長沼 毅著 集英社新書 693円
9月18日、NHKテレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、はじめて著者を知った。肩書きは広島大学大学院生物生産学部 生物海洋学研究室の準教授で、専門は生物海洋学・微生物生態学、従来の海洋生物学から軸足を生物に置き換えた、全く新しい研究分野の第一人者である。テレビでは、高温・有毒ガスの充満する火山口などに棲む、生命発生に繋がる微生物を探して歩くフィールド派(行動学者)の姿を映し出している。
著者はかつて、深海探査艇「しんかい6500」で幾多の深海探査に従事、特に「チューブワーム」という深海生物の生態観察で有名になった。チューブワームは、深海の熱水噴出孔付近で、硫化水素などを栄養源としている微生物との共生によって生きている、口も消化管も持たないチューブ状の不思議な生物である。
同著は、学生への生物海洋学「講義ノート」をベースにしているとあるが、シャレや言葉遊びも交えた平易な表現で、私たちの知らなかった海洋生態圏の食物連鎖・海洋気象学、それに表題となっている「湧昇(ゆうしょう)」を始め、海流のメカニズムなど多様な知識を与えてくれる。
日本は古くから魚食が中心で生きてきたが、世界的に見ると圧倒的少数派で、現在(牛乳・乳製品を除く)農業生産は年間約35億7000万トンに対し、漁業生産は1億3300万トンに過ぎないという。漁業は古代からの漁撈という延長路線を踏襲しているが、より以上収量を求める手段として、いま養殖(幼魚まで飼育して放流する方法と、成魚まで飼育する方法がある)という方法が採られているが、特に成魚まで飼育する方法には、環境破壊と病気の発生が大きな問題となっている。
いま地球上には65億人という人類がおり、ごく一部の飽食社会を除き、今でも飢えに苦しむ多くの人たちがいる。しかも今世紀末には100億人を突破することが確実視されている。その時点において従来の陸上由来の食料だけでは到底賄いきれないが、今までいわば眠っていた海洋由来の食料を、「湧昇」という自然現象を活用し、且つそれに人知を付加することで、マグロで100億人が賄えるという試算を提示しているのが本著である。
本著は陸上にしろ海洋にしろ、食物連鎖のスタートは、日光による光合成であることを再認識させてくれるが、それが陸上では草であり、それを食べる草食動物なのだが、草は有機物を消化できない。従って土中の微生物や菌類などがそれを無機質に代えたものを吸収する。そして草を消化できないヒトは、草を消化できる家畜を食べることで食物連鎖の頂点「人間生態圏」を構築している。
海においては、川から流れ込んだ、また浅い海中で発生して光合成を行う植物プランクトンを、動物プランクトンが食べ、それを小魚や幼魚が、またそれをイワシ・サンマなど中型魚が~、最後に極相(クライマックス)としてマグロという連鎖サイクルで形成され、その過程や極相で人間生態圏に組み入れられる構図が見えてくる。そうしたメカニズムを生むのが海流であり、その循環過程で引き起こす「湧昇」という現象が、このサイクルの主役であることを教えてくれる。
以上が「生食連鎖」と呼ばれるが、実はもう一つ「死骸・食べ残し」という、いわば陸上の生ゴミに当たる存在があり、それがマリン・スーノーになって海中を浮遊し、再び動物プランクトンや幼魚などの掃除屋に70%は食べられ、30%が深海に堆積されて行くのだが、そうした堆積物が「湧昇」という現象によって 再び海面近く上昇して、再び植物性プランクトのエサとしての発生にリユースされる。これを「腐食連鎖」と呼んでいる。そうしたメカニズムを生むのが海流であり、その循環過程で引き起こす「湧昇」という現象が、この「腐食連鎖」というサイクルの主役である。
大きな漁場は「生食連鎖」に「腐食連鎖」が加わった恩恵の上に成り立っている。さしずめ、新車の流通という「動脈流通」と、中古車のリサイクル・リユース流通に当たる「静脈流通」とに当たると考えると分かり易い。ちなみに植物性プランクトンの必要とする栄養源は、窒素分でありリンであり、ケイ素(シリコン)というミネラル分である。
ではなぜこの「湧昇」が海の豊穣をもたらすかだが、堆積物が持つ窒素分の再利用である。深海では、硝酸化された窒素分が、海面地殻に上がってくると、植物プランク論が光合成にとって大発生を促すことになる。これは陸上でのマメ科植物が、根粒菌の働きで地中に窒素固定を行うことと似た現象と言えるだろう。ご存知窒素分は肥料の主成分である。
地球上には、海流の位置によって幾つもの大小「湧昇」ゾーンがあり、豊かな堆積物のあるところには大きな動物性プランクトンが育つ。例えばヒゲクジラやペンギンのエサになり、世界最大の哺乳類シロナガスクジラを生んだ南極の動物性プランクトン、オキアミは体長5センチもある。またカリフォルニア沖では、ウニやアワビを大発生させ、それがラッコのエサになって、ジャイアントケルプの大森林を守っている。
著者によると、もしこのオキアミをマグロの味に出来たら、すぐにでも100億人は養えるというのだが、海での捕食者たちは、多くの場合サイズがその下のエサの10倍くらいになるそうだが、陸上でも同様、頂点に近づくほど個体数が減少する。
そのために、本当にマグロで100億人を養うより、「ヒトがトラを食べる」という比喩を用いて、生態系の頂点にいるマグロを食べることより、その過程にあるオキアミ・イワシ・サンマなどを食べ、マグロは100億人が祭りの日に、ご馳走として食べることで結んでいる。
自然の力に比べて、悲しいことヒトの力はまだまだ弱小であるが、英知を絞って人工湧昇に取り組む必要を説いている。たとえば現在(いま)、ポンプによる汲み上げとか、人工海底山脈を造り上昇海流を起こそうという試みがなされているという。
ここから敷衍すれば、未開発の海に比べて、環境問題とも絡んで陸上における耕地の開発、食料生産量は限界に近いといえる。とすればいつでもウナギを、牛肉を食べるということが困難になってくる日は近い。
やはりウナギは土用の丑の日に食べるべきで、牛肉はハレの日という昔の生活に活路を見出すと共に、100億人時代にもなれば、もはや飼料効率の低いウシからブタ、ブタからニワトリへというように、動物タンパク源は、マグロを頂点とした海洋生産物の利用と同調して、(エサ要求率の低い捕食の中位以下の動物)例えばニワトリの肉やタマゴ主体にシフトすべき事を示唆している。