| 今月の言葉(4) | 2011年04月 |
「天災は忘れた頃にやって来る」
寺田寅彦の教訓に学ぶ
このたびの東日本大地震の被災者の皆さんに、こころからお見舞いを申し上げます。と同時に、この大地震による津波で亡くなられた幾多の方々に哀悼の意を捧げます。
三月十一日、午後二時四十六分ごろ、マグニチュード(M)9の地震が発生。悪夢の一瞬から想像絶する巨大な津波…。帰宅直後にみたテレビ中継は、さながら“恐怖のパノラマ”私は言葉を失い、全身に鳥肌がたった。
その後、被害は日増しに明らかになり、テレビの空撮中継では、原爆による廃墟化した広島の惨状と重なった。人智を越えた自然の巨大なエネルギーを思い知らされた。
東大の地球物理学者、寺田寅彦は八十年前に“恐るべき強敵”である「地震国防論」を説いた。随筆家でもあるこの人は「天災は忘れた頃にやって来る」とも戒めた。
青森、岩手、宮城、福島…。太平洋に面した広範囲の沿岸での地震、津波は、有史以来の災害。とくに三陸地方沿岸は、明治二十九年(1896年)六月十五日、昭和八年(1933年)三月三日に大きな津波被害を受けており、津波の常襲地。それだけに地震津波への防災意識は、他の地域住民より強いといわれていた。が、のちの調査では津波への意識は、三十パーセントだったという。防災設備をはるかにこえる想定外の規模だったこともあろう。
「まさか…。という思いもあったろうが、むかしの人たちの体験した津波の悲劇が歳月とともに恐怖への意識も希薄になったのだろう」(日本気象協会・中田隆一氏)
もともと日本列島は、海底プレート上にあり、太平洋岸の海底では、海洋プレートが陸のプレートの下に沈み込んでおり、これらプレート境界ではプレートの先端が跳ね上がることでマグニチュード8クラスの海溝型地震が発生することがしばしばある(中田隆一氏=大要)そうだ。“地震大国”といわれるわけでもある。
その地震も過去の統計からみると周期性がある(詳細は略す)=伊藤和明著「地震と噴火の日本史」という。だから地質学の世界では「過去は未来への鍵」とも説く。社会環境が変わっても先人の残した“智恵”を学ぶべきだとも。「温故知新」である。
今回の巨大地震のなかでみる「人間ドラマの明暗」は、人生のよき教訓である。
「災い転じて福となす」―。被災者も私たちも互いに助け合い、日本人の“智恵と誇り”で、この難局を乗り越えよう。
(風彦)
| 今月の言葉(3) | 2011年03月 |
「野草天国」
萌ゆる春の摘み草にみる野趣
―風彦
春は生命の萌ゆるとき、春を待ち望む心情は、万葉集にも詠まれている。巻頭歌の雜歌―雄略天皇の御製歌には―。
「籠もよ/み籠持ち/掘串もよ/み掘串持ち/この岡に/菜摘ます子/家聞かな…」(後略)がある。
「石走る/垂水の上の/さわらびの/萌え出づる春に/なりにけるかも」(志貴皇子)
「明日よりは/春菜摘まむと/標めし野に/昨日も今日も/雪は降るりつつ」(山部赤人)
しかし、近年は、春草摘みの情景もみられなくなった。それでいて〝七草粥の日”ではスーパーでの野菜売場での七草をパックにした商品が、結構売れている。
自然環境をふくめ生活風土や食生活の変化が招いたものだろう。
過日、太田川の堤に散策がてら、つくしをみつけ、つくし摘みに夢中になっているとき、三、四人の女子中学生が声を掛けてきた。
まず驚いたのは、つくしを知らない子がいたこと。まして家庭でのつくし料理も知らない。草むらでの摘み草を、汚いものだという妙な潔癖感で育っていること。
植物学とまではいかなくても、小、中学校で野外学習による自然とのふれあいを通して身近な野草の生態を教える必要があろう。
もう一つ考えるべきは、核家族化でお年寄りとの生活の場がなくなり〝野草の伝承”も希薄になったこともあるだろう。
ちなみに春の七草は、せり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろ。
これをお粥のなかに入れて〝七草粥”として正月七日に食べる(むかしは、旧正月。地方により材料も多少違いがある?)。春の野草にある生命力にあやかり、無病息災を願う風習だともいう。このほかつくし、わらび、ぜんまい、よもぎ、ふき、のかんぞう、うど……食べられる野草は山野に萌える。
日本列島は四季に恵まれており、植物の分布も多岐にわたる。とりわけ春の植物は、むかしから食用の野草も豊富。一見、雑草のようだが、雑草にもそれぞれ学術名のあることを、生前、昭和天皇はおっしゃった。あらためて植物図鑑をひもとき、春の野草の生態系を。さらに「日本たべもの歳時記」で食べられる野草の知識と知恵を学んだ。
江戸時代の俳人・一茶にこんな句があった。
―おらが世やそこらの草も餅になる。
戦争中の食料難時代を思い出す。が、時にはどうだろう。
―菜を摘みて家族団らん春の野に
(風彦)
| 今月の言葉(2) | 2011年02月 |
「時は人なり」「財は人なり」
萌えいづる春に思う輪廻転生
―風彦
「時は金なり」―。時間は貴重で金銭と同じような価値がある。ムダに時間を費やしてはいけないという格言である。
この言葉から人生の“時”についても考えた。以前、読んだ「葉っぱのフレディ」―いのちの旅―(レオ・パスカーリア著)の絵本から「若さと老い」「生と死」をめぐる輪廻転生を学んだ。
二月の季節は春の序曲、早春賦である。まだ風は冷たいが、野山の草木も生命の萌えたつ息吹にあふれる。枯れ枝のような梅の梢に蕾。ミモザ、ネコヤナギ、マンサク、蕗の薹、道端の犬ふぐり、クロッカス。四季の始めは、やはり春からである。その春も冬があるから―。春があるから夏がある。夏があるから秋がある。秋があるから冬がある―。微妙な地球温暖化のなかにあっても自然の摂理は、かわらぬ輪廻転生をくり返す。英国のロマン派の詩人、シェリーは「西風の賦」に書いている。
「冬きたりなば春遠からじ」―。
古今和歌集では、紀貫之が詠んでいる。
「雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける」―。
俳人・蕪村の句もそうだろう。
「斧入れて香におどろくや冬木立ち」―。
死んでいるようで生きている。そこに「若さと老い」「生と死」の輪廻転生を知った人間の驚きが名句になった。
私は思う。人生にも四季があり、国にも四季がある。いまの日本は国際社会、国内状況とも冬の時代だろう。「萌え出る春」の早春賦とは言いかねる。
いまこそ日本の活路を切り開く“時”である。「時は金なり」と同時に「時は人なり」である。
日本のみならず、古今東西歴史を変革したのは、“人”であった。しかし、今世紀、皮肉な事態を招く。
「We can change」とアピールして登場したのは民主党のオバマ米大統領。
「政権交代」を訴えたのもわが国の民主党。その菅首相。両者とも窮地に立つ。この難局をどのように対処するか、まさに「時は人なり」「人は財なり」―。「国民の価値は結局、国民を組織する人民の価値である」(英国の経済学者 J・S・ミル)
あるマスコミの友人が言った。
いまわが国こそ、坂本竜馬的な“器量”のある男の登場が待たれると―。
「歳月は人を待たず」という言葉もある。四季のうつろいのなかで“時流”をみる。
早春や輪廻転生萌ゆる風―
(風彦)
| 今月の言葉(1) | 2011年01月 |
若者よ、大志をいだけ!
日本の第四の改革こそ若いエネルギーで ―風彦
新しい年を迎えた。人は、それぞれ座右の銘を、人生への“指針”とするだろう。
作家・石川好さんは、最近の若者に覇気がないことを嘆いた。
この人は戦後、単身渡米。現地で農業に携わり帰国。農大に進学ののち、作家、評論家になった異色の人物。嘆きの論点は、日本国家の改革を果たすべき若者について。
一つは、原始国家から律令国家に。二つ目は、鎖国の江戸幕府から開国、欧米から近代文明を。三つ目は、敗戦後、アメリカから物質文化の繁栄を。いずれも若者たちが国の体制を変えて現在の「大国日本」を築いたという。遣隋使、遣唐使、明治の開国は、坂本龍馬をはじめとする若い薩長の尊皇攘夷論者。敗戦後は、フルブライト基金による渡米留学。海外へ雄飛して学んだ若者たちの力が国のエネルギーに。
最近の韓国との対比によると韓国の若者の日本を上回る米国をはじめ海外留学への風潮には目を見張るものがある。それが韓国の国際進出のエネルギーにも。この点からも日本は立ち遅れているという。確かに、日本の若者たちを見ると、一時のような海外留学への熱がさめているように見える。遠因には、日本の豊かさもあるだろう。海外留学しなくても、ITによる知識で学ぶことができるからだろう。しかし、海外に出ることで結ばれる相手国との人間関係の絆。これが国際競争の差になる。この点をも石川さんは嘆く。
いま海外雄飛の志向のあるのは、一部の音楽家、芸術家にすぎないようだ。卑近な例では、昨年、ジュネーブ国際音楽コンクールで優勝した萩原麻未さん。広島音楽高校から単身フランスに留学しての快挙がそうだ。
「少年よ、大志をいだけ」は、明治9年(1876年)米国から招かれたクラーク博士が日本を去るときに言った言葉。同博士の教育をうけた内村鑑三(宗教家、評論家)、新渡戸稲造(教育家=「武士道」の著書)らの学生に深い感化を及ぼした。すべての若者に“大志”がないと決めつけられないが、このままだと国力も衰えかねない。次代―第四の改革―を切り開くのは、やはり若者たちのエネルギーである。“大志”とは“夢”でもある。世の成功者たちが強調するのは、“夢”を諦めず、その“夢”に挑戦することだ。
失敗を恐れず、挫けないことだとも。深刻な就職難―氷河期―の社会を思うとき、私たちの胸も痛む。昭和一桁生まれの世代の“大志”は軍人だった。幼少のことからの軍国主義の賛歌は二度とあってはならない。
―老いを知り老いを生きるや年始めかな―
(風彦)
| 今月の言葉(12) | 2010年12月 |
「過去、現在、未来」―貫く棒の如し―
~歳月人を待たず。師走に歴史を学ぶ
―風彦
ことしもあとひと月で新しい年を迎える。月日の過ぎるのは、はやい。もう十二月。文字通り「歳月人を待たず」である。
陶淵明は、その詩で「盛年重ねて来たらず、一日再びあしたなりがたし、時に及びて勉強すべし、歳月は人を待たず」(概要)といった。若い時は、二度とこないので時を惜しんで勉学に励むよう説いた有名な言葉である。
が、現実は、きのうにつづくきょう―の繰り返しのなかで、歳月は過ぎていく。
俳人・高浜虚子は「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」―と、十二月から来年一月を迎えるにあたって詠んだ。
この句には、陶淵明とはちがった蘊蓄があり、多くの俳人が「去年今年」の言葉にあやかり、新年の句を詠み、いまでは季語になっている。
が、虚子の詠んだ時代背景とは地球環境をはじめ世界事情、社会状況も違っており「一本の貫く棒の如き」―とは、言い難いともいえる。
刻々と歳月が過ぎていくなかで、私は先人たちの説いた言葉を思い出す。
「温故知新」―。古きをたずねて新しきを知る―である。要は歴史から学ぶことの大切さである。
現代っ子には、この「温故知新」すら知らないだろう。故事成語辞典には、論語の為政第二に「子曰く、故きを温ねて新しきを知る、以て師となるべし」とある。
さらに、こう付記してあった。「先へ先へと新しいことだけを追っていては、本当の知識にはならない。ちょうどしっかりした根に、幹や枝がしげるように。科学や学問の進歩も同様である―。
現代の科学の進歩は、”驚異”であると同時に”脅威”にもなりかねない。そこで人類の智恵(倫理)が問われる。
もう一つ、私の思想形成になった言葉は―。
「過去に目を閉ざす者は、現在でも盲目で未来の悲劇に手をかすことになる」である。
たしかこの言葉は、東西ドイツ時代、当時、西ドイツの大統領、ワイッゼッカー氏が、1985年のドイツの敗戦記念日での演説した時の言葉だったと思うが…。
英国の詩人・バイロンは、こう言っている。
「最良の預言者は、過去なり」
混迷する世界の動向のなかで、人類が犯した歴史から学ぶことが「あすの地球」、いや、「きょうの地球」を救い、守ることにつながる。いまや、気象、政治、経済などすべての変動は、地球規模で論議されるまでになった。世界は変わる。人類の智恵によって―。
(風彦)
| 今月の言葉(11) | 2010年11月 |
「政界の菊人形」
夢幻の秋―有情と人の無情 ―風彦
11月は、秋から冬にかけての「晩秋」の季節。今夏の“酷暑”続きで紅葉前線も異変をもたらしそう。その異変をめぐり、地球規模で論議されているなかで、日本列島は四季のうつろいをみせる。
新古今和歌集でやはり魅かれるのは、秋の夕暮れを詠んだ「三夕の歌」である。
―寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ―(寂蓮)
―心なき身にもあわれは知られけり鴨たつ沢の秋の夕暮れ―(西行)
―見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ―(定家)
それぞれが、行く秋の情景を詠んだもので、江戸時代の初めから名歌といわれた。
秋を題材に詠んだ和歌には、百人一首にも選ばれた名歌もある。
風、月、雨、草木、鹿、虫…自然の中での秋を詠んだ歌人たちの感性に、日本人の伝統的な心の豊かさを学ぶ。
新古今和歌集の撰者の一人藤原定家は「詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め(後略)…」と説いている。独断と偏見。異論もあろうが、これが現在の日本人の感性の源流となり、茶道、華道、陶芸、短歌、俳句、絵画、文学…。芸術、文化を紡いでいるといっても過言ではあるまい。
秋の「夢幻の有情」を読んだあと気になる一首を思い出した。古今和歌集である。
―世の中は何か常なる飛鳥川きのふの淵ぞけふは瀬になる―(読み人知らず)
この世の中は、いったい何が永久不変であろうか、そういうものは何も無い。あの飛鳥川の淵が、きょうは、瀬になっている―。
この一首は、「きのう」「きょう」「あす」という時の推移から人生のはかなさ、人の世のうつろいを飛鳥川(明日香川)=奈良・明日香=の流れに託して詠んだものだろう。
とくに混沌とした今日の社会情勢、とりわけ政界の動向は、飛鳥川の“深淵”―再編―への暗示にもなりかねない。
いま、晩秋の風物詩でもある各地の菊花展。登場する菊人形に思いをはせる。その“主役”は古典的な武士役者から、テレビの大河ドラマの主人公までも。これも時代の流れか…。
歳時記に渡辺水巴の一句がある。
―菊人形たましひのなき匂いかな―
名句をもじって駄句を。
―政界や菊人形の魂(たま)ありや―
―政界や色とりどりの菊人形―
政界の“主役”の動向に注目したい。
(風彦)
| 今月の言葉(10) | 2010年10月 |
「遊びはスポーツのはじまり」
SPORTの言葉の要素を知る
十月は、スポーツの快適な季節。競技スポーツをはじめ地域社会、職場でのレクリエーション・スポーツは、人間関係を豊かに、健康な人生にも大いに効果を。学校での運動会は、個人の能力、団体生活、友情をはぐくむ教育にも効用がある。戦後、疲弊した国民の体育向上の一環としてはじまった国民体育大会もこの時期だったし、東京オリンピックもそうだった。
「体育の日」として国民の祝日になったのは、1966年十月十日。東京オリンピック開会日を記念して制定(2000年から十月第2月曜日)されたほど。
ちなみにスポーツ論については、数多くの書物がある。古代の狩猟生活を通して論じたものもある、が、私は、ギリシャ語の語源説=遊び=を身近に感じる。
以前、こどもたちに同行した山村学校で見聞した時、土盛りの山登り、かくれんぼ、かけっこなど自然の環境の中での遊びに、スポーツの要素をみた。ジャンケンで順番を決める。彼らは互いに遊びの中でちゃんとしたルールを決めていた。遊びを構成するものは、決めごと。約束ごと。ルールである。
遊びからスポーツへの発展過程を論議することは割愛しよう。スポーツ自体も政治、社会の変革により、ルールまで変わった。アメリカ系(バレー、野球、アメフットなど)にくらべて、イギリス系(ラグビー、サッカー、ホッケーなど)のスポーツにそれをみる。選手交代、レフリーの権限…。しかし、決められたルールだけは、厳然としている。それはルールがなければ、スポーツは、成り立たないからである。それは社会秩序も同じ。スポーツで学ぶことは、大きい。
そのスポーツの原点は、遊びである。が、最近は、こどもたちの遊びが昔と違ってきた。屋外の遊びをする者が、陰をひそめ、部屋のなかに引きこもり、ゲーム機器での遊びに夢中だという。学校教育のあり方もさることながらITの発達による感化もある。
機器の異常な発達は、こどもたちへの“危機”であり、スポーツの“危機”に成りかねない。
参考までに|。
SPORTのSは、スピード(速さ)。Pは、パワー(力)。Oは、オンワード(前進)。Rは、リピート(繰り返し)。Tは(タイム=時間)…。
この五つの文字を克服した人こそが、スポーツの“哲人”である。
(風彦)
| 今月の言葉(9) | 2010年09月 |
〝老春〟を楽しもう!
〝敬老の月〟に寄せて
―風彦
五十をすぎると「回想年齢」になるそうだ。ある雑誌を読んでいたら、そんな記事があった。著者は村田幸子さん。元NHKの婦人記者で、論説委員を務めていた人。現在は福祉ジャーナリスト。各地で講演、著述活動をしており、ラジオ、テレビでもその論説には興味があった。昭和一桁生まれの私は、後期高齢者で「回想年齢」の該当者のひとり。
「お年寄りは、とかく口説くなる。といって老いた人の話は敬遠しないで聞いてあげましょう。歳を取ると、話すことが何より楽しみなのだから」と、敬老精神を訴える。
村田さんは、この「回想年齢」時代の人を認知症から守るための認知症予防に取り組んでいるドクターを紹介していた。
国立長寿医療センター医師、遠藤英俊先生は認知症の専門家。愛知県師藤町(現・北名古屋市)で認知症の人だけでなく、高齢者を対象に「回想法」を取り入れている。高齢者にとって昔懐かしい生活道具などを使って、かつて自分たちが体験したことを語り、過去に想いをはせたりすることにより、脳を活性化させて自分を取り戻そうという方法。
昔習った教科書、昔歌った唱歌、童謡などを合唱することが認知症の予防に役立つともいう。こんなエピソードを聞いた。
老人施設の人たちの、たっての願いから、生前の演歌歌手の大御所と永六輔のコンビでみんなで歌える歌を作った。その披露をするために、施設を訪問した際、会場に一人遅れた車椅子の老婦人が、日露戦争当時の歌を歌いながらやってきた。すると会場のみんなが、一斉に合唱しはじめた。永六輔さんたちは結局、苦心の新曲発表をとりやめたそうだ。
私たちの仲間が集まる「四季の会」がある。気心の知れた者ばかりで、月に一度、世話人会を開く。その席で代表のYさんは、童謡、唱歌の詩を配布。そしてみんなで合唱する。
また、難解な漢字の読み方や、時には身近な医学にかかわる記事なども紹介してくれる。そのあとが楽しみ。女性たちの手作りの料理を味わう。忘れていた家庭料理とおふくろへの郷愁のひと時・・・。味覚の回想におしゃべり。それになにより、人と人との出会いに、こころの花を咲かせて〝楽習〟(学習)できる。
これもある意味では、遠藤英俊先生の説く「回想法」だろう。九月二十日は「敬老の日」。高齢者の存在が問われる日。世の諸氏よ。それぞれの〝老春〟を楽しもうではないか。
―老いらくの恋の目覚めや宿の秋―
(風彦)
| 今月の言葉(8) | 2010年08月 |
「寛容の世界」を学ぶ
政治家の言葉とマニフェストの因果関係
―風彦
過日、多田富雄さんを偲ぶ会が東京であった。多田さんは、今年四月二十一日、癌との闘病の末、亡くなった。七十六歳。日本の免疫学者であり、文筆家。多方面での活躍がみとめられ文化功労賞、瑞光重光章などを受賞された。数々の著書のなかで「免疫の意味論」にひかれた。
専門的な免疫学は、素人には少し難しいが、人間の体には、悪い病原菌から守る“免疫体”が存在する。その“免疫体”を過剰に保護することは、逆に“免疫力”を弱める。だからある意味では“免疫体”と“非免疫体”とが共生することが大切である―といった概要。
この話を知って藤田紘一郎さんの唱える“学説”を思い出した。
藤田さんは、俗に“回虫博士”で知る人ぞ知る学者。日本の免疫学者で、東京医科歯科大学名誉教授。専門は寄生虫学、感染免疫学の大家。「体にいい寄生虫―ダイエットから花粉症まで」「清潔はビョーキだ」などの著書がある。
この人の論拠は、戦後日本人が花粉症に悩まされるのは、回虫の駆除をやりすぎたからだ―という。後進国の人との比較実証から、回虫(寄生虫=サナダムシ)のもたらす功罪をあげている。医学的な論評をするのではない。
私は思った。地球も人間の体と同じではないだろうか、多様な人類がさまざまな環境のなかで生きており、潔癖すぎる人種もおれば、そうでない人種もいる。一概にその人種の文明、文化度で“地球の健康度”をはかるべきではないだろう。人種にしても宗教にしても、その環境による違いを理解、共生していくことが、健康な地球―平和な地球―を保つことになる。
六十五年前の八月を回想しながら二十世紀は、人類はともに生きることを忘れていた。
この月は、日本民族にとっては、“祥月命日”―広島(六日)長崎(九日)は、忘れえぬ「原爆忌」―。十五日は慟哭の「敗戦忌」である。
多田富雄さんには、免疫学を通して人類の共生する道を説いた著述もある。なかでも興味があったのは、哲学者であり、宗教学者の山折哲雄さんとの対談形式の共著「人間の行方」―二十世紀の一生、二十一世紀の一生―(文春ネスコ)だった。あらためて「寛容の世界」につい考えさせられた。
(風彦)
| 今月の言葉(7) | 2010年07月 |
「文字は言葉の影法師」
政治家の言葉とマニフェストの因果関係
冒頭の言葉―「文字は言葉の影法師」のフレーズにふれたのは、いまは亡きコラムニスト、山本夏彦さんのある著述書だった。
含蓄のある“箴言”である。
「文字」と「言葉」を置き換えてみた。
「言葉は文字の影法師」である。これは似て非なる意味になろう。私の独断と偏見での解釈…。異論もあるだろう。
前者の言葉は、文字からの知識を得て話す。後者は、高僧の話した言葉を、書き留めた―文字―ではなかろうか。
『歎異抄』の親鸞上人と唯円の関係とでもいえよう。
ちなみに『歎異抄』は、浄土信仰の信者のみならず、多くの悩める人たちを導く教本的な書。親鸞上人の言動を唯円がまとめて後世に伝えた(『歎異抄』入門=梅原猛著)
である。私はふと思った。
政治家の言葉と文字―。ここで言う文字は、「マニフェスト」である。昨夏の衆議院選挙では、「マニフェスト」が注目された。とくに民主党の「マニフェスト」は、選挙戦の“台風の目”となり、日本列島を席捲。歴史的な〝政権交代”を成し遂げた。
この結果と現状は、語るまでもあるまい。「言葉」と「文字」もむなしい〝影法師”になってしまった。
政治の「実像」と「虚像」を、いやというほど見た思いである。
といって、私たちは国政にそっぽを向くわけにはいかない。
かって政界を風靡していた自民党が野党に転落したものの、その実情を見聞すれば、「実像」と「虚像」が入り乱れている。
新党結成した人たちは、それぞれの思いから政治を正そうと立ち上がった。
これまた「実像」と「虚像」がありそうだ。
政治は言葉だと思う。
含蓄のある“名言”でもある。
政治家の資質の一つは「話術」―。言葉を紡ぐ術(すべ)。人のこころをとらえる 〝説得力”である。(地盤、カバンにたよる人もいるが…)
聖書にもある。「初めに言(ことば)があった。言は神とともにあった。万物は言によって成った」(ヨハネによる福音書=概要)
「文字」を生み出したのは「言葉」。政治は「言葉」と「文字」が一致してこそ明朗な政治が実現できる。問題は〝影法師”の存在。
光があれば影がある。宇宙の真理であるが、その影が異常に大きくなれば、〝闇”への不安を招く。それは自然界でも同じである。
(風彦)



