渦巻く義憤の嵐
―誤った情報操作による日本の悲劇―
――風彦
十二月といえば師走。歳末大売出し、クリスマス商戦の狂騒で街は活況づく。が、昭和ひと桁の世代には、この月は忘れることのできない日本の悲劇の序幕である。十二月八日。大東亜戦争の開戦記念日。今から六十六年前のこと。今でも、あの時の大本営発表は、鮮明に記憶している。
「大本営発表。本日未明、わが国は米英両国と戦闘状態に入れり」
ラジオから流れるニュース。威勢のよい軍艦マーチ。相次ぐ勝利の戦果。当時小学五年生だった私を含め国民は、一時の勝利に酔い驚嘆したものである。
「鬼畜米英打倒!」「大東亜共栄圏確立」「一億火の玉」「撃ちてし止まん」「贅沢は敵だ」「勝つまでは欲しがりません」
大東亜戦争を「聖戦」といい、すべてを犠牲にしての戦争。大本営発表の真偽を知る術もない社会情勢下。のちに戦場は拡大、泥沼化。神国日本を救う神風にあやかっての「神風特攻隊」、人間魚雷の「回天特攻隊」を編成してまでの異常な戦況の末、敗戦の悲劇をみた。私は今年も思う。八月十五日の「終戦記念日」などの国をあげての戦没者への追悼をする式典も結構ではあるけれど、あの忌まわしい戦争への十二月八日の「開戦日」を忘れてはならない。多くの戦争を知らない世代に、あの歴史の真実を伝えるべきである。
過日、旧日本銀行広島支店で「戦争展」があった。戦時中の国民生活から支那事変の勃発の経緯、日本の政治、軍部の台頭、大東亜共栄圏の虚像、大東亜戦争から太平洋戦争への戦火などさまざまな当時の写真、ポスターなどの展示品を見たし、併設のコーナーではVTRの紹介と戦争、原爆の語り部たちの話も聞いた。そのなかで従軍看護婦だった老人の切々と語る戦争と人間愛は、心に残った。
「今の日本は、あの頃と似ているのが恐ろしい」
その人が訴えたかったのは、国による情報の隠蔽と操作ではなかったろうか。
政府筋のインド洋での自衛艦の米軍艦船への給油量の情報問題と継続のあり方をはじめ厚労省の薬害問題や建築の耐震偽造、食品の産地欺瞞、賞味期限の捏造が相次ぐ。
今年ほど義憤を感じた年はない。それは国に対しても企業に対しても。
義憤とは正義、人道の行われないことを憤ること。公憤(広辞苑)、とある。
『国家の品格』。『企業のモラル』を正すためにも義憤を死語にしてはならない。
(風彦)