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グロ-バリズムとジョーモニズムのハイブリッド ネオ・グロ-バリズムの創成

縄文が日本を救う! (62)

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
 

(毀誉褒貶はあるものの)小泉・竹中路線によって、一応はどん底から立ち直った日本経済だが、マスコミは、新たに格差問題とか、「勝ち組・負け組」「ワーキング・プア」など新しい課題をことさらに喧伝している。いくらグロ-バリズムに問題有りと言っても、日本もその開かれた世界市場で活動する以上、それを鎖国的感覚で排除するわけにはいかない。

 問題は、もっと広く視野を広げて、アメリカという「アングロ・ユダヤ」という市場原理主義者以外の価値観を持つ、穏健な仕組みの中で生きる国々の研究も怠ってはならないだろうし、その上でニホンナイズした新しいグローバリズムを構築する必要がある。

 また相手の手口を研究して、「待った」のかからない企業乗っ取り騒ぎや、株の買い占めなどから会社を守る必要がある。企業買収の動きは、なにも外資だけではない。かつてのホリエモンや村上ファンドなど、マスコミが「勝ち組」と持ち上げ続けてきた虚業の仇花であるマネーゲーム感覚の若者たちの跳梁も目に付いた。

 その後、介護サービルの「コムスン」・英語教室の「NOVA」・人材派遣の「グッドウイル」などなど…、時代の寵児と謳われたソフト企業のモラルハザードや破綻を見ると、虚業のむなしさが増幅されるばかりである。これは何もソフト産業が日本という風土に根付くかどうかという問題ではなく、トップの知らないまま、あるいは知った上でのモラルハザードを許容する姿勢に虚業の本質があることを知るべきである。

 さてこのグロ-バリズムだが、どうもアメリカにおける1970~80年代の「脱工業化社会論」から端を発しているのではないかと思う。アメリカでは、日本を始めとする工業国台頭の中で、次第にその思想が国是になり、急速にサービス産業優先に傾斜し、製造品は外国の安いものを購入し、アメリカは物販を基底として、IT産業・金融産業など頭脳産業に特化していった経緯がある。その結果、ゴールデン・シィクスティ(黄金の60年代)といわれた中流階級花盛りの時代から、急速に上下の格差が拡大していき、低所得者層やホームレスの増大に繋がっていく。

 ある識者は、アングロ・サクソンをハチ(蜂)、イスラムをサソリ(蠍)、ユダヤをクモ(蜘蛛)、そして日本をアリ(蟻)であると例えた。ご存じのようにいままで働きアリの日本は、相手の弱点を鋭く突くハチと、知的所有権の網を張り巡らして獲物を絡め取るクモの共同部隊「アングロ・ユダヤ」の、狡猾極まりない戦略と戦術によって、いかに膨大な国富を掠め取られてきただろうか。今こそ馬鹿正直で脳天気なアリが、いかに彼らに立ち向かうべきかが問われているのだ。

 たとえばこのグロ-バリズムの本性だが、日本の閉鎖性を突くために、「グローバル・スタンダード(国際標準)などといいながら、その実アメリカ発の市場原理主義ルールであって、そのアメリカ自体、いまだにポンド・ヤード法を遵守し国際標準であるグラム・メートル法を採用していないというダブルスタンダードに安住していることも認識する必要がある。

 では、西欧はどうか? 最近アメリカ主導の経済環境から脱して、ユーロが堅調なところから、国際通貨としての道を着実に歩んでいるEUでは、そこに食い込もうとしている日本企業の動きを警戒して、多くの制約や罰則強化している。日本円が国際通貨としての力を持ち得ず、さりとて今更かつての鎖国制度に戻れない以上、否応なくグローバルな視野での対応を講じる必要がある。

 あの有名なヘッジファンドの雄、ジョージ・ソロスは、最近急速にアメリカ離れの言動を行っているが、考えようでは沈みかかったアメリカという船から、ユダヤがいち早く逃げ出そうとしているという見方さえ出来るだろう。

 すなわち幾多の欠陥を蔵した「グロ-バリズム」と、どのように接していくべきかが今後の重要な課題となるであろう。ここで提示したいのは、新しいグロ-バリズムとジョーモニズムの合体、言い換えると両者のハイブリッドとして、「ネオ・グロ-バリズム」を創成することが急務でではないか。
 (以下次号へ)