池谷 裕二著 講談社ブルーバックス 1050円(税込)
この欄では06年8月に、著者とコピーライター糸井重里の対談集『海馬』を紹介したが、本書は中高生との対談という形式で、脳の(特に認知機能の)仕組みを平易に説いている大脳生理学入門書である。帯書きに「しびれるくらいに面白い」とあるが、まさに看板に偽りはない。勿論専門的すぎて付いていけない部分はあるものの、ついつい引き込まれて読み進めることになった。
この本からは私たちは、今まで知らなかった、知らないまま誤解していた大脳の仕組みと、そこから生まれる記憶の不確かさを、「不確かだから素晴らしい」というパラドックスの中で、いつしか受け入れてしまうことになる。
また同時に、見ることの出来ない脳の内部が、ここまでわかっているのかと言う驚きと同じくらい、(著者が)「まだほんの入り口にさしかかったところだ」と言う二律背反にも遭遇することになる。
本書の構成は、「人間は脳の力を使いこなせていない」「人間は脳の解釈から逃れられない」「人間はあいまいな記憶しかもてない」「人間は進化のプロセスを進化させる」という4回の講座が中心で、その後に著者の研究室(東大・薬学系研究科/薬品作用額教室)の大学院生との対話を中心とした「僕たちは何故脳科学研究するのか」が加わる構成となっている。目的が中高生対象だし、質疑応答を含めた会話形式だから理解しやすくて有難い。各章で「目からウロコ」の体験を幾つもすることになるが、それをここで、的確に伝えられないことがいかにも歯がゆくもどかしい。以下特に印象を受けた点だけを紹介したい。
第1章では、他の臓器は概して、それぞれ1つの仕事をこなすだけなのに、脳ではいくつもの仕事を行っていること、その作用は決してコンピュータのように正確ではなく、曖昧性あるいは柔軟性といえる作用の集積であることを教えてくれる。また視覚から得られる環境は、もともとそこにあったものではなく、人の脳でつくられたものだと言うことを教えてくれる。
そして人は、(幸か不幸か)進歩しすぎた脳を持っているのだという。ただ身体は脳に命令で制御させているようだが、逆に身体の持つ機能によって制約を受ける存在でもあること教えてくれるのだ。
また自分のどこまでが自分であることかを追求していくのだが、おそらく脳以外のすべてをサイボーグみたいに置き換えたとしても、やはり自分であることの不思議さも教えてくれる。これは前号福岡伸一の、「ごくわずかな期間にすべての細胞が更新されながら、「依然として自分である」という事実と合わせ、人体特に脳の不思議さに打ちのめされる思いである。
第2章では、「いったい心となにか?そしてどこにあるのか」というテーマに迫る。著者によれば心はけっして心臓など多の臓器にあるのではなく、やはり脳にあるというのだが、さて脳の何処でどのように「心」が生まれ作用するのだろうか。著者によると、脳の活動は脳神経の発する電気作用と、タンパク質・アミノ酸それにイオンの移動とフィードバックという、至極即物的な作用で生まれ、特定の神経細胞が放出する脳内物質、たとえばドーバミンとか、エル・アドレナリンなどの微妙な働きで「喜怒哀楽」が生まれ、その作用が表情にも反映されるのだ。
人特有の感情は、人が「言語を持った」ことから生まれたのだと著者はいう。言語のよって人は「抽象」という概念を会得するのだが、それによって多彩で複雑な感情が発生したのだ。
第3章では、脳の1000億、大脳だけで140億もある脳細胞(ニューロン)が、各種の神経伝達物質を受容体に伝え且つフィードバックさせるシナプスのメカニズムを紹介し、その一つ一つの仕事は至極あいまいで伝えたり伝えなかったりしながらトータル的には適切な認識をもたらす不思議さも教えてくれる。
第4章では、いま問題になっているアルツハイマー病の原因と治療薬開発状況に迫る。問題は、人間を実験台にすることは出来ないので、主としてマウスを使っての実験という制約がある。
実はアルツハイマー病患者の脳の表面に老人斑が出来るのだが、そこに細胞を破壊する因子があることがわかっていた。それ以外にも遺伝によるケースなど、かなりの事がわかってきた。著者は薬学専攻で、このアルツハイマー病の解決、薬品の開発に従事しており、治療薬の開発も進んでいるのだが、こうしたたゆまぬ研究にも拘わらず、人は脳のごく一部しかわかっていないということを、脳学者の立場としてもどかしさ半分、しかも「そう簡単にわかってたまるか」という愛情半分でいることを素直に告白している。
また著者は、いま注目されている分子生物学者の、部分部分から全体像を求めるという還元主義手法を、「分解したらわかったといえるのか」と批判した上で、脳細胞はいわゆる「複雑系」、勝手気ままに動いているようだが、意識と無意識をつなぎ、身体と脳をめまぐるしく行き来しながら、結果として脳全体の秩序を組織化し進化させているのだとし、総括として「ヒトの脳はなんのためにここまで発達したかというと、<柔軟性を生むため>の一言に尽きる」と結論している。
第5章、大学院研究室の学生たちとの対談では、より高度な脳談義の応酬がみられる。読んだときのお楽しみのために、ここでの紹介は割愛したい。本編を通じて脳の不思議さを実感できるが、さて人が、「自分の脳で自分たちの脳のことを考えるということの不思議さ」を、今更ながら思い知らされるばかりである。
ただ読書感を始め、伝えたいことが上手く出来ないことへのいらだたしさがひとしおで、本書評を書いた後のむなしさを憶えるばかりである。