今月の言葉(3) 2010年03月

里山賛歌は日本人の精神文化の源泉

            ―風彦 

 日本語には季節への情感がある。そのなかで好きな言葉は「春めく」である。空のいろ雲のたたずまい、野も山も、草も木も鳥も…。森羅万象に萌えいずる若い生命を実感する。
 英語では「Spring like」といい、春めいた天気は「Venal weather」というそうだ。
 街の花屋さんには、ひとあしはやく色とりどりの春の花ばなが登場するが、やはり自然界、とりわけ山野の営みにみる「春めく」―四季の移ろいはたまらない。
 新幹線で何度か東京までの旅をしたが、この時期に車窓から眺める風景は、まさに「春めく」早春賦を楽しめる。小学時代に愛唱した「春が来た」「故郷」(ふるさと)「早春賦」などを心のなかで口ずさむ。里山で遊び惚けた時代を懐かしむ。広島に在住の詩人、松本暁子さんは、“里山讃歌の詩人”である。
 なかでも「春が来た」「春の小川」「故郷」「紅葉」などの作詞家で数々の小学唱歌の名作を生んだ高野辰之への思いが強い人で、彼の生まれ故郷の信州中野の知人との出会いから、現地に出かけて長編の詩を書いたほど。そのタイトルを迷ったすえにつけたのは「望郷賛歌」―詩人の心・高野辰之―であった。地元の人々からも愛詠されているそうだ。
 ちなみに、信州中野出身には、高野辰之、中山晋平の詩人のほかに、現在、作曲家で知られている久石譲さんもいる。彼らが育った山野の環境は、地元の誇りにもなっている。昨年、私も松本暁子さんの知人、小林基作さんから声を掛けてもらい信州中野をたずねた。
 農業、果樹園を営む小林基作さんは、有機栽培に生涯を傾ける“農業の哲人”であり、“土の詩人”でもあった。
 そしてこよなく里山を愛し、自然を讃歌する。信州中野の気候風土に育まれた人々の郷土愛が想像力となっていることを改めて認識した。―人生は創造から生まれる芸術―
 ここ最近、各地で荒廃した里山の自然環境の整備が行われており、里山の果たす人間社会の効用が論議されるまでになった。CO2の削減ばかりではないが、里山の醸し出す四季の移ろいは、日本人の情感を豊かに。精神文化の源泉でもある。
♪兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川…(故郷)
♪春は名のみの/風の寒さや… (早春賦)
 現在の若者には、早春賦の歌詞が文語体で理解しにくいのだろう。が、私たち世代には懐かしい小学唱歌。日本の四季への讃歌である。
 ―環境が人を作り 環境はまた思想を生む―

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(2) 2010年02月

反省とは知恵を得ること

            ―鈴木秀子、聖心女子大名誉教授 

 「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」(海竜社発行)を読んでいたら、二月二十四日のページで表題の言葉を見つけた。
 「反省とは後悔することではありません。ひとつの体験を通して知恵を得ることです。あのやり方は悪かった。あの行動は失敗だった、と気づきます。その気づきを生かすのです」(中略)―。この言葉を読んだとき、先年、亡くなった長沼健さん(元.日本蹴球協会会長)の言葉を思い出した。長沼健さんは、私と同年代、同じ広島県出身で、東京在住の新聞記者時代に「健さん」と呼ぶ昵懇の仲で新聞社の専属評論家にもなってもらっていた時代だった。
 「勝った試合よりも負けた試合から学ぶことが多くある」が持論。最近では楽天の監督時代の野村克也さんもボヤキのコメントで度々語っていた。
 二人とも一時代を築いた“知将”であるが、私の知る限り、プロ球界では、水原茂、三原郁、鶴岡一人、西本幸雄などの“名将”たちも異口同音ながら敗戦の弁を述べていた。
 これは勝負の世界でもさることながら、人生でも言えること。
 鈴木秀子女史が、そのへんのことを諭したのも頷ける。彼女は、現在、聖心女子大名誉教授。若き時代に八年間修道院で修行した異色のクリスチャン。同著のあとがきには「深い知恵は自分の中だけでとどめておくとすぐ消えてしまいます。浮かび上がってきたらすぐつかまえて身につけると、あなたの素晴らしい財産となります」(後略)
 この財産は、金では買えない宝。その宝を磨くため、この宝を他の人と分かち合う場をもつことだ、と説く。
 私は考えた。この言葉は即座に“野村カープ”にも言える。
 Bクラスに四年間低迷した“ブラウンカープ”から生まれた反省は、野村新監督の知恵?   でハードな練習の復活だった。
 しかし、ここで懸念されるのは、ブラウン野球から野村野球へのモデルチェンジが円滑に切り替えられるか。赤ヘル黄金時代のバックボーンは「練習ハ不可能ヲ可能ニス」(大野)練習場の石碑=元、慶應義塾大学長小泉信三氏の言葉)であった。高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三らプロ球界を代表するスイッチヒッターの誕生がそうだった。
 知恵から生まれた財産=宝を監督、コーチ、選手が互いに磨く場があったからだ。
 私は、敬虔なキリスト信者ではないが、おりにふれて読む「シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日」には教えられる。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(1) 2010年01月

「虚礼」と「礼節」
―日本人の品格を考える―
 

            ―風彦 

 新年を迎えた。人さまざまな賀詞が届く。それに目を通すのは、元日の朝の楽しみなひとときでもある。干支の寅の象形文字、絵入りのもの、家族との団欒の写真、詩文…。能筆を誇示したもの、お決まりの定番の賀状…。
 バラエティの“作品”には、それぞれの人柄や人生観を感じる。
 最近は若者の活字離れのせいか、携帯電話での賀詞交換が目立つという。そのためか年賀はがきも昨年度より約5億少ない36億4千280万枚(最高の発行枚数は平成15年度の44億6千万枚)。が、パソコンによる手作りの賀状もふえてきた。書店にも「年賀はがき」特集の出版物が昨年の十月ごろから氾濫していた。バブルがはじけた頃には、虚礼廃止論が高まった。
 賀状を「虚礼」とみなすか「礼節」とみなすかは、差出人と受け取る側の心情による。「虚礼」とは誠意のないうわべだけの礼儀(広辞苑)。このあしき「虚礼」は、年賀にとどまらず、日本の社会通念でもある。
 「礼節」とは貴人に対して礼を行う作法、礼儀のきまり。礼儀の節度。『衣食足りて礼節を知る』(広辞苑)。その社会の秩序を保つための礼儀作法や節度(新明解国語辞典)。
 共通することは、「礼」である。1社会の秩序を保つための生活規範 2敬意を表すこと、その動作 3謝意をあらわすこと。またそのために贈る金品。慣用例には、礼煩わしければ、則(すなわち)乱れる―とある。広辞苑から学んだ解釈であるが、私はそこに改めて、日本人の“複合的な品格”を感じた。
 「衣食足りて礼節を知る」―。飢餓時代の敗戦後の日本人。その後社会の安定で立ち直った日本人。しかし、今日「衣食足りて飽食」の時代になり、「礼節」を失った。そればかりか、あしき「礼節」の解釈から、“汚職・贈収賄”にまで発展…。昨今、「品格」物の出版物がベストセラーになったのも、こうした日本人への警鐘であろう。
 「国家の品格」の著者・藤原正彦氏は「日本は金銭至上主義の国々とは一線を画すこと。市場原理主義は日本の精神性の土壌をずたずたにしてきた。かって駐日フランス大使を務めた詩人・ポール・クローデルは『日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ』と。日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務」(概略)とまで強調した。
 新年にあたり「虚礼」と「礼節」を通じて日本人の品格=国家の品格を考えたい。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(12) 2009年12月

「誓文払い」
―“罪滅ぼし”の歳末商戦のいまは―
 

            ―風彦 

 一昔前、師走の商店街、デパートでは、「誓文払い」で賑わった。
 いつの世でも同じで、歳末になると〝商戦〟は異常にまで活発、激化…。町は狂騒曲で渦巻く。不景気な時代ではなおいっそうである。
 近年ではXマスを当て込んだ「Xマスセール」「感謝セール」「歳末バーゲンセール」…。最近では「閉店セール」「特価」「格安30%OFF」。広島では「広島東洋カープ感謝セール」も。チームの成績よりも新球場誕生を祝う記念感謝セールだろうが、さまざまなキャッチフレーズで消費者をひきつける。
 「誓文払い」というフレーズはすっかり影をひそめた。現代の若者はこの言葉すら知らないようだ。
 知人の学生は「約束を守るためにかわした誓約書を破棄すること?」と答える。
 昔の商人(あきんど)の商売手段である。その故事来歴は、辞書にも記載されている。
 「近世、陰暦十月二十日。日ごろ商売上の駆け引きに嘘をついた罪を祓い、神罰の放免を請う行事。今でもこの日の前後、京阪の商店は特に安値の売り出しをする」(広辞苑)
 「近世以来、十月二十日を含めて数日間、罪滅ぼしと称して京阪の商店では特売などが行なわれる」(大辞林)
 要するに商人の罪滅ぼしから始まった〝特価セール〟というわけ。
 罪滅ぼしといえば、ファンを裏切った広島東洋カープだろう。「All in」烈を合言葉に今年こそ「CSシリーズ」への熱い願いもむなしく五位。十八年連続Bクラス…。
 責任をとってブラウン監督も辞任。(後任は、待望の監督に野村謙二郎さん)。カープにとっては、まさに「誓文払い」―。皮肉にもこの「誓文払い」は、予想外の盛況ぶりで、カープグッズは、億単位の売上げ。新球場の誕生もあって観客動員も百八十七万余…。不況の風もどこ吹く〝顔〟(風)? が、しかし、他のデパート、商店街のあの手、この手の大安売り〝商戦〟も伸び悩みのありさま…。商売の神サマは、商人たちに、日ごろお客サマへの嘘に〝神罰〟を与えたのだろうか?
 考えてみると商人の「誓文払い」のこころが、商売繁盛の秘訣かもしれない。過日、読んだ「旧暦はくらしの羅針盤」(小林弦彦著=日本放送出版)で旧暦の知恵を学んだ。
 四季の風旧暦に見る師走かな 

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(11) 2009年11月

カラオケは大衆文化である
─ ご当地ソングが育たない広島事情は ─
 

            ―風彦 

 広島の繁華街の一隅にカラオケ喫茶の店がある。主は先田正光さん。年齢は六十歳。根っからの歌好きが高じて、本職の機械製作所をやめ、音楽学院に通ったほどの人。カラオケ仲間に呼びかけ、地域社会にも貢献しており、数々の感謝状を? 店名は「カラオケ情報ステーション・ひろしま気分」である。
 「ひろしま気分」は、歌の題名からつけたもの。今から十年前だった。広島市が広島のイメージアップをはかるため、広島商工会議所観光協会などとタイアップして作詞・作曲家 あき たかし(本名・水野喬)に依頼。歌手も当時、人気のあった田川寿美を起用した演歌であった。しかし、歌のほうは、なぜか全国的に流行しなかった。あき たかし(現在、泉佐野市在住)は、地元民放出身の有能なディレクターで、数多くの作詞作曲を手がけた人。広島での歌謡文化の振興に情熱を傾け、広島では知る人ぞ知る存在。広島港を舞台にした演歌調の「雨の港から」、カープファンの心意気と広島の街を歌った「広島天国」…。郷土広島一筋に歌手活動する南一誠の育ての親でもある。
 広島にはご当地ソングが根づかない―、という通説があり、ヒットメーカーの作詞家、石本美由起=故人=(広島)、星野哲郎(山口・大島)の作品もはやらなかった。
 美空ひばり、北島三郎、島倉千代子、都はるみ、瀬川瑛子…。著名な歌手が歌ったが、なぜか流行しなかった。印象に残るのは、美空ひばりの「一本の鉛筆」、北島三郎の「尾道の女」ぐらい。いま話題の「安芸の宮島」(歌手・水森かおり)も流行するか、懸念される。ちなみに広島を歌った曲は、戦前からでも四百曲余あるそうだ。それでいて、全国的に流行しないのはなぜだろう。
 瀬戸内の海、山、川…。盛り場の流川…。演歌の舞台背景に恵まれているのに、である。
 広島は原爆と平和のイメージのせいだというムキもある。しかし、同じ原爆の被爆地の長崎は、「長崎の鐘」、「長崎は今日も雨だった」が一世を風靡?した。広島在住のマスコミの知人は、広島と長崎では文化と歴史の違う点をあげながら、広島の持つ語呂のイントネーションを指摘する。
「すべては大衆の心にどう響くかである」(あき たかし)
 カラオケは大衆文化でもある。文化とは「文徳で民を教化する」(広辞苑)意味もある。
 十一月は各地で文化事業の花盛り。広島のカラオケ大衆文化を考えてみた。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(10) 2009年10月

聞くもよし、さらに聴くがよし
─ 嫁ぐ人に贈る幸せのメッセージ─
 

            ―風彦 

 広島市安佐南区在住の友人から結婚する愛娘に、何か一筆をと所望された。半年前からの話だったが、思案したまま時が過ぎた。
 友人は「今月の言葉」の愛読者の一人で、たっての頼みだという。私自身、書家でもないし、人様にお説教をするほどの人物でもない。身の程を知っているので悩んでいた。
 結婚の日取りが決まったとの知らせで、踏ん切りをつけた。それが冒頭の言葉=メッセージ=である。これは『自戒』の言葉でもある。「聞く」と「聴く」とでは意味が違う。(国文法による他動詞、自動詞の関係は割愛する)端的に言えば、人の話を聞く態度と心の持ち方である。漫然と聞くのと、注意深く、耳を傾けることでもある。英語で表現するとわかりやすいだろう。
 「聞く」は Hear、「聴く」はListen to である。
 「聞き上手・話し上手」(著者・扇谷正造)の本に「聞き手は心を空にして、相手に接しなければいけない。(中略)聞き上手とは、つまり『注意して聞く』=『聴く』ということ」とある。
 その友人は、浄土真宗の信者だけに私の言葉への反応は速かった。
「お寺のご住職が説教中、よくおっしゃる、ご聴聞ということですね」
 日常生活の中で、「聞く」=「聴く」の上手下手によって社会生活でのコミュニケーションも円滑にできる。とくに新家庭を営む夫婦の幸せの基盤にもなる。
 主人の話を「聞く」=「聴く」ことで、相手を理解できるし、また相手も妻の話を「聞く」=「聴く」ことで理解しあうことになる。
 「聴く」という技術、あるいは姿勢を身につけたら、その上手下手いかんは、聞き手にとって、はかりがたい得失となる(扇谷正造)という。
 グローバル的に見るならば、民族への理解を深め、国家間の融和につながる。そこに、『武力なき外交』から『地球平和』への道が生まれる。夢だろうか―。
 『聴く』をもじって、菊の駄句をひねった。季節は十月。中秋である。
 ―小菊よし大輪づくりの知恵の輪
 菊の花言葉は、高潔とも愛とも。人生、貧しくとも「聞く」=「聴く」=心を持ちたいもの。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(9月) 2009年09月

「人間は万物の霊長」
─ 祖先を敬う心と敬老の心を─
 

            ―風彦 

 人間は動物である。が、他の動物と違うのは、霊長動物である。霊長とは、霊妙不思議な力を持つすぐれたもの。万物のかしら。人類(広辞苑)。生物で一番進化したもの(新明解国語辞典)などとある。
 古代ギリシャの哲学者プロタゴラスは説いている。「人間は万物の尺度である」─。
 フランスの科学者であり、哲学者、パスカルは「人間は考える葦である」ともいい、近世哲学の祖、デカルトも「我思う。故に我あり」─。簡潔にいえば、人間の特質は、論理、倫理をわきまえて、その真理を追究できるということだろう。他の動物とは違う所以でもある。
 学問的な論議は、さておき、「霊長」の証の一つは、先祖への供養であろう。
 しかし、最近は経済、社会の変化により、家族構成も『核家族』化。先祖の供養もおろそかになった。歳時記では、お盆、送り火、流し灯籠…はあるが、供養への意識は希薄になっている。
 この月の二十三日は「秋分の日」。国民の祝日。戦前でいえば「秋季皇霊祭」。先祖を敬い、亡くなった人々を偲ぶ日。秋のお彼岸ともいう。また、その年の五穀豊穰を神に感謝する「神嘗祭」もあったが、食文化も変わり、日常の食生活では、季節感もなくなり、飽食の時代。食べ物への感謝の心もなくなった。
 食だけではない。お年寄りへの敬老精神も薄れる。敬老が『軽老』に。年寄りを後期高齢者と呼ぶ。一九六六年、これまでの十五日の「老人の日」を「敬老の日」として国民の祝日としたが、休日の連休化で、今年は二十一日に。ことほどさように、人間─、なかんずく日本人は、いとも簡単に暦までも変える。
 私はふと思った。日本の構造改革は、日本人の精神構造まで変えてしまったのか。
「万物の霊長」である証としてでも、祖先の存在を崇め、お年寄りを敬う心を持ち、豊かな国づくりに努めよう。それに相応しい「国民の祝日」がある。
 生前、作家・司馬遼太郎さんは語った。「人間には志というものがある。志がないところに、社会の前進はない」

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(8月) 2009年08月

「過ちは繰り返しませぬから」
― 原爆慰霊碑の言葉に誓うことを ―
 

            ―風彦 

 平和公園の蝉しぐれ、夾竹桃の花ざかりがやってくる。八月六日、あの日から六十四年目。歳月は人を待たずである。被爆者の高齢化がすすみ、平均年齢も七十五歳近い。当時の悲惨な体験の記憶も風化しがちである。
 しかし、広島の悲劇を繰り返してはならぬ。思いは、被爆者のみならず人類の願い―。
 「ノーモア・ヒロシマ」であり、「ノーモア・ナガサキ」である。原爆を考えたのも人間なら、人間は、それをなくすこともできる。
 世界の世論は、そのことを百も承知しながらも、平和の抑止力の手段に原爆の開発や核の保有を諦めない。人類の愚かさをさらけ出している。
 核保有国の指導者たちよ。ヒロシマの原爆資料館を見るがよい。広島での世界会議開催を呼びかける秋葉市長の意図もそこにある。が、意のごとくならないのが現実…。悲しさ、むなしさが渦巻く。
 原爆被爆で父親を亡くし、私自身、入試被爆者のひとり。新聞記者時代に取材体験した「被爆胎児の少年の死」の話を、東京の雙葉学園、日女大付属中学生に伝える。そこに私の使命感もある。
「安らかに眠って下さい。過ちは 繰り返しませぬから」―。原爆慰霊碑に刻んである。
 岡本太郎が生前、語った一部が印象に残る。
「『過ち』は過去のことだ。『繰り返しませぬ』というのは未来である。だが、ここには現在が欠けている」
 彼は、碑文の解釈をめぐり、痛烈な批判をしたことがあった。
 現在、この碑前の池に、昨年八月、国際ロータリー第2710地区から寄贈された英・仏・独・露・伊・中国・韓国、各語の碑文のプレート板(タテ60センチ、ヨコ90センチ、強化ガラス製)が設置されており、世界各国の人々に訴えている。主語のない碑文(広大教授・雑賀忠義氏)は、今なお論議されるが、主語は我々人類ということか。ちなみに英文ではこう書かれている。
 ― Let all the souls here rest in peace for we shall not repeat the evil ―
 私は考える。核廃絶への叫びもさることながら、政界、経済界を含め自己中心主義の社会から「過ちは繰り返しませぬ」と誓い合うこと。一人ひとりの「慈愛の灯火」こそが世の中を、世界を照らすことにつながる。

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(7月) 2009年07月

「六根清浄、お山は天気」
  ― 山開きと山岳信仰に学ぶ ―

            ―風彦 

 夏山シーズンである。日本列島の霊峰には登山者で賑わう。むかしは修験者の山岳信仰の舞台であった。富士山もそうだし、中四国では、石鎚山、大山、厳島の弥山…。現在では、男女ともスポーツと趣味、健康を目的に登山ブームにまでに発展した。今でも登山者たちが、「六根清浄、お山は天気」と唱えながら山を登るのは、修験者の〝呪文〟の名残り。広辞苑を見ると、「六根清浄」(ろくこんしょうじょ)とは六根の福徳によって清らかになること。山登りの行者、寒参りする者などの唱える語。六根とは六識を生ずる六つの感官、すなわち、眼・耳・鼻・舌・身・意の称とある。人間の欲望(煩悩)を断つことを山の神に誓う言葉だろう。
 山登りに縁のなかった私が、この言葉を知ったのは、学生時代に詠んだ志賀直哉の小説「暗夜行路」。主人公・時任謙作が大山に登る件(くだり)で、同伴の男たちの「六根清浄、お山は天気」と唱える描写があった。
 私たち「四季の会」の仲間は、毎年、七月の石鎚山の山開きに出かける。標高一九八二メートル四国第一の高峰であり、修験道の霊場で知られる。会長のOさん、Mさんは、昔からの信仰があり、白装束、白足袋姿で登る。当日は、関東、九州からも信者が集う。頂上近くの神社の本殿でお祓いを受ける。頂上の天狗岳までの山道で行き交う人々は、「おのぼりさん」、「おくだりさん」と、お互いの労をねぎらう。
 ―「六根清浄、お山は天気」―。山岳への信仰心は、山の威容と山の霊験への畏怖から生まれたもので、昔から煩悩にさいなまれる人間が求めた信仰でもあろう。
 現在の混沌とした社会、環境破壊に対応していくためには、「六根清浄」の心を信仰から学ぶことも必要である。
 この七月は、山開き、川開き、鵜飼、海開き、朝顔市、ほおずき(鬼灯)市、蛍狩り、夏越し祭り、天神祭、麦秋のあとの田植え…。地方、地方の気候風土、風習による夏の風物詩がある。自然と人間との共生で豊かな社会を構築するためにも、地球を大切にする人類の知識と知恵を生かそう。
― 山開き太鼓で雲の封を切る 本宮鼎三
― さまざまな夏の姿や万華鏡 風彦

(風彦)

今月の言葉

今月の言葉(6月) 2009年06月

「ホタルと霊魂」
 ― 初夏の風物詩への思い

            ―風彦 

 ホタルには霊魂の伝説がある。現世の愛しいひとのもとに、舞い戻ってくるという。
 歌人・窪田空穂も詠んでいる。
 「其の子等に/捕られむと母が魂/蛍となりて/夜を来たるらし」
 近年は汚染された環境の再生をはかり、ホタルの幼虫の餌になるカワニナの生息する清流の復活でホタルを蘇らそうという地域活動もある。ホタルの飛び交う幽玄な光景を知らない人には、霊魂伝説も信じ難いだろう。
 霊魂伝説の舞台は、清流ではなく人間社会にある。ラフカディオ・ハーンのエッセイ「蛍」にも、生きている人間の魂がホタルになった話があった。
 ホタルの霊魂物語で耳新しいのは、敗戦まぎわの特攻基地、知覧での「ホタルと特攻隊員」をめぐる秘話。「死んだら必ずホタルになって帰ってくる」と言い残して出撃。そしてホタルになって別れを惜しんだ食堂のおばさんのもとに帰ってきたという。
 知人の山口積さんは、好奇心旺盛な人で、二年前、この霊魂話を検証するため知覧を訪ねた。それは事実だった。その手書きの一文を読ませて貰った。山口さんは、現在、八十四歳。広島市安佐北区亀崎在住。昭和十九年、最後の召集兵として出征。中国戦線では、大陸縦断千六百キロの行軍で九死に一生を得て復員。東洋工業(現・マツダ)の工場設計担当に。戦争の悲惨さを訴える「平和論者」。
 ホタルといえば、戦前、戦中派の人間には小学唱歌の「螢の光」。
 「ほたるの光/窓の雪/書(ふみ)読む月日/重ねつつ/いつしか年も/すぎの戸を/明けてぞ/けさは/わかれゆく」
 この惜別の歌は、スコットランドの古い民謡に十八世紀、詩人のロバート・バーンズが詩をつけたもの。
 私には忘れがたい「ホタル」がある。東広島市志和堀の酒造会社「千代乃春」の銘酒「ホタルの舞い」。蔵元の近くの小川に群生したホタルにちなんだ銘柄。冷酒がことのほか美味かった。江戸時代中期の創業の蔵元。この二月、廃業に至った。これまた惜別の情ひとしおである。
 昭和から平成へ。時代の変革は激しい。環境破壊は、日本人の心情までも蝕む。ホタルの醸し出す風物詩は、風前の灯のごとく揺らぐ。心ある人々は、叫ぶ。野も山も川も、自然の再生こそが日本人のルネッサンスであると。
 「ほっほっ/ホタルこい/こっちの水は/甘いぞ/あっちの水は/にがいぞ」
 少年時代のホタル狩りがなつかしい。

(風彦)

今月の言葉

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