| 雑感(11月) | 2008年11月 |
今年も残りわずかになりました。昨年より今年にかけて、用紙やインキなど20%以上値上りし、とうとう十月から介護帳票の値上げに踏み切らせていただき、お客様には多大なご迷惑をおかけしました。でもそれにも関わらず、ご愛顧いただきまして本当に感謝です。もっとお役にたてるよう研鑚を積まなくてはと肝に命じております。
又、九月・十月と我が社の事が新聞やケーブルテレビに取り上げられ、又、会計事務所のセミナーでの経営発表や中小企業家同友会経営研究会でのパネラーと今までにない体験をさせて頂きました。その上、社員までが地元新聞の『緑地帯』にコラムを書かせていただき、たくさんの人の目に触れさせていただく機会を得ました。
それもこれも五年前から取り組んでいた介護事業所向けの企画が軌道に乗り何とか経営が安定してきたためです。たった一冊の小冊子から始まった介護事業所向け企画が今や我が社の大黒柱。経営危機の時諦めないで、何とかしたいと頑張ってきて本当によかったと思っています。
でも問題はこれから! うまく行き出した時が危ないとは古今東西言われている事。まずは「一つ一つの仕事に心を込めて、社会に役立つ良い製品、良いサービスを創造し続ける」という経営理念に立ち返り、名刺ひとつ、封筒ひとつと日々の細かな仕事を大切に、しかし常に新しいものを創造することを忘れずに、社員全員で取り組んで参りたいと思っております。これからもよろしくお願いいたします。
| 雑感(10月) | 2008年10月 |
先日、香港・中国に行ってきました。今まで韓国には二回行きましたが、それ以外海外旅行はビギナーです。回りは海外に行ったことがないという人を見つけるのが難しいくらいたくさんの人が海外旅行をしています。仕事で海外に行く人も本当に増えました。
今回の旅行で一番感心したのは現地のガイドさん。韓国では二回とも中年女性で、いかにも日本にもいそうな感じのガイドさんでしたが香港・中国は違います。若い男性です。
中国では日本語学校に行って勉強し、日本人旅行者のガイドをする若者が多いらしく、工場見学をさせて頂いた社長さんも初めは日本人旅行者のガイドから出発し、ビジネスの世界に足を踏み入れ、今や大成功を収めているとのことでした。中国は観光大国世界一を目指し目覚しい進歩を遂げつつありますが、そこには優秀な若者が活躍し、チャイナ・ドリームが実現できる世界が広がっているように思いました。
翻って日本はどうでしょうか? 世界の観光大国の三大条件は、①国の知名度 ②交通アクセス ③安全性 だそうです。日本は全ての条件を満たしているのにもかかわらず、世界で三十位以内にも入っていないそうです。若者が外国人観光客のガイドをしているのも余り聞いた事がありません。
政府は二〇一〇年までに訪日外国人旅行者を一〇〇〇万人にするビジット・ジャパン・キャンペーンをしており、二十一世紀の日本のリーディング産業と位置付けています。
人口減少時代に入り、これからは観光でお金を稼ごうという訳です。日本は料理も美味しいし、人情も豊かだし、自然の美しさは比類ありません。でも来る外国人観光客が少ないというのは、きっと外国人旅行者が来たくなるような仕掛けがないのでしょう。政府任せにしないで、私たち一人一人が考える必要があるのではないでしょうか。
| 雑感(9月) | 2008年09月 |
秋です。いい季節になりました。今年の夏は殊のほか暑かったですね。
いろいろと話題を振りまいた北京オリンピックも終わりました。平泳ぎ二連覇の北島康介は貫禄ありましたね。体格にして劣る日本人を含め東洋人が頑張っている姿を見ると、努力の素晴らしさを実感します。しかし、特に水泳競技の決勝に並ぶ国々を見ると経済格差もはっきりわかります。先進国として経済的に裕福で平和な国ばかりです。中国もこのオリンピックを機に先進国として益々経済成長を遂げ、国内の矛盾を解決していくに違いありません。平和への近道は貧困の撲滅と言いますが、世界中のあらゆる国で貧困がなくなり、鍛えぬかれた男女が、このオリンピックで存分に競技できるようになってはじめて平和の祭典と言えるのかも知れません。このオリンピック、一八九六年のアテネ大会が第一回、今回は第二十九回で百十二 年続いていますが、もう百年後のオリンピックでは 平和の祭典 が実現できているでしょうか?
さて我が社は第二十六期に突入。個人営業の時期が七年ありますので、創業からいうと三十三年です。企業の寿命は三十年という説がありますので、寿命はクリアできたところで第二創業期といったところですがこれからは百年を目指して頑張ろうと思っています。百年というと六十七年後、私を始め今いる社員はもう全員いません。その時どんな会社になっているでしょうか? 社名は同じでしょうか? 印刷機は回っているでしょうか? どんな商品をどんなお客様に提供しているでしょうか?そもそも会社が存続しているでしょうか?
夫が始めた事業を引き継いで、次世代に渡し、又次の世代にと、長~い目で将来を見ようとすると、創業の精神、ミッション、ビジョン、経営理念、企業文化、社風、それらを支える堅固な財務基盤が必要です。今期はもう一度創業の精神に立ち返り、ミッション・ビジョンを明確にし、経営理念を社員全員で練り上げ、財務基盤を堅固にしていく、そんな期にしていきたいと願っています。
| 雑感(8月) | 2008年08月 |
孫にと、とうもろこしを買って行って娘に蒸してもらい食べさせた。よほど美味しかったのだろう。「甘い」「甘い」と言いながら二本分全部すっかり平らげてしまった。それはデパートで買ったトウモロコシだったせいか、本当に素晴らしく甘いトウモロコシだったが、一歳十ヶ月でも、もう美味しいものはしっかり分かるらしい。先日は近所のスーパーでデラウェアを買って食べさせると、「すっぱい」と言って吐き出した。確かに熟れ方が足りなかったが、そんな吐き出すほどすっぱくはなかったのだが、子供の味覚は侮れない。
我が子を育てている時は、子どもが何時どんな言葉を覚え、初めてその言葉を使うのがどんなシーンだったかなんてちっともわからなかった。私はずっと働きつづけてきたので、保育所に預けるまでは母に預け、保育所に預け出してからは、子どもが病気の時・自分が病気の時は母の出番。弟のお嫁さんにも世話になった。歯医者などは殆ど近所の友達が連れて行ってくれていた。離乳食もパンツはずしも保育所の保母さんがやってくれた。長男は「自分は親にほっとかれた」と今だに言っている。確かに下の子が小学校に上がった頃は七つ下の妹の昼ご飯はお兄ちゃんに任せていたような気がする。ともかく我が家の子ども達は習い事をさせるわけでもなく、塾に行かせるわけでもなく、特に長女が心臓が悪かったので、健康な子どもたちはほったらかしだった。今子ども達が健康で人並みに仕事が出来ているのは、祖父母や叔父さん伯母さん、両親の友達、保育所の先生、学校の先生、すべて回りの人たちが育ててくださったお陰なのだとしっかり覚えておいて欲しい。
しかしそれにしても我が子の時は残念なことをした。子どもの成長を観察するのは実に面白い。「まだ ある」「もう ない」と二語文が出ると、人は言葉によって人間になっていくと思ったり、木馬に立って乗ろうと試みているのを見て、人間は生まれながらに冒険者なのだと思ったり、いろいろな発見をする。我が子の時には出来なかった楽しみを孫が与えてくれている。
| 雑感(7月) | 2008年07月 |
又暑い夏がやってきた。七月は私にとって喪の季節。娘が七歳で亡くなったのも。孫が一歳で亡くなったのも、看護師として手術室に勤務していた折、夏休み中に治そうと蓄膿症の手術をした高校生の男の子が、思わぬ出血で亡くなったのも、すべて七月。人は生まれたからには必ず死ぬものだが、いかにも早い死は、受け入れ難いものだ。しかし、一歳は一年分のたくさんの驚きや喜び、七歳は七年分のたくさんの思い出を残してくれた。あの高校生のご両親は今どうされているだろうかと三十年以上たった今も時々思い出すが高校生になるまでに重ねた想い出をご夫婦で楽しく語らっていらっしゃればと願う。
先月、毎年行うクラス会で宇治平等院を訪れた。平等院鳳凰堂は、約千年前の藤原頼道による建造物で、建築・彫刻・絵画・工芸が一体化し、さらにその周囲は、浄土庭園の遺構がひろがり、建築と庭園が融合したたぐい稀な遺跡で、世界遺産に登録されている。そのテーマは極楽往生を願う浄土信仰。鳳凰堂内部に描かれた各扉の来迎図には、看取るものと臨終者、仏様たちのお迎えの瞬間が、日常生活する場所や活動も含めて上品・中品・下品と生き方の格に応じて描かれている。
「まさに平生の中にこそ死があり、そこに自然の中からの迎えがあり、そのこと自体が「ありのまま」=自然である」と『平安色彩美への旅』の中で神居文彰氏が述べられているが、死と極楽往生を表す鳳凰堂を、お財布の中に必ずある十円玉に刻むという発想をしたのは、一体どこの誰なんだろう?
| 雑感(6月) | 2008年06月 |
先日、看護学校時代の友人が「暑いからビールを飲みにいこう!料理も美味しい所があるから」と電話をかけてきて、(彼女の誘いはいつも突然ですが・・・)、久しぶりに飲みに行きました。
さんざん飲んでおしゃべりをして、その中での事です。「明日コンサートがあって、コンサートの主催者に頼まれてステージのバックの字『夢』を書いたけど大きな字を書くのは難しいものだね、コンサートのチケットが余っているから行かない?」との事で、『夢』の字も見たいしと、何のコンサートかもわからないまま、出かけました。
それが、平岡麻衣子さんのユニバーサルコンサートでした。
平岡麻衣子さんは、大阪音楽大を卒業し、将来を嘱望されウィーンの音楽大に留学中の二〇〇一年十月、階段から転落し四ヶ月間意識不明、意識が戻ってからも手足に重い障害と、記憶など高次脳障害を負われたそうです。本当につらいたいへんなリハビリの中で、車椅子に座れるようになり、左手が動くようになり、硬く固まっていた右手も開き始め、この日は杖で、お母様に後ろから支えられて登場されました。リハビリの様子など、テレビで放映された時の映像が流れましたが、この七年間のリハビリがどれほど過酷なものだったか…。
演奏は、シューマンの「トロイメライ」、バッハの「プレリュード」、ショパンの「ノクターン」など十曲、バイオリンの上野眞樹さんや、ホルン奏者の藤咲真介さん、平岡さんを音楽面で支えてこられた音楽家の方々との共演もありましたが、一番感動したのは、ショパンの「ノクターン」。左手の指が優雅に演奏し、右手の指は一音一音を力強く響かせ、演奏されました。今までうまい演奏家のピアノ演奏も何度か聞きましたが、これほど音に魂を感じたのは初めてでした。
彼女の言葉です。
『自分で限界だと思ったら、何もかもストップする』
天使のような微笑と、たどたどしいけれど心のこもった言葉と、そして何より日に日に上達していく魂のピアノの音色。平岡麻衣子さん、来年の貴女に、再来年の貴女に会いたいです。
| 雑感(5月) | 2008年05月 |
風薫る五月、本当に爽やかな良い季節です。先日東京で仕事があったのでその帰りに鎌倉に寄った。藤沢から江ノ電に乗り八時過ぎに鎌倉に着き、由比ガ浜に面したホテルに泊まった。朝早く湘南海岸をブラブラ。犬を連れた人たちが毎朝の日課なのだろう散歩をしている。海岸から一歩入った路地には、サーフボードを庭先に置いたモダンな家々。ホテルのマスターに聞くと、この辺はかつて保養所通りと言われ、バブルの頃は企業の保養所が軒を並べていたとか。泊まったホテルも昔はどこかの企業の保養所だったとか。朝食後、ともかく鎌倉駅まで歩き、さてどこを観光しようか思案。観光本も持たず前準備もしていなかったのだが、駅前にレンタサイクルがあり、今日こそサイクリングにピッタリのお天気という事で自転車で回る事にした。レンタサイクル屋のおじさんが丁寧に地図に印を付け、こう行ってこう行くといいよとの言葉に地図を片手に出発。まずは長谷寺。桜は済みアジサイは未だだが、芍薬、シャガ、大コデマリ、椿、様々な山野草たちが迎えてくれた。見晴らし台からは湘南海岸が眼下に見え、太平洋の大海原には幾艘ものヨットが白い帆をたてていた。次にやさしいお顔を前に傾けた大仏様。そこから鶴岡八幡宮に。約千年前源頼朝がこの地に鎌倉幕府の中心として祭られ、今や初詣に訪れる人の数は日本一とか。次は山奥にひっそりとという風情の瑞泉寺、そして竹の美しい報国寺。自転車で風を切って鎌倉の道を走り抜け、はや時刻は三時を過ぎもう帰る時間。鎌倉のほんの少しを味わっただけだが、鎌倉という地に魅せられてしまった。誰かが書いていたが、芥川竜之介が若い頃鎌倉に住んでいて、作家として忙しくなりだして東京に移り住み、最後自殺してしまったのだが、もしあのまま鎌倉に住んでいたら自殺なんてしなかったのではないか、と。多くの作家が鎌倉の地に住まいを定めている。何とも言えない奥深さをそこかしこに感じた。何度も訪れてみたい、いやいつかは住んでみたい地だと思った。
| 雑感(4月) | 2008年04月 |
さくらの花の季節になりました。
近くの江波山に寄ってみましたが、麓の木が一分咲き(?)山の上の桜はまだつぼみだそうです。山の入り口には警備員さんがいて、車は上がれないようになっています。しかし、山の上では、まだつぼみの樹の下で、早々と宴会も始まっているようです。
さくらの花を歌った唄が、車のラジオから流れてきます。いくつぐらいあるのでしょうか? 森山直太郎、コブクロ、ケツメイシ、河口恭吾、福山雅治、175Rと書いてイナゴライダーと読むそうですが、知っていますか? 私は知りませんでした。ネットで調べるとあるはあるは。どちらかというと男性歌手が多いような気がします。でもこの前は沖縄の女性歌手の方も歌っていました。
なぜこんなにも桜の花は私達日本人の心を惹き付けるのでしょうか。パッと咲いてパッと散る潔さでしょうか? 日本全国の川辺や公園、お寺や学校などで一斉に花咲く壮観な美しさでしょうか? 又、桜と共に紡いできた多くの思い出がそうさせるのでしょうか?
永い永い年月の間先人達が、咲いた姿を想像しながら、思いを込めて一本一本を手で植え、作り上げてきた景観がいっせいに花開く。そこに無意識に感動するのでしょうか?
今ある日本の景観は、自然に出来たものは一つとしてなく、すべて私達の祖先が造ってくれたものだそうです。海外の樹木のない砂漠化した風景をテレビでよく見ます。それはそれで青い空と白い建物のコントラストなど美しい景観もあります。が、日本の清流と樹々と四季折々の花々の美しさにはかないません。
何十年、何百年先の景色や人々の姿を想像しながら、日々の暮らしを造っていく。それが大事と桜の木は教えてくれているような気がします。
| 雑感(3月) | 2008年03月 |
春になるとなぜか心がウキウキしてくる。何か始めたくなる。
数年前、生協でフラワーアレンジメントの六ヶ月コースの通信教材を取り寄せたのも春! 社交ダンスを習い始め出したのも春! お茶を習い出したのも春! 何やっても一年と続かない。でも最近、それでもいいのではと思いだした。そうそうジャズダンスもちょこっと習った事があった。これはストレッチの大切さがわかったので、今は会社の朝礼に生かしている。
少し習っただけでもその事に対して敷居が低くなる。お茶を習ったお陰で、そんな席にたまに出てもドギマギしなくて済む。安い花束が目に止まったら、買ってきてちょっとアレンジをして楽しんでみる。社交ダンスは今まで役に立った事がないが、その内豪華船旅にでも参加できる機会がやってくれば(夢のまた夢?)タンゴやルンバが役に立ってくれるのではと密かに期待している。
だから、今年の春は何をはじめよう???
着物を一人で着られるようになれば、箪笥いっぱいの母の着物も日の目をみるし、ビーズアクセサリーもできれば、鎖が切れたアクセサリーのリサイクルもできるし、という事で今年の春は着物の着付けとビーズアクセサリーに挑戦することにします。
習いに行くのはなかなか時間がとれないので、通信教育でやろうか。それとも3ヶ月のコースを探して何とかやってみようかと思案中。皆さんは何を始めますか?
| 雑感(2月) | 2008年02月 |
パソコンのインターネットが不具合だ。ルーターが悪いようでどういう訳か夕方になると繋がらなくなる。翌朝、管理者がいろいろ操作をすると、どうにか繋がるようになるが、今、部品を依頼しているので、2・3日うちには修理ができるだろう。しかし本当に不便である。
何時の頃からか、まず『インターネットで検索』という癖がついてしまい、英語の単語ひとつ辞書を引かないでネットで調べてしまう。もう還暦に近い私でさえこれなのだから、若い世代はいかばかりか!
先日、地域の町内会長さんにお話しを伺う機会があった。その方のおっしゃることには、いろいろな地方の昔の事を調べて記事を書く時、その土地に実際に行って、たとえ夜中であっても町を歩くだけで、書いた記事に深さがでてくる。ただ書物で調べて書いたものはそれなりなんですよ。と。
書物で調べるのも、インターネットで調べるのに比べるとあれやこれは頁をひっくり返して調べるのだから、それはそれで手間がかかっているのだが、やはり現場感がいかに大事かということだろう。
仕事に関しては、ともすれば合理的に効率的にと考え、社員にも話しているが、現場感に裏打ちされたと言う事を忘れないようにしなくてはいけない。
インターネットなしではもう仕事が出来ない時代になってしまっているのだが、実際に自分の目で見る、耳で聞くという事を大事にしていきたいと思う。



