アンドリュー・パーカー 著 渡辺政隆・今西泰子 訳 草思社 2,310円
太陽系惑星群の一つとして、地球が誕生したのが46億年前である。煮えたぎるマグマオーションが、有毒のスープと言われる「混沌の原始の海」に転じ、そこから生命が発生したのが37億年前、そして過激な酸素の発生に対応できる多細胞生物の発生を見たのが30億年前だと言われている。
太陽系惑星群の一つとして、地球が誕生したのが46億年前である。煮えたぎるマグマオーションが、有毒のスープと言われる「混沌の原始の海」に転じ、そこから生命が発生したのが37億年前、そして過激な酸素の発生に対応できる多細胞生物の発生を見たのが30億年前だと言われている。
現在の地球学では、その歴史を5億4300万年前のカンブリア紀を起点として、それ以前の40億年余を一括して「先カンブリア紀」と呼び、それ以降古い地質の境界線毎に年紀を定めている。
余談になるが、この年紀を区分する地層に刻まれた境界線こそ、その時点で起きた地球環境の大異変、あるいは多くの種、そして生命の絶滅を見た大カタストロフィーの証明である。
(年代記 以下サイト後尾の部分参照)
ではなぜこの5億4300万年前のカンブリア紀と、それ以前を区分したのだろうか。このカンブリア紀にいったい何が起きたのか?それはカンブリア紀になって初めて動植物の大発生があり、大進化の幕開けであったからに他ならない。予兆はその少し前の、「エデアガラ動物群」の発生であり、カンブリア紀に入っての、ヴァーチェス頁岩遺跡の化石群で有名な、節足動物の大発生である。
なぜカンブリア紀に大発生・大進化が起きたのかについては、ダーウィンや・スティーヴン・グールドなどを悩まし続けてきた難題なのだが、彼アンドリュー・パーカーは、「すべては眼の誕生にあった」という画期的な仮説を提示する。
今まで「眼の誕生」という現象については、的確な理論的解明が為されていなかったのだが、彼は「眼の誕生が捕食者を生み、それから逃れるための捕食者の鎧や目くらましの技法などを発達させ、それが種の大進化に繋がったのだと謂う。
本書は370頁を超すボリュームだが、その約半分近くを割いて、生命発生からの通史に費やしている。その過程で彼は偶然3000万年前のカブトムシの持つ色彩を発見、そのほか、発光性動物の生態や理由の解明することで、遂に エディアガラ動物群、ヴァーチェスの化石群が、豊かな色彩を持っていることを突き止め、特にヴァーチェス(節足動物)化石の眼の構造を解明していくことで、眼の発達が生物の進化に大きく作用したという結論を導き出したのだ。
カンブリア紀以前、「生と死の営み」は、光に無縁な海中や土の中で細々となされてきたのだが、それがカンブリア紀の始めになって、ようやく太陽の光の下で営むようになり、光感知のための「眼」が誕生したことで、爆発的に大進化が始まったというのが、著者の提唱する「光スイッチ説」である。
おそらく当初は、おぼろげに光を感じ、その光を遮る「動く物体」を、かろうじて識別できる程度の眼であっただろうし、その陰の大きさや動きの早さや特徴から、それがエサなのか、それとも捕食者なのかを、なんとか判断していたに過ぎなかった。ところが、捕食と被捕食という生存を賭けた競争の激化から、「眼」の進化は急速に進み、それに伴って種の増加や進化が、爆発的に行なわれたのだと著者は謂う。
ご存じのように、眼の存在は「見たものの識別」のために、脳の存在が不可欠であって、幼稚な脳の持ち主は、当然対象物の識別は曖昧になる。そこで眼の発達こそ脳の進化に大きな影響を与えることになったというのだが、(逆にこれを見られる側から考えると)果たして脳を持っているのかどうかわからないような原始的動・植物でさえ、優れた保護色彩や模様を持っていることに自然界の驚異をみる思いである。
著者は「矛と盾と刀傷」という巧みな比喩で、カンブリア紀の最強の捕食者アロマロカリスは、防御用のヨロイ(硬い皮膚)を持たなかったが、その他の捕食者でもあり、被捕食者でもある動物たちは、鋭い武器と同時にヨロイも持っていたことを教えてくれる。彼の鋭い眼力は、当時の化石から捕食者の牙を逃れた傷跡を発見したことから、おそらく彼らは、その時点で自然治癒力も獲得したのだろうと指摘している。
ヨロイと同時に彼らが身につけたものが「色」であった。目くらましのため、また脅かしのための発光システムであり、保護色や捕食者に似せた文様=擬態などであった。またこうした色彩は、日光の到達する浅い海で進化した。たとえばいま沖縄などの近海で見られる、カラフルな熱帯魚やサンゴ・ウミウシなどの、豊かな生態の起源こそカンブリア紀であった。
目の出発点は、ものは見えないが光を感じる皮膚の斑点の誕生であり、それが内側に陥没していき、次第に高度な光検知器を形成していったのだと著者は謂う。生物進化の過程にある種によって、いろんな段階の性能の検知器が存在することになる。
なお色彩とは、その生物や物質が、特有の「色」を持っているというのではなく、膚の構造が、(見る側の)眼の持つプリズム作用で、ある種の光を撥ね付け、あるいは吸収することによって生じる視覚効果である。
ただ未だ脳や、目という脳の出先機関が未発達な動物や植物まで、防御に関わる彼ら特有巧みな色彩や、模様生み出す皮膚構成、形態による変身術などが、どのような仕組みで獲得していったのかまだまだ不明な点は多い。
また光の届かない深海や、夜行性の水棲生物や地中の微生物たちの中には、光の反射ではなく、自ら発光する能力をもつものもいる。それは暗黒あるいはそれに近い世界での、幼稚な光検知器に対応しての「目くらまし」効果であり、「危険信号」である。
眼には、単眼と複眼がある。カンブリア紀の王者節足動物は複眼の道を選び、その後魚類→両生類→爬虫類、そして哺乳類は単眼という道を選ぶことになる。それぞれ画像を結ぶ仕組みは違うが、結果としてその仕組み以上に、その後脳の進化の違いによって、視覚としての能力に大きな差がついて行ったことになる。
われわれ門外漢には理解しがたい学術的バリアーの外側での憶測になるが、初めて大進化の根源に踏み込んだ著者の「眼」仮説は、古生物学の発展に大きな突破口を開いていったものとして、大いに賞賛されてしかるべきだろう。