今月の言葉(11) 2013年11月

「お喋りは金、沈黙は銅」 

― 諺の裏表を考える

十一月三日は「文化の日」。国民の祝日である。戦前、戦時中の世代には「明治節」でなじんだ祝日。「今日のよき日は 大君の うまれたまひし よき日なり」明治天皇の誕生日を寿いだもの。敗戦後は昭和二十一年十一月三日に廃止。二十三年(一九四八年)七月二十日に公布。同年十一月三日を「文化の日」と制定された。

自由と平和を愛する国民の意識を高める意図があった。いま国民の多くは、当初の趣旨を理解しているだろうか。

戦前は音楽も演劇も絵画、文学(俳句、短歌)、出版、集会…。あらゆる面での国策を盾に、検閲の暗黒社会…。あの当時のことは、国民の高齢化とともに記憶が風化…。とかく若者は、お年寄りのお喋りを忌避しがちである。が、そのお喋りのなかに世の中の「真実」があることを知らなくてはいけない。

過日、広島出身の世界的なバレーのマドンナ、森下洋子さんと彼女の亡父準氏の三回忌法要で会った時、ご主人の清水哲太郎さんともどもお喋りの真意の大切なことを知る。理解する。ことをおっしゃった。

彼女は被爆、ケロイドを負いながら明るく振る舞う祖母のお喋りから原爆の恐怖を。そして彼女は自分の生い立ちを語る。

お喋りには、個人的な、かしましいものもあれば、たんたんと語り継ぐ内容もあるだろう。しかし、一般的にはお喋りは―

「やかましい」「かまびすしい」「女三人よればかしましい」=広辞苑という。

が、少年時代に見聞した出来事がある。

ある夕方の銭湯。「きょう広島湾にはご用船(輸送船)が多かったな」―。こういったお喋りをしたおじさんが、あとから秘密保護違反で警察に捕まった。

国鉄呉線(いまのJR)では海側は艦船の動向をみせないように全部鎧戸をおろさされた。いま考えるとばかばかしい限り。

日本敗戦への気配は、大衆のお喋りで察していた。

時代は変わった。さまざまな偽装、偽表示が露見、社会問題化してきた。中国の偽装表示はさることながら、国内でも有名企業までもとりざたされている。

当然、内部告発であろう。と同時に、企業内のお喋りから発端しているとも。

私がここで取り上げるのは、お喋りの功罪である。

「功」は歴史を伝え語り継ぐ力。正義感への触発…。「罪」は風評の起因。付和雷同の火付け役…さきの福島の原発事故による農作物の放射能汚染の風評、影響もその一例…。広島の被爆直後、郊外から広島市内に入ると『ピカ』がうつる―といったデマのもとも、お喋りからである。

前述の『ピカ』というのは、残留放射能による原爆症の症状のこと。ことほど左様にお喋りの罪は大きい。

しかし、このお喋りこそコミュニケーションの大切な要素でもある。お喋りを戒める諺に「巧言令色鮮(すくな)し仁」がある。

語訳するまでもあるまいが、「言葉巧みに愛嬌よく話す人には真心がない」というわけ。諺には表と裏がある。

「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」

「君子は豹変す」

私が強調したいのは、高齢者がとかく口数が少なくなり、寡黙になること。「わしらの出る幕じゃない。若いもんに任せればええ…」世の真相を知りながら、語り継ぐことを避ける―。年寄りには、年寄りの社会的な使命があること。若者たちが耳をかたむける。高齢者の節度あるお喋り(意見)こそ「日本丸」の航路を決める―。

  (風彦)

今月の言葉

今月の言葉(10) 2013年10月

「スポーツ天国」 

― 東京五輪賛歌の有情から―

東京五輪招致決定から日本は祝賀ムードにわいている。二度目の東京での開催である。デフレ不況の風を五輪風で吹き飛ばそう―。ゆきさき不透明な、政治、経済、社会…の思惑がうずまく。そんなある日、大学の先輩から一通の葉書が届いた。

―お元気ですか―「祝」 Discover Tomorrow Tokyo 2020 Olympic Games
身心一如 元気一番 福以徳招
とあった。律儀な方で四季折々の便りを下さる。広島市在住で八十半ば過ぎてもお達者。その後日、今度は千葉在住の私の現役時代の上司だったKさんに、東京オリンピック招致決定の歓びを伝えた。
Kさんは、当時(1964年)開会式の記事を書いた名文家。例の雨の神宮競技場で行われた学徒出陣の閲兵式(1943年)に参加、中国大陸への戦場へ。この人は、戦前、東京で開かれるはずだった五輪の日本代表のボート選手だった。それだけに、誰よりも感慨無量であった。 
当時の新聞資料を読み返すと胸を打つこの人ならではの一文があった。
「学徒兵選手OB」―五輪開会式をみて―。
「たしかにあるいているのは、世界のあらゆるところからやってきた青年であった。まぎれもなくこれはオリンピックの入場行進であった。そしてここは疑う余地もなく、日本の神宮フィールドである。オリンピックはとうとう日本にやってきた」
(以下攻略)
いま九十近いKさんは、喉頭ガンの手術を受けて声を失いながらも医療機器を通じて再び東京での五輪開催を喜ぶ声を伝えてくれた。
「つぎのオリンピックまで生きるよ」。
Kさんと同じ思いで余生の道標になるだろう。私もその一人。
七年後の2020年。日本はどのような変革、発展をするだろうか。社会も経済も科学文明も…。さきの東京五輪をきっかけに上昇気流に乗って世界へ羽ばたいた。当時の社会背景とは比較にならないほどのグローバリズムへの機運も。しかし、それでいてスポーツは、国威高揚の手段とされそう。五輪の舞台はその恰好の場。過去の五輪の歴史にもある。戦前のベルリンオリンピック。ナチズムの台頭で「平和から戦争へ」―。とかくスポーツは「勝敗の感動」の美名より、政治に利用される。二度目の東京五輪はどうだろうか。
オリンピック憲章には、「人間の尊厳保持と平和の社会を推進する。人種や政治、性別、国や個人に対する差別はいけない。」(要約)とある。が、アメリカと中東の関係。アフリカの各国の国家意識の変化、台頭する中国などの動向…。渦巻く五輪の持つ宿命かもしれない。かくいう日本は―。
さきのIOC(国際オリンピック委員会)招致委員会での素晴らしいプレゼンテーションで示したように「お・も・て・な・し」のこころで世界各国の人たちを招く心遣はできる。が、そのためにはまず原発事故の汚染水流失の問題解決。同時に震災地の復興、新エネルギーの開発、東京の再開発などを早急にすすめること。日本の卓越した技術力を発揮すれば、この分野でも「金」メダルを。そしてその技術力で世界各国に貢献することが、五輪は日本の「スポーツ天国」への道。
Discover Tomorrow Tokyo 2020 Olympic Games
  (風彦)

今月の言葉

今月の言葉(9) 2013年09月

「大人の知恵」 ―温故知新―

― シェイクスピアから学ぶことは―

 図書館は、さまざまな「知識」と「知恵」の宝庫である。過去、現在、未来につながる人類の文化の歴史の流れを学ぶことができる。大型書店とは違った独特の雰囲気があり、存在感もある。私の利用する広島市立中央図書館には、986,369冊の蔵書があるという。そのなかの一冊に興味のある書籍をみつけた。
 「シェイクスピアに学ぶ老いの知恵」。著者は英文学者、小田島雄志。知る人ぞ知るシェイクスピア研究の第一人者。「マクベス」「ハムレット」「リア王」など三十七編の作品を全訳した人。その作品を通し日常生活での人生観、人間観のエッセイ。
 著書のまえがきに「今の世の中、価値の多様化(ぼくに言わせると、カオス化)が言われて久しいが、唯一絶対の価値基準などありえない時代にめぐりあわせたぼくたちにとって、シェイクスピアはよき先輩である。そしてこのような時代にどういきていけばいいか、それとなくだが示唆してくれている」(後略)
 私はシェイクスピア通でもなければ、英文学者でもない。が、彼の書き綴った演劇書籍を二、三触れた程度の知識しかない。ダイジェスト版でのストーリーを知っているくらい。波乱万丈の物語もさることながら、登場する人物の台詞―。諺、格言、蔵言…の数々に興味をもつ。それらの「言葉」が人生の指針にもなるから。
 手元にある古い辞典―「ことわざ故事・金言小辞典」(発行所・福音館書店)のなかでもシェイクスピアの言葉がのっている。そのなかからあげてみた。
 「平和は芸術の保母」「すべての人を愛し、わずかの人を信じてなにびとにも悪をなすな」「希望は思想なり」「安心。それが人間の最も安価な敵である」―。
 前述の小田島雄志先生の著書のなかに「大人の知恵」に『リア王』の劇中、リア王と道化師との会話。「年をとるのは知恵がついてからじゃないといけないんだよ」と道化師が自分を卑下するリア王に話すくだりがある。この言葉は薀蓄がある。年寄りには、それなりの「知恵」があるということでもあるまいか。
 九月の「今月の言葉」―「大人の知恵」―の標題にしたのもこの月の十五日は「敬老の日」。年寄りを敬う意識を強調しようという国民の祝日。しかし急激な少子高齢化に年寄りへの風当たりも違ってきた。政府の高齢者対策にもその一端がうかがえる。経済社会の変動による福祉行政の見直しもやむをえない事情(政情)もあるだろう。が、私は高齢者の一人として考えた。
 高齢者にもそれぞれの貧富の格差がある。当然、意見、異見も百出…。ここで故ケネディ米国大統領のあの有名な就任演説。「国に求めるのではなく、国のために何をすべきか」―。年老いた人でも「知恵ある人は知恵をだし、体力、気力ある人は額に汗を出す」―。この施策の環境を整備充実させるべきだろう。富の格差による社会不安の改善策の一つには、富裕者層の社会ボランティア(寄付金制度を含めて)の活動の啓蒙を。現在の若者たちも「大人の知恵」を学ぶべきだろう。
 古きを尋ねて新しきを知る―「温故知新」―。である。若者たちに尊敬される「大人」になる意識をもつこと。お互いに理解し合う。そこから日本民族の再生、発展が生まれる、と確信したい。最後に「ハムレット」の有名な台詞。「TO BE OR NOT TO BE」―。(人生は、生か死か=意訳、諸説あり)

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(8) 2013年08月

「明日への伝言」―

― 八月の記憶を語り続けよう

 青い空には、深い悲しみがある。八月は「日本の祥月命日」―。あの日から六十八年の歳月が過ぎた。
 昭和二十年。一九四五年八月。
 六日は広島に原爆が投下され、十数万の人が犠牲に。九日は長崎にも…。人類史上はじめての原爆被爆…。さらに十五日には天皇の「玉音」による敗戦…。「耐えがたきを耐えた」“軍国日本”の終幕だった。あの当時の日本の悲劇を知り、語る人たちも高齢化し少なくなった。
 世代は無情にも変わった。七十年間、草木も生えないと言われた廃墟の街は「緑の街」と生まれ変わり、「平和都市」に。しかし、国内外の動向は、「ノーモア・ヒロシマ」の声をよそに、いまもなお原子エネルギーをめぐる論議が絶えない。
 過日、「道頓堀の雨に別れて以来なり」
 ―川柳作家・岸本水府とその時代―(田辺聖子著)を読んだ。広島在住の被爆者で川柳作家・森脇幽香里さん(故人)の作品に当時の光景を思いだし胸がつまり、目頭が熱くなった。
 「生きていた名前を橋に書いて死に」
 「ヒロシマの水漬く屍となった川」
 森脇幽香里さんは、ご主人の海外勤務とともにスイス、アメリカ、オーストラリアで海外生活。現地での川柳指導を。広島に帰国後は、川柳作家として後進の指導に情熱を傾け、広島文化賞(平成十一年度)も。被爆者の鎮魂句集「捧げる」「きのこ雲」などを編んだ。
 川柳のみならず、文学、文芸、映画、音楽、絵画などそれぞれの人が、それぞれの立場で原爆被爆の惨状を訴えた作品も数多くある。
 広島の悲劇は過去のものではない。しかし、歳月は人の記憶を風化させる。
 「ノーモア・ヒロシマ」を叫び、「原爆許すまじ」を熱唱した、あの若者たちのエネルギーもいつのまにか、霧消してしまった。被爆当時、私は中学三年生。父親は出勤途中、被爆。その父親を探すため、郊外から入市。廃墟と化した街…。さながら地獄絵図…。その光景をみた。思い出すことも、語ることもいやだった。
 それが五十年過ぎたころ、ある友人が、私の新聞記者時代での被爆者取材体験を話したことがきっかけとなり、東京から広島に修学旅行を兼ねて平和学習のためやって来る雙葉女子中学生、日本女子大付属中各三年生に語り続ける。もう十年になる。
 「被爆胎児の少年の死」―。これが話のタイトル。被爆直後、肉親の安否をたずねた母親(妊娠五か月)から生まれた元気な男児が小学五年生の秋の運動会後、身体の不調を訴え、原爆症による「骨髄性白血病」で亡くなった話。原爆の脅威は破壊力だけではなく、「核」による放射能の影響…。
 原子エネルギーは両刃の剣であることを説く。一昨年の福島原発事故による放射能禍が続いているだけに、彼女たちは涙ぐみながら聞き入ってくれる。
 この話には後日譚(談)があり一篇のドキュメンタリーである。
 私は彼女たちに、手作りの冊子―「明日への伝言」―を配り、友人、家族にも伝えてほしい、と伝える。お願いでもある。彼女たちは後日、決まって感想文を送ってくる。私は一人ひとりにまた返信をする。語ることの意味と使命を感じるのである。
 「骨壺の子も聞け/虫も泣いている」
 これは当時、この少年を取材した写真家・土門拳さん(故人)が遺族へ贈った哀悼の色紙。いまも仏壇に供えてある。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(7) 2013年07月

「幸せのタネを播こう」―

― 朝顔のタネの育苗から学ぶ

 七月は子供たちの楽しい夏休みがはじまる。小学校では「夏季学習の宿題」(自由課題)がある。工作、野外活動の体験記など文字通り、児童たちの夏休み中での生活を題材にしたもの。
 ある友人は、子供には「朝顔日記」をすすめているそうだ。理由は自分の少年時代の夏休みで「朝顔の日記」によって植物の生命力を知り、「命」の尊さを学び、自然観察、環境問題への認識をもつきっかけになったからだという。
 息子、孫にもそのような「教育」を説き、休日には家族とともに近郊の里山登山、山野の散策を楽しんでいた。
 「と言って、俺は決して強要してはいないから…。誤解しないでくれ」
 その友人は笑って家庭教育の一端を話した。過日、街なかの書店で一冊の本を見つけた。
 「幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く」少々長いタイトルの本だった。著者は岡本一志(発行元は1万年堂出版)。昭和51年生まれ、愛媛県出身、東大中退の仏教家。しばらく立ち読みをした。お釈迦さんの教えを通して家庭、職場、恋愛など人間関係や勉強の仕方などの悩みをいかにして解決するか、を説いた書だった。
 私は仏教家でも書評家でもないけれどもタイトルに興味と関心から立ち読みをした。が、世の中には、さまざまな人生の悩みのあることを改めて知った。
 私はふとシェイクスピアの言葉を思い出した。「世の中には福も禍もない。ただ、考え方でどうにもなる」―。
 またモンテーニュは「運命は、我らを幸福にも不幸にもしない。ただ、その材料と種子とをわれらに提供するだけである」―。と言った格言、箴言である。
 話が横道?にそれたが、現在の世相ではむかしでは、考えられなかった事件が続発する。
 子供の虐待、また子供が親に暴力を振るう。自殺、いじめの問題…。一連の事件に共通しているのは「命」の大切さの欠如から招いている。
 小学二年生の男児の母親の友人に何度か話したことがある。
「子供の才能は未知数であり、無限大である。朝顔のタネだってさまざまな形をしている。大輪を咲かせるもの。小さくても鮮やかな色の花を咲かせるもの…。ほかの草花でも肥料のかげん。日当たり具合、土、水への配慮によって違うものもできる。環境の違いもある。それを学ぶのも親であり、子供…」
子供の才能の可能性を信じて子供を慈しみ育てること。子供は自分が手掛けた朝顔や草花の成育で自然の生命力を学ぶ―。なかでも朝顔の育苗は恰好の教材であろう。
 広島県本郷町出身で、大田堯 元日本教育学会会長、日本子どもを守る会名誉会長(東大名誉教授)は以前、ラジオ番組でおっしゃった。
 「子供は一人ひとりDNAが違う。児童の能力が違って当たり前、教師も親もそれを知らなければ、いけない」―。
 米国ハーバード大 北川智子教授(日本歴史)は学生たちに説いている。
 「あなた方の可能性は無限大である」―前述の岡本一志、大田堯、北川智子各氏ともに理数学畑の出身。北川女史は、無限大を数学の記号「∞」で言い表している。
 楽しい夏休みで「幸わせのタネ」になる「童夢」の育つことを願いたい。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(6) 2013年06月

「死語の墓標」の再認識

― 諺、格言から学ぶ知識と知恵 ―

 日本列島は今、異常な気象に見舞われている。六月は暦では梅雨の季節。気象庁の長期予報では、四国地方は六月五日、中国は七日、関東甲信越は八日頃という。大体五日程度の移り変わりがあるようだ。これはあくまで“予報”であり、“情報”――。しかし、最近の天気予報は気象科学の発達で、予報的中の確率も高くなってきた。はたして今年の梅雨は「空梅雨」、「長梅雨」か。六月はじめの長期予報でその傾向もわかるだろう。
 この時季になると、友人のMさんを思い出す。田舎生活を賛歌して話した言葉であった。
 「晴耕雨読……。田舎の生活はいいもんだよ」――。Mさんは、大学教授だった父親の退官を機に、彼自身も会社を定年退職。家族ともども郷里に引き上げた。もともと旧家の出だけに、家も土地もあり、そのうち古い家を解体、建て替えていた。当方には羨ましい限りだった。
 「おれには、辞書はあるけど地所がないよ。街なかの生活者には、晴耕雨読は死語だろうな」と語り合ったものだ。マンション生活者には、まず耕す土地もない。と同時に、本を読むより、スマホかパソコンが読書代わり。とくに若い人たちにはその傾向が強いだろう。
 時代が変わり、人間を取り巻くさまざまな社会環境も変わってきた。無理もないことである。が、一般的には恵まれた社会環境のなかでありながら、またその歪が露出してきている。
 人間社会での基盤となる倫理=道徳観の欠如が社会、政治、教育会で大きな問題となっている。
 過日、あるテレビで教育問題についての座談会を聴いた。登場者はそれぞれの学識有識者である。あえて名前を披露させてもらう。教育評論家・尾木直樹、高崎経済大学教授・八木季次、文化省政務官・義家弘介、宣伝会議編集室事業構想大学院教授・田中理沙氏。子供の教育をいろんな視点からの座談。「教育は未来の投資」「国家的な投資」「家庭の教育費の負担」など活発な議論だった。
 教育、躾などの根幹は、やはり家庭――学校の一貫性が大切。そこで考えたのは、日本人の精神のDNAになっている諺、格言――死語になった言葉を学校教育のなかで、教え、伝えることだと思った。
 諺や格言、名言には、古くから世間に広く言い伝えられて、私たちの生活の知恵の結晶となり、日本人としての人間形成に役立っている言葉が多い。
 言葉=言語は、時代の変化により変わる。が、その言葉=言語を使っていた時代を学ぶことも社会歴史教育にもなる。目先の教育にこだわらず、歴史を知る。いわゆる「温故知新」である。古きを尋ねて新しきを知る――。
 安倍総理の唱える「美しい日本」の国づくりは、なにも憲法改正の論議ばかりではあるまい。日本人が日本人としての「人格形成」に目覚め、知識と知恵を身につけることではあるまいか。かつて「梅干しと日本刀」の著者、樋口清之氏が説いた「日本人の知恵と独走の歴史」につながる。
 「諺と格言」で、家庭から学校から、社会から知恵と知識を学べることを、再認識したい。
 私には耕す“地所”(畠)はないけれど辞書――「ことわざ、名言、格言」「故事成語辞典」があるので、梅雨の読書もまた楽しい。
――なかなかに足もと冷ゆる梅雨かな 蛇笏
――梅雨をたのしむ思ひあり 淡路女

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(5) 2013年05月

「子供は家庭の宝」「国の宝」

― 子供の人権を考えよう ―

 薫風をはらみ、五月晴れの空に、鯉のぼりが泳ぐ。新幹線で東京へ向かう車窓より眺める田園風景のなかで、その光景に接すると、心もなごむ―。こどもの成長を願う人々が綴る日本列島の風物詩。最近は鯉のぼりをあげる家庭も少子化のせいか、目立って少なくなった。都会のマンションのベランダに飾られた小さな鯉のぼりをみつけると、侘しい。が、それでも昔も今もこどもへの成長への願いは、変わらない。
 五月はこどもの季節。古いしきたりの田舎の家では、いかめしい武者人形を飾り、しょうぶ湯をわかし、軒先には邪気を払う菖蒲を。家族そろって柏餅を…。万事、こども中心のお祝いである。
 私の友人の旧家では江戸時代から、その営み―しきたりが続いているという。友人は一男二女の父親。一男―長男―には、男の子に次いで女の子が誕生。脈々と家系がつづいている。
 三月は女の子の節句、ひな祭りを、それなりに華やかに済ましたばかり。
 「いまでは、こどもより大人の楽しみ。こどもはゲーム機に夢中なんだから。」
 時代は変わった。そんな折、あの「線の風」の新井満の「自由訳」『良寛』(=写真・羽賀康夫=世界文化社)の本を見つけた。
 この人は、感性豊かな詩人らしいセンスで江戸時代の晩期に生きた良寛が書き残した漢詩を現代風に、わかりやすく意訳…。しかもカラー写真入り。春夏秋冬の季節にわけて紹介。一遍のドラマを読む思いだった。良寛をめぐる書籍は沢山ある。私が魅せられたのは、こよなくこどもたちを愛し、慈しんだ話―。ここでは良寛さんと言おう。
 良寛さんは、乞食同然の托鉢行脚のお坊さん。周囲からは奇異の目でみられながらも、こどもたちは良寛さんを見つけると袖を引っ張って遊びに誘う。それに喜んで応じる。数々のエピソードがある。手毬つき、かくれんぼ、凧揚げの凧に、せがまれて「天上大風」と書いた話。時を忘れて村童たちと遊びほうけた話…。五月の「こどもの日」になると思う。
 あの時代と今では、文明、文化、社会の背景…。あらゆる面での大きな違いがある。が、良寛さんの語った言葉は―。
 「こどもの純真なこころこそ仏の心」―。良寛さんは詩人であり、またすぐれた書家でもあった。そこいらのお説教好きな住職ではない。自ら「僧にあらず」といい、周囲の人たちは「俗人にもあらず」と言っていたそうだ。
 良寛さんのこども好きのことは、先にふれたが、この人の残した俳句がある。
 「子らや子ら子らが手を取る躑躅かな」
 「さわぐ子の捕る知恵はなし初ほたる」
 子ら―村童の心理を読みとっている。
 良寛さんが書き残した漢詩のなかで、好きな詩は―。
 「花無心にして蝶を招き、蝶無心にして花を尋ねる」―。漢詩で書けば七行。(ここでは割愛する)「花と蝶」の自然の摂理を通じての人生観を。それは良寛さんの辞世の句にも。
 「裏を見せ表を見せて散る紅葉かな」であり、「散る桜残る桜も散る桜」―。
 大人はいずれの日にか、あの世に旅立つ。次代を生きるこどもたちに未来を託そう。
 いま社会問題になっているこどもたちへの「体罰」は、まさに暴力である。
 「こどもは家庭の宝」「国の宝」である。あらためてこどもの人種を守る大切さを認識しよう。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(4) 2013年04月

「論語読みの論語知らず」

― 古典から学ぶ日本と中国の教育 ―

 標題の意味は、多くを語らなくてもわかるだろう―。が、念のため。「書物の上のことを理解することばかりで、これを実行できない者にいう」(広辞苑)。かいつまんで言えば、書物からの知恵があっても実行力がない―ということ。「言うは易く行うは難し」にも通じる。三年前に作家の阿川弘之さんは「論語知らずの論語読み」(講談社文芸文庫)と題してのエッセイで、現代の若者ばかりか、この人の交友関係までもユーモアの筆致で「論語知らず」を揶揄…。
 昭和一桁生まれの私たち旧制中学一年生では「漢文」の時間があり、中国の古典「論語」を学んだ。
 孔子と弟子たちとの問答、弟子たちの問答などを集録した書からの教材だった。
 漢字ばかりの文章に振り仮名「レ」点や和数字の一、二…といった返り点があった。漢文の先生の朗読にあわせて訓読…。その意味も「読書百遍」式に理解したものだった。いまでも忘れない言葉―文章―がある。
 「しのたまわく、学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。ともあり、えんぽうよりきたる、またたのしからずや…」
 漢文で書けば―「子日、學而時之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎…」
 「しのたまわく、こうげんれいしょく、すくなしじん」
 「子日(しのたまわく)、巧言令色、鮮矣仁」
 格言、諺…。人生の指針にあふれた言葉を教わった。漢字とともに「論語」を日本に伝えたのは、百済国の王仁。応神天皇の時代だという。孔子の理想的な道徳「仁」の意義、政治、教育などを説いたもの。孔子は、紀元前の中国、春秋時代の学者、思想家でもあり、儒家の祖といわれた人。後世、中国では、高級行政官の登用試験である「科擧」には、この『論語』と『孟子』『大学』『中庸』、さらに『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の四書五経を諳んじるほど習得しなければならないほどの学問。知徳の優れた者しか合格できなかったそうだ。
 しかし、皮肉なことに“宗家”中国では孔子の教えの基本、儒教と法家との対立から、秦の始皇帝は「焚書坑儒」を行い、実用書以外の古典を焼き払い、反対勢力の儒者を殺略。「人治」よりも「法治」をとり天下統一を。まだ記憶に新しい毛沢東の文化大革命の暴挙もあった。逆に日本では「論語」の教えのもとに仁徳が育み、日本人の遺伝子までに―。私が大阪在職時代に知り合った中国人留学生がいみじくも言ったことがある。
 中国の歴史を勉強しようと思っても文献、資料が中国にはない。むしろ日本には中国より沢山の研究資料があるので、日本に留学したという。彼は孔子の七十七代目の子孫だともいった。真偽のほどはさだかではないが、彼を世話した人は、上海からの引きあげ者。信頼できる人だった。
 ある日、旧制中学時代の友人と出会ったとき、漢文と「論語」の話に及んだ。「論語」の国、中国では「論語」をどのように教えているのだろうか、となった。確かに、日本には数多くの「論語」の書籍があるけれど、中国での「論語」教育に関しての資料はない。やっと見つけたのは、「日本と中国の漢文教育」(2007年4月28日、早大国語教育学会=丁秋郷氏発表)によるものだった。それによると、小中高校の教材の一部にあることを知った。が、内容的にはわからなかった。孔子の時代と現代とは時代背景も違うけれど、「論語」の思想を理解しあえば、両国の険悪な事態も解決できるのではないか。
 「論語読みの論語知らず」
 「論語知らずの論語読み」

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(3) 2013年03月

「人間社会の百薬の長」

― 感謝とありがとう! 言葉の特効薬―

 『早春賦』の季節である。
 「春は名のみの/風の寒さや/谷の鶯/歌は思えど/時にあらずと/声も立てず/時にあらずと/声も立てず」
 懐かしい唱歌…。歌詞通りの冬の名残の風は冷たい。が、風は季節の声。春本番の序曲を伝えてくれる。
 またこの時季は卒業シーズン。出会いと別れが織り成す…。日本列島の風物詩でもある。以前『追憶は玉手箱の中』という詩を書いたことがある。

 「時計を/止めたい/時がある/時計を戻したい/時もある/時計を/進めたい/時もある」

 「人には/それぞれの/時がある」

 「歓びと哀しみ/歳月は/風とひかり/思い出ばかりは/せつなくて/時計を/止めたい/時がある」

  この詩を読み返した時に思い出したことがある。長谷川良平氏(平成六年七月二十九日死亡)の未亡人、淑子さんが、死のみぎわに長男の潤さん、長女の由紀さん、二人の孫を枕元に呼んで「お世話になったね。ほんとにありがとう」とふたりのこどもに感謝とありがとうを言って、眠るように息を引き取った。この話は葬儀のときに潤さんが参列者に打ち明けた。
 その淑子さんの命日は、四年前の三月一日。
 良平さんは、カープの創設期、いまでは考えられないデーゲームのダブルヘッダー。しかも連投につぐ連投でカープを支えていた「小さな大投手」―。私は良平さんと淑子さんとの新婚時代からの昵懇(じっこん)だった。プロ意識の一徹な「我」の強かった良平さん、姑さんに仕えながらの子育て、それにファンからの厳しい“ヤジの洗礼”に耐えていた夫人を知っていたので熱いものが込みあげてきた。
 死のみぎわに「ありがとう」と言って死ねる人は幸せな人だ。過日、NHKラジオ深夜便の「ないとエッセー『命について考える~お別れの大切さ』=ホスピス医、細井順氏=を聴いてそう思った。
 「ありがとう」―。この言葉には、人と人とのつながりが生まれる。
 昨年のロンドン五輪でのメダリスト、女子のレスリング、吉田沙保里、柔道の松本薫、卓球の福原愛、体操の内村航平、水泳の北島康介などが異口同音…。
「私を支えてくれた多くの人たちのおかげです。ありがとうございました」―。
 スポーツは人を感動させるし、国家意識を高揚させる要素がある。
 カープが初優勝したパレードで衣笠祥男が感動したのは、老婆から「ありがとうサン これで思い残すことありません ありがとう」と手を取って拝まんばかり。これにはすっかり感激したそうだ。
 「ありがとう」―。わずか五つの文字と言葉でも心を豊かにする。
 私たちは自然のうつろいにも心をときめかし、「自然と人間」のあらゆる営みを理解すれば、心もなごむだろう。
 電車、バスの降車、買い物のレジなど相手の当然の行為にも「感謝」と「ありがとう」の言葉を忘れてはいないだろうか。
 「ありがとう」の言葉―。さりげない言葉がどれだけ、人の心を癒すだろうか。
 この言葉こそ「百薬の長」である。
  ―ありがとう言葉の花咲く散歩道

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(2) 2013年02月

「梅花の賛歌」

― 日本人の精神構造を考える―

 この時季になると日脚も伸びる。
 冬の風雪に耐えた梅の枝には蕾の芽が膨らむ。「梅一輪一輪ほどの暖かさかな」と詠んだのは、江戸時代の俳人・嵐雪である。
 梅の原産地は中国で、植物学ではサクラと同じ仲間のバラ科の落葉樹。奈良時代の初期に遣唐使が薬用として持ち帰った。しかし、近来の考古学での発掘調査では、二千五百年前の遺跡などから梅の自然木の木片がモモ、アンズの種とともに発掘されており、すでに弥生時代前期には日本に渡来、栽培されていたのではないか。(ものと人間の文化史『梅』の著者・有岡利幸氏)
 興味のあるのは「魏志倭人伝」に梅の記載があった、ともある。
 万葉時代では「花の主役」は、梅であった。詠まれた和歌も百十九首。桜は四十余首。当時の貴族は早春の気配を感じるとふくよかな香り、一輪、一輪凜とした花姿、樹姿を鑑賞していたようだ。
 しかし、平安時代に入ると唐文化から日本独自の文化が息吹はじめる。「花王の座」も次第に梅から桜へ変わっていった。
 時の右大臣、菅原道真の提議から遣唐使を廃止したこともあった。「唐からもう学ぶものはない」がその理由。
 その菅原道真は政敵、藤原時平の讒言により大宰府権帥に左遷された。そこで梅に託して詠んだ一首は、あまりにも有名。
 「東風吹かば/にほひをこせよ/梅の花/あるじなしとて/春な忘れなそ」
 いまも大宰府天満宮の「飛梅」の伝説となっている。
 その後、桓武天皇をはじめとした貴族社会では、観桜会、桜狩が頻繁に催され、日本古来の山桜の美が讃えられていく。「古今和歌集」「新古今和歌集」にも桜をめでる和歌が目立つ。
 中でも在原業平の和歌が印象に残る。
 「世の中に/たえて桜の/なかりせば/春の心は/のどけからまし」
 桜文化を謳歌する風潮のなかでも多くの人たちは、梅花に魅かれる。茶道の茶室に飾られ「侘び」、「寂」の心に。禅の世界では修行僧が俉りを得た歓びを梅花に求めた。「東風吹散梅雪一夜回天下春」―。「禅の心」でもある。
 「花は桜木 人は武士」の精神と違う。しかし、江戸時代には諸藩が梅の実の栽培を目的に奨励。山地の開墾、梅林の育成で産業の振興をはかった。その名残りがのち各地の「梅の名所」にも。
 とくに紀州の南部、田辺はその例。それぞれに故事来歴がある。ここでは割愛する。それでいて日本民族性を象徴する花は桜になったのは、桜花の華やかさと美しさとその散り際の潔さだろう。
 それに異を唱えた人物がいた。石田伝吉。大正末、昭和初期に「梅のもつ興国性」を説く。「あらゆる辛酸、苦痛にも耐え覇気をもち、その花さながらに清く気高く、床しい心情をもち、その果実のように社会になくてはならない」(同、有岡利幸著引用)
 当時、制定された「建国記念日」と「梅の節句」を同日にしようと提案したが、受け入れられなかった。
 話は変わる。「梅か桜か」広島在住の知人友人にたずねてみた。
 「桜だよ。梅の原産地は中国だろう。尖閣問題で自分の領土だという国の原産地だから嫌い」(珈琲店経営のFさん)
 「私は梅だね。桜は散ったあとが汚いよ」(俳句誌主宰のMさん)
 「春爛漫に咲く桜です。地面一面に散った花びらは、花筵のように綺麗だもの」。(世界各国紀行の女性作家のKさん)
 最後に昭和天皇のエピソードを―。科学、芸術など文化の発達に功績のあった者に贈られる「文化勲章」の桜のデザイン案を退けられた話。
 その理由は―。
 「桜花のように短期間に散ってしまうような文化であっては、ほしくない。文化は永久に輝くべきものです」
 梅花を愛でながら、日本人の精神思想について考える。
 とめゆきて飛梅一輪旅みやげ

(風彦)

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