これは故村山節(みさお)先生が、歴史の中から膨大なデータを元に練り上げられ、築き上げられ、壮大な実証科学として提唱された、東西文明が周期800年で交代するという学説である。それは「東西2つの文明が800年ごとに繁栄と衰退を交代して、1600年で一巡する二重螺旋構造である」というものである。
二重螺旋と言えば、1953年ワトソン・クリック博士らが、ノーベル賞を受賞したDNAで有名だが、この文明法則史学は、DNAを構成するA・T・G・Cという4塩基の代わりに「幼・青・壮・老」を置き、時空を加えたものと言えば分かり易いだろう。
村山先生は、最初は天才の出現を研究していたが、それには周期があることを突き止め、その結果東西文明交代の周期を発見する。たとえば800年前、ジンギスカンの出現によって、西洋民族の大移動が起きるが、これはなにもたった一人の英雄によって惹き起こされたのではなく、気候の大変動(寒冷化)が引き金になったのだと喝破する。
文明交代は、その交代時期に生じる大混迷から幼年期・青年期という向上期を経て、壮年期で頂点を迎え、やがて老年期の衰退期に移行する。季節に当て嵌めれば、5月の青年期には万物が芽生え、冬眠から目覚めて活動を始める。そして老期の11月には、諸木一斉に落葉し、渡り鳥は旅立ち、海棲哺乳類は大移動を開始するのだと謂う。
この説の凄さは、西暦前文明発祥の太古にまで遡るのことだが、その東西交代期がちょうどこの21世紀に当たるのだというのだ。また東西の分岐点は中東だというが、いまこの地で繰り返されている不毛の抗争を見るにつけ、混乱期という指摘と同時に、ユダヤ・キリスト・イスラムという同じ根っこの一神教の行き詰まりを痛感するばかりではないか。
先般村山先生の講演を、初めてDDVで聴く機会を得た。話の中で村山先生は、今後もしばらく混乱は続き、そのピークは2015年から2030年頃であって、その時ヨーロッパで民族大移動=北方民族の南下大移動があると予言する。
チンギス・ハーンの軍隊の行くところ殺戮と略奪と破壊だけが残された。その寒冷化のヨーロッパに追い打ちを掛けたのは、モンゴル兵の置きみやげの黒ペストであった。この恐怖の伝染病は、ようやく生き残ったヨーロッパの民を、ふたたび容赦なく死に追いやったのである。
800年前、ヨーロッパだけでなく中東でもモンゴル兵は暴虐の限りを尽くした。 チンギス・ハーンの使節団を殺害し、財宝を奪い取ったホルムズ王朝の殲滅を誓ったモンゴル軍によって、悲惨な虐殺の嵐に見舞われ、チグリス・ユーフラテス河は、数日にわたって真っ赤な血に染められたという。パニックを起こした中東イスラムの民は、カイバル峠を越えてインドに侵入した。彼らは殺生を嫌う仏教徒を虐殺し、この地に定着していくことになる。
その後、この地にイスラムの王朝ムガール帝国(1526~1857年)を建てた。ムガールとはモンゴルの意、中東に侵入したモンゴルの系譜を引く国柄であった。
ちなみに、あの世界一美しいタージ・マハルは、ムガール帝国 の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建てた霊廟(1653年竣工)である。その後時代は西洋文明に移り、結局ムガール帝国はイギリスによって滅ぼされてしまう。
(筆者のホームページ、キャッスルゲイト第8章「森と共に消えたインド文明」
http://joumontn.com/mori&hito/082.html
から「西洋にとってのインド」の項、参照。
村山先生が予言した、大移動説を裏付ける根拠として、温暖化による北極・南極の氷の溶解によって、冷たい海水の海洋循環が挙げられる。暖流が寒流に変わるとき、寒冷期あるいは氷河期の到来が予想されるではないか。そうなると俄然同説の信憑性が高まる。
さて21世紀以降、アジアの時代が到来するとして、その中心を占めるのが日本なのか、それともチャイナなのかという論議は次回に譲るとして、村山先生は、今後も依然として「知の国日本」と「武の国アメリカ」の協調が大切だと説く。
現在日本で行われている憲法改正問題と絡めて、集団的自衛権の問題から見て、村山説に大きなヒントが隠されている気がする。次回その問題とチャイナとの関係について考えてみたい。