先日テレビで「蝉しぐれ」を見た。二〇〇五年秋の日本映画。藤沢周平の長編時代劇小説の映画化で、市川染五郎が主役「文四郎」、木村佳乃が結ばれぬ恋の相手幼馴染の「ふく」。久々に心に染みるいい映画だった。いかにも日本らしい風景の中での抑制の効いた台詞、市川染五郎の歌舞伎役者らしいしっかりした立ち居振舞い、木村佳乃の立ち姿の美しさ。品の良さ、品格のある人物とはこういう事だと腑に落ちた。
最近「品格」という言葉をよく耳にする。古くは藤原正彦氏の「国家の品格」、テレビドラマの「ハケンの品格」、坂東眞理子氏の「女性の品格」。
「品格」を「漢字林」で調べると、「品」は口が3つでとりどりの個性をもつものの意。「格」は至る、正すの意。万物に宿っているとりどりの個性が正しい姿であることを言うのだろうか? 国語学者ではないので、はっきりとはわからない。
かつてはあったのに今の日本には欠けていると、多くの人たちが思っているから、この言葉が市民権を得ているのだろう。
現代のように言いたいことを言い、やりたいことをやり、自分の思うとおりに生きるのもそれはそれでひとつの生き方だが、その前提に人さまのことを思いやることの大切さをわかった上でやらないと、ただのわがままとしか見てもらえない。顰蹙を買うだけだ。下品ともいう。
禅寺の玄関には「脚下照顧」という言葉がかけてあるそうだ。履物がきちんと脱げているかが修行の第一歩であり、人の事を考え、後のことを考えて行動する基本が履物を揃えることだそうだ。これがきちんとどこでも出来るようになれば他の事はおのずと出来るようになる。実に簡単なことだ。これだけで子供が良い子に育つならやらない手はない。品格ある人間になる為の第一歩として、大人も毎日の生活の中に取り入れたいものだ。