| 今月の写真 | 2010年03月 |
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫
| 今月の言葉(3) | 2010年03月 |
里山賛歌は日本人の精神文化の源泉
―風彦
日本語には季節への情感がある。そのなかで好きな言葉は「春めく」である。空のいろ雲のたたずまい、野も山も、草も木も鳥も…。森羅万象に萌えいずる若い生命を実感する。
英語では「Spring like」といい、春めいた天気は「Venal weather」というそうだ。
街の花屋さんには、ひとあしはやく色とりどりの春の花ばなが登場するが、やはり自然界、とりわけ山野の営みにみる「春めく」―四季の移ろいはたまらない。
新幹線で何度か東京までの旅をしたが、この時期に車窓から眺める風景は、まさに「春めく」早春賦を楽しめる。小学時代に愛唱した「春が来た」「故郷」(ふるさと)「早春賦」などを心のなかで口ずさむ。里山で遊び惚けた時代を懐かしむ。広島に在住の詩人、松本暁子さんは、“里山讃歌の詩人”である。
なかでも「春が来た」「春の小川」「故郷」「紅葉」などの作詞家で数々の小学唱歌の名作を生んだ高野辰之への思いが強い人で、彼の生まれ故郷の信州中野の知人との出会いから、現地に出かけて長編の詩を書いたほど。そのタイトルを迷ったすえにつけたのは「望郷賛歌」―詩人の心・高野辰之―であった。地元の人々からも愛詠されているそうだ。
ちなみに、信州中野出身には、高野辰之、中山晋平の詩人のほかに、現在、作曲家で知られている久石譲さんもいる。彼らが育った山野の環境は、地元の誇りにもなっている。昨年、私も松本暁子さんの知人、小林基作さんから声を掛けてもらい信州中野をたずねた。
農業、果樹園を営む小林基作さんは、有機栽培に生涯を傾ける“農業の哲人”であり、“土の詩人”でもあった。
そしてこよなく里山を愛し、自然を讃歌する。信州中野の気候風土に育まれた人々の郷土愛が想像力となっていることを改めて認識した。―人生は創造から生まれる芸術―
ここ最近、各地で荒廃した里山の自然環境の整備が行われており、里山の果たす人間社会の効用が論議されるまでになった。CO2の削減ばかりではないが、里山の醸し出す四季の移ろいは、日本人の情感を豊かに。精神文化の源泉でもある。
♪兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川…(故郷)
♪春は名のみの/風の寒さや… (早春賦)
現在の若者には、早春賦の歌詞が文語体で理解しにくいのだろう。が、私たち世代には懐かしい小学唱歌。日本の四季への讃歌である。
―環境が人を作り 環境はまた思想を生む―
(風彦)
| 雑感(3) | 2010年03月 |
代表取締役 田河内秀子
いよいよ春も間近ですね。風は冷たいのですが、なんとなく日差しが春めいてきて、心もウキウキしてきます。この冬は体調が最悪の年だったので、この春は何かいいことありそうな気がしています。
さて、毎月お送りするこのインフォメーションや封筒、チラシ、挨拶文は社員が全員で取り組んで、毎月発行できているのですが、時々他の会社の方から「よく続きますね」とか「毎回アイデアがよくでますね」とかお褒めの言葉をいただきます。
「タニシインフォメーション」は10年以上、裏面の「舟入散歩」も2年以上になり、封筒に懲りだしたのも1年以上。会社の売り上げにどれだけ貢献しているのか定かではないのですが、言えることは確実に社員に力がついてきているということではないかと思います。文章を書くことにも抵抗がなくなり、月末の封入作業に間に合わせるように仕事の段取りも出来るようになりました。本来の仕事以外の仕事になるので、どうしても最初は時間が空いた時にやるという感覚でしたが、今はそれも仕事の一部と、日常業務に組み込まれるようになり、あたりまえになってきました。
大企業には、きちんと販売促進や企画部門という部署があり、優秀な人員が配置されています。広告宣伝費用として予算もあり、戦略的に新商品の開発や宣伝広告をします。それに比べ中小零細企業は、目の前の仕事をする最小人員しかいませんし、広告代理店に頼むほど予算もないのが実情です。我が社のような印刷会社もそのようなお手伝いをさせて頂いていますが、その前に、まずは自社で毎月簡素な広報誌を作るなどして、日常的に全社員さんに広告宣伝も仕事の一部と認識してもらい、原稿もどんどん作れるようになるのが先決ではないかと思います。社員さんって、やってもらうと社長なんかよりずっと能力があるものです。
| 身近な野鳥 「首の長いカンムリカイツブリ」 | 2010年03月 |
今日は予め撮影準備を整え、重いカメラを担いで約400m先から歩いて来た。その甲斐あって約30m先の至近距離に彼はいた。今日は丁度休憩中で、足がだるいのか時々片足を上げ羽の横から出してじっとしている(写真上)。
カンムリカイツブリは海、河口、池に来る冬鳥で、遠くから見ると白っぽく見え、頭部は赤褐色の毛がカンムリをかぶっているように見える。背中も赤褐色で、顔や首前方や下面は白く、首が比較的長くスマートに見える。小さな丸い目はまるでルビーのように赤く輝き(写真下)、夏羽では顔後方から咽喉にかけて赤褐色の飾り羽が出る(写真はもう夏羽に換羽し始めている)。大きさはカモくらいあり、普通のカイツブリのほぼ2倍もある。
カンムリカイツブリは以前、賀茂台地には飛来していなかったようで、三永水源地で1974年に3羽、その12年後の’86年に1羽の観察記録があるのみである。しかし、‘88年に26羽が観察されてからは毎年10羽前後飛来している。しかし、他の池にはまだやって来ていないようだ。
(2010年2月8日記)
| 地衣類のふしぎ | 2010年03月 |
柏谷 博之 著
ソフトバンク クリエイティブ株式会社 発行
『地衣類』という生物は、コケとよく似ており、「○○ゴケ」というような名前を持つものが多いので混同されやすいらしい。しかし、コケは単独の生物で緑色植物に属し、地衣類は菌と藻の共生体で菌類に属する。本書を読むまで、木でもなく草でもなく地面や壁にへばりついている「あれ」は、全部コケだと思っていた。外で見ると地味な地衣類も、本書に掲載されている接写された拡大写真を見ると、かたちも変化に富んでおり、美しい。
それにしても、これまで地衣類とかコケなど目もくれたことのなかった私が、なぜ、この本に惹かれたのだろうかと自問してみた。たぶん、書店で手に取り頁をめくったとき目にとまった『共生』という言葉に心をとらえられたのだと思う。
「菌類は地衣体の中で安定した生活の場と水や無機物を藻類に与え、代わりに藻類が光合成でつくる栄養(炭水化物)を得ている」(本書より)
自分と会社・地域社会の関係とオーバーラップするような気がした。ここに、私にとって重要な示唆を含んでいるような気がしてならない。(哉)
| 海角七号 君想う、国境の南 | 2010年03月 |
【監督】魏徳聖(ウェイ・ダーション)
【出演】范逸臣(ファン・イーチェン) 田中千絵 中 孝介
1940年代の台湾、伝えることの出来なかった想いを込めた手紙が国境を越えました。時が経ち再び国境を超え21世紀の街に帰ってきた手紙を手にしたのは一人の青年。彼は都会で果たせなかったミュージシャンとしての夢を胸にしまい込んで、不機嫌に故郷で暮らしていました。
やがて青年は心ならずも一度は捨てたギターを抱えます。地元のイベントのために結成されたバンドは寄せ集め、その上世話をする日本人女性は超高飛車・・・いらいらする彼ですが、あの手紙に見守られるように心が少しずつほぐれていきます。楽しい青春映画に、海風のように遠い日の記憶が香ります。手紙が届くべきひとに届く感動よりも、過去と現在は様々なひとの想いが重なり合いながら繋がっている、ということへのいとおしさを感じる映画でした。(nao)
| タニシ君が行く! Re | 2010年03月 |
| 社員ひとこと | 2010年03月 |
雨よりも雪が降ってくれればなと思います。 (K)
3月と言えばホワイトデーですが、返す人がいないので忙しくならずに済みそうです。 (山本)
2月は如月と言いますが、昔は衣更着と書いたそうです。どおりで2月は寒いはず!! (Q)
「We Are the World 25 for Haiti」音楽の力はすごいと思う・・・(^v^) (お)
今年もお芝居に挑戦!本番は5月末予定!!しかし、台本がまだない・・・大丈夫? (伸)
早くも3月です。卒業式も近いので、あまり、ゆっくりしていられません。 (幸)
年末から増えてしまった体重! ハァ~溜め息の日々なりヨ (モン)
相棒の彼が馴染んできた。 (哉)
卒業シーズン。今、何を思い出していますか? (北)
受験生並びにその保護者の方、一度「京大芸人」という本を読んでみて下さい。もっと早く出会っていれば・・・? (千)
きれいに咲くといいなぁ、桜。 (朝)
家の近くの桜の木。毎年咲くのを楽しみにしています。今年ももうすぐです。 (元)
行動的になってみると出会いが一杯溢れてました☆ (B)
三月はいつも駆け足で過ぎて行きます。なんやかんやであっという間に花見の季節が来ちゃいます。もう少しゆっくりでも良いのですが・・・ (高)
足が痛いのが直ったら、どこに行こうかな。 (秀)
| 今月の写真 | 2010年02月 |
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫
| 今月の言葉(2) | 2010年02月 |
反省とは知恵を得ること
―鈴木秀子、聖心女子大名誉教授
「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」(海竜社発行)を読んでいたら、二月二十四日のページで表題の言葉を見つけた。
「反省とは後悔することではありません。ひとつの体験を通して知恵を得ることです。あのやり方は悪かった。あの行動は失敗だった、と気づきます。その気づきを生かすのです」(中略)―。この言葉を読んだとき、先年、亡くなった長沼健さん(元.日本蹴球協会会長)の言葉を思い出した。長沼健さんは、私と同年代、同じ広島県出身で、東京在住の新聞記者時代に「健さん」と呼ぶ昵懇の仲で新聞社の専属評論家にもなってもらっていた時代だった。
「勝った試合よりも負けた試合から学ぶことが多くある」が持論。最近では楽天の監督時代の野村克也さんもボヤキのコメントで度々語っていた。
二人とも一時代を築いた“知将”であるが、私の知る限り、プロ球界では、水原茂、三原郁、鶴岡一人、西本幸雄などの“名将”たちも異口同音ながら敗戦の弁を述べていた。
これは勝負の世界でもさることながら、人生でも言えること。
鈴木秀子女史が、そのへんのことを諭したのも頷ける。彼女は、現在、聖心女子大名誉教授。若き時代に八年間修道院で修行した異色のクリスチャン。同著のあとがきには「深い知恵は自分の中だけでとどめておくとすぐ消えてしまいます。浮かび上がってきたらすぐつかまえて身につけると、あなたの素晴らしい財産となります」(後略)
この財産は、金では買えない宝。その宝を磨くため、この宝を他の人と分かち合う場をもつことだ、と説く。
私は考えた。この言葉は即座に“野村カープ”にも言える。
Bクラスに四年間低迷した“ブラウンカープ”から生まれた反省は、野村新監督の知恵? でハードな練習の復活だった。
しかし、ここで懸念されるのは、ブラウン野球から野村野球へのモデルチェンジが円滑に切り替えられるか。赤ヘル黄金時代のバックボーンは「練習ハ不可能ヲ可能ニス」(大野)練習場の石碑=元、慶應義塾大学長小泉信三氏の言葉)であった。高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三らプロ球界を代表するスイッチヒッターの誕生がそうだった。
知恵から生まれた財産=宝を監督、コーチ、選手が互いに磨く場があったからだ。
私は、敬虔なキリスト信者ではないが、おりにふれて読む「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」には教えられる。
(風彦)



