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今月の写真 2007年01月

  今月の写真
オオアオイトトンボ(雄)
今年、わが家の庭に最初に訪れたトンボで、一番遅くまでいた。
(06.10.28撮影)

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今月の言葉(1月) 2007年01月

「平和の賞味期限」を考えよう! 

 新しい年を迎えると、人それぞれに人生のテーマがあるだろう。バブル経済がはじけたあとに、景気が回復。いまや『いざなぎ景気』を上回 る景気だという。庶民にはその実感があまりない。いまだにこの世、この社会は不透明感が拭い切れない状況である。

 過日、半藤利一さんの著書「昭和の歴史」を読み直した。半藤利一さんは、明治以降の歴史の軌跡について興味のある話をしている。

 四十年周期説である。一口で言うと、日本が国策として開国を決めたのが慶應元年、一八六五年、それから明治維新。日清、日露戦争を経て 国際社会に認められたのが明治三八年、一九〇五年。その後国際連盟を脱退して先の戦争で国が滅亡したのが昭和二十年、一九四五年。日本が 独立国として再スタートしたしたのが一九五二年。「経済大国」となり、そのバブル経済がはじけたのが、一九九二年。戦後の復興から四十年 という。その四十年後といえば二〇三二年。『歴史の軌跡』からいくとどうなるか―である。

 半藤利一さんは、いまは滅びの時期にあるという。理由は少子化時代、国債の発行残高六百七十兆円を超える状況。そこでこの四十年間を日 本人がどのような道を選択するか―。日本社会のみならず、世界情勢も不透明。混迷の時代にあって冒頭の言葉が頭をよぎる。

 「平和の賞味期限」である。どの国、民族でも『平和を希求』するが、現実は各地での対立、紛争が絶えない。そのなかで日本は、米国の傘 の下、平和憲法により、平和を享受してきた。それも活発化している憲法改正問題、『普通の国』になるための萌芽(台頭)により、また昔の 悲劇をくり返すことになるのか―。新年を迎えて、一考も二考もするべきである。半藤利一さんは言っている。

 「日本人は国民的熱狂に走りやすい。為政者の言葉で集団催眠にかかりやすい。時の為政者に一任するだけではいけない。批判精神を。反対 すべきは、きちんと反対すること」

 戦前の国際連盟を脱退した際の世論が物語るわけでもある。国際感覚に欠けていた事実であるが、ルワンダ出身、NPO法人、福島県在住のマリ ールイズさんも言った。

 「戦争を知らない日本人は平和についても関心がなさすぎる。六十年前、つらい思いで残してくれたこの平和な国をどのように維持するか、 自分に問いかけてほしい」。悲しいかな、いまの政治家の多くは、戦争を知らないジェネレーションである。

(風彦)

今月の言葉

雑感(1月) 2007年01月

代表取締役 田河内秀子

 新年おめでとうございます。
 皆さま昨年はどんな年だったでしょうか?
 一年があっという間に過ぎ去ってしまいます。
悩みや思い煩いの中にあると、やるべきことが目の前にあってもちっとも前に進みません。私にとって昨年はそんな年でした。いろいろな出会 いや出来事の中で自分の欠点を指摘され、出来ない自分に言い訳をし、人のせいにし、自分に向き合う事を避けてすごしてきました。
 しかしいくら避けても、いつかは突きつけられる時がくるものです。
 もし平均年齢まで生きられるとしたら残り三十年の私の人生。やりかけた事を全うし、成果を残していく為には、自己変革しか道はないよう です。
 今まで苦手だった事にチャレンジし、避けてきた事に真正面から対峙して、自分なりに成長していきたいと思います。
 私に突きつけられている課題は、
①人生の責任者は自分という気概を持ち熱意のある心構えを強く持つこと
②志を明確にして一度決めたことは必ずやり遂げる努力を怠らないこと
③社会的な規律、規範を守り人にも正しい生き方を守らせること
④自分の考え方・行動に責任を持ち、物事の全体を肯定的に観察すること
⑤何事にも「何故?」の疑問と問いかけを持ち、部分的なプロセスを具体的に調べ、冷静に分析し正しく対応する心がけを持つこと
以上の五点です。
 どこまで出来るかわかりませんが、今年はこの課題に取り組みます。ひとつでも出来るようになると夢に一歩近づけると思います。
 皆様の課題は何でしょうか? 自分の思っているほど人生は長くないかもしれません。悔いのない一年を過ごそうではありませんか。

雑感

Q:介護療養型病床が4年後の2011年に廃止と決まりましたが、どのようなことですか? 2007年01月

A: 入院できる一般病院には、医療保険適用型と介護保険 適用型があるのはご存知でしょうか? 介護保険が始まった時に、一般病院が介護療養型医療施設に転換し、現在14万床あります。医療や看護 の必要性はなくなったが、自立は困難で、家族からの介護も難しい状況におかれている人達が入院をしています。現在社会的入院といわれてい る人は14万床の50%を占めているといわれています。その介護療養型医療施設を廃止し、有料老人ホームや老人保健施設への転換をと厚生労働 省が進めているのです。
 しかし近年推進されてきた「地方分権」によって施設の認可は都道府県の権限になってきた為、その地域の財源に左右されて、厚生労働省の 思惑通りにすべてが有料老人ホームや老人保険施設に転換するとは限りません。その為、行き場のなくなる人たちが4万人出るだろうと言われ ています。かたや入院されている方たちは自宅に帰りたい方が圧倒的です。もし自分がその立場だったとしたら、やはり住み慣れた我が家で療 養生活を送りたいと思うに違いありません。いまや在宅で訪問介護や、訪問看護、デイサービス、ショートステイ等を活用しながら、自分らし い生活、新しい家族関係を創出することが求められています。介護サービス事業者やケアマネージャーは、そのような方たちの生活を援助し、 いかにイキイキとその人らしい人生を送っていただくか、本人とご家族や地域の人達を巻き込んだサービスをデザインする力量を問われてくる ようです。

介護Q&A

身近な野鳥「冠羽を立てるカシラダカ」 2007年01月

野鳥観察の楽しみ(五十四)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
カシラダカ
写真は冠羽を立てているカシラダカ雄(‘05.3.26東広島市で撮影)〔ニコンD100, Nikkor VR 80-400mm, F/4.5- 5.6D, 1/1000秒-F/6.3,トリミング〕

 「ピピチュルピーチュルピピピーピー」と澄んだ細い囀りが聞こえる。広い田んぼの中の農家、その傍の畑にある落葉樹のてっぺんにいる。 ホオジロによく似ているが、よく観ると頭に短い冠羽がある。カシラダカだ!数羽の群でいる。
 
カシラダカはこの冬、なかなかお目にかからなかった。今年になってようやく、正月の7日に初めて休耕田の葦の中にいるのに気がついた。この 時も10数羽の群れでいた。

 

カシラダカはスズメくらいの大きさ、背中は赤褐色で黒色の縞模様、スズメに良く似ている。しかし、スズメにはない目の上の白線(眉斑)が あり、むしろホオジロに良く似ている。尾の付け根上側(上尾筒)は赤褐色で、小さな白色のうろこ模様が特徴。腹は白く、胸から脇に掛けて 赤褐色の縦の斑点がある。
 
この写真を撮っていると、この群が急にざわめき、バラバラに飛び立ち、サーッと静かになった。上空を、彼らを狙うタカ・チョウゲンボウが通 り過ぎていった。彼らは庭木の枝で、暫く息をひそめてじっとしていた。彼らはもうすぐシベリアの方に帰っていく。これからもまだまだ危険 に遭遇することだろう。

(2005年3月28日記) 

 

野鳥観察の楽しみ

日本文明の有り様-1 2007年01月

縄文が日本を救う! (47)

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
 ユーラシアの西で、移動し続けた西洋文明に反して、チャイナ及びインドという東ユーラシアの文明が、決して移動しなかったことを述べて きた。ではサミエル・ハンティントンが、独立した文明だと定義した日本文明の場合はどうか。

 背面に太平洋という広大な海を持った日本という島国は、文字通り「文化果つる国」であり、「文明の吹き溜まり」という立地にあった。た とえば東西相似の島国と擬したイギリスの場合、日本と同じように背面に大西洋という広大な海を持ちながら、決して同じような歴史を辿るこ とがなかったのは何故か。それはイギリスが、

1. ヨーロッパの国々から侵略も文化の移入もあった距離に位置していたこと
2. イギリス自体、西へ西へという西洋人の移動性向を内蔵しており、むしろ海洋国としてその先端を走る存在だった
3. 民族構成も征服者(アングロ・サクソン)中心で、前住者(ケルト系住民)の抗争も未だに続いている。

という日本とは似ても似つかぬ国柄だったのだが、先人たちが日本を相似の(海洋指向の)国と見誤り、その文化や文明に追随してきたところ に、大いなる錯誤と挫折があったことを見過ごすわけにはいかない。日本という国の有り様は、万一動きたくてもそれを許さぬ国柄であったし 、また決して動こうとしなかった民族でもあった。すなわち日本は、決して海洋国ではなかったのである。(この件「葬送曲“日本非海洋国論”」参照)

 日本を取り巻くのは世界有数の「海の難所」であり、どうにか大陸の文化や文明を取り込むことが出来たが、攻めるには難攻不落の立地にあ ったし、過去世界最大の文明国チャイナは、(元という異端王朝を除き)外に目を向けることがない、すなわち海軍という組織を持ったことの ない国と海を隔てて対峙していたのである。そのため現在に至るまで、先住者である縄文人と唯一の渡来民弥生の民との混交以外に異血を交え なかった稀有の民族だと知るべきである。

 その実縄文人にしろ弥生人にしろ、その詳しい人種的構成や渡来経路、言語的始祖の地など、ナゾに包まれたままである。ここでの詳述は避 けるが、縄文人自体、いつからこの地に住み着いたかも不明で、その後北方から南方から或いは朝鮮半島や直接チャイナからやってきた可能性 もある。

 最近の時代測定技術の進歩によって、12500~12000年前に始まったと言われてきた縄文時代の黎明は実は16000年前まで繰り上がると言われ、 西暦前3~200年前とされてきた弥生時代の始まりも5~400年も遡るのだそうだ。

 日本の地に定着した縄文人そして弥生人たちは、動こうにも行き止まりであったこともあるが、なにしろこの地には猛獣が棲息せず、氷河に 覆われることもなく、山の幸・海(川)の幸に恵まれてまったく動く必要のない別天地、蓬莱の国であり、シャングリラ(地上の楽園)だった のである。この地にあって縄文の民は、世界で最も早く「定住」という生活様式を獲得することになるのだ。

 移動を重ねる民族と、定住を果たした民族では、当然文明の定着度で大きな差が生じる。縄文の民は定住によってどんな文化を、文明を獲得 したのだろうか。 

 (この項つづく)

縄文が日本を救う!

国家の品格 2007年01月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
藤原 正彦 著   新潮新書

 著者は小説家新田次郎と藤原ていという、優れた文科系両親に持つ(理数系の)数学者だが、その血筋は争えず軽妙でしかも情緒溢れるエッ セーでも有名であり、本書も又わかりやすい筆致ながら、適切な表現でかつての日本が持っていた、しかし今失われてしまった、世界に冠たる 資質そして思想を的確に私たちに指し示してくれる。
100万部を超える大ベストセラーになったのも、むべなるかな!

 著者はその経験を通じて、「論理」だけでは世界は破綻すると警告し、戦後欧米型の論理優先型社会への変貌が、日本をおかしくしてきたと 指摘する。数学から敷衍して、(たとえば風が吹いたら桶屋が儲かる式の)「長い論理」は危ういのだと謂う。この典型が(国際人になるため に)「小学生から英語を教える」という発想がそれである。
これが真実なら英米人はみんな国際人になるはずだと切って捨てる。

 いま大きな問題になっている子供たちの精神的荒廃に、殺人は悪いことだと教えたり、学校にカウンセラーを置くよりも、強者が弱者をいじ めたり、大勢で少数者を襲ったりすることは、「卑怯なことだからしてはいけない」そして「ダメなものは絶対ダメだ」と教えなさいと説く。 「殺人」については、戦争で人を殺したり、凶悪人を死刑にしたり、警官が正当防衛でピストルを撃ったり、「殺人」の正当性はいくらでもあ るのに、「殺人はいけない」という論理は通用しないのだという。

 そうした規範こそ「武士道」だと著者はいう。日本の武士道には「もののあわれ」という「弱者をいたわる思想」が、そして美しい情緒が内 蔵されているからである。
美しい情緒は、日本という美しい国柄(風土)が生んだもので、ここではただ咲いた桜が美しいだけではなく、そのはかない命だから散り際まで 美しいのである。

 著者は、「自由と平等」とか、「民主主義は善」という発想を、偽善であり幻想でしかなく、むしろ平等よりも「惻隠の情(相手の気持ちを 推し量る、思いやる)」を持つべきだと強調する。また強者が弱いものに勝つに決まっているのに、自由競争がいいわけはないではないかと指 摘する。

 実は弱者が強くなったのはヴェトナム戦争以降だが、著者は1990年頃から、アメリカで生まれ、世界中に蔓延している「悪疫」に、「ポ リティカル・コレクト」、実際は「弱者こそ正義」だという考え方があるという。弱者とは社会的=(黒人などの)マイノリティや身体的=身障 者・婦女子・老人・子供などである。こうした考え方からは真の幸福は生まれることはないという。

 著者は又、「美しいところにしか天才は生まれない」として、もし万葉集ごろから、ノーベル文学賞があれば、日本では30を超える受賞者 がいただろうとして、アイルランドやイングランドに多くの天才が生まれたという事例を挙げながら、日本は、いわゆる「普通の国」を目指す ことなく、「異常な国」であり続けなさいと説く。

 そして最後に戦後日本が失い続けてきた「国家の品格」を取り戻すために、幾つかの条件を挙げているが、それは読んでのお楽しみにしてお きたい。

感銘の一冊

2007年01月

 原  宏 一 著
実業之日本社 発行

 小説のおもしろさのひとつに、この先この話がどう展開していくのかという、ワクワク感や期待感がある。そういう意味でこの物語は存分に 楽しませてくれる。
 富士の裾野に広がる青木ヶ原樹海。一度入り込むと二度と抜け出せないといわれているその奥地。人知れず自給自足の暮らしをしている老人 のもとに、3人の男女が迷い込む。最初のうちは縄文生活を楽しんでいたのだが、住み家にしている洞窟の奥に鉱脈を発見してから話がややこ しくなる。それぞれの思いが錯綜する中、老人の提案する「感謝と祈り」をテーマとした理想国家建設に進んでいくのだが…。
 途中で本を閉じても次が気になって仕方が無い。完全に物語に引き込まれているのである。こういう小説が読みたいと常々思う。一度入ると なかなか抜け出せない、樹海小説とでも呼ぼうか。 

(北)

今月の気になる本

硫黄島からの手紙 2007年01月

【監督】クリント・イーストウッド
【主演】渡辺 謙

 「父親たちの星条旗」と本作品の硫黄島二部作について語るイーストウッド監督を様々なメディアで見かけた。彼が繰り返していたのは『戦争にヒーローはいない』という言葉だった。
 ここには戦場にいる人達の、彼らの心を支えていた家族への思いが描かれているが、感傷的な印象はない。激しい爆撃の場面は、人間とはこういうことをするものだという冷めたような視点すら感じた。そして思い出したのがホットドッグを咀嚼しながら淡々とマグナムをぶっ放すハリー・キャラハンの視線。怒りと哀しみが深いあまりに冷淡に見えてしまうあの眼だ。監督はあの眼で映画を撮っている。人間がいとおしくてたまらない、そしてその人間を破壊していくのも人間であることへの静かな憤りが全編に流れる作品である。

(nao)

キネマ見ましょか

[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―7 天丼 2007年01月

久しぶりに友達とランチを食べる事になり、少しリッチに天丼を選んだ。

観音新町のダイヤモンドホテルと同じ道路沿いにある天ぷら専門店に友人を車に乗せ向かう。

近くにはいつも行く牛丼のすき家があるのだが、すでに天丼気分でテンションがハイになり目に入らない。

店に入るがランチ時なのでさすがに混んでいる。

いつもは穴子天丼穴子と海老の天丼を食べるのだが今回は去年食べれなくて悔いが残った牡蠣の天丼をメニューから探す。

しかし暖冬のせいか、気持ち時期が早過ぎたのかまだシーズン限定牡蠣の天丼はなかった。

来月も来ようと心に決めて今回は瀬戸内天丼という名前の海鮮五種天丼を頼んだ 。

友人は海老が食べれないので海老抜きの瀬戸内天丼を頼んだ。

人の良さそうな店員のお兄さんによると天丼だけでなく希望があれば天ぷら定食やコースも海老抜きでやってくれるそうだ。
優しい心遣いだが海老好きの僕としてはもったいないしか頭に浮かばない。

やがて熱々の天丼が二つくる。

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天ぷらが

これでもか、

というぐらい気持ち良くドッサリ乗っており、

もう嬉しくてたまらん、

という気分になる。

衣は食欲をそそる濃いキツネ色、

湯気がこんもりたち鼻孔から頭のてっぺんまで胡麻油メインの美味そうな香りでジンジンしてくる。

まあ、実際はそんな事を考える間もなく天丼が来た瞬間に本能の赴くまま何も考えず貪い、食べ始めたのだが。

ただ、食べ進めるうちに本能の感動を言語化したくなってしまう、旨いからなのだ、しかたないのだ。

この店は広島では珍しい江戸前天ぷらなので胡麻油を使っているが店主のこだわりで100%胡麻油なのだ。

その熱々の天ぷらを口にほうばり、胡麻油の香り溢れる衣を噛みしめると熱い湯気とともに食材のうま味と香りが爆発するのだ。
天丼のためにサクサク感はおちるがタレと熱々ご飯で蒸されるので圧倒的な香りに思わず支配されてしまう、食欲が止まらん。
ちなみに今回の五種の海鮮は

香り溢れるタコの頭部分、柔らかいホタテ、とろけて旨い太刀魚、でかいし美味い穴子、食感と美味さのコンビネーションのネギトロと桜海老 の紫蘇巻き揚げだが季節やその日の市場しだいでやはり中身が変わる。

tendon2.jpg


海老がダメな友人はネギトロ桜海老の代わりにモンゴイカでした。

どれもおいしいんですが中でも個人的にメロメロになったのは穴子です。
普段から穴子天丼もよく食べるのですが何度食べても美味い。
白身の柔らかく、とろける旨味と穴子特有の癖が胡麻油と濃いめのタレにばっぐんに合うんですよね。
煮ても焼いても穴子とご飯は合うけれど天ぷらも最高です。
それとネギトロ巻きは初めて食べたけど赤いジューシーな断面の美味そうな見た目や桜海老の食感は楽しくて美味しかった。
もちろんご飯も少し固めに炊かれ美味い、
上の天ぷらがボリューム満点なので個人的にご飯が少し足りなく感じたのがちょびっと残念に感じた。
だがまあ女性や年輩の方にはこれくらいが良いのかもしれない。

とにかくタレの染み込んだご飯と口の中にそれぞれの天ぷらが混じるとまた味わい深いおいしさに嬉しくなります。
だから口の中が空にならないのに、さらにさらにほうばってしまい、喉をぐいぐい通り、ついには快感がうまれ、やがて胃袋をほんわか暖かく 満腹感がジーンと響いてきます。
やっぱり丼モノを食べるとあったかい幸せな気持ちになるんです。

余韻に浸り、最後におまけで付いてる抹茶アイスクリームを食べながら、寒くなったら牡蠣の天丼を絶対食べに再訪しようと誓いました。

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…、でも瀬戸内天丼の季節感とバラエティー豊富さも捨て難いかな?

広島くっちゃね隊

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