製造業が国を救う―技術立国・日本は必ず繁栄する 2008年07月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

エーモン フィングルトン著  中村仁美訳  早川書房 1,995円

 実はこの本には、2つの特質すべき?エピソードがあった。本題に入る前にいささか長くなるが、紹介しておきたい。

その一、実は1円(送料は別)だった!

 いつも書籍通販で利用しているアマゾンの検索サイトで、「製造業」で探したところ、この本が見つかった。しかもそこに「21点の新品/ユーズド商品を見る」とあるので、そこを見ると、なんと1円で、評価レベル・5つ星とあるではないか!
題名もイカシているし、すぐさま申込み感銘を持って読み切った。

 安い理由の1つは、1999年と8年前の出版という点だが、アメリカ経済界を支配している、「ポスト工業化社会」と(彼らポスト工業化社会論者がすでに陳腐化したという)「工業化社会」の比較論だから、むしろ現在(いま)の方がよく分かるというものだ。

 最初に思ったのは、1円~300円というランクがあるので、心ある製造業のトップや管理者は、すぐさま買い占めて、社員に読ませるべきだということだった。

その二、実はこの本をすでに購入して読み、且つ「感銘の1冊」として紹介していた事実があったのだ!

著者が比較対象として取り上げている「ポスト工業化社会」のことを調べようと、グーグルで検索してみたところ、なんとの2000年2月に、ちゃんと自分の手で書いているのが見つかったのだ。なんたる不覚…。

 毎月の書評を収録している縄文塾HPのメニューより、
 『感銘の1冊』(2000.2)参照

 いくら7年半という昔とはいえ、きれいに記憶からすっかりと消えていることに、我ながら呆然、真剣にボケ到来を懸念している始末である。なにしろ以前読んだ記憶も、書いた記憶もが、わが脳髄から見事にポッカリと欠落しているからである。

 あわてて本棚を探してみると、確かに同じ本があった。別のところで、「過去の記憶は極力忘れようとしている」と書いたのは事実だが、感銘を受けたにしてはあまりに酷い。

 こうなっては開き直るしかない。前回よりは年月を経ているだけ、新しい結果や視点が見つかるかもしれない。ぜひ以前の書評と一緒に読んでいただきたいものだ。

 なお以下表現的には、自らの検証や思い入れを重点に置いて、同著から離脱した部分が多いことを、前もってお詫びする。

  (ここから本題)

 本著が上梓されて8年を経過している。当時バブル真っ最中だった日本だが、多くの無能なアナリストの無為無策ぶりがあらわになる中、小泉・竹中の「ぶっ壊し政治」によって、というより、お上に頼ることの無意味さを覚った製造業を中心とし
た企業の自主努力から、ようやく暗くて長いトンネルを抜けて成長度はともあれ、長さでは「岩戸景気」を上回る復活を遂げてきている。

 その後日本の製造業は、小泉・竹中の「ぶっ壊し政治」によって、と言うより、お上に頼ることの無意味さを覚った製造業を中心とした企業の自主努力から、人員整理を中心としたリストラを含め、血の滲むような努力もあって、ようやく暗くて長いトンネルを抜け、成長度はともあれ、長さではかつての「岩戸景気」を上回る成長の復活を遂げてきている。そこにはマスコミの喧伝した「情報化社会」というポスト工業化社会の華やかな姿はないものの、着実に日本の実力を発揮してきた結果といえるだろう。

 その理由は、ポスト工業化社会的思考の根源にある「株主優先・短期利益優先」という、アングロユダヤ的経営思想にあり、それが生んだMBAスタイル経営者の跋扈が挙げられるだろう。所詮この思想では、研究開発のための投資など不可能である。

 ここで「ポスト工業化社会」を再定義すると、主としてITを基盤とした「高度情報化社会」であり、金融や株式売買関連、それに物販・流通業などであろう。

 ポスト工業化社会論者が見落としたものは、いわゆる製造業も、IT武装を身につけて再登場すというシナリオではなかったか。見落としたのではなかったとしたら、過小評価していたことになる。「コンピュータ ソフトがなければ ただの箱」は、そっくり裏返せば、「コンピュータ ハードがなければ ただのゴミ」だということだったことになる。なにしろ日本が生んだラップトップ・パソコンが世界を席巻し、ディジタル・カメラの進化たるや空恐ろしい程である。

 アメリカが選択した「ポスト工業化社会」だが、その求人機能はごく低く、結局一部の特別富裕層を生んだだけで、インドやチャイナにソフト・エンジニアを外注するていたらくである。日本においては、マスコミが「勝ち組・負け組」という、けっ
たいな差別発言をして話題を呼んだが、それがあのホリエモンや村上ファンド、それにコムスンなど六本木ヒルズ住民の去就としたら、まさに虚業をもて囃し、しかも水に落ちたイヌは徹底的に叩くというマスコミのお家芸に過ぎない。

 では物販ではどうか。日本の商業コンサルタントは、なぜか安売りの王者「ウオールマート」を礼賛する。ところがこのウオールマートも、フランスの大型量販店カルフォールも、日本では成功していない。

わかりきっていることなのだが、こうした店が成長したのは、この店の存在を必要とする「低収入層」の存在が日本にはないことである。それに日本人は「安かろう悪かろう」という商品には目もくれない。そこを忘れた日本企業が、彼らとの提携に失敗するのは当然のことである。

 では「100円ショップは~」という人がいるだろう。これは価値・価格費=コスト・パフォーマンスの問題であって、100円でこれだけの価値があるから行くだけで、ここにはルイ・ヴィトンやシャネルを持つ人でも訪れるという、日本特有の価値観があるのだ。

 日本のマスコミは、IT家電のランキングとして、白物家電・携帯電話・テレビ・パソコンなどの広い分野で、日本企業の劣勢を伝えるが、本当に問題とすべきは、そうした製品の中で占める日本製部品、特に心臓部における日本製品のことも正確に伝えるべきではないか。

 最近のハイテク電化製品においても、国際分業が確立し、すべてを自国で、と言う仕組みは失われてしまっている。日本のマスコミはそれに目をつぶって、製品としての(国別)ブランドにこだわりすぎている。

 唐津一さんが夙(つと)に謂うように、表面には出ない部分での日本製品は、すでにこれなくしては世界の製造業が成り立たないと言う面を、マスコミはもっともっと強調すべきであろう。曰く「ロボット=メカトロニクス、数値管理マシーン、金型産業・ファインセラミックを含むナノテクノロジー・製造マシーンを造るシーン・半導体などエレクトロニクス部品などから、チェーン・ボルトナット・ワイアー・ファスナー、大型では造船・橋梁・耐震構造建築」などの分野まで、いまや日本の製造業なくしては、世界が回らなくなっている事実を無視してはならない。

 製造業とポスト工業企業の差は、雇用人員の数だけでなく、所得格差の差に顕著に現れている。いまや日本は、あの長いバブル崩壊を味わいながら、平均収入にしろ、雇用係数にしろ、アメリカはおろか、ヨーロッパの各国を凌駕して居ることを認識する必要がある。

 今日本は、高度成長の陰の部分といえるブルーカラーを嫌う思考から、一日も早く脱却して、真の「高度精密製造工業立国」への道を邁進すべきこと、それが決して間違いでないことをこの本は強く示唆している。

 なお今後注意すべきは、金融のグローバル化から大株主として外資の行動、すなわち株主利益の強要の傾向であろう。企業理念として、研究開発・従業員の優遇と熟練化への投資の必要性、言い換えれば、製造業界での「ジョーモニズム」を、「ネオ・グローバリズム」として認識させることに、国を挙げて取り組むことであろう。


 「軍需産業」に依存しない日本製造業の有り様を取り上げた、
キャッスルゲイトHPの中の『平和に発した日本技術論』
 http://joumon-juku.jp/gijyutu/index.html
もぜひご参照下さい。

感銘の一冊

日本の森にオオカミの群れを放て 改訂版―オオカミ復活プロジェクト進行中 2008年06月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

吉家 世洋 著  ビイング・ネット・プレス  1,680円

 かつて日本の山に森に、気高いニホンオオカミ(北海道にあってはエゾオオカミ)がいた。彼らは「食物連鎖」の頂点に君臨し、われわれの先祖は、「大いなる神」として恐れ敬ってきた。ところが明治の世に到り、蕃神キリストを信じる「青い目の助っ人」のそそのかしを真に受けた日本人の手で、愚かにも銃砲で、あるいはストリキニーネなどの毒薬で、森の守り神を(明治38年=1905)絶滅してしまった。まさに「野生の殺戮」である。
 森の動物生態系の頂点であるオオカミを絶滅させることで、動物相を破壊してしまった日本人は、その後極相(クライマックス)である「広葉樹の森」を醜く攪乱して、陽樹であるスギ・ヒノキの単一林にしてしまった。昨今農村におけるサル・クマ・イノシシの被害、それに都会部でのカラスの跳梁は、すべて針葉樹の行き過ぎた植林と、オオカミ不在という、生態系の頂点を排除した結果だと言っても決して言いすぎではないだろう。
 それでも森林の方は、(日本のように湿暖の地にあっては)長時間放置すれば極相林に復元する。ところが、動物相の方はそうはいかない。ニホンカワウソも絶滅したままだし、トキ(朱鷺)やコウノトリ(鸛)でも、多大時間と費用を掛けながら、実績は遅々としてはかどっていない。日本の森での生態系の頂点にいた肉食獣オオカミ復元にあたっては、恐ろしいケモノという誤解と万一の人身事故を恐れて、積極的に論議されてこなかった経緯がある。
 本著は、私たちに、いくつもの教訓を与えてくれる。「野生の殺戮」は一体なにを生んだか。元来厚いコケで覆われていた大台ヶ原(吉野熊野国立公園)の原生林は、シカによって樹皮を食べられて、樹木が枯死したことで、差し込む日光でコケも枯死していった。またヤギだけが取り残された無人島(小笠原諸島)では、天敵がいないため異常繁殖して、いまや草のない島と化し、土砂が海に流れ込む惨状を呈しているというのだ。
 ご存じの日光でも、昨今シカが樹木を枯らす被害に頭を悩ましている。自然の巧みな生態系を無視した行為(オオカミの絶滅)によって、結果としてシカ(エゾ・ジカ)やカモシカやイノシシの増加を生むことになってしまったのだ。それに加えて私たちは、クマやサルやイノシシの食料となる、ドングリのなる広葉樹を伐採して、分別を欠くスギ・ヒノキというモノカルチャーの推進によって彼らの食料を奪ってきた。食料を奪われたかれらは、やむなく危険を冒して人里に出没し、貴重な作物を荒らす手段に出た。「野生のしっぺ返し」である。
 それでも少し前までは、あの嫌われものの野犬が横行していた。それを人はすべて捕獲し毒殺してしまったのだが、今ころになってようやく皮肉にも、嫌われ者の野犬たちが、クマ・イノシシ・サルが人里に降りてくることの防波堤になっていたことがわかってきた。
 本著の中で丸山直樹(東京農工大学教授は、「ニホンオオカミは、中国モンゴル自治区にいるハイイロオオカミの亜種で、ブラックバスなどの外来種とは異なり、日本の生態系に悪影響を及ぼす心配がない」と言い、「人間が絶滅させた(オオカミという)種の復活は責務であって、コウノトリの放鳥と似たような手法であり、しかも犬に比べて狩りが上手で、サルやイノシシをも捕らえる。抑制効果が期待できる)のだという。
 ニホンオオカミに復元には、丸山直樹が中心となって設立した*「日本オオカミ協会」という研究団体が、地道な活動を行っているが、当面の導入候補地として、尾瀬を含む日光国立公園を挙げているのだが、理由としてシカの数が多く貴重な植物の食害が深刻で、しかも公園内での狩猟が禁止されている上、自然が既に詳しく調べられているからだとしている。また日本では、ハンターが老齢化し、次第に減っていることも大きい。問題は、地元を含め関係諸機関の説得が課題だが、たとえば前述無人島での、ヤギの天敵としての実験的導入なども視野に入れるべきであろう。
  *「日本オオカミ協会」
 「オオカミが増えすぎるのでは~」という懸念は杞憂に過ぎない。サヴァンナの最強のプレデター、ライオンにしても、最速ランナーチータにしても、非捕食者がいなくなると絶滅が待っている。森の中で多くの植物群から各種哺乳類・鳥類・昆虫、それに微生物に到るまで、巧緻に構築された「森林生態系」では、当然植物相・動物相の貧弱なサヴァンナとは、比較にならない調整機能が備わっているからだ。
 丸山は、食物連鎖の頂点を占めるオオカミの能力は特に偉大だという。彼らは1つがいの夫婦オオカミと数代の子供たち10数頭が1つのテリトリーを形成する。成長した子供たちは、成長するまでにその半数は死に、数年で群れから離れるのだが、他のテリトリーに迷い込んだ子供の内、(特にオスは)半数以上がそこで咬み殺される。運と力があってはじめて、そこのボスに取って代わるのだ。
 彼らオオカミの偉大な知恵とは、テリトリーと隣のテリトリーとの間に、緩衝地帯を持っているこだという。そこでは獲物たちが安住する場所になっていて種の数を維持できると共に、未熟な子供たちにとって格好の、「狩りのトレーニング場」にもなっている。またかれらオオカミのエサは、決して健康で元気なものたちではなく、老齢・病気・ケガ・若齢であって、このこともオオカミが、非捕食者の健全なバランス維持に貢献しているのだ。オオカミのエサの残滓は、クマや(これも絶滅を危惧されている)ワシ〔鷲)やタカ(鷹)、それにフクロウなどのエサになる。それにカラスだって山に帰ってくるだろう。
 ニホンオオカミより一回り大きいエゾオオカミは、まだ生息しているといわれる同種のカラフトオオカミで、こちらも有志によって復元も計画されているようだが、出来ればニホンオオカミ保存を願うメンバーと提携しての運動が望まれる。
 アメリカのイエローストン国立公園などでは、かつてタイリクオオカミを絶滅させたため、エルク(オオジカ)が増え過ぎてバッファローの草を奪ってしまい、小型肉食獣のコヨーテが増え過ぎてアナグマなどテリトリーを奪うなど、生態系が狂ってきたことから、11年前よりカナダからタイリクオオカミを移入してようやく正常な生態系に戻り始めているのだという。
 「オオカミ復元」に立ちはだかる壁としては、(近隣住民の誤解も大きいが)もっとも強敵は「自然(動物)保護団体」であろう。彼らは鯨の徹底保護活動でも見られるように、理屈や理論でなく、「かわいそうだ」という感情論優先である。当然対象は「食べられる、かわいそうなシカであり、ウサギであり、カモシカである。
 加えて、「もし人がオオカミによって殺されたら誰が責任を取るのか」という言葉がある。人のエゴと誤解によって絶滅させられたオオカミこそ、「自然(動物)保護団体」の復元目標であるべきで、野生動物による人身被害は、北海道のヒグマ、本土のツキノワグマ、それにイノシシによって起きている。オオカミの復活は、むしろそうした被害を防ぐことはあっても、増えることはないという。
 もちろん牧畜国家のアメリカでは、オオカミ復元に当たった地域において家畜が襲われるケースもあるのだが、その被害補償を行って解決しているという。幸い日本には、アメリカのような放牧に近い牧畜農家は至って少ない。また実際には、アメリカ史上、オオカミによる人身事故は1件も発生していないという事実がある。
 森の再生とセットして、ぜひオオカミの復元の成功を祈りたいものだ。

感銘の一冊

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く 2008年05月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

アンドリュー・パーカー 著  渡辺政隆・今西泰子 訳  草思社  2,310円

  太陽系惑星群の一つとして、地球が誕生したのが46億年前である。煮えたぎるマグマオーションが、有毒のスープと言われる「混沌の原始の海」に転じ、そこから生命が発生したのが37億年前、そして過激な酸素の発生に対応できる多細胞生物の発生を見たのが30億年前だと言われている。
 現在の地球学では、その歴史を5億4300万年前のカンブリア紀を起点として、それ以前の40億年余を一括して「先カンブリア紀」と呼び、それ以降古い地質の境界線毎に年紀を定めている。
 余談になるが、この年紀を区分する地層に刻まれた境界線こそ、その時点で起きた地球環境の大異変、あるいは多くの種、そして生命の絶滅を見た大カタストロフィーの証明である。
 (年代記 以下サイト後尾の部分参照)
 ではなぜこの5億4300万年前のカンブリア紀と、それ以前を区分したのだろうか。このカンブリア紀にいったい何が起きたのか?それはカンブリア紀になって初めて動植物の大発生があり、大進化の幕開けであったからに他ならない。予兆はその少し前の、「エデアガラ動物群」の発生であり、カンブリア紀に入っての、ヴァーチェス頁岩遺跡の化石群で有名な、節足動物の大発生である。
 なぜカンブリア紀に大発生・大進化が起きたのかについては、ダーウィンや・スティーヴン・グールドなどを悩まし続けてきた難題なのだが、彼アンドリュー・パーカーは、「すべては眼の誕生にあった」という画期的な仮説を提示する。
 今まで「眼の誕生」という現象については、的確な理論的解明が為されていなかったのだが、彼は「眼の誕生が捕食者を生み、それから逃れるための捕食者の鎧や目くらましの技法などを発達させ、それが種の大進化に繋がったのだと謂う。
 本書は370頁を超すボリュームだが、その約半分近くを割いて、生命発生からの通史に費やしている。その過程で彼は偶然3000万年前のカブトムシの持つ色彩を発見、そのほか、発光性動物の生態や理由の解明することで、遂に エディアガラ動物群、ヴァーチェスの化石群が、豊かな色彩を持っていることを突き止め、特にヴァーチェス(節足動物)化石の眼の構造を解明していくことで、眼の発達が生物の進化に大きく作用したという結論を導き出したのだ。
 カンブリア紀以前、「生と死の営み」は、光に無縁な海中や土の中で細々となされてきたのだが、それがカンブリア紀の始めになって、ようやく太陽の光の下で営むようになり、光感知のための「眼」が誕生したことで、爆発的に大進化が始まったというのが、著者の提唱する「光スイッチ説」である。
 おそらく当初は、おぼろげに光を感じ、その光を遮る「動く物体」を、かろうじて識別できる程度の眼であっただろうし、その陰の大きさや動きの早さや特徴から、それがエサなのか、それとも捕食者なのかを、なんとか判断していたに過ぎなかった。ところが、捕食と被捕食という生存を賭けた競争の激化から、「眼」の進化は急速に進み、それに伴って種の増加や進化が、爆発的に行なわれたのだと著者は謂う。
 ご存じのように、眼の存在は「見たものの識別」のために、脳の存在が不可欠であって、幼稚な脳の持ち主は、当然対象物の識別は曖昧になる。そこで眼の発達こそ脳の進化に大きな影響を与えることになったというのだが、(逆にこれを見られる側から考えると)果たして脳を持っているのかどうかわからないような原始的動・植物でさえ、優れた保護色彩や模様を持っていることに自然界の驚異をみる思いである。
 著者は「矛と盾と刀傷」という巧みな比喩で、カンブリア紀の最強の捕食者アロマロカリスは、防御用のヨロイ(硬い皮膚)を持たなかったが、その他の捕食者でもあり、被捕食者でもある動物たちは、鋭い武器と同時にヨロイも持っていたことを教えてくれる。彼の鋭い眼力は、当時の化石から捕食者の牙を逃れた傷跡を発見したことから、おそらく彼らは、その時点で自然治癒力も獲得したのだろうと指摘している。
 ヨロイと同時に彼らが身につけたものが「色」であった。目くらましのため、また脅かしのための発光システムであり、保護色や捕食者に似せた文様=擬態などであった。またこうした色彩は、日光の到達する浅い海で進化した。たとえばいま沖縄などの近海で見られる、カラフルな熱帯魚やサンゴ・ウミウシなどの、豊かな生態の起源こそカンブリア紀であった。
 目の出発点は、ものは見えないが光を感じる皮膚の斑点の誕生であり、それが内側に陥没していき、次第に高度な光検知器を形成していったのだと著者は謂う。生物進化の過程にある種によって、いろんな段階の性能の検知器が存在することになる。
 なお色彩とは、その生物や物質が、特有の「色」を持っているというのではなく、膚の構造が、(見る側の)眼の持つプリズム作用で、ある種の光を撥ね付け、あるいは吸収することによって生じる視覚効果である。
 ただ未だ脳や、目という脳の出先機関が未発達な動物や植物まで、防御に関わる彼ら特有巧みな色彩や、模様生み出す皮膚構成、形態による変身術などが、どのような仕組みで獲得していったのかまだまだ不明な点は多い。
 また光の届かない深海や、夜行性の水棲生物や地中の微生物たちの中には、光の反射ではなく、自ら発光する能力をもつものもいる。それは暗黒あるいはそれに近い世界での、幼稚な光検知器に対応しての「目くらまし」効果であり、「危険信号」である。
 眼には、単眼と複眼がある。カンブリア紀の王者節足動物は複眼の道を選び、その後魚類→両生類→爬虫類、そして哺乳類は単眼という道を選ぶことになる。それぞれ画像を結ぶ仕組みは違うが、結果としてその仕組み以上に、その後脳の進化の違いによって、視覚としての能力に大きな差がついて行ったことになる。
 われわれ門外漢には理解しがたい学術的バリアーの外側での憶測になるが、初めて大進化の根源に踏み込んだ著者の「眼」仮説は、古生物学の発展に大きな突破口を開いていったものとして、大いに賞賛されてしかるべきだろう。

感銘の一冊

日中比較優劣論 2008年04月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

金 文学著  南々社   (1600円+税)

  本著で、著者が日・中・韓3国で出版したちょうど50冊目に当たる。当通信でも案内したように、6月24日(日)広島市で行われた出版記念会が行われた。

  著者は、遼寧省瀋陽で生まれた韓国系3世である。母国の東北師範大学での日本語の専攻から、日・中・韓3国の比較文化に進み、その後文明批評家としての道を歩き始め、17年前日本に留学、広島大学院の博士課程を経て後10年、広島に居住している知日派・親日派である。テレビの「サンデープロジェクト」「TVタックル」にも出演、著書も比較文明・文明批評だけでなく、小説やエッセー、古典の解説書まで、多彩な才能を発揮している。
 
 日本人は、外国人による日本人論が大好きにも拘わらず、どうも自分では「比較という視座でものを見る」ことが苦手のようで、戦時中、中国・韓国に取ってきた日本の行動に対する贖罪意識、悪く謂えば自虐意識が根強く、その裏返しとしての友好意識があり、また逆に中韓両国の対日言動に対して、深い嫌中・嫌韓の意識を持つという、2つのタイプに分けられるようだ。

 著者は、ことある毎に冷徹な日・中・韓3国の比較の目を注いでいるのだが、本著の「まえがき」で触れているように、「(たとえば)ある国で長所だとするものも、比較することでかえって短所や欠点になる場合も多いとして、

 『この意味で、私は一般的日本人に弱点と見られているものを長所と捉え、中国人に長所と見られるものを弱点として捉えたりして、「優劣論」を敢行することにしました』

 と述べている。さらに「日本人の中国に対する認識の甘さも鋭く批判している」とあるように、(公平に見つもりだが)国柄・国民性については、なべて日本を高く、両国を低く見ている感が拭いきれない。

これは日本での出版ということも作用しているかもしれないが、案外、これこそとりもなおさず、日本の方が高度な国民性を持っていることを証明しているかのように受け止めてもいいのではないか。

 ここらに問わず語りで、「なぜ著者が17年も日本に居住しているのか?」というナゾが解けてくるような気がするのだ。すなわち、血液と郷土という結びつき以上に、日本の持つ国柄や国民性が、著者を強く引きつけてやまないことを示しているように思えてならないのだ。

 第1章の「柔らかい日本」に対して、第2章に「かたい中国(の)脆弱性)」を持ってくる。著者は、日本の柔構造社会「和」に対して、中国は「闘」だと謂う。加えて韓国人については、「情」と言う言葉を当てはめるのだが、日本人の感じる「情」と、韓国の国民性における)「情」とは、受け止め方で大きな差がある。別に韓国を表現する「恨(はん)」に置き換えてみると分かり易くなる。

 また第3章の(両国民性の)「比較優劣論」でも、ここまで言ってよいのだろうかというくらい、中国の問題点を厳しく指摘している。これはある種の日本人における、対中盲目的友好意識に対しての、一種の警告ともいうべき意味合いを示しているのだろう。

 本著は又韓国にも言及して、まず地政学通り日中の中間に置いた前著『大陸根性・半島根性・島国根性』の延長線上に位置づけ、その硬直性と行き過ぎたナショナリズムに対しては、厳しい視点と批判を投げかけている。たとえば歴史認識の問題にしても、相争い、屈服・隷従させてきた側と、逆に屈服・隷従されてきた間に、共通な歴史観など存在するはずがないと斬って捨てる。大切なことは、「なぜそうした歴史が生まれたのか」という事実を、避けることなく熟視する必要性を指摘している。

 第4章では、そうした3国が抱える東アジアの持つ、深く大きい内紛(内訌)を乗り越え超克して、世界的歴史観を樹立せよと説く。全体的に日本よりむしろ、中・韓において強く取り組むべき事柄のようだが、日本は忍耐強く繰り返し繰り返し自己主張していくべきだと謂う。その点ひ弱になった日本の有り様に、むしろ切歯扼腕している感があり、最後に当たって、『日本人の国民性改造案』を提示している。

ではなぜ我々日本人は、自分たちの国民性を改造する必要があるのか。その答えを次のように考えてみた。

 同じ東アジアの国とはいえ、文中にみられる内紛(内訌)という、同一国に擬した表現を、本著では使用している。このことに、いささか不審に思われる向きもあるだろうが、今までに交わした著者との会話の中で、いま危機に瀕している「西洋発一神教」に代わるものとして、「東洋発多神教」への転換という命題があるが、(比較法にしても消去法にしても)東洋における最大の盟主候補は日本をおいてほかにはいないとしても、それには、日・中・韓という東アジアの協力・連携なくしては、アジアの時代を全うすることは不可能だといえることから来ている。

このことからも日・中・韓が、いわば西洋のEUとでも言える関係を構築する必要性に鑑みて、あえて「内紛(内訌)」という表現を採ったものと理解したい。

そのほか本著には、我々の知らないような、日・中(韓)に絡む歴史的事実を、これでもかという程提示してくれるのだが、私たちは、そうした事実を偏りなく読み取ることが肝要であり、相互理解に至る大道だと知るべきであろう。

 この日・中・韓という、近くて遠い国の関係が改善されるまで、著者の苦悩と努力は、まだまだ続くことだろう。

感銘の一冊

モノづくりのこころ 2008年03月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾 div align="left">
常盤 文克著  日経BP社  1,470円

著者は元花王の代表取締役である。東京理科大学卒、米スタンフォード大学留学、理学博士と言う経歴ながら、アメリカ型NBA型経営を否定し、理科系に偏らない「思いきって理文の枠を外せ」と説き、職人の技を尊重する異色の経営者である。
著者は、日本の製造部門及びそれに付随する部門の比重が、GDPで大きな比率を占めていることを挙げると共に、課題として輸出される工業製品の内、わずか6業種で80%を占める現状(2003年度)に警鐘を鳴らし、新しい次世代型基幹産業育成の必要性を説いている。
著者はまた、日本型MOT(マネージメント・オヴ・テクノロジー)の必要性を説いているのだが、日本に於いてMOTは、
1. 理工学と経営学を融合させた教育・研究を行う大学院修士課程のプログラム
2. 企業戦略に合致した技術戦略を、立案できるエンジニアに与える資格(理工版NBA)
3. 企業に於いて技術を経営戦略に活かすことのできるマネージャー
4. 技術を中心とした経営戦略、あるいはマネジメント と幾つもの意味に使われているが、著者は日本型MOTを、(4)の経営戦略の1つとしてとらえ、次のように定義づけている。
「MOTとは、マネジメントというテーブルの中央に技術を於いて議論すること、あるいは技術を中心にして経営戦略を立案し、実施していくこと」
日本の大学院に於いて確かにMOT講座が増えているのだが、テキストはアメリカ版の直輸入が多いことを指摘し、日本に於いて職人のモノづくり意識、夢やロマン、情熱・創意工夫・やる気などに敬意を払うべきだと強調する。
著者の経歴からは異質に思える職人の技だが、たとえば幕末黒船を率いて日本に渡来したペリー提督の、次のような言葉を紹介している、
実際的および機械的技術において日本人は非常に巧緻を示している。そして彼らの道具の粗末さ、機械に対する知識の不完全を考慮するとき、彼らの手工上の技術の完全なことは素晴らしいもののようである。(中略)他の国民の物質的進歩の成果を学ぶ彼らの好奇心、それらを自ら使用にあてる敏速さによって、これら人民を他国民との交通から孤立せしめている政府の排外政策の程度が少ないならば、彼らはまもなく最も恵まれたる国々の水準まで達するだろう。日本人がひとたび文明世界の過去及び現在の技能を所有したならば、、強力な競争者として、招来の機械工業の成功を目指す競争に加わるだろう。  (「ぺルリ提督 日本遠征記(四)岩波文化」
顧みれば、ペリーの予言の通り、瞬く間に産業革命を自家薬籠中のものとして「文明開化」した日本だが、先の大東亜戦争において一敗地にまみれた後、刻苦勉励によって、空前の発展を遂げた原動力こそ、職人を中心とした技術の力、すなわち(縄文に発する)「匠の技」ではなかったか。
ところがいまや、戦後高度成長に注がれた情熱は今や消え失せ、やる気を失い無気力になった若者の増えてきた現状は、その後モノづくりを3Kと卑しみ、モノづくりの前に人づくりを怠ってきたことの証左である。
著者が説くのは、東洋の古典「易経」の陰陽五行説が示す相互依存であり、「個」ではなく「集団」であり、昔の日本の姿に立ち戻ることである。アメリカ型(「個」の)経営は「晴れの日の経営法であり、日本には根付くことはない。
ただ問題は、多くの日本人が、グローバルスタンダードに名を借りたマネーゲームにうつつを抜かし、コスト面にこだわって、チャイナに製造をゆだねるという風潮である。著者は日本が、いまこそ奥深い「日本型モノづくり」に回帰することを願っているのである。
文中「知の揺らぎが企業を豊かにする」とか「独自の質に<経験価値>を加える」とか「職人型社員が製造業を支える」など、含蓄ある言葉を鏤(ちれば)める。理文の枠を大きく超えた著者の英知と教養が吐かせた言葉である。
いま多くに企業に見られる、考えられないような事件・事故、たとえば電力会社であってはならない原発での隠匿・虚偽報告などを見ると、経営のトップに、モノづくりスピリットを軽視する「アメリカ型NBA型経営者」の姿を見いだせるではないか。彼らは知らず知らず「モラルハザード」の道をひた走っているのだ。
世の経営者諸氏必見の1冊であろう。

感銘の一冊

文明の衝突を生きる―グローバリズムへの警鐘 2008年02月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
町田 宗鳳著  法蔵館  2,100円

 これは14歳で家出して出家し、以後20年間禅宗寺院での僧坊生活を送ながら、その後一転して名門(ボストンの)ハーバード大学(神学部)大学院で修士課程を修了、フィラデルフィアのペンシルバニア大学東洋学部で博士号を取得した後、プリンストン大学で助教授として教鞭を取るという「破天荒」な半生を送ってきた著者の自叙伝であり、記述の各所に鏤(ちりば)められた、(仏教を中心とした)日本宗教のもとでの社会構造の生んだ明暗と、その対極(良くも悪くも)キリスト教文明の最先端にある米社会の抱えた明暗について、またそれぞれの社会の中で、錯綜し、混迷し、しかも乱高下を繰り返している精神のゆらぎについての、示唆と含蓄に富んだ比較文明論でもある。
 プリンストン大学では、学生にとって人気講座となりながら、大学(と言うより)アメリカ教育界の有り様とのギャップなどからも窺い知れるアメリカの限界が契機なのか、同著を書いた2000年には、一転シンガポール大学の日本研究科準教授、その後東京外国語大学教授(01~06)を経て、現在は広島大学大学院総合科学研究科教授、週末は福山市郊外の「ミロクの里」に小庵を構え、非僧非俗の暮らしを送っている。
 我々は本著によって、葬式仏教に堕した日本仏教界の中に残された、唯一高潔な戒律を守る宗派と思ってきた禅宗すら、世襲や妻帯など世塵にまみれており、しかも修行の場ですら妬みやいじめの存在するミニ社会であったことを知ることになるのだが、そうした現実が著者をアメリカという未知の世界に誘(いざな)った原動力の一つであった。
 著者のアメリカでの生き様を読み取れば、生半可な体力や神経では到底耐えられないほど厳しいものであって、当初語学のハンディに加え、日本における論理的手法を欠如した宗教学と、多方面から知的アプローチ・分析・比較を厳密に行うアメリカの宗教学との間に横たわる、決して埋められぬことのない乖離にチャレンジしながら、自らの宗教観を確立していく著者の行動力・知識欲に圧倒されるばかりである。
 一方そうした著者に寄り添い、二回の難産にも耐え抜いた、決して頑強とは言えない夫人の生命力の凄さに、むしろ戦慄すら覚えるほどだ。
 著者は自叙伝的記述の中に、日米の比較文化論をさりげなく織り込んでいくのだが、ある面では日本の状況を擁護し、また批判しながら、同じスタンスで平等にアメリカの問題を指摘している。
 たとえば著者は、(文明の)「アフリカ的段階」から「アメリカ的段階」という表現をしているように、アメリカ文明が決して文明の終着点ではないことを強調し、息の詰まる日常生活のカタルシスの一例だとして、アメリカのドラマに見られるカーチェースと銃乱射のシ-ンの多さを挙げる。現在注目を集める複雑系」あるいは「カオス理論」なども、こうした文明社会を背景に生まれたとも謂えるのではないか。
 もっともこれは、戦後60年以上平和国家として生きてきた日本に於ける、殺戮をテーマとしたテレビゲームの普及にも言えることだが、その辺り3D技術の進化が可能にした、グローバルなヴァーチャル・リアリティの恐ろしさを痛感させられる。
 著者はまたアメリカが口にするグローバリズムの欺瞞性を、大航海時代世界に進出していったキリスト教宣教師たちの愚行とオーヴァーラップさせながら痛烈に批判するのだが、その背景にある、善か悪・黒か白、右か左という二元論によって、世界の平和や安寧がもたらされると思うのは幻想に過ぎないことは、中東の有り様を見れば明白である。なにしろその裏にはしっかり「商業主義」が根を張っているのだから。
著者は謂う。
 本当のグローバリズムとは、「徳島人は阿波踊り、花巻人が鹿踊り、アイヌは鶴の舞を踊ることが(明恵の謂う)「あるべきようは」の世界なのである。徳島人も、花巻人も、アイヌも、アメリカ風のディスコ・ダンスしか踊れなくなれば、「一切悪しきなり」と言ってもよいだろう。
 また西田幾多郎の言葉を借りて語れば、として、
 「アメリカ的段階」は、主体的で、意識集中的な生き方が尊重され、自我が前面に打ち出された「主語的世界」であり、それとは対照的に何事につけ曖昧な日本人は、「場所的」で、下意識的かつ拡散的な「述語的世界」に生きているといえよう。
 この指摘は奇しくも先月、同欄で紹介した、モントリオール大学金谷武弘教授の、『日本語には主語は不要』という説と見事に重なり合うことに、偶然以上のなにかを感じてしまうのだ。
 サミエル・ハンチントン『文明の衝突』は、日本文明を独立したものと認めながらも、『日本語版への序文』の中で、「日本は自国の利益のみを顧慮して行動することも出来るし、他国と同じ文化を共有することか生じる義務に縛られることがない」とした上で、第二次世界大戦以降のアメリカと、今後発展が続くと見られる新興覇権国中国との狭間で、今後どちらに付くかの選択や対応に迫られる、という問題にぶつかるだろうとしている。
 ハンチントンさえも安住している(アメリカかチャイナかという)西欧的二元論な視座に立った発想からは、決して迷路の出口は見つからないのは当然だが、彼にこうした予告をさせる、今までの日本の生き様に対する反省に立って、これからの日本の有り様と展望にというて、本著は一つの示唆を与えてくれるようだ。
 つまり、現在曲がりなりに多神教という平和な宗教観を持っている唯一の先進国日本の採るべき道こそ、虚偽と打算と非妥協に満ちた似非グローバリズムに代わって、真実と思いやりと共生を基底とした本物のグローバリズムの実現ではなかろうか。

★町田 宗鳳のホームページ
  http://home.hiroshima-u.ac.jp/soho/

感銘の一冊

主語を抹殺した男/評伝三上章 2008年01月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
金谷 武洋著  講談社  1,785円

 本著の帯紙には、表紙側に大きく、
『日本語に主語はいらない』とあり、小さく「日本語文法を/英語の呪縛から解き放った/天才日本語学者/初の本格評伝」とある。

 またその裏側には、
 日本語は非論理的な言語ではない。文法が英語と違うだけだ。日本語の文法構造を初めて合理的に解明した三上文法。その先駆性ゆえに長らく不遇を託っていた『街の語学者』の生涯を、カナダ在住の日本が学者が敬愛を込めて描く。

 と書かれている。考えようでは、これで全て言い尽くしている感がある。以下この帯書きを脳裏に入れて読んでほしい。

 著者は東大教養学部でフランス文学を学び、国際ロータリークラブの奨学生としてカナダ・ケベック市のラヴァル大学に留学するが、数多くの外国語クラスを渡り歩く内に、次第にランス文学よりも「言語学」の魅力に取り憑かれていく。

 その内に日本語の講座を受け持つことになるのだが、そこで(印欧語族と呼ばれる)フランス語や英語などと、日本語の間に横たわる大きな氷山に遭遇して頭を抱える。なにしろ理論武装として欠かせない日本国語教育の指針や指導要綱などがまるで通用しないのだ。

 外国語と日本語を、相互置き換えるという場合、当然直訳ではなく意訳するという作業が必要になる。著者が最初に突き当たった壁は、たとえば「ジュ・テーム」 とか「アイ・ラヴ・ユー」という言葉を日本語に置き換えようとすると、「私はあなたを愛します」としたら、文章なら悪文そのものになるし、第一日本人が愛を囁くとき、誰もそんな野暮くさい言葉など決して使わないではないか。

 多くの事例を通じて、まさに氷山に突き進むタイタニック号乗組員の心境で困り抜いていた著者に、日本の友人から送ってくれたのが、三上章の、『現代語法序説』と、『象は鼻が長い』という変わった題名の本であった。ここで著者は、初めて「日本語には主語はいらない」という画期的な理論に出会って、その疑問は一挙に氷解し、目からウロコを何枚も落とした彼は、たちまち三上章理論と、それを書いた三上章個人に傾倒することになる。

 その後モントリオール大学に移った著者は、修士論文にこの「日本語主語不要説」を選ぶことになるが、その時の指導教授から、「(主語不要という)日本語の構文は、西洋の(ギリシャ語・ローマ語など)古典語に似ている」と指摘され、日本の国語文法学者が指標としてきた現在の英語・仏語などの文法概念が、決して普遍性を持たないことを知る。こうした経緯を経て、ますます三上章に傾倒していった著者は、どうしても彼の生涯を追ってみようと決意することになった。その成果が本著である。
 
 三上章は、1903年高田郡(現在の安芸高田市)甲立村で生まれで、没年は1971年、すでに死後36年が経過している。三上は和算研究の数学者であった叔父三上義夫の薦めに従い、京都三高の理科甲類からの建築学科に進む。ちなみに三高時代の同級生に今西錦司、1級下に桑原武夫がおり、その後も長く交流を続けていた。

 北海道出身でしかもカナダ在住の著者から、図らずも広島県出身の偉大な学者の存在を知らされることになった次第だが、ただ三上章が広島に住んだ期間はごく短く、広島市の修道中学で数学の教鞭を取ったも、ごくわずかの期間に過ぎない。

 東大卒業後は幾つか屈折を経たあと数学教師の道を歩み、その後は一貫して数学教師を続けながら、天職とも言うべき日本語文法の道を進んだ変わり種で、生涯「街の語法研究家」という立場で過ごした。その間幾多発表した論文も、結局偏狭な日本の国語学会において認められることはなく、さりとて反論もされず黙殺・無視され続けるいう不遇な生涯を送くることになる。

 著者が2003年から3回に亘って帰国し調査した「三上章の生涯」は、この一冊に圧縮され集約されているが、「評論」と謳ってはいるものの、さすがに言語学者、三上に対する敬愛の念が書かせた優れたノンフィクション作品の趣があり、近づきにくい文法という題材を扱いながら、平易な表現で一気に読ませてくれる。

 三上は一生結婚しなかったが、彼の研究は妹茂子の献身的な存在の支えがなければ決して成功しなかっただろう。それほど妹茂子の存在は大きかった。 著者は執筆に当たって、茂子の驚異的な記憶力と文献の保存などに大いに助けられたとして、本書を三上茂子に捧げている。
 
 また著者は、三上の生き様を幾人かの有名人と重ね合わせているのだが、その一人が国学の先駆者、僧契沖であり、もう一人はロンドン留学で神経を病んだ夏目漱石である。

 晩年67歳の時請われて勇躍ハーヴァード大学に行くのだが、なぜか妹茂子が同行していない。もともと病弱の上、一切家事の出来ない晩年の三上にとって、慣れない外国での生活、到着時からすでに悲惨なものであった。結局心身共に疲れ果てた三上は、わずか2週間の滞在で自ら「敗北宣言」して帰国する。彼が亡くなるわずか1年前のことである。

 著者によると、世界の日本語熱はすこぶる高く、(2002年の段階で)海外127ヶ国・地域での学習者は、実に235万6745人に上るという。これにテレビやインターネットでの学習者を加えると、それこそ膨大な人数に上るのだが、そうした人たちに対する日本語教材として、いまだに適切とは言えない教材と教師に多く依存しているという問題がある。

 本著は三上章の優れた評伝であると同時に、「学閥や古い理論に凝り固まって新しい才能の台頭を許さぬ、日本の既成学界に対する痛烈な批判」と、「ここらで硬直した文法呪縛を解き放ち、三上文法に依拠した『主語不要日本語文法』普及が急務」であることを、われわれに、また日本語指導に行き詰まっている教師たちに指し示してくれる。 



 <付 記>

 三上章と叔父義夫とは、それぞれ海外で認められ、死後国内でも評価され、その著書がロングセールを続けるという因縁的共通点を持っている。考えようでは(文字通り)「以て瞑すべし」とも言えるが、ただ叔父三上義夫の「そろばん碑」は広島市に建立されたものの、三上章の顕彰碑はまだない。

 ちなみに著者が住むモントリオール市は、1998年に広島市と姉妹都市縁組を締結しているが、その際通訳として立ち会った縁もあるところから、最近始まったメール交換の中で、著者より中村に、「三上章顕彰碑の実現に一臂の助力」の依頼があったことをお伝えしたい。    

 

感銘の一冊

インテリジェンス 武器なき戦争 2007年12月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
手嶋 龍一,佐藤 優 共著  幻冬舎新書  777円

 ここで言うインテリジェンスとは、世で言う「スパイ」と同義と思っていいだろう。
手嶋 龍一はNHKの海外特派員として活躍、特にワシントン勤務中に東西冷戦の終結を迎える。

 のちにその時代の問題を書いた、『たそがれゆく日米同盟』『外交敗戦』などのノンフィクション作品が認められて、ハーバード大学国際問題研究所に迎えられる。その後ドイツのボン支局長、再びワシントン支局長を経てNHKを退職、ノンフィクション・インテリジェンス小説家として脚光を浴び今日に至る。
 
 一方佐藤 優は、ノンキャリアながら外務省切っての情報分析プロフェッショナル、特に屈指のロシア通として活躍する。ところが2002年、背任と偽計算業務問題の容疑で起訴され、現在同省を休暇中だが、この逮捕劇を「国策捜査」と断じて、『国家の罠」を上梓、一躍ベストセラーに躍り出、その後外務省のラスプーチンと呼ばれて、出版に講演に対談に多忙な日々を送っている。

 この異色の二人が、インテリジェンスの神髄を語るのだから、息も継がせぬ迫力感で一気に読ますのは流石である。いわば実力伯仲の格闘家が、その持てる攻撃と防御の技を駆使して、お互いに一歩も引かぬ攻防を繰り返す様に圧倒される思いだ。

 我々素人は、スパイとかインテリジェンスというと、すべて同じもののように思いこんでいるが、佐藤ラスプーチンによると、戦前のスパイ養成目的の中野学校の「秘密戦」という分類では、
  1.積極的「諜報」=ポジティブ・インテリジェンス
  2.「防諜」=カウンター・インテリジェンス
  3.「宣伝」
  4.「謀略」
の4つに分類されるのだという。佐藤ラスプーチンは、日本のカウンター・インテリジェンスはかなり高度なのだが、その他こうしたインテリジェンスに沿った仕組みや、系統だった組織、統率する機関がなく、しかもそれぞれ縦割りの弊害、必要とする上層部にスムースに届かず、しかも日本には教育機関がないため、適材が育っていないと指摘する。

 特にポジティブ・インテリジェンスにしても、映画で見るようなスパイ活動でなく、必要とする事項は、新聞などに掲載される記事からだけでも、かなり多くの収穫を得られるのだと指摘する。それと当該国の重要なポジションにいる人たちと、いかに親密になれるかということが重要で、しかも彼らの発言から、いかに「言外の意味」をくみ取る能力があるかが重要なのだという。

 そのためには、金額は別として、自由になる機密費が必要だというのだが、さてみみっちい日本のマスコミやそれに踊らされる国民が、それを是とするかどうか、例えば今回安倍内閣が熱望する日本版NCS構想にしても、もっとも配慮すべき問題であろう。

 ワシントンとロシア(モスクワ)と、真反対に位置しながら、それぞれその存在を早くから認め合ってきたことが、この対談の各所で伺われ、お互い共通した判断を示すことに驚かされる。

 とは言えすべてが納得ではなく、手嶋が佐藤の判断ミスを指摘する場面もあって、息を呑む思いがするが、佐藤はその挑戦を正面から受けて一歩も引かない。

 最後に両者は、日本版NCS構想に触れるが、両者ともそうした機構構築以前に、少なくとも200名くらいの専用スタッフの充実と教育を提言する。機構が先行すれば、主導権を巡って警察庁・防衛庁、それに外務省などの綱引きが行われ、関連各省庁は、情報の提供を渋るという「縦割り構図」が避けられないと警告している。

 確かにその弊害を指摘する声も多いが、特に優秀なインテリジェンス・オフィサーの選定が急務であり、佐藤ラスプーチンは、最適の人事トップ・オフィサーととして手嶋を推挙している。さて安倍首相が、この本を読んで感銘を受けていればいいのだが。

 それにしても、この佐藤優そして手島龍一というポジティブ・インテリジェンス・オフィサーとして得がたい2人の人材を、日本という国がそして安倍首相が、果たして生かして使いきれるか、そこに日本とアメリカの揺るぎない連携と、北方四島問題を含む、対ロシア交渉の鍵が隠されていると思うのだがどうだろうか。

 

感銘の一冊

島国根性大陸根性半島根性 2007年11月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
金 文学著   青春出版社  788円

  日・中・韓三国の比較文化の若手研究者である著者の、3国で出版した42冊目に当たる比較文化論である。韓国系3世で日本語文学を専攻した著者は、在日期間10年以上を経過している。歯に衣着せぬ表現で、本国チャイナでは、2冊の著書が出版拒否にあっている。

 我々日本人は、往々にして西洋との比較を行ってきたこともあり、同三国の比較文化論は極めて貧弱である。氏は日本人特有の性情であり、社会構造だと思われ勝ちな「甘え(の構造)」(土井健郎)「縦割り社会」(中下千枝)だが、前者はコリア、後者はチャイナで顕著であると指摘する。

 まず著者は、「なぜもこの三国がすれ違いを繰り返すのか」について、「非同一文化圏」であるという認識を持たなければならないと説く。それはまず日本が採集から農耕に進んだ湿潤の国であるのに、この両国は狩猟から遊牧に進んだ文化圏なのだと謂う。

 我々が、遊牧民の文化として拒否してきた「宦官・纏足・抱擁という挨拶」などは、「湿潤の国にとって、いずれもふさわしい手段ではなかったから」という新しい見解を表示して驚かせる。

 著者は地政学的見地から、大陸のチャイナと島国の日本との中間がコリアの位置づけだと言うことを、この国民性の面から見ても当てはまるという。例えば両国の人たちが日本に来て一様に驚くのは、川の水が綺麗だということで、濁流のチャイナと中間的なコリアをそこに見付けている。すなわち日本とチャイナを対極に置き、その中間がコリアだとする。

 昔から今に至るまで、チャイナはいわゆる「中華思想」から一歩も抜けきれなかったが、コリアは小中華を自負する事大主義に取り憑かれ、日本はいち早く聖徳太子の時代に「脱チャイナ」を宣言している。

 我々は「日本人は愛国心がない」と言って嘆くが、実際にはチャイナの人たちは「生まれ変わったら~」という設問に、中国人になりたくないと答えた者が(1万人あまりのアンケートで)64%もいたということが話題になった。おそらく日本人は100%近くが、また日本人に生まれたいと答えるだろうとことから見ても、愛国心は日本人が高いのだと教えてくれる。勿論コリアンはその中間と言うことになる。

 たとえば「和の国・闘の国・情の国」とか、チャイニーズはなぜ痰を吐くか?とか、自然に対するそれぞれの違いとか、我々の知らない両国の姿も垣間見せてくれる。その一方で、両国を驚かせた日本の神々について、古事記に出る「屎(ふん・くそ)尿(にょう)の神」の存在で、日本では排泄物にまで神を見るという異常さに、農耕文化と遊牧文化の違いを強調する。彼らにとって糞尿は、悪口の具でしかないのだ。

 最後にショートSFストーリーで、宇宙人が日・中・韓の人たちをある星に移住させる話で締めくくっている。始めはリーダーを選ぶのに全く収拾がつかない中で、妥協して(中間である)コリアンを選出するのだが、数十年経って相互の混血が進んで、次第に融和することになる。

この一種の寓話は、三国の強調には長い年月と相互の交流が必要だということ、そしてそれを実現するために、忍耐強く相互交流を図る必要があることを示唆している。

 また著者は、この三国共通のシンボル・マークとして、韓国の有名な文化人李御寧(イ・オ・リョン)氏との対談から、すでに効用を失った漢方薬的「漢字圏・儒教文化圏」に代わって、「梅花文化圏」という認識を提起している。

 我々日本人は、この若い親日家の優れた比較文化論を、真剣に読み解く必要がありそうだ。

感銘の一冊

日本を動かしてきた歴史 談合主義の功罪―「世界標準」という外圧にどう立ち向かうか 2007年10月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
豊田 有恒著   青春出版社  960円

 防衛庁の談合事件から橋梁・汚水処理施設・国交省の水門施設官製談合、それに福島・和歌山・宮崎各県知事による談合3兄弟が一段落したと思ったら、マスコミの報道の過熱もなんのその、またまた名古屋地下鉄建設に最大手ゼネコンの談合疑惑が大きく浮上し、しかも高速道路建設問題にまで飛び火したようだ。
 マスコミも国の関係筋も、ただ「談合は悪」と決めつける前に、「なぜかくも根強く談合が起きるのか」という根源から、見つめ直す努力を行わなければ、この問題は簡単に解決するものではないし、対応次第では。将来の禍根を残す重大事であることを同著は教えてくれる。
 著者は「談合は古事記の時代から存在し、また卑弥呼も談合で選出された女王だった」のだという。八百万の神々が集まって、「天の岩戸」に隠れた天照大神をどのようにして出て貰うかを相談(談合)しているし、倭国が乱れに乱れた際、男の王では駄目だと言って女王に卑弥呼を選ぶのだ。
 日本人はそうした相談事を議論(ディベート)と錯覚し、「論議を尽くした」と思いこんでいるが、これは厳しい論議・論戦を戦わす世界的風潮からはあまりに異質で、いい加減なものだといえるだろう。
 (理屈で考えても)水と油である自民党と社民党が、連立政権を組む奇っ怪さ、そのために主義主張をねじ曲げても平然としている国柄の中で、「談合は悪」を云々する矛盾に気づかず、休刊日や購読料を談合で決め、他社を排除する記者クラブなど、いわば談合の産物を当然だとしているマスコミに、談合を語る資格はない。
 著者はこうした日本的慣習にメスを入れ、世界に開かれた日本になるためには、もう「和を持って尊しとなす」から決別しなければならない」と説く。
 たとえば、著者は「談合」体質のモデルとして、外国のスポーツ競技に見られない「物言い」とか「死に体」という判定など相撲の世界を挙げる。それでもこうした「日本の常識 世界の非常識」という社会構造下で、日本経済は世界で頂点に達することが出来た。ところがトップを目指して牽引車の役を果たしてきた官僚が、最先頭を走る中で、目標を見失ってしまっているのが現状である。
 かつて世界最高のテクノクラートと呼ばれた日本の高級官僚は、今や日本の成長の足を引っ張る有害な存在に堕落したのである。「天下り」という「談合再就職システム」や「省あって国なし」という縦割りセクショナリズムからの脱却がなければ今後日本が世界中の厄介者になり果てることを著者は危惧する。
 著者は「滅亡日本を防ぐ2つの手だて」として、まず談合の撲滅、それに官僚の罷免権を政府が持ち、確実に実行することだ、という。問題は談合の撲滅だが、最初は官僚の「天下り」の撤廃から入ればよいし、絶対に責任を取らない官僚を、過去に遡って罷免はおろか罪に問うというという、断固たる姿勢を示すことが喫緊の急務であろう。
 付記:出来れば、筆者HP<キャッスルゲイト>より、下記拙稿『時事小論』の中の“談合は何故なくならないか?” (1~4)プラス番外編も、併せてお読み下さい。違う側面で「談合」に迫っています。

感銘の一冊