| 雑感(1月) | 2008年01月 |
あけましておめでとうございます。
九連休の長いお正月休みをゆっくり過ごされた方、休まずお仕事をされた方、さまざまでしょうね。ご家族が集まってにぎやかなお正月ができたでしょか?
私の子どもの頃のお正月の過ごし方は、本家や分家という言い方の残っていた時代でしたので、いなかの本家に親戚中の大人も子どもも集まってお餅つきをし、久しぶりに会ったいとこ達とカルタなどして遊んだものでした。暖かい日の当たる縁側が遊び場でした。
年に二回冬休みと夏休みに大勢のいとこ達と久しぶりに遊ぶのは本当に楽しみでした。
今はその大きなかやぶきのいなかの家も普通の家に建て代わり、いとこ達と会う事はめったになくなりましたが・・・。
そして結婚すると、今度は自分や夫の実家に子ども連れで集まり、にぎやかにお正月を迎えたものです。それも母親が元気でお節料理を準備していた頃は当たり前のように思っていたお正月の過ごし方が、母親がお節料理を作れなくなり、市販のお重が並び、子ども達も独立しそれぞれのお正月を過ごすようになると、だんだんとお正月だからと特別に集まるという意識が薄らいできました。今どきは元日からデパートもスーパーも開いていて。数の子や黒豆も年がら年中店頭にあるのですから。
今考えると、お正月だけ食べられるお餅とお節料理本当に有り難いものです。食を中心に家族が集まってきたのだとも思えます。現在はそんな道具立てがないのですから、知恵を絞って家族が集まる場面を作らないと、お正月が子ども達にとって懐かしい思い出になって残るということはなくなるのではと思いました。
さて、我が家のお正月はと言えば、どうなったでしょうか?
| 雑感(12月) | 2007年12月 |
我が社では今期(平成十九年八月一日~平成二十年七月三十一日)を始めるに当たって、経営理念と経営ビジョン、活動指針と第二十五期スローガンを成文化して、壁に貼り毎朝朝礼で唱和することにしました。四ヶ月経過して、はじめは気恥ずかしかった唱和も徐々に慣れて暗唱(?)出来るまでになりました。しかしその中身を実行するのはなかなかではありません。
今までと同じ仕事の考え方や、やり方ではできそうもないので、まずは視野を広げなくてはと、いろいろな研修に取り組んでいます。社外研修では印刷工業会が主催する印刷周辺の各種研修、通販サポート会社の主催するポートフォリオの研修、昼食休憩を利用して社員が講師になっての実務研修、外部講師を招いての出版物の編集についての研修。
目の前の同じ仕事の繰り返しは知らず知らずの間に考え方も仕事のやり方も硬直化してしまいます。
塗装業で使うただの養生テープがカラフルなマスキングテープと名前を変えて一部の若い女性達の間で密かなブームになっていることなど、私も全く知りませんでした。目の前にある何でもないものでも名称や使い方や形を変えるとびっくりするような商品に化ける可能性があるといういいサンプルです。
フレキシブルな柔らかい頭脳になって、もっといい商品、もっといいサービス、もっといい仕事のやり方を生み出せるような会社になりたいなぁと思っています。
経営理念は会社案内にもホームページにも書いてあるので、第二十五期スローガンを紹介します。
《常に工夫! もっと改善! 思い切った挑戦! 即実行! マンネリは敵、変化は友!》
スローガン倒れにならないよう 頭を柔らかく柔らかく!!
| 雑感(11月) | 2007年11月 |
山本一力著『あかね空』を読んだ。先日久しぶりに本屋さんをぶらぶらし、単行本をいろいろ手に取ってみたけれど買う気がしない。文庫本のコーナーで『あかね空』の『あかね』という言葉に心惹かれ、又、映画『蝉しぐれ』を見た影響もあったのか、その本を買ってきた。その夜十二時過ぎに読み始め一気に三時までかかって読んでしまった。
考えてみれば最近は小説本を読むことが殆どない。ビジネス書や、自己啓発本、健康に関する本等が主流だ。カーネギー『人を動かす』とか北尾吉孝『何のために働くのか』、松下幸之助『一日一話』、新谷弘実『病気にならない生き方』といった本だ。これらの本は初めから読まなくても自分にとって必要なところだけ読むこともできるし、細切れの時間で開いたところを読む事だってできる。
しかし、小説はそういうわけにはいかない。面白くない小説にあたると、もう少し読めば面白くなるかと辛抱して読む事もあるが、結局途中で読むのを止めてしまう。反面、面白い小説に当たると読み出したら途中で止めることができない。そのような性癖で昔は寝不足で困る事も結構あったので最近は小説を避けていた。又面白い小説になかなか当たらないこともあったのだが、今回は久しぶりに寝不足な状況に陥ってしまった。
『あかね空』は平成十四年の直木賞をとった作品で、今年三月に映画化され、三月・四月に弊社のお得意様でもあるサロンシネマ・シネツインの両館で上映されていたのだが、その時分は『ドリームガールズ』と『ホリデイ』、『オール・ザ・キングスメン』など洋画ばかりに目が行き、『あかね空』は見逃していた。今となってはとっても残念だ。
江戸下町の市井の人情話だが、一組の夫婦を中心にして、親や子供、この夫婦をめぐる周囲の人間模様、お互いの思惑のすれ違い、最後に謎解きと幸せな結末、どこにでもあるような家族の話ではあるが、ぐいぐいと読ませてしまう作者の筆力と人物描写の深さに、小説の面白さを再認識した。又、時代小説と言われるこのジャンルの一般庶民や下級侍が主人公の小説がこれほど心を捉えるとは自分自身意外だった。新しく知った読書の楽しみで、この秋の夜長は充実してすごせそうだ。
| 雑感(10月) | 2007年10月 |
山本一力著『あかね空』を読んだ。先日久しぶりに本屋さんをぶらぶらし、単行本をいろいろ手に取ってみたけれど買う気がしない。文庫本のコーナーで『あかね空』の『あかね』という言葉に心惹かれ、又、映画『蝉しぐれ』を見た影響もあったのか、その本を買ってきた。その夜十二時過ぎに読み始め一気に三時までかかって読んでしまった。
考えてみれば最近は小説本を読むことが殆どない。ビジネス書や、自己啓発本、健康に関する本等が主流だ。カーネギー『人を動かす』とか北尾吉孝『何のために働くのか』、松下幸之助『一日一話』、新谷弘実『病気にならない生き方』といった本だ。これらの本は初めから読まなくても自分にとって必要なところだけ読むこともできるし、細切れの時間で開いたところを読む事だってできる。
しかし、小説はそういうわけにはいかない。面白くない小説にあたると、もう少し読めば面白くなるかと辛抱して読む事もあるが、結局途中で読むのを止めてしまう。反面、面白い小説に当たると読み出したら途中で止めることができない。そのような性癖で昔は寝不足で困る事も結構あったので最近は小説を避けていた。又面白い小説になかなか当たらないこともあったのだが、今回は久しぶりに寝不足な状況に陥ってしまった。
『あかね空』は平成十四年の直木賞をとった作品で、今年三月に映画化され、三月・四月に弊社のお得意様でもあるサロンシネマ・シネツインの両館で上映されていたのだが、その時分は『ドリームガールズ』と『ホリデイ』、『オール・ザ・キングスメン』など洋画ばかりに目が行き、『あかね空』は見逃していた。今となってはとっても残念だ。
江戸下町の市井の人情話だが、一組の夫婦を中心にして、親や子供、この夫婦をめぐる周囲の人間模様、お互いの思惑のすれ違い、最後に謎解きと幸せな結末、どこにでもあるような家族の話ではあるが、ぐいぐいと読ませてしまう作者の筆力と人物描写の深さに、小説の面白さを再認識した。又、時代小説と言われるこのジャンルの一般庶民や下級侍が主人公の小説がこれほど心を捉えるとは自分自身意外だった。新しく知った読書の楽しみで、この秋の夜長は充実してすごせそうだ。
| 雑感(9月) | 2007年09月 |
先日テレビで「蝉しぐれ」を見た。二〇〇五年秋の日本映画。藤沢周平の長編時代劇小説の映画化で、市川染五郎が主役「文四郎」、木村佳乃が結ばれぬ恋の相手幼馴染の「ふく」。久々に心に染みるいい映画だった。いかにも日本らしい風景の中での抑制の効いた台詞、市川染五郎の歌舞伎役者らしいしっかりした立ち居振舞い、木村佳乃の立ち姿の美しさ。品の良さ、品格のある人物とはこういう事だと腑に落ちた。
最近「品格」という言葉をよく耳にする。古くは藤原正彦氏の「国家の品格」、テレビドラマの「ハケンの品格」、坂東眞理子氏の「女性の品格」。
「品格」を「漢字林」で調べると、「品」は口が3つでとりどりの個性をもつものの意。「格」は至る、正すの意。万物に宿っているとりどりの個性が正しい姿であることを言うのだろうか? 国語学者ではないので、はっきりとはわからない。
かつてはあったのに今の日本には欠けていると、多くの人たちが思っているから、この言葉が市民権を得ているのだろう。
現代のように言いたいことを言い、やりたいことをやり、自分の思うとおりに生きるのもそれはそれでひとつの生き方だが、その前提に人さまのことを思いやることの大切さをわかった上でやらないと、ただのわがままとしか見てもらえない。顰蹙を買うだけだ。下品ともいう。
禅寺の玄関には「脚下照顧」という言葉がかけてあるそうだ。履物がきちんと脱げているかが修行の第一歩であり、人の事を考え、後のことを考えて行動する基本が履物を揃えることだそうだ。これがきちんとどこでも出来るようになれば他の事はおのずと出来るようになる。実に簡単なことだ。これだけで子供が良い子に育つならやらない手はない。品格ある人間になる為の第一歩として、大人も毎日の生活の中に取り入れたいものだ。
| 雑感(8月) | 2007年08月 |
この度会社が越してきた広島市の真中あたりに位置する舟入川口町は、比較的、爆心地近くであるにもかかわらず、昔ながらの懐かしい雰囲気の残っている町です。朝は早くから家の前を掃いているおばさん、公園には樹々から懸命の蝉時雨が降り注ぎ、子供連れの若いお母さんは買い物途中で立ち話をし、朝早くから元気いっぱい応対してくださるクリーニング屋の奥さん、見上げるとベランダにはたくさんの毛布が干してあります。大手のクリーニング取次ぎ店にはない何か暖かい人のぬくもりがあるのです。まだ一ヶ月余りしか経っていませんがとても居心地のよさそうな町です。
今朝は早くから花火があがり対岸の住吉神社の夏まつりのようです。住吉神社のお祭りは広島三大祭りのひとつと言われ、祭られている神様は、海運の神様で江戸時代は浅野藩の舟の守護神として信仰されていたそうです。その住吉神社のある住吉町あたりに浅野藩の舟が出入りしていたことから、この地域が「船入(ふないり)」と呼ばれ、のちに「舟入」と記されるようになったとインターネットで調べると記されていました。
しかし我が社のある場所は、住吉神社ではなく舟入神社が氏神さんなのだそうです。会社の前の接骨院の先生はお若いのに毎朝お店の前に盛塩をされています。日本人のよって立つ精神的な基は太陽の恵みに感謝し、土地の恵みに感謝するところから来ていて、太陽の恵みを表現した日の丸は太陽への感謝のシンボル、土地の氏神さまは土地の恵みに感謝するシンボルであり、土地の恵みは、祖先への感謝、今ある命への感謝に通ずるという事をある本で読みましたが、「日の丸」も「神社」も先の戦争のプロバガンダに利用されたため、なかなかその後遺症から抜けきれず素直に祭ることができません。
しかし、新しいこの土地で商売をはじめさせて頂くというこの機会に、今まで無視してきた土地の氏神さまに挨拶にいってこようかと思っています。
| 雑感(7月) | 2007年07月 |
いよいよ新しい場所でのスタートです。事業年度も七月決算ですのであと一ヶ月を残すのみとなりました。この一年間いろいろな事を考え、実践しながらやってきたわけですが、出来た事、出来なかった事、多々あります。しかしその中でも長年、もっと広く、しかも社員の通勤に便利の良い場所で、しかも家賃は払える範囲の私達に最適な工場・事務所をと欲張って願っていた事が、ことごとく叶う場所を与えられたという事は、本当にただただ感謝のみです。
又、工場・事務所の引越しという一大プロジェクトを無事成功できたのは、意見の相違を乗り越えてプロジェクトリーダーの下、社員全員で協力できたお陰です。引越しが決まってから何度も会議を行い、各階のレイアウトを決め、必要な備品設備の手配、電気工事・内装工事・大型印刷機械の移動・荷造り・引越し・荷解き、旧社屋の看板の撤去やゴミの処理・掃除と六月一日からすべて完了にほぼ一ヶ月を要しました。その間、売上目標も追いかけながらでしたので、実に大変な一ヶ月間でした。
引越しが終わると関係者の方々や友人達からたくさんのお祝いが届きました。本当に有り難く、多くの人たちの支えがあって初めて出来た事だなあと実感しております。
これから心機一転社業に励むわけですが、一人当たり約十五坪分の場所を与えられた訳ですのでそれを存分に生かし、今までと違う仕事のやり方、違う商品の開発、違う売り方を発想していかなくてはいけません。又、印刷会社として、もっとお客様の役に立つサービスも提供できるようにならなくてはいけません。課題は山積しておりますが、一歩一歩前進していくつもりです。
イチローが、ずっと今まで心がけていた事はたった三つのことだった、と先日の大阪での研修で聞きました。ひとつは誰よりも早く球場に行く。ふたつめは誰よりも多く練習をする。みっつめは誰よりも道具を磨く。この三つの事を積み重ねた結果が今のイチローで、決して天才ではなく、毎日毎日小さい事を積み重ねた結果がとてつもない所に連れて行ってくれるのだ。という内容でした。
イチローにはほど遠いですが、まずはひとつでも誰にも負けないこれ! というものを社員一人一人が持って新しい場所で研鑚を積んで行きたいものと思っています。
今後ともご指導お引き立ての程をなにとぞ宜しくお願い申し上げます。
| 雑感(6月) | 2007年06月 |
今年に入って、ホームページを新しくしたせいか自費出版の受注や問い合わせが多くなっています。
その中で多いのは、既に亡くなった身内、お父様やお母様が残された日記や書簡をまとめたいという要望です。相談しにこられる方も五十才代から八十才代の年代で、そろそろ身の回りを整理するのに、捨てるに捨てられないし、そのままおいておいても子や孫も困るだろうし、それよりも何よりも、父や母のことをきちんと形に残しておかないと心残りなのだという方たちです。
ある方は戦争で亡くなった弟さんの書簡を本にされました。あとがきの中に『私も八十六歳になり、足腰も弱り、どこにも車椅子でしか行く事ができなくなりました。この本は○○○の供養のため作りました。あの戦争で二十一歳の若さで亡くなった弟に最後にしてやれることです。』とあります。
又、ある方は昨年お亡くなりになられたお母様の事を本にされました。『母は折りに触れて自分の思いや旅行記をノートに書き留めておりました。全く稚拙な文章ですが、一語一句がいとおしく思え、思い切ってこの度本にまとめることにしました。母に縁のある人々に見ていただければ嬉しく思います。』とあります。本が出来上がった時には、本当に喜んでいただきました。こういう仕事に携わって本当に良かったと思える瞬間です。
実は私にしても二十五年前に七歳で亡くなった娘が残した絵やノートを、どうしても捨てられずダンボールにまとめ押入れの上段に収めこんでいます。しかし、自分もそろそろ還暦が近づきなにもかも整理しなくてはいけない年代になりました。いつか一冊の本にまとめておいて、国会図書館に一冊、家族に一冊、自分の棺おけに一冊いれるというようにすれば、本当に心残りなくもろもろのすべてを処分できるので、いつかそうしたいなと思っています。
弊社で作った本は、必ず国会図書館に一冊収めます。又、自費出版ネットワークにも載せていきます。書店に並べるということはあまりお勧めしていません。
心残りを整理し、国会図書館と家族に残していく、そんな本つくりのお手伝いをこれからも続けて参りたいと思っております。
| 雑感(5月) | 2007年05月 |
『ジュード・ロウに魅せられて・・・』エンドマーク5月号5ページのタイトル(サロンシネマ発行。何をかくそう弊社が長年お付き合い頂いているお客様)ですが、このタイトルに我が意を得たり。
3月から公開されている『ホリデイ』では、キャメロン・ディアスの恋人役として登場、妻に先立たれ娘2人を育てているシングルファーザー役で、とってもキュートでした。
かなり以前の『リプリー』(アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』のリメイク版)では、マット・ディロンがアラン・ドロン役を演じていて、相手役の方のジュード・ロウにアラン・ドロン役を演じて欲しかったなと思ったものです。そのクールな2枚目ぶりがアラン・ドロンを彷彿とさせていたので・・・。でも『ホリデイ』では、笑顔と涙顔が人間味豊かで、いっぺんでジュード・ロウ様いのちになってしまいそうです。ヨン様いのちを笑えない状況ですね。
二十代の頃、友人とアラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモントどっちが好き?と盛り上がっていたのですが、今ならジョニー・デップとジュード・ロウどっち?と話したら、ジュード・ロウと答えてしまいそうです。今まではジョニー・デップが一番だったのですが・・・。
本当にたまにしか映画を観にいけないのですが(年に二、三本かな?)私にとって衝撃の一本といえば『幸福』というフランス映画です。夫が不倫をして、妻が自殺し、ラストシーンは夫と不倫相手が幸福に暮らしているというストーリー(あまり記憶が定かではありません)だったと思いますが、二十代前半だった自分にとって「結婚の概念」を根底から崩された一本でした。そしてその時浮かんだ「死んでしまったら負けだよ」という自殺した妻に対しての自分の思いは未だに自分の中に息づいています。貴方にとっての衝撃の一本は何でしょうか?
たった一本の映画との出会いにひょっとしたら人生を変える力があるかもしれません。
さて、この原稿を担当者に渡したら、ジュード・ロウ様の『オール・ザ・キングスメン』を観にいく事にしましょう。
| 雑感(4月) | 2007年04月 |
先日サンダーバードに乗車して、新大阪から石川県七尾に行った。ちょうど能登半島は地震に見舞われた直後で知り合いの会社が被害はどうなのか心配だったが、壁にひびが入り、階段も亀裂が入っていたが、けが人もなく皆さん元気にお仕事をされていてひと安心だった。しかしその会社の前のお店は瓦が被害にあったようで、ところどころ瓦の葺き替えをされていた。
途中の車窓からは一軒だけ誰も住んでいないような古い家屋がつぶれているのが見えた。
新大阪から京都、福井、小松、金沢へ。金沢からは名倉温泉行きと富山行きに列車は切り離され、とたんに特急列車がガタンゴトンという音とともにスピードが落ちた。
車窓からは、掘り起こされ、田植えを待っている田んぼや、芽吹いたばかりの青々とした草に覆われた畑、黄色いラッパ水仙の群生、ふきのとうも見ることができた。
車窓ののんびりととした田園風景と懐かしいガタンゴトンという音に、久々にゆっくりとした列車の旅を味わった。昨年の春頃から世間の猛烈サラリーマンのように自分も新幹線で慌しく移動する機会が増えてきたが、新幹線での旅は全く旅をしているという感じがしない。ただ移動しているというだけだ。
昔学生の頃、リュックを背負い、広島から北海道まで各駅列車で行ったことがある。あの頃の旅は、いまでも鮮明に思い出すことができる。十和田湖・奥入瀬・青函連絡船・函館・積丹半島・利尻・・・札幌の駅前で食べたイカの刺身、積丹半島のウニ、ユースホステルでの他のグループの男の子達との出会い、すべてを記憶に刻みつけながら、身体中で味わった旅の感触だったのだろう。
懐かしく思い出すことの出来る記憶は、考えてみれば宝物のようなものだ。今となっては、もうあんな旅は望めないだろうが、いつか『青春18切符』を利用したのんびりとした旅をしてみたいものだ。
若者よ、家に閉じこもらないで貧乏旅行をしてみれば、きっとそれは記憶の中の大事な宝物になると思うよ。



