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今月の写真 2008年03月

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ヨモギハムシ
よもぎの茎に鮮やかなルリ色をした虫を見つけた。(01.11.2撮影)

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今月の言葉(3月) 2008年03月

「ALL IN」激!

――M・ブラウン 

待ちに待った『球春』の到来。センバツ高校野球からプロ野球の開幕である。なかんずくカープファンの思いは、いかばかりか。今年は黒田、新井の投打の大黒柱が抜けてのシーズンイン。彼らへの思いは、ファンそれぞれ違うだろう。黒田は別にしても、広島生まれ、広島育ち、カープで強打者に育った新井には格別な哀惜の情がある。私もその一人。知人の住職は今でも嘆き憤慨する。
「優勝を争うチームでプレーしたい」―何を言う。優勝を争うために必要なのは、選手自身の意識、能力、闘争心ではないか。一生懸命、応援してきたファンの心を裏切るものだ」
カープの合い言葉は、何だったのか。
「ALL IN」であった筈。もともとは自分の持っている全て(エネルギー、経験、能力)を勝つために注ぎ込むという、ブラウン監督の米国時代からのモットー。チームもフロントもファンもそして全ての人が一つの方向に向かう(球団広報資料)であった。
その意味から一昨年の黒田残留への署名運動は、『市民運動』にまで発展。黒田の心を繋ぎ止めたし、これまで頑なまで『干渉』を拒絶していたフロントもファンとの垣根を取り払って『市民運動』に理解を示す。「ALL IN」は赤ヘルのウェーブにまでなった。
しかし、ブラウン・カープは、二年連続Bクラスに低迷。黒田の米大リーグでの新天地を求めたことには理解できたものの、新井のFA宣言での阪神入りには、前述の住職ならずとも多くのカープファンの心情でもあった。
当初、私自身ブラウン野球は、従来の日本式野球を改革する「創造するベースボール」(練習内容、投手起用、打順の構成など詳しくは割愛する)として評価したが、ブラウンの意図は実らなかった。理由は一口で言えば、日本人の体質、思考に適合できなかったから。
ロッテのバレンタイン、日本ハムのヒルマンがそうであったように、彼らは苦悩した。三年、四年をかけ、日本式野球との融合をはかり、成功の道を求めた(野球と技術、戦術、指導体制など)。ブラウンは今年で三年目。
「石の上にも三年」―。もう一度、「ALL IN」。今年はこの言葉に「激!」がついた。監督もファンもフロントも激しく、あの創設期の「ALL IN」の原点に還ろう。ブラウンさん。日本にはよい言葉がある。「郷に入っては郷に従え」―。という例えもあるぞ。「創造野球を軌道修正してカープをV軌道へ」―。黒田、新井のことは忘れよう。三年目のブラウン監督に望みを託そう。

(風彦)

今月の言葉

雑感(3月) 2008年03月

代表取締役 田河内秀子

 春になるとなぜか心がウキウキしてくる。何か始めたくなる。
 数年前、生協でフラワーアレンジメントの六ヶ月コースの通信教材を取り寄せたのも春! 社交ダンスを習い始め出したのも春! お茶を習い出したのも春! 何やっても一年と続かない。でも最近、それでもいいのではと思いだした。そうそうジャズダンスもちょこっと習った事があった。これはストレッチの大切さがわかったので、今は会社の朝礼に生かしている。
 少し習っただけでもその事に対して敷居が低くなる。お茶を習ったお陰で、そんな席にたまに出てもドギマギしなくて済む。安い花束が目に止まったら、買ってきてちょっとアレンジをして楽しんでみる。社交ダンスは今まで役に立った事がないが、その内豪華船旅にでも参加できる機会がやってくれば(夢のまた夢?)タンゴやルンバが役に立ってくれるのではと密かに期待している。
 だから、今年の春は何をはじめよう???
 着物を一人で着られるようになれば、箪笥いっぱいの母の着物も日の目をみるし、ビーズアクセサリーもできれば、鎖が切れたアクセサリーのリサイクルもできるし、という事で今年の春は着物の着付けとビーズアクセサリーに挑戦することにします。
 習いに行くのはなかなか時間がとれないので、通信教育でやろうか。それとも3ヶ月のコースを探して何とかやってみようかと思案中。皆さんは何を始めますか?

雑感

身近な野鳥 「大きな群れのミヤマガラス」 2008年03月

野鳥観察の楽しみ(六十六)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はミヤマガラス(‘08.2.3,東広島市原)〔Nikon D300, Nikkor ED600mm×1.4, F/5.6S,1/800秒,f/11,トリミング

この冬は時々雪が降り、5cm以上も積もる日が何回かあった。2月3日はやや少なく3cmの積雪。雪の中のミヤマガラスは綺麗だろうと思い、原地域を探した。幸い1月25日にいた場所の近くにいてくれた。

ミヤマガラスは電線に集団で止まるので見つけ易い。電線の上ではじっとして休むこともある(写真)が、ほとんどの時間を身繕いに使っている。時には頭をさげ、次に尾を高くあげ、扇のように広げてカラララ、カラララと鳴く。動作の割には小さな声である。

ミヤマガラスは普通のカラスと見過ごされ易いが、大きなカラスの群れがいると、ミヤマガラスではないかと疑うとよい。特徴はハシボソガラスよりやや小さく、嘴(くちばし)が尖っていて、根元が白い。おでこがハシブトガラスのように出っ張っているので見分け易い。

ミヤマガラスは冬鳥としてやって来るが、原地区から下見地区にかけてのような広い田んぼで餌を採る。規制緩和が進み、この地域にも家が建ち始めた。このまま開発が進めば、彼らの姿を見られなくのるのではないかと危惧される。
 

(2008年2月19日記)

 

野鳥観察の楽しみ

「ジョーモニズム」とはなにか-2 2008年03月

縄文が日本を救う! (60)

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾
 

5.ジョーモニズムに対する(比較文化論としての)ヤヨイズム、そしてグローバリズム

 縄文人は「クニ意識」を持たなかったが、後に渡来する弥生人ほど、国家統一意識が高く、邪馬台国から大和王朝などを形成する。弥生人の特徴・資質それに思想は、コメづくりを根底とした社会制度を完成させる。

 この縄文(ジョーモニズム)と弥生(ヤヨイズム)の邂逅は、自由と規則、創造性と模倣・改善性、工と農、断続と継続など相反する特性を包含したハイブリッド日本人を誕生させた。しかもその絶妙の立地によって、殆ど狩猟文化に触れることなく、この採集→農耕という生活様式は、必要なものだけを吸収し、不要なものは捨て去るという「いいとこ取り文化」によって他国の侵略をかわして、実に19世紀、黒船襲来・開港に到るまで継続することになった。

 では「グローバリズム」とはなにか。世界の歴史を文明発祥の時代から大きく俯瞰すれば、なべて狩猟→遊牧の民による、採集→農耕の民の支配・隷属化であった。移動という「足の文化」は、通商を発達させ、弱小種族を支配するという構図を拡大していったのだ。彼らの信奉する一神教は、農耕の民の持つ多くの神々を滅ぼした結果という側面を有しているのだ、旧約聖書に見られる(アダムとイヴに発した)「原罪」は、ヒトの「性悪説」を物語り、旧約・新約という言葉通り、神と人さえ契約によって結ばれるという「契約の文化」を信奉している。

 この「性悪説・契約の文化」を逆に見れば、「契約になければそれはないことに等しい」という意味であり、日本の「性善説・縁の文化」の対極点にある。彼らがいま信奉する市場原理は、まさ(狩猟に発した)理論であって、ダーウィンの謂う「食物連鎖=弱肉強食説」を牽強附会したものである。

 彼らの戦争を頂点とする「商」の原点は、他を信用しない疑心暗鬼が生む「性悪説」だと知るべきである。すでに征服し、隷属化してきた農耕の民との争いがすでに終焉したいま、(ご存知のように)バスク地方VSスペイン・アイルランドVSイングランド・イスラエルVSパレスティナ・イラクVSアメリカ…、すべて一神教同士の争いである。

 20世紀末、日本は突然バブルが崩壊、日本金融界はハゲタカファンドに、いいようにしゃぶり尽くされてしまった。彼らの旗印こそ「グローバリズム」である。では「グローバリズム」とはなにか?これは西洋特にアングロ・ユダヤという狩猟→遊牧の民の本分とする、「待ち伏せ・追跡・ワナ・囮(おとり)・落とし穴・威嚇・はったり…」という商の原点である。

 バブル景気を謳歌する日本に、彼らは、「閉鎖的な日本は、グローバル・スタンダード(この言葉は、外圧を利用する日本官僚の造語)に合致しない」といって、守旧的保護主義ヤヨイズムの堅城に、楔を打ち込んできたのである。今成すをべきこと事は、彼らの「買収・合併」など、その戦略を洞察し、十分な対策を講じることであり、その上で新しい「ジョーモ二ズム戦略」を打ち立てることである。

 疲弊した「ヤヨイズム」に、再び「ジョーモニズム」の血を、そして心を注入しなければ、日本全体が早晩「グローバリズム」に飲み込まれてしまうことだろう。だったら「グローバリズム」をやみくも排除すればいいのかといえば、自分たちは海外でそのルールに則りながら、日本においてそれを拒むことは不条理である。

さて「ヤヨイズム」を打破した後、「グローバリズム」の大波に飲み込まれるか、それとも「ジョーモニズム」に回帰するか、今その選択が迫っている。いずれにしろ、今こそ硬直した排他的な意識を捨て去る必要があるのではないか。

 

縄文が日本を救う!

モノづくりのこころ 2008年03月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾 div align="left">
常盤 文克著  日経BP社  1,470円

著者は元花王の代表取締役である。東京理科大学卒、米スタンフォード大学留学、理学博士と言う経歴ながら、アメリカ型NBA型経営を否定し、理科系に偏らない「思いきって理文の枠を外せ」と説き、職人の技を尊重する異色の経営者である。
著者は、日本の製造部門及びそれに付随する部門の比重が、GDPで大きな比率を占めていることを挙げると共に、課題として輸出される工業製品の内、わずか6業種で80%を占める現状(2003年度)に警鐘を鳴らし、新しい次世代型基幹産業育成の必要性を説いている。
著者はまた、日本型MOT(マネージメント・オヴ・テクノロジー)の必要性を説いているのだが、日本に於いてMOTは、
1. 理工学と経営学を融合させた教育・研究を行う大学院修士課程のプログラム
2. 企業戦略に合致した技術戦略を、立案できるエンジニアに与える資格(理工版NBA)
3. 企業に於いて技術を経営戦略に活かすことのできるマネージャー
4. 技術を中心とした経営戦略、あるいはマネジメント と幾つもの意味に使われているが、著者は日本型MOTを、(4)の経営戦略の1つとしてとらえ、次のように定義づけている。
「MOTとは、マネジメントというテーブルの中央に技術を於いて議論すること、あるいは技術を中心にして経営戦略を立案し、実施していくこと」
日本の大学院に於いて確かにMOT講座が増えているのだが、テキストはアメリカ版の直輸入が多いことを指摘し、日本に於いて職人のモノづくり意識、夢やロマン、情熱・創意工夫・やる気などに敬意を払うべきだと強調する。
著者の経歴からは異質に思える職人の技だが、たとえば幕末黒船を率いて日本に渡来したペリー提督の、次のような言葉を紹介している、
実際的および機械的技術において日本人は非常に巧緻を示している。そして彼らの道具の粗末さ、機械に対する知識の不完全を考慮するとき、彼らの手工上の技術の完全なことは素晴らしいもののようである。(中略)他の国民の物質的進歩の成果を学ぶ彼らの好奇心、それらを自ら使用にあてる敏速さによって、これら人民を他国民との交通から孤立せしめている政府の排外政策の程度が少ないならば、彼らはまもなく最も恵まれたる国々の水準まで達するだろう。日本人がひとたび文明世界の過去及び現在の技能を所有したならば、、強力な競争者として、招来の機械工業の成功を目指す競争に加わるだろう。  (「ぺルリ提督 日本遠征記(四)岩波文化」
顧みれば、ペリーの予言の通り、瞬く間に産業革命を自家薬籠中のものとして「文明開化」した日本だが、先の大東亜戦争において一敗地にまみれた後、刻苦勉励によって、空前の発展を遂げた原動力こそ、職人を中心とした技術の力、すなわち(縄文に発する)「匠の技」ではなかったか。
ところがいまや、戦後高度成長に注がれた情熱は今や消え失せ、やる気を失い無気力になった若者の増えてきた現状は、その後モノづくりを3Kと卑しみ、モノづくりの前に人づくりを怠ってきたことの証左である。
著者が説くのは、東洋の古典「易経」の陰陽五行説が示す相互依存であり、「個」ではなく「集団」であり、昔の日本の姿に立ち戻ることである。アメリカ型(「個」の)経営は「晴れの日の経営法であり、日本には根付くことはない。
ただ問題は、多くの日本人が、グローバルスタンダードに名を借りたマネーゲームにうつつを抜かし、コスト面にこだわって、チャイナに製造をゆだねるという風潮である。著者は日本が、いまこそ奥深い「日本型モノづくり」に回帰することを願っているのである。
文中「知の揺らぎが企業を豊かにする」とか「独自の質に<経験価値>を加える」とか「職人型社員が製造業を支える」など、含蓄ある言葉を鏤(ちれば)める。理文の枠を大きく超えた著者の英知と教養が吐かせた言葉である。
いま多くに企業に見られる、考えられないような事件・事故、たとえば電力会社であってはならない原発での隠匿・虚偽報告などを見ると、経営のトップに、モノづくりスピリットを軽視する「アメリカ型NBA型経営者」の姿を見いだせるではないか。彼らは知らず知らず「モラルハザード」の道をひた走っているのだ。
世の経営者諸氏必見の1冊であろう。

感銘の一冊

「求めない」、「LIFE」 2008年03月

加島祥造 著 「求めない」(株式会社小学館 発行)、「LIFE」(株式会社パルコ発行)

私と本書の著者との出会い(といってもこちらの一方的な思いこみですが)は、自宅に引きこもって暮らしていた若い頃夢中になった英米文学の翻訳本です。マラマッド、サキ、ラードナーといったお気に入りの作家の作品を翻訳されていたのが彼でした。
引きこもり生活も煮詰まり、私は普通の人よりも10年遅れて、社会に出ることになりました。自宅と会社を往復する生活を続けているうちに、世間擦れしたと同時に、社会に出るまでは考えても見なかったような悩みを抱くはめになりました。そして、それは解決されることなく、自分の中で負のスパイラルを描くばかり。
年が明け、ここ数年しばられ苦しんできた「それ」と「それ」にまつわる全ての事柄とさよならする(一部の仕事さえも…。社長、ごめんなさい)決心をし、それを行動に移しました。そんなとき、加島氏の本と再会したのです。

「求めない すると」…「いま持っているものが いきいきとしてくる」、「自分の声が聞こえてくる」…。(「求めない」より)
かつて、すばらしい英米文学の翻訳で人生というものを疑似体験させてくれた著者が、今度は前とは異なるゆるやかな語り口で、私を励ましてくれているような感じがしました。
「自分がいま ここに在る そのことに 驚ろくとき 君は生きているのだ」(「LIFE」より) (哉)

今月の気になる本

スゥイニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 2008年03月

【監督】ティム・バートン
【主演】ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーター、アラン・リックマン

時は19世紀、一人の蓬髪の男がロンドンに戻って来た。暗く鋭い瞳の奥に復讐の炎を燃やしながら。懐かしくも忌まわしいかつて住んでいた街で彼は友と再会する。その友は、彼の瞳のように鋭く光り輝く一揃いの剃刀だった…。
T・バートン&J・デップがお菓子工場物語に続いて届けてくれたこの映画は、ゴシック・スプラッタとでもいうのでしょうか。チョコレートと同じくらい血が流れてます。ぴかぴかの剃刀で人を殺してパイの具にしちゃいます。歌いながらです。勘弁してください。
原作は英国のミュージカルだそうです。十分に独創的で刺激的な物語を新たに映画で作って、それをどこから見ても自分の色にしてしまうのがこの監督の立派なところです。冒頭で私たちは、主人公と同じ目線で猛スピードでフリート街にたどり着かされてしまいます。もう監督の刃から逃れられません。 (nao)

キネマ見ましょか

[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―20 うどんが食べたい 2008年03月

子供のころ、風邪を引いたりお腹がいたいと母はウドンを作ってくれた。

僕は昔は梅干しが嫌いでお粥はなんだか好きじゃなかったのでたいていはウドンだった。

その名残りなのかも知れないが二日酔いが酷い翌日はウドンが食べたくて仕方ない。

まだまだ寒いこの季節、前日に日本酒を飲み過ぎたらしく身体がぶち重い。

重い身体と調子の悪い車を引きずるように井口へ向かう。

広電井口駅の前にあるその店に開店前から車で待つ。

開店時間が近付くにつれて似たような客がどんどん駐車場に乗り入れる。

店員さんが暖簾をかけおわると同時に挨拶しながら店内に1番で乗り込む。

二日酔いで重たい身体も久しぶりの美味いウドンにテンションが上がりまくる。

開店してすぐだがテーブル席はほぼ埋まる。

やはり何年か前の讃岐ブーム以来この店の客はいまだに多いみたいだ。

僕自身は五年振りかな? この店は讃岐の名店で修業したのでウドンも旨いし、竹輪天ぷらも美味いから、いつもならぶっかけと竹天にするところだ。

しかし久しぶりの二日酔いを楽しみ為にかけウドンにトッピングでコロッケを頼んだ。

学生から20代の頃はこれが二日酔いの時の定番。

早く来ないか、とドキンドキンする(頭はずきんずきん)

揚げたてのコロッケから登場し、思わず揚げたて熱々に喰らいつきたくなる。

 

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衝動を無理矢理に押さえ込み、ウドンを待つ、ひたすら待つ。

本来、二日酔いにはこの店には梅干しウドンというスペシャルなメニューがあるが今日は昔に戻ってかけ&コロッケなのだ。

そして待ちに待ったウドンも参上。

 

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コロッケをひっそりと乗せて気休めのケータイ撮影をおざなりに済ませてまずはコロッケから噛り付く。

上半分はまだサクサクのコロッケ、熱々ホクホクでやっぱし美味いわ。

 

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余韻残るまま、続けてウドンを啜り、啜り呑みこむ。

口内を熱いウドンが暴れ踊り、必死に咽で噛み切る。

丼を抱え込むひたすらウドンを押し込む。ウドンは戦いだ。

 

うまい。

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温かい汁を啜り飲めば二日酔いで強張った身体にじーんと染み渡り、思わず安堵のため息をついてしまった。  

しめたぶっかけウドンももちろんめちゃめちゃ旨いが、こんな日は温かいウドンはそれだけでご馳走に感じる。

ふやけたコロッケを箸でつまむと溶け崩れそうになるのを丼ごと口元に寄せて味わう。

美味い汁を吸った衣とジャガ芋が口の中で優しく広がる。

汁に溶けたコロッケ、その辺りの汁をまた啜り楽しむ。

あー、おいしいな、って落ち着いた気持ちになった。

旨いウドンに調子が出てきて箸が進み始めた。

丼ぶりの熱さが消えぬうちに、汁一滴、麺一本残さず一気に完食した時にはなんだか晴れ晴れした気分になった。

ウドンて、やっぱし良いよね。

讃岐ブームで客が増えてから足が遠退いていたがまた来よう。

次こそはぶっかけ大盛り竹天にしよう。なんてったってこの店の揚げたての竹輪の天ぷらはうますぎる。

いやコロッケも外したくないからカレーウドンにコロッケも捨て難い。

またカレーにあうんよ、コロッケが…。

まあ、考えるんがめんどくさいし、まずは呑んでから決めようか?

広島くっちゃね隊

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