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日本の森にオオカミの群れを放て 改訂版―オオカミ復活プロジェクト進行中

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

吉家 世洋 著  ビイング・ネット・プレス  1,680円

 かつて日本の山に森に、気高いニホンオオカミ(北海道にあってはエゾオオカミ)がいた。彼らは「食物連鎖」の頂点に君臨し、われわれの先祖は、「大いなる神」として恐れ敬ってきた。ところが明治の世に到り、蕃神キリストを信じる「青い目の助っ人」のそそのかしを真に受けた日本人の手で、愚かにも銃砲で、あるいはストリキニーネなどの毒薬で、森の守り神を(明治38年=1905)絶滅してしまった。まさに「野生の殺戮」である。
 森の動物生態系の頂点であるオオカミを絶滅させることで、動物相を破壊してしまった日本人は、その後極相(クライマックス)である「広葉樹の森」を醜く攪乱して、陽樹であるスギ・ヒノキの単一林にしてしまった。昨今農村におけるサル・クマ・イノシシの被害、それに都会部でのカラスの跳梁は、すべて針葉樹の行き過ぎた植林と、オオカミ不在という、生態系の頂点を排除した結果だと言っても決して言いすぎではないだろう。
 それでも森林の方は、(日本のように湿暖の地にあっては)長時間放置すれば極相林に復元する。ところが、動物相の方はそうはいかない。ニホンカワウソも絶滅したままだし、トキ(朱鷺)やコウノトリ(鸛)でも、多大時間と費用を掛けながら、実績は遅々としてはかどっていない。日本の森での生態系の頂点にいた肉食獣オオカミ復元にあたっては、恐ろしいケモノという誤解と万一の人身事故を恐れて、積極的に論議されてこなかった経緯がある。
 本著は、私たちに、いくつもの教訓を与えてくれる。「野生の殺戮」は一体なにを生んだか。元来厚いコケで覆われていた大台ヶ原(吉野熊野国立公園)の原生林は、シカによって樹皮を食べられて、樹木が枯死したことで、差し込む日光でコケも枯死していった。またヤギだけが取り残された無人島(小笠原諸島)では、天敵がいないため異常繁殖して、いまや草のない島と化し、土砂が海に流れ込む惨状を呈しているというのだ。
 ご存じの日光でも、昨今シカが樹木を枯らす被害に頭を悩ましている。自然の巧みな生態系を無視した行為(オオカミの絶滅)によって、結果としてシカ(エゾ・ジカ)やカモシカやイノシシの増加を生むことになってしまったのだ。それに加えて私たちは、クマやサルやイノシシの食料となる、ドングリのなる広葉樹を伐採して、分別を欠くスギ・ヒノキというモノカルチャーの推進によって彼らの食料を奪ってきた。食料を奪われたかれらは、やむなく危険を冒して人里に出没し、貴重な作物を荒らす手段に出た。「野生のしっぺ返し」である。
 それでも少し前までは、あの嫌われものの野犬が横行していた。それを人はすべて捕獲し毒殺してしまったのだが、今ころになってようやく皮肉にも、嫌われ者の野犬たちが、クマ・イノシシ・サルが人里に降りてくることの防波堤になっていたことがわかってきた。
 本著の中で丸山直樹(東京農工大学教授は、「ニホンオオカミは、中国モンゴル自治区にいるハイイロオオカミの亜種で、ブラックバスなどの外来種とは異なり、日本の生態系に悪影響を及ぼす心配がない」と言い、「人間が絶滅させた(オオカミという)種の復活は責務であって、コウノトリの放鳥と似たような手法であり、しかも犬に比べて狩りが上手で、サルやイノシシをも捕らえる。抑制効果が期待できる)のだという。
 ニホンオオカミに復元には、丸山直樹が中心となって設立した*「日本オオカミ協会」という研究団体が、地道な活動を行っているが、当面の導入候補地として、尾瀬を含む日光国立公園を挙げているのだが、理由としてシカの数が多く貴重な植物の食害が深刻で、しかも公園内での狩猟が禁止されている上、自然が既に詳しく調べられているからだとしている。また日本では、ハンターが老齢化し、次第に減っていることも大きい。問題は、地元を含め関係諸機関の説得が課題だが、たとえば前述無人島での、ヤギの天敵としての実験的導入なども視野に入れるべきであろう。
  *「日本オオカミ協会」
 「オオカミが増えすぎるのでは~」という懸念は杞憂に過ぎない。サヴァンナの最強のプレデター、ライオンにしても、最速ランナーチータにしても、非捕食者がいなくなると絶滅が待っている。森の中で多くの植物群から各種哺乳類・鳥類・昆虫、それに微生物に到るまで、巧緻に構築された「森林生態系」では、当然植物相・動物相の貧弱なサヴァンナとは、比較にならない調整機能が備わっているからだ。
 丸山は、食物連鎖の頂点を占めるオオカミの能力は特に偉大だという。彼らは1つがいの夫婦オオカミと数代の子供たち10数頭が1つのテリトリーを形成する。成長した子供たちは、成長するまでにその半数は死に、数年で群れから離れるのだが、他のテリトリーに迷い込んだ子供の内、(特にオスは)半数以上がそこで咬み殺される。運と力があってはじめて、そこのボスに取って代わるのだ。
 彼らオオカミの偉大な知恵とは、テリトリーと隣のテリトリーとの間に、緩衝地帯を持っているこだという。そこでは獲物たちが安住する場所になっていて種の数を維持できると共に、未熟な子供たちにとって格好の、「狩りのトレーニング場」にもなっている。またかれらオオカミのエサは、決して健康で元気なものたちではなく、老齢・病気・ケガ・若齢であって、このこともオオカミが、非捕食者の健全なバランス維持に貢献しているのだ。オオカミのエサの残滓は、クマや(これも絶滅を危惧されている)ワシ〔鷲)やタカ(鷹)、それにフクロウなどのエサになる。それにカラスだって山に帰ってくるだろう。
 ニホンオオカミより一回り大きいエゾオオカミは、まだ生息しているといわれる同種のカラフトオオカミで、こちらも有志によって復元も計画されているようだが、出来ればニホンオオカミ保存を願うメンバーと提携しての運動が望まれる。
 アメリカのイエローストン国立公園などでは、かつてタイリクオオカミを絶滅させたため、エルク(オオジカ)が増え過ぎてバッファローの草を奪ってしまい、小型肉食獣のコヨーテが増え過ぎてアナグマなどテリトリーを奪うなど、生態系が狂ってきたことから、11年前よりカナダからタイリクオオカミを移入してようやく正常な生態系に戻り始めているのだという。
 「オオカミ復元」に立ちはだかる壁としては、(近隣住民の誤解も大きいが)もっとも強敵は「自然(動物)保護団体」であろう。彼らは鯨の徹底保護活動でも見られるように、理屈や理論でなく、「かわいそうだ」という感情論優先である。当然対象は「食べられる、かわいそうなシカであり、ウサギであり、カモシカである。
 加えて、「もし人がオオカミによって殺されたら誰が責任を取るのか」という言葉がある。人のエゴと誤解によって絶滅させられたオオカミこそ、「自然(動物)保護団体」の復元目標であるべきで、野生動物による人身被害は、北海道のヒグマ、本土のツキノワグマ、それにイノシシによって起きている。オオカミの復活は、むしろそうした被害を防ぐことはあっても、増えることはないという。
 もちろん牧畜国家のアメリカでは、オオカミ復元に当たった地域において家畜が襲われるケースもあるのだが、その被害補償を行って解決しているという。幸い日本には、アメリカのような放牧に近い牧畜農家は至って少ない。また実際には、アメリカ史上、オオカミによる人身事故は1件も発生していないという事実がある。
 森の再生とセットして、ぜひオオカミの復元の成功を祈りたいものだ。