豊田 有恒著 祥伝社新書 777円
著名なSF作家であり、かつて(手塚治虫の)「鉄腕アトム」のシナリオライターであり、ノンフィクション作家、ドキュメンタリー・ライターであり、しかもチャイナ&コリア・ウオッチャーという多彩な活躍をする著者が書き下ろした、「聖徳太子に学ぶ東アジア=チャイナ&コリアとの付き合い方」の課外教科書である。ちなみに著者は、現在島根県立大学教授として、「東アジア問題研究」を担当している。
日本が生んだ数少ない天才のトップにランクされる聖徳太子だが、我々はその実像に関しては、まだ低い認識度にとどまっている。たとえば有名な『一七条憲法』にしても、第一条の中の「和をもって尊しとなす」という超有名な言葉しか知らない上、それさえも決して正しく認識していないと著者は指摘する。
第一条(読み下し文)は、
一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。
の中で、「事を論(あげつら)~」は、相談=談合でなく、議論=ディベートであって、いたずらに「和する」ことを押しつけるのではなく、徹底的に議論を尽くした後に一致点=和に到達することだと謂う。
実は同憲法の条文のほとんどが、官僚の心得を諄々と説いていることを知らせてくれることで、官僚という人たちが、飛鳥の時代から現在に至るまで、いかに狡猾で一筋縄ではいかない存在なのかわかる。特に昨今の社保庁や防衛省の醜態に代表される官僚制度の有り様を見れば、大いに納得が行くというものだ。
また著者は太子が、我々の想像するような、「和」を第一義とした柔弱で知的な人物」ではなく、むしろ国家元首としての誇り高い気概と矜持をあわせ持った武人であったと断言する。
その証拠として第一に挙げられるのは、随の煬帝に送ったという「日出ずる国の天子 日没する国の天子にいたす。恙なきや」という胸のすくような言葉である。当時
アジアでは、中華の国チャイナの周辺はすべて野蛮な国であって、貢ぎ物を持って天子に拝謁し、下賜品を恭しく拝受するという屈辱的な「朝貢貿易」を行うのが常であった。いわゆる「冊封制度」である。
その中でいち早くこうした軛(くびき)を脱して、「独立宣言」したのが日本であり、聖徳太子であったのだ。聖徳太子は、こうした弱腰の屈辱的関係を嫌い、同じ天子という対等の立場を確立したのである。以来日本は、この立場を堅持してきた。それが今この国には、屈辱的・隷属的関係を指向する卑屈な腰抜け政治家が多いことか。
著者は、6世紀当時当時今と同じく、日韓関係はギクシャクしていたことを指摘する。たとえば当時半島には、高麗・新羅・百済の他、同三国に属さぬ都市国家群として伽羅(任那)があり、日本への渡来人が多かったこともあり、いわば今の「竹島」と同じような位置づけにあった。太子が伽羅に対して圧力を加える新羅に対して取った毅然とした対応と、今の腰が引けた気概も矜持もない日本外交の有り様との間のギャップがいかに大きいことか。
これはまた今の自本政府の、朝鮮総連や従軍慰安婦問題などへの接し方にも見られるが、一体この国はなにを生き甲斐に日本の民を導こうというのかと、著者は厳しく問うている。もっともそこに著者の「聖徳太子の外交術に学べ」という「混沌の時代を乗り切る」教訓がある。
昨今の東アジアの情勢は、依然として軍拡を続け、しかも訓練中のアメリカ艦隊のいくつのも防備システムをかいくぐって、航空母艦を攻撃可能な位置にまで潜水艦を送り込み、軍事衛星を破壊できる能力を獲得したチャイナと、ならず者国家北朝鮮と、反日政策をとり続け、限りなく北朝鮮に接近するコリアの姿がある。
果たして今の日本に、こうした北東アジア3国に、聖徳太子の示した「毅然たる外交」の復活があるのか、見通しは限りなく暗い。
著者は、「核にしてもロケットにしても、国家を背負って、愛国心に支えられているからこそ、北朝や中国のような途上国でも、それなりの成果が達せられる」のだが、「日本では、軍事も愛国心も、これまでタブーとされてきた」とした上で、
身辺に男女に絡むドロドロした軋轢、叔父である崇峻帝の暗殺などを体験して、人並みに悩んだ等身大の聖徳太子が、「後進的な古代日本を率いて、国際社会に伍していけたのは、ひとえにその揺るぎなき気概と矜持を持ち続けたからだ」と謂う。
いま大きく変わりつつある北東アジアの情勢に即応していくために、日本に必要なのは、聖徳太子のチャイナ・コリアに対する毅然とした、しかも相手の状況をよく把握し理解した上での的確な対応に学んだ、「今日的な問題化の解決にも繋がる国家としての気概の問題」だと喝破する。
ここらで我々日本人、いい加減で「歴史を学ぶ」ことから「歴史に学ぶ」ことにシフトすべきではないか。
<参考サイト>
『聖徳太子の一七条憲法』(原文 読み下し 現代語訳)
http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/17_kenpou.htm