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今月の言葉(1月)

福寿草の如く

――風彦 

 新しい年の初めの格言は「一年の計は元旦にあり」。むかしからの『定番』である。
 その年、一年の計画、準備は一月一日の朝整えておくべきである。何事にも計画、準備が大事である、という教訓。家庭、学校でも説き、聞かされた。
 ことわざ辞典によると「一日の計は、あしたにあり、一年の計は春にあり、一生の計は、勤むるにあり、一家の計は、身にあり」(月令広義)にある。解釈するまでもあるまい。読めば理解できるはなし。とくに注釈するならば、あしたは、明日ではなく、朝。
 時代の流れでこの言葉を暗誦する人もいないだろう。季節感の『旬』もなくなり、家族も『核家族』化した世の中。そんななかで、「福寿草」の鉢植えをみつけた。
 黄色い花、蕾をつけた福寿草は、おたがいに寄り添うようにしているではないか。
 むかしは、山野に自生していたが、日本では秩父の山地にみるぐらいだそうだ。
 植物図鑑で調べてわかったが、福寿草は、キンポウゲ科の多年草でアジア北部に分布、日本の山地にも自生。縁起のよい名称として花の少ない時期に咲くのが珍重され、正月用の花として栽培されている。地上茎は二十センチ、葉は羽状複葉。早春、葉に先立って黄色の美花を開く。元日草ともいう。
 私が魅せられたのは、黄色い花、蕾がまるで家族のように寄り添っていることだった。
 核家族化のすすむなか、正月になると生れ故郷に戻り、仲むつまじく一時を過ごす「家族愛」を感じるからである。
 私は年賀状に南天の小枝をペンにして駄句を添えて書く。(南天は、難を転じて福とする縁起がある)
 ―寄り添いて命はぐくむ福寿草―
 私とおなじ福寿草に思いを寄せる俳人がいた。歳時記をひもとき、思わず膝をうった。
 ―福寿草家族の如くかたまれり―福田蓼汀
 まさしく合点だ、と。
 森澄雄の―福寿草なれば豊かや静心―もよいが、保坂仲秋の句も気に入った。
 ―地に低く幸せありと福寿草―
 花には花それぞれの生き方がある。桜は桜、梅は梅…。福寿草の、あの黄色が心に残る。
 「色彩心理学入門」(大山正 著 中公新書)や「まんがでわかる色のおもしろさ」(サイエンス・アイ新書)によると黄色は、『夢』・『幸福』・『希望』を表現するそうだ。ちなみに福寿草の花言葉は「幸福」・「思い出」―。
 新しい年のスタートにあたり、この一年が「幸福」であるように願いたい。

(風彦)