光線の具合では紫黒色に輝き、眼は金色。
ハシビロガモのユニークな採餌方法はここ大沢田池で、今年春、他のカモ達にも伝播し、マガモ、カルガモ、ヒドリガモの一部が、首を前に伸ばし、嘴(くちばし)を水平にして、水を濾し採っていた。餌が減るのでハシビロガモにとっては迷惑だろう。
(2006年11月29日記)
|
|
4年前、40歳になって突然歌が天から降りてきたというシンガーソングライター・新屋まりさん。広島中心だが、その後の活躍は目覚しく、CD4枚を発 売、さまざまなイベントには引っ張りだこ、2回目のソロライブもつい最近あった。東京でブティックの店長をしていた新屋さんは、お金持ちの奥様方相手の仕 事に疲れている自分を発見し、故郷の北広島町に舞い戻ったところ、歌が天から舞い降りてきたというのだ。 |
| 現在ギャラリィは、尾留川香世子作品展『Their Stories』。彼女は新屋さんより少し若いが、主婦10年後、突如絵を描きたくなり、いまは陶人形に夢中らしい。子どもを学校に送り出して帰宅まで、 そして子どもが寝静まって、土をこねる、人形を産む生活になって、5年とか。 このお2人には、表現というものの原型があるように思う。生きていく中で溜まってきた澱が、火山が突如噴火するように、自分の中から噴火して表現になっ ていくのかも。だから、そんな日は、誰にでも、50歳過ぎてもやってくる。 |
|
|
お問合せ先 ぎゃらりー茶房f・広島女性学研究所 広島市中区白島北町16-25 TEL 082-211-0266
広島女性学研究所 |
社 会システムの上層に、抽象化された文明の原理に基づく広域的なコントロールのシステム(儒教に基づく文人官僚制と、ヴェーダ聖典を根拠とするカースト制) があり、他方、社会システムの下層には、血縁的性格の強い自治的共同体(中国の宗教・家とインドの村落・大家族)があって、限られた自衛力しか持たなかっ た。 (中略) このように、抽象的な文明の原理を不動の骨格として保持しながら、具体的な生産活動は自治的小単位で実行されるという自由度の高い構造が、外か らの衝撃を吸収し、侵入民族を文明の原理にけっきょく隷属させて、大文明としてのアイデンティティを保持させたと思われる。
と西欧の文明との違いを指摘している。これは西の文明が、移動を常とする遊牧文化に農耕文化が収斂されたのに反して、逆に(チャイナと同じように)インド文明もまた農耕文化が遊牧文化を吸収し消化してきたことを示している。
イ ンドの歴史をみるとき、この国はなぜか外に覇権を求めたという例も、インドの地に発した種族でこの亜大陸を統治して、長らく王朝を維持することの例のあま りに乏しいことをみれば、そこに複雑な人種と言語・文化そして宗教を統括していくことの困難さがわかるというものだ。
インドを制圧してイスラム教王朝とし て君臨した、ムガール帝国(1526~1857)の滅亡の直接の引き金になったのが、東インド会社のインド人傭兵によるセポイの反乱(1857~59)で ある。事の発端は、インド人の(ヒンズー及びイスラムという)信仰を無視して、先込め式小銃の火薬入れに牛と豚の脂が塗ってあるという噂からである。
しかもその背景には、イギリスの経済 的圧政や強引な藩王国の合併策があり、「海を渡る」という行為がタブーだった内陸国インドに、それを無視してインド傭兵に、海を渡って出兵させるという、 無謀なイギリスの施策にあったからだといわれている。その結果インド側のイギリス人無差別殺戮と、イギリス側の報復的虐殺に発展したのである。
4500年~3700年前ころ、青銅 器文明としてインダス河流域で花開いた、世界四大文明の一つインダス文明は、世界で最も早く火焼き煉瓦の製造、ダムや用水路の建設、それに計画的都市づく りがなされたことで知られている。雨の極端に少ない地域では通常日干しレンガである。この乾燥した地でなぜ焼かれた煉瓦が用いられたのか。
この事実は、いま砂漠と荒れ地に覆われたこの地が、当時深い森に恵まれていたことを示している。ここでも「森を開いて文明が興き、森を失って文明が滅んだ」という教訓を残している。
奥中 正之 (寄稿)
「戦後 歴史の真実」「新 歴史の真実」に続く三冊目の戦後史の総括本である。前野氏の若干の思い入れを差し引く必要はあるが、まずは傾聴すべきであろう。
現在のわが国の状態はいったい何であろうかというところから始まる。国家観の喪失、領土意識の希薄、自虐的歴史観、受動的な外交、教育の退廃、倫理の崩 壊、などの現状は何に起因するのかという見地から論を進めている。現状を一言で言えば、歴史遺産を放棄した無責任社会といえよう。
これを戦後の日本国憲法と 教育基本法に起因するという。吉田茂に発する官僚出身政治家特に首相による現在の実利的政策が積み重なって次第に歪みを生じたとする。自虐的に謝罪は繰り 返すが、日本の立場を相手に分かるように説明していない。ただ繰り返すことで丁寧な説明といっても信用はされない。そこには明瞭な国家観、歴史観のないた だ場当たりのよいことを進めていることだという。最近の皇室典範改正問題、靖国参拝違憲判決など歴史の重みを考えない傲慢な考え方であるとしている。
ひところ、官僚は一流とい われたことがある。官僚がしっかりしているから政治家は三流でもかまわないといった考えである。大臣就任時に「何も分かりませんがこれから勉強します」が 平気で通っていた。何時ごろからか、官僚に国家観が希薄になり、実利を追うようになってしまった。
法案の大部分を内閣提出法 案が占めているが、ほとんどが官僚によって立案され、与野党の議員に根回しして国会を通過させているのが実態であろう。立法権の簒奪である。更に怖いのは 通達である。これは議会に諮ることも閣議にかけることもなく事務官僚が出せるのである。バブル崩壊のきっかけとなったのが、大蔵省(当時)の銀行局長の金 融機関への総量規制の通達である。このことによって生じた経済の混乱に対する責任は誰も取っていない。それどころかその局長は更に栄進していると指摘して いる。
その官僚の主流は東大出身 者である。東大出がすべて悪いわけではないが、コミュニズムに犯されたものが多いのも事実である。特に法科系の学者は日本弱体化の推進者であったといって 過言ではない。さらにはこれを推進していった偏向メディアについても触れている。自らを良識的と唱えたり、進歩的と形容したりして世論をミスリードした責 任は重い。
氏が日本再生の「起死再生策」として次の三つを上げている
一つ目は、戦後60年、マッカーサーの戦後政治による偽りの歴史観、この呪縛からの脱却 二つ目は、総理が国会で「大東亜戦争は、自存自衛の戦争だった」と宣言すること 三つ目は、総理に石原慎太郎都知事を起用すること。現実的な対応を考えれば安倍晋三を考えている。
これらの論に対しては賛否諸々であろうが、原点に返って考えてみる価値はあろう。 誰が売国奴かは本書でご確認ください。
著述編・作品編 印刷学会出版部 発行
井上嘉瑞(いのうえかずい)。明治35年(1902年)生れの彼は、自ら活版印刷機と活字を揃え、活版印刷の工房を開いた人。その人となりの紹介は、本書の「著述編」に譲るとして、ここでは、「作品編」(活版印刷物のサンプル集)に掲載されている文章を見てください。
印刷会社に勤務している者が絶対に口にしてはならないことを、これほどまでにあっけらかんと宣言されては、うらやましくてしかたないのです。
在りし日の嘉瑞が腕によりをかけて刷った印刷物をスキャニングし、最新のページレイアウトソフト『インデザイン』で組み版された本書は、活版印刷の持つ味・雰囲気を再確認させてくれます。
(哉)
【監督】ピーター・チャン
【主演】金城 武 ジョウ・シュン チ・ジニ
彼女が忘れようとした過去は、彼が取り戻したいと願う過去。二人の間に流れた別々の時間を繋ぎ合わせるのは、映画の神様が送り込んだ恋の天使なのか。別
れて10年が経ち、二人は俳優として共演することになった。彼女の現在の恋人である監督を加えた三人の想いが、ミュージカル映画の場面と交錯し、触れ合
い、また離れていく。
人生の映画ではみな自分が主人公。冒頭で語られるこのような感覚は、多くの人が持っていると思う。運命的な相手役のはずの恋人が、いつの間にかエキスト
ラに変わったりして、毎日場面はカットされ脚本は書き直される。そのカットされた場面を集めたら…この映画はちょっとおせっかいな天使が見せてくれたラブ
ストーリーである。さて、ところでわたしの映画の次のシーンはどうなるのでしょう、天使さん。
(nao)
五日市駅のすぐ西側にその店はある。
20代前半の頃は今はなきコイン通りの本店によく通っていたが、こちらには久しぶりにくる。
なんか串焼きは嬉しくてドキドキしちゃうね。
友人ととりあえず生中を頼む。
するとキンキンに冷えたジョッキでキリンの美味いビールがやってくる。
本当は冷やし過ぎのグラスはビールに良くないらしいが見た目も雰囲気も美味そうだから個人的には好きだ。
何品か頼み、焼き物が来るのを待ちながら手前の皿に載ったざく切りキャベツと早めに来たチャンジャをつまむ。
ポンズとたっぷりのおろしニンニクで喰うキャベツと辛美味いチャンジャがあればそれだけでビールが進む。
友人と揃ってオカワリして、そのタイミングで一発目のサガリがくる。
この店のサガリは牛ではなく豚のハラミなんだけどジューシーで旨い。
内臓近くの肉は香りに癖があるのだがニンニクとポンズに合わせるとまた堪らないうまさがある。
続けて牛バラと豚紫蘇がほぼ同時に来る。
ビールをお姉さんに頼みながら牛バラから喰らう、牛はやはり熱々が1番旨いのだ、冷めると鶏や豚より味が落ちる。
食らいつくとバラの歯ごたえと脂の美味さにビールが進む進む。
豚紫蘇はやはり少しさっぱりだが美味い。
最近の個人的嗜好だが豚は薄切り肉が好きだ。
重ねても柔らかいし脂身の比率を調整できるのでくどくなく美味しい。
続いてセセリとネギマがくる。
セセリは必ず頼むくらい大好きだ。
鶏の首独特の歯ごたえと旨味がある、ちなみに馴染みの鉄板焼き屋のニンニク、バター醤油で炒めたソロバンがセセリ料理では1番好きかも?
合間でキャベツの追加と生をオカワリしながらネギマを食べる。
間のシロネギが美味い、素敵だ、そしてちょうど最初に頼んだメニューが全て来たので追加を頼んだ。
合間にキャベツを馬のように喰ってるとシシトウが来る。
基本的に焼鶏屋や串屋ではネギ、シシトウ、キャベツ、枝豆しか野菜系は食べない。もちろん身体には良くないのだが。
さらにぴり辛ウインナーとツクネが来たのでビールを再び頼む、
やはりぴり辛ウインナーにはビールしかないでしょう。
しかし何故かこれを書いてる時点で味の記憶が無い・・・
忘れたのか?
酔いすぎたのだろうか?
やっと友人の大好きな砂ズリがくる、一本は山椒をかけて食った。
しかし味の記憶がない、
だがやはりビールはオカワリする。
友人の瞳はウサギのように赤い、
しかし二人でビールのみオカワリを続ける。
牛テキが来たので持ってきた可愛いお姉さんに何処の部位か聞くとこの店は牛のオッパイと教わる。
悪気はなかったのだが訳もなく恥ずかしくなり反省。
柔らかく美味かった。味の記憶があるのは恥ずかしさで酔いが少し醒めたのかもしれない。
さすがに肉を食い過ぎたのでこれで串はおしまいにした。
この後、キャベツをつまみにビールを飲み続けたらしいが残念ながら何杯飲んだかわからない。
まあ、それはしかたない。
ただ頭はまだ痛い。