雑感(7) 2010年07月

代表取締役 田河内秀子


 年末に買っていただいたケア手帳に一部ミスが見つかり、そのミス分の手帳を購入していただいたお客様に差し替え分を届けに行った。全国にお客様がいらっしゃるので、余りにも遠いところは郵送で勘弁していただくことにして、行ける範囲は行こうと、幹部3人で分担したのだが、行ってみると皆さん驚かれて、とても好意的に受け止めて下さった。
 私の受け持ち範囲は、広島から西で、山口・北九州・福岡・佐賀で合計8件、宮崎・鹿児島・熊本の5件は5月に済ませていたので、今回は車で行った。ナビなしで、ネットで地図をプリントし、途中道に迷うと、コンビニで尋ねながら行ったのだが、尋ねた人はみんな親切で、トイレはきれいだし、コンビニの有難さを改めて感じた。
 最初は2日で全部回る予定だったのだが、出発が遅れてしまい1日目は1件のみ済ませ小倉に宿を取った。翌日、北九州のお客様に寄り、福岡の4件を回った頃には夕方になったので、もう1泊し、佐賀に行くことにした。
 さて佐賀は伊万里に行くので、パーキングの売店の方に、どこで泊まるのが一番便利か聞いていると、近くで食事をしていた同じ年代の女性に、「今から武雄温泉に行くから一緒にどう?」と声をかけられた。彼女は有田に実家があり、92歳の母親がひとり暮らしなので、住まいの福岡から週2回通っているとのことで、有田に帰る途中、いつも武雄温泉でお風呂に入るのだそうだ。この武雄温泉の泉質が素晴らしいし、宿も安いし、武雄から伊万里は30分の距離との事で、ご一緒させてもらうことにした。まことお風呂は最高だった。明治9年に建立されたという天井の高いレトロな雰囲気の元湯、千三百年の昔から日本の名湯として多くの人に親しまれているというツルツルした泉質、お風呂で世間話をし、又、ご縁があったらどこかで会いましょうと分かれた。
 翌日は伊万里で用事を済ませ、唐津に出て、西九州自動車道、福岡都市高速、九州自動車道、山陽自動車道と高速道路をひた走り、夕方広島に到着。走行1000キロ以上の一人旅は無事終了。届けた先のお客様もコンビニの店員さんも、そしてお風呂と宿を世話して下さった見ず知らずの女性、疲れはしたが人間っていいなと感じた素敵な3日間だった。

雑感

雑感(6) 2010年06月

代表取締役 田河内秀子



 久しぶりに阿蘇の大自然に会えることを楽しみに、阿蘇・熊本で開催される2日間の経営セミナーに参加した。初日は熊本城そばの市民ホールで、姜 尚中氏の講演を聞いた。テーマは「リーダーは半歩前を歩け!」。
 さすが政治学者らしく世界の動きをもとに、日本人は何をすべきなのか等々からめて、なぜリーダーは半歩前を歩かなければいけないか? という事を、カッコ良く、尚且つとても分かりやすく話をされた。
 次の分科会は再春館製薬所の見学。広大な敷地に美しい庭、テレマーケティング・研究開発・品質管理・西川社長含めすべての社員1000人がワンフロアで働いている社屋、西川会長率いる手作りの社員食堂、見るものすべて驚きの連続だったが、社員にも、商品にも、自然にも、すべてにベストを追求していくとこういう職場になるのかと納得した。
 翌日は阿蘇の草千里で日本発宇宙飛行士の秋山豊寛氏のご講演のはずだったが、おりからの口蹄疫に考慮して1日目と同じ会場で聞くことになった。1988年のTBS宇宙プロジェクトで、秋山氏は43歳で宇宙に行き、53歳で農業を始められたのだが、何故ジャーナリストから農業なのか、ユーモアあふれる話で共感をもって聞かせていただいた。
 姜 尚中氏、再春館製薬の西川社長、秋山豊寛氏のお話ととても消化し切れないほどの濃い内容だったが、共通して感じたのは、日本人の中に脈々と息づいている自然と交流する感性を大事に! 命の現場である職場を大切に! そしてこれから世界がどういう方向に行くか先見性を持って! ということだった。阿蘇には行けなかったが、勇壮な熊本城の天守閣に登り、加藤家3代、細川家18代の歴史の重みに触れ、過去と未来の丁度真ん中に自分が居ると認識した2日間だった。

雑感

雑感(5) 2010年05月

代表取締役 田河内秀子


 いつもインフォメーションをお送りしている方から素敵な贈り物を頂いた。広島菜と言えば漬物で有名な株式会社山豊の顧問森原様からだった。日経新聞の「うたの動物記」に田螺についての記載があり、そこに出ていた俳句と詩を「色紙」と「短冊」にしたためましたとお手紙にあった。北原白秋の詩を色紙に、夏目漱石、久保田万太郎、永井荷風の俳句をそれぞれ短冊に記し、小池光先生の解説を裏面に書いて下さっていた。紙面が小さくて残念なのだが、許可を頂き掲載させていただいた。こちらから勝手に送っているのに思いがけないプレゼントを頂き本当にうれしい。他の会社の方からも「楽しみにしてるよ」とわざわざお電話を頂いたり、「何も印刷を頼まないのに申し訳ない」と言われたりするが、読んでいただくだけで私としては有難いし、出し続けようとモチベーションがあがる。
 インフォメーションの読者の皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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雑感

雑感(4) 2010年04月

代表取締役 田河内秀子


 「賢い人間の生涯とは、子どもの時には節度を学び、青年時代には感情をコントロールすることを学び、中年になってからは正義を学び、老年になってからは良き助言者になることを学ぶ。そして悔いなく死ぬこと」ドクトリアの都市遺跡「アイ・ハヌーン」キアヌス霊廟の碑文だそうです。何千年前の碑文なのかは知りませんが、人間は大昔から悔いのない賢い生涯を送りたいと思っていたのですね。
 「節度」って何でしょう。三省堂の国語辞典では「やりたいことを抑える態度」漢字林では「抑制のきいた態度」とあります。子どもの自由でいきいきとしたところを伸ばしながら、時と場所によって、態度や言葉をわきまえることを、私たち大人は子どもたちにきちんと教えているのでしょうか。子ども時代に習慣として身につけないと大人になってから大変苦労します。
 「感情のコントロール」はどうでしょうか。スイスの哲学者カール・ヒルティはこう言っています。――環境があなたに持ち出す要望や要求は毎日山のようにあるわけだが、それに対してにこやかな微笑と快諾をもって答えることもできれば、多少不機嫌ないやいやで答えることもできるのだ。つきつめた話し、どの態度でのぞんでも、あなたにとってたいがい同じ結果になるのであり、どちらを取るかは単に習慣の問題にすぎない。しかし、微笑と快諾をもってするという習慣のほうが、まわりのすべての人々にとってありがたいのである――  どんなに自分にとって不愉快なことであっても微笑と快諾をもって他人と接するのは単なる習慣にすぎないのだから、変えればいいと簡単に言っています。そう簡単なことではないと思えますが、これを青年時代に身につけておくと、周りの人からあてにされる、悔いのない人生を送れそうですね。
 今、子どもへあるいはお年寄りに対する虐待が大きな問題になっています。虐待までいかなくてもいじめの問題は以前から深刻です。愛子様が学校へいけないという話題も大きく報道されています。
 もうすっかり大人になった私たちは、まずは基本の「節度」と「感情のコントロール」が身についているかどうか自問し、「正義の人」と「良き助言者」を目指してまいりましょうね。

雑感

雑感(3) 2010年03月

代表取締役 田河内秀子

 いよいよ春も間近ですね。風は冷たいのですが、なんとなく日差しが春めいてきて、心もウキウキしてきます。この冬は体調が最悪の年だったので、この春は何かいいことありそうな気がしています。
 さて、毎月お送りするこのインフォメーションや封筒、チラシ、挨拶文は社員が全員で取り組んで、毎月発行できているのですが、時々他の会社の方から「よく続きますね」とか「毎回アイデアがよくでますね」とかお褒めの言葉をいただきます。
 「タニシインフォメーション」は10年以上、裏面の「舟入散歩」も2年以上になり、封筒に懲りだしたのも1年以上。会社の売り上げにどれだけ貢献しているのか定かではないのですが、言えることは確実に社員に力がついてきているということではないかと思います。文章を書くことにも抵抗がなくなり、月末の封入作業に間に合わせるように仕事の段取りも出来るようになりました。本来の仕事以外の仕事になるので、どうしても最初は時間が空いた時にやるという感覚でしたが、今はそれも仕事の一部と、日常業務に組み込まれるようになり、あたりまえになってきました。
 大企業には、きちんと販売促進や企画部門という部署があり、優秀な人員が配置されています。広告宣伝費用として予算もあり、戦略的に新商品の開発や宣伝広告をします。それに比べ中小零細企業は、目の前の仕事をする最小人員しかいませんし、広告代理店に頼むほど予算もないのが実情です。我が社のような印刷会社もそのようなお手伝いをさせて頂いていますが、その前に、まずは自社で毎月簡素な広報誌を作るなどして、日常的に全社員さんに広告宣伝も仕事の一部と認識してもらい、原稿もどんどん作れるようになるのが先決ではないかと思います。社員さんって、やってもらうと社長なんかよりずっと能力があるものです。

雑感

雑感(2) 2010年02月

代表取締役 田河内秀子



 年末から膝を痛め、歩行困難! しかも大晦日の夜に携帯を失くし、踏んだりけったりで新年を迎えた。携帯が悪用されないかと心配で、生きた心地がしなかったが、幸いにして2週間後、警察から連絡があり手元に戻ってきた。タクシーに置き忘れていた。心当たりのタクシー会社には電話をしたのだが、違う会社のタクシーだったのだ。もしかしたら落としたのではと、近くのスーパーや駅に届いていないか尋ね、警察に届け、携帯会社にロックと回線停止のお願いをし、それでも心配なのと不便なのと・・・ 
 携帯のない生活は、友人や家族に連絡をとろうと思ったら、たしかあれに書いてあったはず! と住所録を大探し。なんでもかんでも携帯に入っているので不便このうえない。そしてとうとう出てくるのが待てず、新しい携帯を買った。店員にすすめられるまま、最新版のカッコいい携帯にしたのはいいが、さっぱり操作がわからない。娘に「なんで簡単ケータイにしないのと!」と怒られる始末。着信音も変えたいし、待ち受け画面も変えたいのに変え方がわからない。娘が暇になったらやってあげると言ってくれているので、大人しく待つことにした。
 今年は還暦明けの年。厄年ということで、身体も変調をきたしやすい。今日は膝の検査に広島市立リハビリセンターに行った。廊下を行き来する半身麻痺の患者さん達はどうみても同年代。ハッキリ言ってヤバイ。飲み忘れている高血圧の薬が頭に浮かんだ。
 しかし新年早々、こういう事に遭遇するということは、ひとつの警告ではないかと思う。いつまでもいいことは続かないし、悪いことも続かない。
 ちょっとしたトラブルではブレーキを踏み、周りを確かめ、信号が青になったら、またアクセルを踏んで前にすすんで行こう!

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雑感(1) 2010年01月

代表取締役 田河内秀子


 新年明けましておめでとうございます。
 新年に当たって手帳に向かっていると、いろいろな事を思い出す。二〇〇四年から手帳をつけ始めたのだが、最初の一年は一ヶ月の内、書き込みがあるのは数日のみ。二〇〇五年は三分の一くらいの書き込み。二〇〇六年からは殆どの日に何かしらの書き込みが入っている。それは仕事上の予定だけではなく、いろいろな研修であったり、所属している会の会議であったり、プライベートの集まりであったり、と多岐に渡っているのだが、そうなるのはあるきっかけがあった。
 物忘れの激しい私は、しょっちゅう約束を忘れたり、締め切りのある仕事が出来なかったりと、とても困っていた。ある人に相談すると、「何でもかんでも手帳に書くといいよ」と言われ、自社で発行はしたが殆ど自分では使っていなかった手帳を使い始めた。最初は書いたり書かなかったりだった。しかし、徐々に何でも書き込むようになり、それでも、たまに見るのを忘れ、周囲に迷惑をかけたりしながら今に至っているのだが、五年前と比較すると、格段に忘れることは減り、仕事力は向上しているのではと自負している。しかも、スケジュール部分が文字で埋まってくるようになると、せっかくの空いている日も何かしら用事が入ってきて、どんどん忙しくなってくるのは、いったいどういうことだろう? 手帳がいろいろな仕事を呼び込んでくるような錯覚さえ覚える。
 さて、今年は新たにビジネス用の手帳を開発して販売している。スケジュール部分は自分が使いやすい仕様にし、カバーは特許でもとりたいくらい気に入っている三分割型にした。読書リストも一年間に一〇〇冊書名を書けるようにしているので、精力的に本も読める。経営者には欠かせない経営指針作りフォーマットも入っている欲ばりな内容だ。
 ちょっと大げさかもしれないが、最近は、手帳を制する者、仕事を制し、人生も制するのではないかとまで思いだした。手帳を使いこなし、この一年を悔いのないものにしたい。

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雑感(12) 2009年12月

代表取締役 田河内秀子


 
 今年もあとわずか! あわただしく一日が過ぎていくが、今夜はとても楽しい時間を過ごした。
 町内の水野工業所の水野さんのお宅で行われたアコースティックギターのライヴ! 私にとっては見ず知らずの人たち20人余りで、水野さんの同級生、プロミュージシャン茂村泰彦さんのソロライヴを聞いた。いい音楽と美味しい食事、まるで知らない人たちと同じテーブルを囲み、楽しく会話をするというのも、なかなかいいものだ。最近は名刺交換ありきの出会いが多い中で、本当に得がたい時間だった。
 又その日は、商工会議所で森まゆみさんの講演を聞いたのだが、これも私にとって実に時を得た出会いだった。森まゆみさんは編集のプロ、聞き書きという方法でたくさんの著書を刊行されている。1984年から2009年までは地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を発刊し、その活動の中で建物保存や自然環境の保全運動などを勧め、今では「谷中・根津・千駄木」地域に人が呼べるまでになっているということだった。わが社は「舟入散歩」を始めてまだ1年半だが、少しでも地域の役に立てるような紙面作りを心がけ、この舟入にタニシ企画印刷があってよかったと言われるような会社になっていきたいと思った。
 「出会うべき人にはきっと出会う」「人と人はゆっくり知り合っていくのがいいと思う」とその著書「起業は山間から」の中で森さんは言われている。還暦以後の次なる一年、出会うべき人に出会い、ゆっくり知り合って、夢と希望あふれるいい年にしていきたいものだ。

雑感

雑感(11) 2009年11月

代表取締役 田河内秀子


 先日、私が住んでいる廿日市市の団体、広島西部ロハスの会主催の『廿日市漁民の森づくり―どんぐり大作戦―』に参加した。二〇〇六年に始まったこの活動は今年四年目を迎え、参加者も増えてきているそうだ。知り合いの永本建設の社長さんがこの会の代表者ということで、参加するきっかけをいただいたのだが、娘と孫と一緒に参加してみると、世話人側にも参加者側にも知った顔が・・・。
 実はこの春、我が家から歩いていける海岸(鰆浜)で貝堀りをしたのだが、死んだ貝殻ばかりでほとんどアサリがいなかった。昔私が子どもの頃は、学校から帰ると近くの海岸で貝堀りをし、砂を吐かせたバケツ一杯のアサリを、母が佃煮にしていたのを思い出す。その海岸は今や高層ビルの下だ。しかし、今幸いにして、歩いていける海岸がすぐ近くにあるのに、貝がいない浜は本当に寂しい。
 この浜を、この海を、アサリや牡蠣や小魚たちがザックザック取れるような豊かな海に戻すには、戻そうとする強い意志と、たくさんの人の努力と、多分長い長い時間が必要なのだろう。
 豊かな海は、海に流れ込む川、川の水の源である森が豊かでないといけないと、全国各地でいろいろな活動が盛んになっている。こんな活動に参加することによって、より身近に自然や環境を考えることができる。
 この度この『廿日市漁民の森づくり―どんぐり大作戦―』で、孫と一緒に四本の苗木を植えたのだが、是非来年も参加して、今年植えた木が大きくなる様を見てみたい。

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雑感(10) 2009年10月

代表取締役 田河内秀子


 会社から万歩計を支給されて約二ヶ月。この万歩計は十五日分の記録が残るので十五日間どれだけ歩いたか一目瞭然ですぐわかる優れものだ。見てみるとひどい日には一日つけていて五〇〇歩以下の日がある。一日デスクワークの日がそうだ。普通は二〇〇〇歩前後。まさかこれほど歩いていないとは思わなかった。
 厚生労働省の「平成十九年国民健康・栄養調査の概要」によると、成人女性の「健康日本21」の目標値八三〇〇歩以上を歩いている人は全体の二七%、平均歩数は六二六七歩とある。つまり私は平均女性の三分の一しか歩いていないことになる。ちなみに男性の目標値は九二〇〇歩、それ以上歩いている人は二八・七%、平均は七三二一歩。
 医学博士石原結實氏の著書「筋力をつけると病気は防げる」の中で、人間は動物、つまり動くもの。動くことによって体の機能が正常に保たれているのだから、動かないとあちこちに支障が出てくる。まず筋力の低下。筋力が低下すると歩くとすぐ疲れ、ますます動かなくなる。すると益々筋肉が少なくなり体熱を作り出す力も弱くなり、体温が下がってくる。体温が一度下がると免疫力は三〇%以上低下し、ガン、感染症、免疫の病気などあらゆる病気の下地をつくることになる。又血液内の脂肪や糖分が燃焼できずに残存し、高脂血症や糖尿病が発生、それから引き起こされる動脈硬化、心筋梗塞・脳梗塞などの血栓症にかかりやすくなる。さらに筋肉・筋力の低下は骨や関節にも負担を与え骨粗しょう症や腰痛、関節痛などの病気を引き起こす。と、このように言われている。運動不足を軽く見ていると、大変な事になるというわけだ。
 はっきり言って私は非常にヤバイ状況にあると言えます。さて対策は…?

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