慈善の船を造ろう
永遠に沈まない
フレンドシップという船を
師走になると商店街、デパートではXマス商戦を煽るジングルベルのメロディがジャンジャン鳴り響き、『騒音化』する。そんな中で貧しい人、恵まれない人た
ちに『愛の手』を―と今年も「歳末助け合い運動」が広がる。地震、台風による被災地への救援募金をはじめ、交通遺児のための育英資金、目の不自由な人のた
め盲導犬を、心臓移植手術のための渡米資金カンパなどさまざまな街頭募金が登場する。国内だけでなく海外での自然災害による被災地への救援活動も活発に
なった。
一連の街頭募金運動も、その時代、時代によって変わってきた。なかでも一番印象に残ったのは、終戦直後の街頭募金。戦争によって負傷した兵士達が白衣を
まとい、義足や義手をあらわにして登場。その日の糧を求める。あまりにも痛々しい傷痍軍人の姿が、戦争による悲惨さを訴えて同情を誘ったものである。敗戦
後の貧困と疲弊した日本社会の風物詩だった。あの頃の社会事情を知る人も少なくなってきた。
当時、中学生だった私の恩師、英語の先生が説いた言葉が、今でも忘れられない。 「君たちの将来は洋々たるものだ。二度と戦争の悲劇を起こさないためにも、趣味を持ちなさい。私のいう趣味は、船を造ることだ。
あの戦艦大和やタイタニック号のような船ではない。フレンドシップという船だよ。このフレンドシップという船、友情は永遠に沈まない。お互いにそれぞれ
の立場を理解し助け合うという友情をはぐくめば、戦争という悲劇は起こらないものだ」
この言葉を私は、今でも語り継ぐことにしている。先日もある集まりで趣味の話が出た。人それぞれが、ゴルフ、くるま、旅行、俳句などが話題になったとき、私の番。
私の趣味は船を造ることだ。と言ったら一同、模型の船だと勘違いしたようだ。そこで恩師の話を一席。一同、うーん。ナルホドと。その後で私は、『自画自賛』しすぎたかと自省の常ではあるが…。
歳末助け合い運動の季節になると、年老いたあの英語の先生のことを思い出しながら私は、私なりの『貧者の一灯』を。
(風彦)