今月の写真
暖かい春の日差しを満喫する越冬個体。(08.3.11撮影)
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「落花の情」「花の鎮魂」
豊かな日本語の語彙
――風彦
四月は花の季節であり、春の終曲でもある。その春の花を代表する梅、桜、椿…。その花の落花には、それぞれの風情があり、日本語の表現も違う。語彙の豊かさがある。日本人の感性でもあろう。
咲く花の終わりは、それぞれが違う。一般的には、開花の反対語は、散るであるが、梅の花は「こぼれる」であり、椿の花は「落ちる」という。桜の花は「散る」である。
季節の言葉の「宝石箱」、歳時記(角川春樹編)を調べると、梅の花「こぼれる」ではないが、水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)が詠んだ句に、
―雹(ひょう)のあと蘂(しべ)真青(まさお)に梅こぼれ―があったが、季語秀句辞典の津根元潮(つねもとうしお)の句は印象的。
―梅の花の下には涙の壷がある―
椿については落ちる、と詠んだものが結構ある。
―椿落ちてきのふの雨をこぼしけり―
蕪村の句もそうだし、河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の句には、
―赤い椿白い椿と落ちにけり―
異色の一つに種田山頭火が詠んだ句がある。
―笠へぼつり椿だった―
椿の花への惜情感は、地に落ちてなお命を宿している風情がある。以前、芭蕉の生家、伊賀上野の街にある愛染院で落下した椿が、青い苔の上に赤く咲いているかのような点景に接した。花の魂を見る思いであった。
花の魂を供養―鎮花の念で一句ひねった。
―寒椿落ちてなお咲く命かな―
この即興句は今も古い手帳に残っている。
―ありありと別の世があり落椿―
これは青柳志解樹の句。無常観がある。
散る桜にも無常観がある。良寛の一句がそれ。
―散る桜残る桜も散る桜―
「花」にはそれぞれの終末の景がある。
植物研究家の滝井康勝さんは、「花たちの生き方が人々に生きる喜びをもたらす」、「人々は人間として素晴らしい生き方を花に求め続ける」と言った。(誕生花の本=三五館発行)
世阿弥の「花伝書」(風姿花伝)にある「秘すれば花なり」もそうだろう。父親・観阿弥が世阿弥に伝えた能楽論。その一部である。
「時分の花・幽玄の花(中略)咲く花のごとくなれば、また散る時分あり。(中略)ただ花は、咲く道理も、散る道理も、人のままなるべし」(中略)
蘊蓄のある芸術論でもある。「花」を悟ることが人間の生き方にも通じる。
私事で恥じ入るが、一筆を所望されると―
―花のごと花のごとくに咲きにけり―と。
花といえば、平安の昔から桜に代表されるが、桜は桜、梅は梅、椿は椿。道端に咲くイヌフグリ、菫、蒲公英…。花の姿、形が違ってもそれぞれの環境のなか、精一杯咲いている。人間とても同じではないだろうか。
(風彦)
さくらの花の季節になりました。
近くの江波山に寄ってみましたが、麓の木が一分咲き(?)山の上の桜はまだつぼみだそうです。山の入り口には警備員さんがいて、車は上がれないようになっています。しかし、山の上では、まだつぼみの樹の下で、早々と宴会も始まっているようです。
さくらの花を歌った唄が、車のラジオから流れてきます。いくつぐらいあるのでしょうか? 森山直太郎、コブクロ、ケツメイシ、河口恭吾、福山雅治、175Rと書いてイナゴライダーと読むそうですが、知っていますか? 私は知りませんでした。ネットで調べるとあるはあるは。どちらかというと男性歌手が多いような気がします。でもこの前は沖縄の女性歌手の方も歌っていました。
なぜこんなにも桜の花は私達日本人の心を惹き付けるのでしょうか。パッと咲いてパッと散る潔さでしょうか? 日本全国の川辺や公園、お寺や学校などで一斉に花咲く壮観な美しさでしょうか? 又、桜と共に紡いできた多くの思い出がそうさせるのでしょうか?
永い永い年月の間先人達が、咲いた姿を想像しながら、思いを込めて一本一本を手で植え、作り上げてきた景観がいっせいに花開く。そこに無意識に感動するのでしょうか?
今ある日本の景観は、自然に出来たものは一つとしてなく、すべて私達の祖先が造ってくれたものだそうです。海外の樹木のない砂漠化した風景をテレビでよく見ます。それはそれで青い空と白い建物のコントラストなど美しい景観もあります。が、日本の清流と樹々と四季折々の花々の美しさにはかないません。
何十年、何百年先の景色や人々の姿を想像しながら、日々の暮らしを造っていく。それが大事と桜の木は教えてくれているような気がします。
この冬はシロハラによく出会う。久しぶりに寒い冬のお陰ではないかと思っている。その他、ミヤマホオジロ、キクイタダキ、ビンズイ、ルリビタキもそうである。ツグミの数も近来稀に見る多さである。
それに、トラツグミがすぐ近くの山裾に来た。今日もそれを見に谷あいの集落を訪れた。トラツグミはいなかったが近くにシロハラがいた。その向こうにツグミもいる。すると、シロハラが足早に近づき襲いかかる。ツグミも飛び上がり取っ組み合いになった。
シロハラはツグミの仲間で、姿や形、歩く姿もツグミによく似ている。しかし、よく見ると、シロハラは腹が白い、目の周り(アイリング)が黄色く、背中が暗い淡緑褐色に見えるものが多い。ツグミは目の上に淡黄白色の眉斑が目立ち、胸から腹にかけて、白地に黒い斑点が多くある。それに背中が赤褐色に見えるので区別できる。
シロハラもツグミ同様に地面の昆虫や虫を食べているようだが、開けた広い田んぼではツグミしか見かけない。しかし、このような山の近くの田や畑ではシロハラが来ているので、時々このような争いが起こる。ツグミ同士では取っ組み合いを見たことがないのに、どうしてだろう。
(2008年3月2日記)
A:昨年12月20日、厚生労働省から、「同居家族のいる場合の生活援助の取り扱いについて」の事務連絡が出ています。その要旨は、“同居親族の有無のみを判断基準として、一律に介護給付の可否を機械的に判断してはいけない、個々の利用者の状況に応じて具体的に判断するように”という内容です。これは、平成12年の厚生省告示第19号においては、家族等が障害、疾病等の理由により家事が困難と限定されていたのが、平成12年老企第36号においては、障害・疾病のほか、障害・疾病がない場合であっても、同様のやむを得ない事情により、家事が困難な場合と範囲が広がっていることが根拠となっています。
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20世紀の後半、日本を襲ったハゲタカ・ファンドだが、資金の出所は全世界に亘るとして、運営の主力は(筆者が)アングロ・ユダヤと呼ぶ、アメリカを中心とした金融界における自由経済至上主義者である。
彼らは閉鎖的な日本の金融障害を打破するために、当時の大蔵省官僚に「グローバル・スタンダード」という和製英語まで作って押しつけようとした経緯がある。真に実情のわかっていない当時の橋本首相と大蔵官僚たちは、彼らが言うがままに、「金融ビッグバン」と称して、金融機関の自己資本比率の拡大や、所有株式の簿価評価から時価評価への切り替えなど「ハードランディング」を強行した。
加えて当時の大蔵大臣宮沢喜一は、金融機関に対して土地絡みの貸し出しに制限を加え、地価監視制度を設け、更に土地税制を変更したのだが、そのとき既に、土地の価格は下落し始めていたため、そのタイミングを失した引き締め経済制度によってバブルは一気に崩壊したのである。そうした愚策のため、その後10年以上に亘って、バブル崩壊後の長くて暗い「宴の後の呻吟」を続けることになったのである。
2001年4月、「自民党をぶっ潰す」「改革なくして成長無し」また「郵政改革」という勇ましいかけ声と共に登場した小泉内閣に、国民は熱狂的な支持を持って応えた。経済金融面で小泉首相を支えた竹中金融相は、大きな不良債権に悩む銀行に「公的資金」を惜しげもなく投入し、無金利に等しい低金利という超優遇策を講じるという荒技を断行した。
その間日本の多くの製造業は、血のにじむリストラを行うと共に、本来の「モノづくり」に回帰していくことで、ようやくバブル後遺症から立ち直ることが出来たのである。製造業には(金融機関のような)優遇策は一切採られなかったが、国の援助に頼らぬ自主努力によって、自らの進路を確実にしていったのである。
これを見ると、明治維新後の産業革命を、和魂洋才とばかり欧米に追いつき追い越せという「モノづくり」によって乗り切り、その後有史以来初めての敗戦という最悪の国難時も、やはり「モノづくり」によって見事克服してきた。続いてバブル崩壊後の立ち直りも、おなじく「モノづくり」というジョーモニズムによってなされたことを強く心にとめるべきである。
ご存じのようにアメリカは1970年代以降、第3次産業という「脱工業化社会」への道を歩み始めた。これはサービス業・金融産業・知的所有権関連などだが、そのごIT産業の台頭から、一段と加速されていった。
もともと「商」というカテゴリーに秀でた民族性から、また四半期決算・株主優先という制度もあって、彼らにとって脱工業はそれほど苦にはならなかった代わりに、製造業での国際競争力は停滞の一歩を辿ることになる。たとえば、約10年という大きなハンディキャップを貰いながら、結局GMにしろフォードにしろ、再びトヨタ・ホンダを先頭とする日本自動車業界に再び席巻された事でも明白である。
だだ残念なことに最近日本の製造業界において、かつて見られなかったモラルハザードが発生している。その根拠として(すべてとは言えないまでも)トップにモノづくりの経験のない人たちが占めているケースが考えられる。日本の製造業には一時もてはやされたNBAという利益追求型の経営スペシャリストは不要だったのである。
すなわち日本の企業風土として、株主優先でなく顧客・社員優先であり、何よりも品質優先であって、研究のための投資を、それに即応する設備投資を惜しまずに重視してきた。これこそグロ-バリズムと相容れぬジョーモニズムの真骨頂であって、そこに立ち返らない限り、真の日本の復活はなされないであろう。幸い日本の企業には、まだ自浄作用が働いている。今こそ新たな企業倫理の立て直しと、モノづくりの原点に立ち直ることが急務といえよう。
その一方利益追求という一点のみで、「企業買収」というグローバリズムが、爪を研いで虎視眈々と日本の優良企業を狙っている。それに対抗するためには、「敵も知り 己も知る」という対応策の構築が急務だと言えよう。と同時に、「モノづくり」においては、日本型経営法が最適であるという発信をつねに怠らない事が肝要ではないか。
Jamais Jamais 著 株式会社文芸社 発行
(哉)
【監督】ジョン・カーニー
【主演】グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ
アイルランドについてこれまで接した映像、文章、音楽といった様々な情報は、私の頭の中に「好ましい風景といとおしい人々に出会えるところ」というイメージを作り出しています。訪れたことがないのに懐かしく思う国です。
音楽をきっかけに出会った男女。失ったものをもう一度取り戻したい、ずっと願っていたものを手にしたいと思いながら、器用に自分を進めていくことができないふたり。彼らが共有した時間はほんの短いものでした。それでもその時間は、次の一歩を照らす灯りをお互いの心にともし合った時間でした。次の一歩の先は分からない。自信も少しもないけれど、それでもおずおずと前に進むことを選ぶ。生きていくことはその繰り返しであるというかなしさを包み込むような、今現在のダブリンの街。新しい情報をこの映画で得て、アイルランドにまた懐かしい印象が深まりました。
(nao)