| 今月の言葉(7) | 2010年07月 |
「文字は言葉の影法師」
政治家の言葉とマニフェストの因果関係
冒頭の言葉―「文字は言葉の影法師」のフレーズにふれたのは、いまは亡きコラムニスト、山本夏彦さんのある著述書だった。
含蓄のある“箴言”である。
「文字」と「言葉」を置き換えてみた。
「言葉は文字の影法師」である。これは似て非なる意味になろう。私の独断と偏見での解釈…。異論もあるだろう。
前者の言葉は、文字からの知識を得て話す。後者は、高僧の話した言葉を、書き留めた―文字―ではなかろうか。
『歎異抄』の親鸞上人と唯円の関係とでもいえよう。
ちなみに『歎異抄』は、浄土信仰の信者のみならず、多くの悩める人たちを導く教本的な書。親鸞上人の言動を唯円がまとめて後世に伝えた(『歎異抄』入門=梅原猛著)
である。私はふと思った。
政治家の言葉と文字―。ここで言う文字は、「マニフェスト」である。昨夏の衆議院選挙では、「マニフェスト」が注目された。とくに民主党の「マニフェスト」は、選挙戦の“台風の目”となり、日本列島を席捲。歴史的な〝政権交代”を成し遂げた。
この結果と現状は、語るまでもあるまい。「言葉」と「文字」もむなしい〝影法師”になってしまった。
政治の「実像」と「虚像」を、いやというほど見た思いである。
といって、私たちは国政にそっぽを向くわけにはいかない。
かって政界を風靡していた自民党が野党に転落したものの、その実情を見聞すれば、「実像」と「虚像」が入り乱れている。
新党結成した人たちは、それぞれの思いから政治を正そうと立ち上がった。
これまた「実像」と「虚像」がありそうだ。
政治は言葉だと思う。
含蓄のある“名言”でもある。
政治家の資質の一つは「話術」―。言葉を紡ぐ術(すべ)。人のこころをとらえる 〝説得力”である。(地盤、カバンにたよる人もいるが…)
聖書にもある。「初めに言(ことば)があった。言は神とともにあった。万物は言によって成った」(ヨハネによる福音書=概要)
「文字」を生み出したのは「言葉」。政治は「言葉」と「文字」が一致してこそ明朗な政治が実現できる。問題は〝影法師”の存在。
光があれば影がある。宇宙の真理であるが、その影が異常に大きくなれば、〝闇”への不安を招く。それは自然界でも同じである。
(風彦)
| 今月の言葉(6) | 2010年06月 |
「接ぎ木」と「政治家」
―どんな花が咲き、果実をもたらすか―
接ぎ木。『つぎき』と読む。園芸家、果樹農園には、楽しみな手作業のひとつである。梅、桃、桜…の活性化と安定した品種改良への夢もある。
広辞苑には「植物で、ある個体の芽や枝を切りとって、根をもった他の個体の茎などに接ぎ、活着させること(中略)両者は一般に近種植物でなければ不可能(後略)」とある。
広島緑化センターの話によれば、樹木の形成層をぴったりとくっつけなくてはいけないし、その時期によって成果が左右されるそうだ。
この話を聞いて思ったのは、現在の政界の動向である。
自民党を離党した政治家が、新党結成の旗揚げをしており、その余波が政界の再編成への動きにも結びかねない―。永田町、霞ヶ関のスズメが騒いでいる。
自民党だけではない。首長時代の仲間たちまで新党を結成しており、政治の安定をめざすという。まさに永田町界隈に吹く政界の「季節の風」ともいえる。
つまるところ、現政党、現政権へのそれぞれの不満噴出の現象である。
私は政治評論家ではない。が、新党結成の意図は「日本の未来によき花実を…」を求める有志(憂士=勇士)たちの叫びとみる。過去の政界の歴史にも似た現象があった。その成果については、結局、政界の離合集散の結末におわった。
ここで接ぎ木の例えである。まず政界の「台木。“保守の木”に“革新の木”は、形成層の違いから失敗のもとに。同じ“保守の木”でも、形成層とをぴったりと接合。その時期が適合すれば、成功するという。政界でもその場の花実を求めるあまり、思考の差異に目をつむれば、破局を迎える。
これは論より証拠―。過去の歴史、いまでも卑近な例がある。
ただ一つの例としてその昔、田中角栄首相が「大同小異」の合言葉で日中国交正常化を実現させたとあるが…。
私の知人のYさん。現在八十四歳。現役時代、東洋工業(現・マツダ)の宇品工場(広島市南区)設計担当した人がこんなことを言った。「日本の政治家には糖尿病が多い。これでも国は危ないよ」―。たしかに糖尿病はやっかいな病である。最初は、国政をつかさどる政治家が、そんな病気になることへの警鐘だと思ったが、この人が皮肉ったのは、糖尿病の“糖”と新党の“党”であった。
来月七月には、参議院選挙。日本の政界にどんな“季節風”が吹くか。無関心になれない。
―政界や木もれび求め季節風―
(風彦)
| 今月の言葉(5) | 2010年05月 |
「童心」を育てよう
―親から子へつたえたい十七の詩―
青空に鯉のぼりが泳ぐ…。矢車が風に鳴る。野も山も若葉が輝く…。爽やかな情景が浮かぶ…。五月の日本の原風景である。
以前、読んだ今泉正彰さんの「短い短いスピーチ」(三笠書房)の著書での福島県郡山市在住の詩人・佐藤浩さんの言葉を思い出した。「子供たちから遠ざかったものの第一は自然、第二は働く父親の姿と母親の笑顔。反対に子供たちに近づきすぎたのは、公害とマスコミ…。子供たちの重圧となっているのは、学歴社会、テスト、宿題、習い事。子供たちから消えていくものは、ガキ大将と遊び集団、三世代家族、家事労働…」
日本社会の変革がもたらした現状でもある。
政権交代した民主党は、こうした状況の打開策の一つとして、子供を社会全体で育てよう―という。理念は理解できるが、容易なことではあるまい。
が、次世代を背負う子供たちへの親の願いは、昔も今も変わらない。
古くは、中国の故事にもある。孟子の母親が子供の教育のために三度も家を移転させたという。「孟母三遷」―。
親の子供への思いと願いを綴った詩集―。「親から子へ伝えたい十七の詩(うた)」(双葉社)は一読する価値がある。皇太子が記者会見で紹介されたドロシー・ロー・ノルト作の「子は親の鏡」もある。その一部を―。
―叱りつけてばかりいると/子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう/励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる/親が正直であれば/子どもは、しょうじきであることの大切さを知る」
二行ごとに書かれた言葉が十九行。谷川俊太郎の「生きる」、ケント・M・キーの「逆説の十カ条」、ウィリアム・ワーズワースの「虹」、葉祥明の「きみは守られている」、ジョン・レノンの「イマジン」、サミエルウルマンの「人生に贈るメッセージ」、ビートたけしの「友達」など十七篇の詩集である。
そのなかで毛里武の「名前は祈り」の一部を紹介しよう。「名前はその人のためだけに/用意された美しい祈り/若き日の父母が/子に込めた願い」(後略)
子供に生きる力を、心の豊かさを、国境の無い平和を、友情の大切さを、訴えている。
ワーズワースの「虹」には、大人は子供に教えられるもの―という一節がある。
次時代を背負う子供たちに「童心」をはぐくむ社会環境を考える季節でもある。
元カープの鉄人、衣笠祥雄さんは、子供たちへの色紙には必ず「童夢」と書いた。子供たちに夢の実現を願う一筆であった。
(風彦)
| 今月の言葉(4) | 2010年04月 |
忍は「和」に通ず
―阿南準郎
「四季の会」という仲間の集まりがある。もう十五年にもなろうか。さまざまな職業の人たちが集まり、四季おりおりのうつろいに、手料理を食べ、飲みながらおしゃべりを楽しむ会である。とりたてて“規約”があるわけではない。気心の合った人ばかり。春と秋には、その仲間たちが友人、知人を招き、野外で音楽を聞く。演歌あり、歌曲、篠笛、ギター、サックス、三味線あり、さまざまな分野で活躍された人たちがボランティアで“出演”してくださる。
司会は、地元民放局のアナ。当意即妙の話術で会を盛り上げてくれる。ことしも四月二十五日、東広島市の志和の里で開催。
過日、その「四季の会」での打合せの際、ことしの目標、願いごとなどを一人ひとりが披歴し合った。「健康第一」「パソコンの習得」「感謝すること」「新しい仕事に挑戦」…などなどの言葉だった。そのなかで仲間の一人、阿南準郎さん(元カープ監督)が「親孝行すること」といった。
その言葉を聞いた一人が「当たり前のことじゃないですか」と口を挟んだ。
すると周囲の人がまた言った。「いままで言ったことは、みんな当たり前のことじゃないの」―。
たしかに考えてみると、みんな話していることは、当たり前のことばかりであった。が、それがなかなか出来ないから目標にも願い事にもするわけである。阿南さんは人一倍親孝行である。先年、母親を亡くしており、現在は老いた父親を一人、大分・佐伯の郷里に残しているだけに、父親への思い、孝養を尽くすことを吐露したのである。私は、カープ在籍中、この人の生活信条、プロ野球人生を垣間見ており理解できた。
赤ヘル黄金時代、古葉竹識監督は“名将”といわれた人。その監督からバトンを受けて後任監督に就任した阿南さんの言葉は、いまでも忘れない。「忍ぶ」であった。
三年後には、山本浩二選手の監督への路線が敷かれていた。こうした状況を認識していた阿南さんらしい言葉であった。最近、この人が色紙に書いてくれたのが、冒頭の言葉。―忍は和に通ず―である。阿南さんの佐伯鶴城高の後輩である野村謙二郎監督にも贈りたい言葉でもある。Vを期待するファンの声も高まっているが、要は、“外野の騒音”に惑うことなく「忍ぶ」であり、それがチームの「和」にも通ず―。赤ヘル復活は、広島人の夢である。
春や春 三寒四温 萌ゆるV
(風彦)
| 今月の言葉(3) | 2010年03月 |
里山賛歌は日本人の精神文化の源泉
―風彦
日本語には季節への情感がある。そのなかで好きな言葉は「春めく」である。空のいろ雲のたたずまい、野も山も、草も木も鳥も…。森羅万象に萌えいずる若い生命を実感する。
英語では「Spring like」といい、春めいた天気は「Venal weather」というそうだ。
街の花屋さんには、ひとあしはやく色とりどりの春の花ばなが登場するが、やはり自然界、とりわけ山野の営みにみる「春めく」―四季の移ろいはたまらない。
新幹線で何度か東京までの旅をしたが、この時期に車窓から眺める風景は、まさに「春めく」早春賦を楽しめる。小学時代に愛唱した「春が来た」「故郷」(ふるさと)「早春賦」などを心のなかで口ずさむ。里山で遊び惚けた時代を懐かしむ。広島に在住の詩人、松本暁子さんは、“里山讃歌の詩人”である。
なかでも「春が来た」「春の小川」「故郷」「紅葉」などの作詞家で数々の小学唱歌の名作を生んだ高野辰之への思いが強い人で、彼の生まれ故郷の信州中野の知人との出会いから、現地に出かけて長編の詩を書いたほど。そのタイトルを迷ったすえにつけたのは「望郷賛歌」―詩人の心・高野辰之―であった。地元の人々からも愛詠されているそうだ。
ちなみに、信州中野出身には、高野辰之、中山晋平の詩人のほかに、現在、作曲家で知られている久石譲さんもいる。彼らが育った山野の環境は、地元の誇りにもなっている。昨年、私も松本暁子さんの知人、小林基作さんから声を掛けてもらい信州中野をたずねた。
農業、果樹園を営む小林基作さんは、有機栽培に生涯を傾ける“農業の哲人”であり、“土の詩人”でもあった。
そしてこよなく里山を愛し、自然を讃歌する。信州中野の気候風土に育まれた人々の郷土愛が想像力となっていることを改めて認識した。―人生は創造から生まれる芸術―
ここ最近、各地で荒廃した里山の自然環境の整備が行われており、里山の果たす人間社会の効用が論議されるまでになった。CO2の削減ばかりではないが、里山の醸し出す四季の移ろいは、日本人の情感を豊かに。精神文化の源泉でもある。
♪兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川…(故郷)
♪春は名のみの/風の寒さや… (早春賦)
現在の若者には、早春賦の歌詞が文語体で理解しにくいのだろう。が、私たち世代には懐かしい小学唱歌。日本の四季への讃歌である。
―環境が人を作り 環境はまた思想を生む―
(風彦)
| 今月の言葉(2) | 2010年02月 |
反省とは知恵を得ること
―鈴木秀子、聖心女子大名誉教授
「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」(海竜社発行)を読んでいたら、二月二十四日のページで表題の言葉を見つけた。
「反省とは後悔することではありません。ひとつの体験を通して知恵を得ることです。あのやり方は悪かった。あの行動は失敗だった、と気づきます。その気づきを生かすのです」(中略)―。この言葉を読んだとき、先年、亡くなった長沼健さん(元.日本蹴球協会会長)の言葉を思い出した。長沼健さんは、私と同年代、同じ広島県出身で、東京在住の新聞記者時代に「健さん」と呼ぶ昵懇の仲で新聞社の専属評論家にもなってもらっていた時代だった。
「勝った試合よりも負けた試合から学ぶことが多くある」が持論。最近では楽天の監督時代の野村克也さんもボヤキのコメントで度々語っていた。
二人とも一時代を築いた“知将”であるが、私の知る限り、プロ球界では、水原茂、三原郁、鶴岡一人、西本幸雄などの“名将”たちも異口同音ながら敗戦の弁を述べていた。
これは勝負の世界でもさることながら、人生でも言えること。
鈴木秀子女史が、そのへんのことを諭したのも頷ける。彼女は、現在、聖心女子大名誉教授。若き時代に八年間修道院で修行した異色のクリスチャン。同著のあとがきには「深い知恵は自分の中だけでとどめておくとすぐ消えてしまいます。浮かび上がってきたらすぐつかまえて身につけると、あなたの素晴らしい財産となります」(後略)
この財産は、金では買えない宝。その宝を磨くため、この宝を他の人と分かち合う場をもつことだ、と説く。
私は考えた。この言葉は即座に“野村カープ”にも言える。
Bクラスに四年間低迷した“ブラウンカープ”から生まれた反省は、野村新監督の知恵? でハードな練習の復活だった。
しかし、ここで懸念されるのは、ブラウン野球から野村野球へのモデルチェンジが円滑に切り替えられるか。赤ヘル黄金時代のバックボーンは「練習ハ不可能ヲ可能ニス」(大野)練習場の石碑=元、慶應義塾大学長小泉信三氏の言葉)であった。高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三らプロ球界を代表するスイッチヒッターの誕生がそうだった。
知恵から生まれた財産=宝を監督、コーチ、選手が互いに磨く場があったからだ。
私は、敬虔なキリスト信者ではないが、おりにふれて読む「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」には教えられる。
(風彦)
| 今月の言葉(1) | 2010年01月 |
「虚礼」と「礼節」
―日本人の品格を考える―
―風彦
新年を迎えた。人さまざまな賀詞が届く。それに目を通すのは、元日の朝の楽しみなひとときでもある。干支の寅の象形文字、絵入りのもの、家族との団欒の写真、詩文…。能筆を誇示したもの、お決まりの定番の賀状…。
バラエティの“作品”には、それぞれの人柄や人生観を感じる。
最近は若者の活字離れのせいか、携帯電話での賀詞交換が目立つという。そのためか年賀はがきも昨年度より約5億少ない36億4千280万枚(最高の発行枚数は平成15年度の44億6千万枚)。が、パソコンによる手作りの賀状もふえてきた。書店にも「年賀はがき」特集の出版物が昨年の十月ごろから氾濫していた。バブルがはじけた頃には、虚礼廃止論が高まった。
賀状を「虚礼」とみなすか「礼節」とみなすかは、差出人と受け取る側の心情による。「虚礼」とは誠意のないうわべだけの礼儀(広辞苑)。このあしき「虚礼」は、年賀にとどまらず、日本の社会通念でもある。
「礼節」とは貴人に対して礼を行う作法、礼儀のきまり。礼儀の節度。『衣食足りて礼節を知る』(広辞苑)。その社会の秩序を保つための礼儀作法や節度(新明解国語辞典)。
共通することは、「礼」である。1社会の秩序を保つための生活規範 2敬意を表すこと、その動作 3謝意をあらわすこと。またそのために贈る金品。慣用例には、礼煩わしければ、則(すなわち)乱れる―とある。広辞苑から学んだ解釈であるが、私はそこに改めて、日本人の“複合的な品格”を感じた。
「衣食足りて礼節を知る」―。飢餓時代の敗戦後の日本人。その後社会の安定で立ち直った日本人。しかし、今日「衣食足りて飽食」の時代になり、「礼節」を失った。そればかりか、あしき「礼節」の解釈から、“汚職・贈収賄”にまで発展…。昨今、「品格」物の出版物がベストセラーになったのも、こうした日本人への警鐘であろう。
「国家の品格」の著者・藤原正彦氏は「日本は金銭至上主義の国々とは一線を画すこと。市場原理主義は日本の精神性の土壌をずたずたにしてきた。かって駐日フランス大使を務めた詩人・ポール・クローデルは『日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ』と。日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務」(概略)とまで強調した。
新年にあたり「虚礼」と「礼節」を通じて日本人の品格=国家の品格を考えたい。
(風彦)
| 今月の言葉(12) | 2009年12月 |
「誓文払い」
―“罪滅ぼし”の歳末商戦のいまは―
―風彦
一昔前、師走の商店街、デパートでは、「誓文払い」で賑わった。
いつの世でも同じで、歳末になると〝商戦〟は異常にまで活発、激化…。町は狂騒曲で渦巻く。不景気な時代ではなおいっそうである。
近年ではXマスを当て込んだ「Xマスセール」「感謝セール」「歳末バーゲンセール」…。最近では「閉店セール」「特価」「格安30%OFF」。広島では「広島東洋カープ感謝セール」も。チームの成績よりも新球場誕生を祝う記念感謝セールだろうが、さまざまなキャッチフレーズで消費者をひきつける。
「誓文払い」というフレーズはすっかり影をひそめた。現代の若者はこの言葉すら知らないようだ。
知人の学生は「約束を守るためにかわした誓約書を破棄すること?」と答える。
昔の商人(あきんど)の商売手段である。その故事来歴は、辞書にも記載されている。
「近世、陰暦十月二十日。日ごろ商売上の駆け引きに嘘をついた罪を祓い、神罰の放免を請う行事。今でもこの日の前後、京阪の商店は特に安値の売り出しをする」(広辞苑)
「近世以来、十月二十日を含めて数日間、罪滅ぼしと称して京阪の商店では特売などが行なわれる」(大辞林)
要するに商人の罪滅ぼしから始まった〝特価セール〟というわけ。
罪滅ぼしといえば、ファンを裏切った広島東洋カープだろう。「All in」烈を合言葉に今年こそ「CSシリーズ」への熱い願いもむなしく五位。十八年連続Bクラス…。
責任をとってブラウン監督も辞任。(後任は、待望の監督に野村謙二郎さん)。カープにとっては、まさに「誓文払い」―。皮肉にもこの「誓文払い」は、予想外の盛況ぶりで、カープグッズは、億単位の売上げ。新球場の誕生もあって観客動員も百八十七万余…。不況の風もどこ吹く〝顔〟(風)? が、しかし、他のデパート、商店街のあの手、この手の大安売り〝商戦〟も伸び悩みのありさま…。商売の神サマは、商人たちに、日ごろお客サマへの嘘に〝神罰〟を与えたのだろうか?
考えてみると商人の「誓文払い」のこころが、商売繁盛の秘訣かもしれない。過日、読んだ「旧暦はくらしの羅針盤」(小林弦彦著=日本放送出版)で旧暦の知恵を学んだ。
四季の風旧暦に見る師走かな
(風彦)
| 今月の言葉(11) | 2009年11月 |
カラオケは大衆文化である
─ ご当地ソングが育たない広島事情は ─
―風彦
広島の繁華街の一隅にカラオケ喫茶の店がある。主は先田正光さん。年齢は六十歳。根っからの歌好きが高じて、本職の機械製作所をやめ、音楽学院に通ったほどの人。カラオケ仲間に呼びかけ、地域社会にも貢献しており、数々の感謝状を? 店名は「カラオケ情報ステーション・ひろしま気分」である。
「ひろしま気分」は、歌の題名からつけたもの。今から十年前だった。広島市が広島のイメージアップをはかるため、広島商工会議所観光協会などとタイアップして作詞・作曲家 あき たかし(本名・水野喬)に依頼。歌手も当時、人気のあった田川寿美を起用した演歌であった。しかし、歌のほうは、なぜか全国的に流行しなかった。あき たかし(現在、泉佐野市在住)は、地元民放出身の有能なディレクターで、数多くの作詞作曲を手がけた人。広島での歌謡文化の振興に情熱を傾け、広島では知る人ぞ知る存在。広島港を舞台にした演歌調の「雨の港から」、カープファンの心意気と広島の街を歌った「広島天国」…。郷土広島一筋に歌手活動する南一誠の育ての親でもある。
広島にはご当地ソングが根づかない―、という通説があり、ヒットメーカーの作詞家、石本美由起=故人=(広島)、星野哲郎(山口・大島)の作品もはやらなかった。
美空ひばり、北島三郎、島倉千代子、都はるみ、瀬川瑛子…。著名な歌手が歌ったが、なぜか流行しなかった。印象に残るのは、美空ひばりの「一本の鉛筆」、北島三郎の「尾道の女」ぐらい。いま話題の「安芸の宮島」(歌手・水森かおり)も流行するか、懸念される。ちなみに広島を歌った曲は、戦前からでも四百曲余あるそうだ。それでいて、全国的に流行しないのはなぜだろう。
瀬戸内の海、山、川…。盛り場の流川…。演歌の舞台背景に恵まれているのに、である。
広島は原爆と平和のイメージのせいだというムキもある。しかし、同じ原爆の被爆地の長崎は、「長崎の鐘」、「長崎は今日も雨だった」が一世を風靡?した。広島在住のマスコミの知人は、広島と長崎では文化と歴史の違う点をあげながら、広島の持つ語呂のイントネーションを指摘する。
「すべては大衆の心にどう響くかである」(あき たかし)
カラオケは大衆文化でもある。文化とは「文徳で民を教化する」(広辞苑)意味もある。
十一月は各地で文化事業の花盛り。広島のカラオケ大衆文化を考えてみた。
(風彦)
| 今月の言葉(10) | 2009年10月 |
聞くもよし、さらに聴くがよし
─ 嫁ぐ人に贈る幸せのメッセージ─
―風彦
広島市安佐南区在住の友人から結婚する愛娘に、何か一筆をと所望された。半年前からの話だったが、思案したまま時が過ぎた。
友人は「今月の言葉」の愛読者の一人で、たっての頼みだという。私自身、書家でもないし、人様にお説教をするほどの人物でもない。身の程を知っているので悩んでいた。
結婚の日取りが決まったとの知らせで、踏ん切りをつけた。それが冒頭の言葉=メッセージ=である。これは『自戒』の言葉でもある。「聞く」と「聴く」とでは意味が違う。(国文法による他動詞、自動詞の関係は割愛する)端的に言えば、人の話を聞く態度と心の持ち方である。漫然と聞くのと、注意深く、耳を傾けることでもある。英語で表現するとわかりやすいだろう。
「聞く」は Hear、「聴く」はListen to である。
「聞き上手・話し上手」(著者・扇谷正造)の本に「聞き手は心を空にして、相手に接しなければいけない。(中略)聞き上手とは、つまり『注意して聞く』=『聴く』ということ」とある。
その友人は、浄土真宗の信者だけに私の言葉への反応は速かった。
「お寺のご住職が説教中、よくおっしゃる、ご聴聞ということですね」
日常生活の中で、「聞く」=「聴く」の上手下手によって社会生活でのコミュニケーションも円滑にできる。とくに新家庭を営む夫婦の幸せの基盤にもなる。
主人の話を「聞く」=「聴く」ことで、相手を理解できるし、また相手も妻の話を「聞く」=「聴く」ことで理解しあうことになる。
「聴く」という技術、あるいは姿勢を身につけたら、その上手下手いかんは、聞き手にとって、はかりがたい得失となる(扇谷正造)という。
グローバル的に見るならば、民族への理解を深め、国家間の融和につながる。そこに、『武力なき外交』から『地球平和』への道が生まれる。夢だろうか―。
『聴く』をもじって、菊の駄句をひねった。季節は十月。中秋である。
―小菊よし大輪づくりの知恵の輪
菊の花言葉は、高潔とも愛とも。人生、貧しくとも「聞く」=「聴く」=心を持ちたいもの。
(風彦)



