| 今月の写真 | 2007年08月 |
| 今月の言葉(8月) | 2007年08月 |
生命の力と平和の尊さを
原爆被爆樹から学ぶ
――風彦
広島の町を流れる京橋川にかかる鶴見橋の東側たもとに、老いた一本の被爆柳がある。
痛ましいケロイドの木肌を晒しながらも、今なお川風に枝を靡かせている。早春に芽をふいた青葉の色も夏の日に輝いている。誰が捧げたのか千羽鶴の束…。風雨にさらされて色あせている。
そのそばを通るたびに私は、きまって立ち止まり、老柳に話しかける。というのも、私の被爆した父は、死の際に、一夜明けた翌日、避難した比治山からおりて鶴見橋のたもとで救援を待っていた―と聞いていたからである。
柳はまさに当時の生き地獄さながらの、あの一帯を知る、なによりの「生き証人」。いとおしむ心もさることながら、逞しい生命力にただならぬ畏敬の念が込み上げてくるのである。被爆者の多くは、すでに亡くなり、高齢化して記憶も風化している。
あれから六十二年。被爆直後、広島には七十年間、草木も生えないとの風聞があった。それでも広島市内には、被爆樹木(五十二本=広島市植物公園資料=平成十六年三月)が今なお逞しく生きている。
その中でよく知られているのは、平和公園の一隅にある被爆アオギリだろう。このアオギリは広島市中区白島町にあった広島逓信局(中国郵政局の前身)の中庭で被爆した三本。一九七三年、現在地に移植(内一本枯死)されたもの。同局勤務中、被爆した沼田鈴子さん(当時二十二歳、現在、八十四歳)は、このアオギリのもとに寝かされて救護された。結局、沼田さんは、左足を切断、九死に一生を得て、現在「原爆の語り部」として活躍。被爆時のこと、このアオギリをめぐる生命の力、平和の尊さを語り伝えており、広く世界でも知られるようになった。
被爆アオギリは、夏に淡黄色の花を咲かせ、秋には実を結ぶ。落果したタネを、今では広島市植物園で育苗。苗木は広島市内の小、中、高校にも植樹。逞しく育っている。世界各国でも育苗、苗木が移植されるなどアオギリを通して「ノーモア・ヒロシマ」運動の輪に広がる。八月は忘れることのできない原爆忌であり、敗戦忌。改めて原爆被爆樹から生命の大切さ、平和の尊さを学び、訴えよう。
「世界平和の花を咲かせよう」
― Let's bloom for the World Peace!―
(風彦)
| 雑感(8月) | 2007年08月 |
この度会社が越してきた広島市の真中あたりに位置する舟入川口町は、比較的、爆心地近くであるにもかかわらず、昔ながらの懐かしい雰囲気の残っている町です。朝は早くから家の前を掃いているおばさん、公園には樹々から懸命の蝉時雨が降り注ぎ、子供連れの若いお母さんは買い物途中で立ち話をし、朝早くから元気いっぱい応対してくださるクリーニング屋の奥さん、見上げるとベランダにはたくさんの毛布が干してあります。大手のクリーニング取次ぎ店にはない何か暖かい人のぬくもりがあるのです。まだ一ヶ月余りしか経っていませんがとても居心地のよさそうな町です。
今朝は早くから花火があがり対岸の住吉神社の夏まつりのようです。住吉神社のお祭りは広島三大祭りのひとつと言われ、祭られている神様は、海運の神様で江戸時代は浅野藩の舟の守護神として信仰されていたそうです。その住吉神社のある住吉町あたりに浅野藩の舟が出入りしていたことから、この地域が「船入(ふないり)」と呼ばれ、のちに「舟入」と記されるようになったとインターネットで調べると記されていました。
しかし我が社のある場所は、住吉神社ではなく舟入神社が氏神さんなのだそうです。会社の前の接骨院の先生はお若いのに毎朝お店の前に盛塩をされています。日本人のよって立つ精神的な基は太陽の恵みに感謝し、土地の恵みに感謝するところから来ていて、太陽の恵みを表現した日の丸は太陽への感謝のシンボル、土地の氏神さまは土地の恵みに感謝するシンボルであり、土地の恵みは、祖先への感謝、今ある命への感謝に通ずるという事をある本で読みましたが、「日の丸」も「神社」も先の戦争のプロバガンダに利用されたため、なかなかその後遺症から抜けきれず素直に祭ることができません。
しかし、新しいこの土地で商売をはじめさせて頂くというこの機会に、今まで無視してきた土地の氏神さまに挨拶にいってこようかと思っています。
| 文明法則史学800年周期説と日本 | 2007年08月 |
これは故村山節(みさお)先生が、歴史の中から膨大なデータを元に練り上げられ、築き上げられ、壮大な実証科学として提唱された、東西文明が周期800年で交代するという学説である。それは「東西2つの文明が800年ごとに繁栄と衰退を交代して、1600年で一巡する二重螺旋構造である」というものである。
二重螺旋と言えば、1953年ワトソン・クリック博士らが、ノーベル賞を受賞したDNAで有名だが、この文明法則史学は、DNAを構成するA・T・G・Cという4塩基の代わりに「幼・青・壮・老」を置き、時空を加えたものと言えば分かり易いだろう。
村山先生は、最初は天才の出現を研究していたが、それには周期があることを突き止め、その結果東西文明交代の周期を発見する。たとえば800年前、ジンギスカンの出現によって、西洋民族の大移動が起きるが、これはなにもたった一人の英雄によって惹き起こされたのではなく、気候の大変動(寒冷化)が引き金になったのだと喝破する。
文明交代は、その交代時期に生じる大混迷から幼年期・青年期という向上期を経て、壮年期で頂点を迎え、やがて老年期の衰退期に移行する。季節に当て嵌めれば、5月の青年期には万物が芽生え、冬眠から目覚めて活動を始める。そして老期の11月には、諸木一斉に落葉し、渡り鳥は旅立ち、海棲哺乳類は大移動を開始するのだと謂う。
この説の凄さは、西暦前文明発祥の太古にまで遡るのことだが、その東西交代期がちょうどこの21世紀に当たるのだというのだ。また東西の分岐点は中東だというが、いまこの地で繰り返されている不毛の抗争を見るにつけ、混乱期という指摘と同時に、ユダヤ・キリスト・イスラムという同じ根っこの一神教の行き詰まりを痛感するばかりではないか。
先般村山先生の講演を、初めてDDVで聴く機会を得た。話の中で村山先生は、今後もしばらく混乱は続き、そのピークは2015年から2030年頃であって、その時ヨーロッパで民族大移動=北方民族の南下大移動があると予言する。
チンギス・ハーンの軍隊の行くところ殺戮と略奪と破壊だけが残された。その寒冷化のヨーロッパに追い打ちを掛けたのは、モンゴル兵の置きみやげの黒ペストであった。この恐怖の伝染病は、ようやく生き残ったヨーロッパの民を、ふたたび容赦なく死に追いやったのである。
800年前、ヨーロッパだけでなく中東でもモンゴル兵は暴虐の限りを尽くした。 チンギス・ハーンの使節団を殺害し、財宝を奪い取ったホルムズ王朝の殲滅を誓ったモンゴル軍によって、悲惨な虐殺の嵐に見舞われ、チグリス・ユーフラテス河は、数日にわたって真っ赤な血に染められたという。パニックを起こした中東イスラムの民は、カイバル峠を越えてインドに侵入した。彼らは殺生を嫌う仏教徒を虐殺し、この地に定着していくことになる。
その後、この地にイスラムの王朝ムガール帝国(1526~1857年)を建てた。ムガールとはモンゴルの意、中東に侵入したモンゴルの系譜を引く国柄であった。
ちなみに、あの世界一美しいタージ・マハルは、ムガール帝国 の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建てた霊廟(1653年竣工)である。その後時代は西洋文明に移り、結局ムガール帝国はイギリスによって滅ぼされてしまう。
(筆者のホームページ、キャッスルゲイト第8章「森と共に消えたインド文明」
http://joumontn.com/mori&hito/082.html
から「西洋にとってのインド」の項、参照。
村山先生が予言した、大移動説を裏付ける根拠として、温暖化による北極・南極の氷の溶解によって、冷たい海水の海洋循環が挙げられる。暖流が寒流に変わるとき、寒冷期あるいは氷河期の到来が予想されるではないか。そうなると俄然同説の信憑性が高まる。
さて21世紀以降、アジアの時代が到来するとして、その中心を占めるのが日本なのか、それともチャイナなのかという論議は次回に譲るとして、村山先生は、今後も依然として「知の国日本」と「武の国アメリカ」の協調が大切だと説く。
現在日本で行われている憲法改正問題と絡めて、集団的自衛権の問題から見て、村山説に大きなヒントが隠されている気がする。次回その問題とチャイナとの関係について考えてみたい。
| 鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール | 2007年08月 |
現実に起こる出来事は、一つの『結果』です。『結果』には必ず『原因』があり、その原因は、あなたの心の中にあるのです。
つまり、あなたの心を映し出した鏡だと、思ってもらうといいと思います。(本文から)
著者野口嘉則は、1963年広島生まれ。広島大学経済学部卒。大学卒業後リクルートに入社。その後独立してメンタルマネジメントの講師となる。99年に心理コンサルティング事務所を開設。2003年に(有)コーチング・マネジメントを設立。数々の企業研修(EQ向上研修)の中で紹介した例話を元に本書を出版したものである。研修当時からこれを読んだ9割の人が泣いたといい、発行まもなくベストセラーになった。物語は実話であるが登場人物の氏名・職業などは多少変えて設定したとされている。
41歳の主婦が小学校5年生の息子が軽いいじめにあっているのを苦にしているところから話は始まる。息子はいじめではないと言い張っているが心配でたまらない。夫の先輩で経営コンサルタントで心理学にも造詣の深いという矢口(著者のこと)に相談する。そこで最初に言われたことは「誰か身近な人を責めていませんか」ということだった。一番身近といえば夫である。夫には感謝はしているが尊敬はしていないと感じた。矢口氏は更に「お父さんに対してはどうですか」と聞いてきた。更に「許せないという気持ちはありませんか」という。親として感謝はしているが好きになれなかった。
高校生の頃から他人行儀な付き合いしかしてなかったことに気づいた。次は「お父様を許せない気持ちを存分に紙に書いてください」「父に感謝できることを書いてください」「父に謝りたいことを書いてください」「形だけでもいいからお父様に感謝の言葉と謝る言葉を形だけでもいいから伝えてください」。言われたとおり父に電話して形どおりの言葉を伝えた。ここで父の反応はお意外なものだった。嗚咽して言葉にならなかったのである。自分に対する父の気持ちが、自分の息子に対する気持ちと同じではないかと気づいた。矢口氏から「優太君に有り難うを100回言ってください」といわれた。その気持ちが通じたのか息子のいじめも解決したようである。これにはいろんな考えもあるであろう。物語は終わったが何かがある。
解説で著者は「私たちの人生の現実は、私たちの心の中を映し出す鏡である」という法則が「鏡の法則」であるという。そして許すということの重要性を説く。まず自分を許し、①許せない人をリストアップする。②自分の感情を吐き出す。③行為の動機を探る。④感謝できることを書き出す。⑤言葉の力を使う。⑥誤りたいことを書き出す。⑦学んだことを書き出す。⑧「許しました」と宣言する。これで結果が出ても出なくてもよいのです。
「人生で起こるどんな問題も何か大切なことを気づかせてくれるために起こります。そしてあなたに解決できない問題は決して起きません。あなたに起きている問題は、あなたに解決する力があり、そしてその解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです」というのが著者の結論である。いじめによる自殺の問題が大きく取り上げられている今日、この考えが何かを解決するよすがになればと思うものである。
| カスバの男 モロッコ旅日記 | 2007年08月 |
大竹伸朗 著
集英社文庫
さまざまな印刷物や紙切れ・布切れを貼り付け、さらに絵の具を塗りたくるという行為を記録するスクラップブック帳―絵日記を長年にわたって作りつづけている大竹伸朗というアーティストを私が知ったのは、数ヶ月前のNHK「日曜美術館」でのこと。テレビの画面に移っている絵の具でゴワゴワになった画帳を見て、これが日記かと、びっくりしたものだ。
そんな、画家の事をもっと知りたいと思っていたら、彼の「視線」=「思考」が、ぎゅっとつめこまれた本に出会った。
照り付けられて上昇する気温、街に響き渡る1日5回コーランの詠唱、しつこいハエ、ラマダンでキレかけている現地のタクシードライバー…。日本とはかけ離れた環境の異国モロッコで、画家は、カスバの男になりきって、楽しんでいる。旧い街並みを徘徊し、普通の旅行者であれば目を背けて通り過ぎるような路上のゴミ・ゴミの集積場、汚れた壁に視線を向ける。興味が湧くと、色鉛筆が画用紙の上で踊る。現実と夢が交錯する。
本書を閉じたとき、ちょっとの日差しで暑がっている、この日本の夏がパラダイスに思えてきた。なんだかクーラーみたいなな本だ。
(哉)
| 傷だらけの男たち | 2007年08月 |
【監督】アンドリュー・ラウ&アラン・マック
【主演】トニー・レオン 金城 武
題名の「男たち」は主人公の二人。一人は恋人を喪ってしまった理由を探し求めながら荒んだ生活を送っている。もう一人の主人公は幸せな結婚をし、いつも優しい微笑をたたえてスマートに生きている。その笑顔が隠している暗い一面に気が付いたのは、癒されないままの傷を抱えている男だった。不可解な事件を追う過程で徐々に明らかになる幸せな筈の彼の過去。抱えている男にとっても、心ならずも暴くことになってしまった男にとっても、辛い過去が解明された時、新たな悲劇が暴発する。
トニー・レオンと金城武といえば『恋する惑星』を思い出す。この作品で人を想う切なさと甘美さを軽妙に演じた二人が今回の映画で見せるのは、心の中がのた打ち回るような生き様。男たちの想いは重く、そしてやっぱり切ない。
(nao)
| [不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―13 豚ホルモン専門店 | 2007年08月 |
今年の暑い日々に?身体と心はやられている。
こんな時は呑むしかない、それしかないじゃないか。
暑くてめんどくさい、
いや身体が疲れているので、できれば地元で呑みたい。
そこでいつもの友人にメールでさりげなく誘う。
時刻は8時前、
コイン通りを八幡川方面に抜けて川の手前付近にあるその店で合流した。
医食同源の言葉にならい、内臓がダメージを受けている僕らは豚ホルモン専門店に入った。
店内は白を基本としたシンプルで清潔な雰囲気、
カープや元カープの選手のユニフォームや道具が飾ってるのがファンとしては何だか嬉しい。
ここの椅子の中は箱つくりになっていて、フタを開けると空洞なんで荷物をほうり込み、いつも通り生ビールを二杯頼む。
う~ん、
キリンビールというだけで自然と笑みがでる。
美味いもん喰いながら発泡酒は寂しいもん。
やはり美味いビールが呑みたいよね。
この店はホルモンがメインなんだけど豚しかない。
今日でまだ二回目なのに友人に偉そうに語りながら注文する。
友人はタンと豚トロ、僕はハラミ、ハツとモツ煮込み、漬け物をとりあえず頼んだ。
生をぐいぐいやってると、いかにも鮮度いいっすよ、ってな感じの綺麗な色の肉達がテーブルに並びはじめる。
熱々になった鉄板にそいつらを片っ端から乗っけてくと肉の焼けるいい音と香りが頭をぐわんぐわん打ち鳴らす。
思わず匂いに、打ちのめされて残りのビールを飲み干してしまった。
目の前の友人も似たような状態なので揃っておかわりをする。
二杯目のビールと共に美味そうに焼けた肉を喰らい始める。
美味い、見た目に違わず小腸なのに臭みがなく、ただ美味い。
勢いづき、厚めのタンを口に入れる。
今まで豚のタンはスモークタンや加工品しか食べたことないが焼肉、旨いじゃないか。
そして大好きなハラミを食べる、食べる、食べて、そしてビールを呑む。
思わず目の前の友人とアイコンタクト。
溢れるようにどちらとなく
「めちゃ美味いんじゃない」
「旨いよの」
といいながらビールをおかわりしてしまう。
やはりハラミは最高。肉の美味さ、柔らかさ、内臓らしい癖のある感じが堪らなくビールをさらに加速する。
箸休めに漬け物を摘むとほのぼのしていい感じでたまらない。
モツ煮込みもいろんな部位が
これでもかっ、
てぐらい入っていて、 見た目から楽しくて美味い。
思わず飯にぶっかけて掻き込みたいぐらいに凄くいい味出ている。
二人ともいい気持ちになってガンガンとビールを呑んでると、手が空いたらしい店の大将が今回も色々と楽しい話を聞かせてくれた。
いい話に益々ビールが進む、気を効かせて大将がレバ刺しを薦めてくれたのでいただくと、これも驚く程に臭みがなく、甘くて美味い。
ただ悲しいことに飲み過ぎていたので、できたら最初の方になめ回すように味わいたかった。
大将と奥さんもそれを聞いて笑っていたが目の前の友人だけは本気で僕が怒ってたのに気付いてたみたいだ。
だから次回は必ず最初に食べる。
気持ちよく話、旨い酒をあおり、美味い肉もしこたま詰めこんだ。
二日酔いさえならなければ、これできっと明日から仕事も頑張れるはず。
ダメならダメで気合いを入れる為にまた飲もうかな?
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