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文明法則史学800年周期説と日本(3)

縄文が日本を救う! (56)

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
 

 ここでもう少し、村山史学という「東西文明」の、時空を加えたDNA的コスモロジーを、古代に遡って紹介しよう。ご存じのように通常「歴史」とは、事件とか特筆すべき要素の多いところを厚く、そうでないところは省略して記述されてきた。

 村山先生は、歴史を等しく、同じ時間で輪切りにして検証し、考証を重ねて結果、明確な東西文明交代の周期を発見したのである。

 図面を書くと簡明なのだが、それが出来ないため、各自で「バイオリズム」の要領で、水平な線を挟んで上下に相似形のゆるい半円を並べてもらいたい。上部の半円が繁栄の「陽の時代」で、逆に下側が衰退の「陰の時代」となる。

 二つの線が交差するところが、文明の交代期で、その時期が「交代の混乱期」に当たる。「陽の時代」を例に取ると、半円の上昇部から幼→青→壮(最盛期)→老(衰退期)から「陰の時代」に移行するのだ。

 当然ながら、文明交代期には大きな混乱が発生する。過去の例を見ても、ほとんどの交代期で、民族の大移動が発生しているのがわかる。そうしたところから、村山先生は、ちょうど現在という文明交代期にも、(西の)民族の大移動発生の予言をされている。

 これはある意味、気候の変動とどこかで連動している証左かもしれない。これは推察だが、かつて氷河期にはまだまだ温暖であった(日本を始め)ユーラシアの東(東洋)に比して、ヨーロッパではほとんど全土を氷河が覆い尽くしていたという事実がある。

 いささか脱線するが、日本でも(短いスパン・周期でだが)温暖に振れた時代は、三内丸山から始まり、奥羽の中尊寺文化が栄え、江戸(東京)が日本の中心となり、北海道釧路の高校が野球で優勝する。

 逆に寒冷に振れると、藤原・平家が活躍し、明治維新では薩摩や萩藩・土佐藩が国の中枢を握って、関ヶ原合戦の仕返しをする。
野球の優勝校は容易に箱根山を越せなかった。

 こう見てくると、気候の変動と800年周期説には、相関関係があるようだが、。信じるも信じないも、これは一種明確な(結果としての)「実証科学」と言うべきかもしれない。

 故村山先生の講演で予言された西洋での大移動が、もし予言通り実現するとなると、西洋は温暖化ではなく寒冷化が予想される事になる。機構との関連が濃厚だとすれば、いま懸念されている温暖化現象は、西洋文明にとってプラスでなければならない。

 ということは、前回にも述べたが、南極・北極の氷が溶けることで、万一暖流が寒流化するとしたら、この予言は当たることになるのだが、さて実際はどうなのだろうか。残念ながら自分の目で確認することは無理だろう。

 以下、文明周期(800年)交代図の概要を紹介する。
(出典:『文明の研究』村山節著) 

<西暦前3600年前から同2800年前>
◎交代の混乱期  外国人の侵入エジプト衰退
◎陽の時代(東) 古代メソポタミア文明
◎陰の時代(西) エジプト中世的時代


<西暦前2800年前から同2000年前>
◎交代の混乱期  外国人の侵入エジプト衰退
◎陽の時代(東) 古代メソポタミア文明
◎陰の時代(西) エジプト中世的時代


<西暦前2000年前から同1200年前>
◎交代の混乱期  アーリア族大移動→インド侵入
◎陽の時代(西) エジプト・エーゲ文明
◎陰の時代(東) アジア未開時代


<西暦前1200年前から同400年前>
◎交代の混乱期  ドーリア(バルカン民)族大移動
◎陽の時代(東) 古代アジア文明   
  (メソポタミア・チャイナ・インド)
◎陰の時代(西) 欧州暗黒時代


  <西暦前400年~西暦400年>
◎ 交代の混乱期  フン族反乱と民族大移動
アレキサンドロス大帝東征
◎陽の時代(西) ギリシャ・ローマ時代
◎陰の時代(東) 中央アジア(クーシャン王朝)


 <西暦400年~1200年>
◎交代の混乱期 (東)ゲルマン民族大移動
   (西)乱世=五胡十六国(東)
◎ 陽の時代(東)アジア極東文明時代
   チャイナ・古代インドネシア・中央アジア文明
◎ 陽の時代(西) 欧州暗黒の中世時代
   キリスト教の東西分裂


 <西暦1200年~2000年>
◎交代の混乱期 ジンギスカンの跳梁と民族大移動
◎陽の時代(西) ルネッサンスに始まり、
   大航海時代を頂点とする西洋文明の時代
◎ 陰の時代陽の時代(東) アジア没落の時代

       <以下現在~>

   <西暦2000年~2800年>
◎交代の混乱期  中東における一神教同士の宗教戦争
◎陽の時代(東) 多神教的コスモロジーの到来?
◎陰の時代(西) 一神教文明の崩壊


 こうした壮大な視点に立って、日本の現状を俯瞰すると、あらゆる面で、日本人は上から下まで、あまりにひどい視野狭窄に陥っていることがよくわかる。

 いまこそ日本は、置かれた立場を見つめ直し、コップの中の嵐を、ことさらに政局化して、お互い足の引っ張り合いをしている場合ではない。世界の情勢を真摯に受け止め、自らの地位を、いかに高めることで、世界の希望に添っていくか、今こそ衆知をそして英知を結集するべき時ではあるまいか。

 その手段の一つが、硬直化し形骸化した(官僚組織に代表される)弥生発のコメづくり文化・ムラ意識からの離脱であり、崩れ去りつつある西洋一神教文明と、その強面(こわもて)の仮面としての、(いわゆる)グローバリズムから脱却である。

 そして今こそ、縄文に発した多神教世界の蘇りと、それに「山と森に発した匠の技」の踏襲であり、研磨であり、その世界的な普及ではないだろうか。