金 文学 著 祥伝社 1,680円
十二月九日、番外編の「繩文塾・忘年の集ひ」に今年もまた參加させていただいた。本來ならば、塾長恩顧の方々の集ひなのだらうが、あつかましく、かつ場所を辨へないのが小生の取り柄ゆゑ、「如何しますか」のお誘ひに、ついついのつかることと相成つた。
飮み會ゆゑに「ここをけづれ」とは趣旨が違ふが、我が儘を承知で謂へば塾長・金先生のトーク&トークを今少し聞きたかつた。しかし、「參加賞」として戴いた「第三の母国 日本国民に告ぐ」(金文學著・祥伝社刊)を読みその想いも晴れたので、書評といふよりも讀後感を述べて見たいとキーボードを叩いている。
結論を先にいふと、前出の「韓国民に告ぐ」、「中国人民に告ぐ」(いずれも祥伝社刊)を讀んで後にこれを讀むと著者の意圖がよくわかるのだが、それでは讀後感にもならないので先へ進める。
「脆弱な国家体制、墮落した国民のみじめな様相」とは、よくぞ言ひきつたものであり、時代が違へば市中引囘しの上「八裂き」の對象である。しかし行間には、我が國を「第三の祖国」と筆者が言ふ通り祖國愛があふれてゐる。ただ、來日で期待したものと、目の前を去來する事象の落差に「怒り心頭」が發端ではあらうが、一つ一つの事象に具體的對應作が記述されてゐる。
第五章で「パチンコ」が採上げられているが、私もこの問題は憂慮すべきであると思ひ續けてきた。理由はその經濟的規模である。洩れ聞くところによると、一時期は三十兆圓ほどの賣上を誇つていたともいうが、これは自動車産業に匹敵する。
「パチンコ」とはギャンブルであり、筆者に指摘されずとも「墮落した國民」を象徴してゐる。その眞つ先に擧げられるのは「パチンコ業は生活保護受給率が高い地域ほど賣上げがよい」と言はれてきたことであり、近年では「サラ金」とリンクしていたことも良く知られてゐる。幸いにもサラ金に規制が掛かり、大手の撤退、中小の廢業などサラ金業界の淘汰と共に、パチンコ業界の賣上げも激減してゐるそうな、慶賀すべきことである。
私は「パチンコ」もそして「ゴルフ」もやらない。それは高邁な思想があってのことでなく運動神經が鈍いことと、自身の人生そのものが「ギャンブル」(家族談)と承知しているからであり、加えて、巷で流行つてゐる「ゴルフ」はスポーツに非らずして「ちびた金をかけるギャンブル」でしかないとも考えている。
著者は、特に若者のことばの亂れ、服裝、立ち居振る舞のおぞましさを問題にしてゐる。
ゆゑに、この本は若い世代に讀んで欲しいと思ふ。
ゆゑに、この本は若い世代に讀んで欲しいと思ふ。
私たち(昭和十八年生)の世代になると、筆者の經歴を先に參照して、本文に入る前に「大きなお世話」が腦味噌を席捲し、主題まで屆かないと愚考する。
上に關しては塾長も「最近の日本の有り様に苦言を呈する内容だとして、事実とはいえやはりいささか気が重い。」と繩文通信で吐露してゐるから、危惧する課題は同じと推察した。
全文を讀むことがもどかしい諸兄は最終項の「日本の未来を救う処方箋二〇カ条」だけでも熟読すべし。就中、国政を預かる「政治屋」、そして主客が転倒していると事実認識に缺けた「高給(誤植に非ず)官僚」ども必讀の書と確信した。