| 今月の写真 | 2008年10月 |
| 今月の言葉(10月) | 2008年10月 |
散策と万歩計
―歩きながら考える―
―風彦
四季のうち十月は、ものを想う秋。京都の「哲学の道」を散策したことを思い出す。銀閣寺の疎水辺りの参道で、銀閣寺橋から若王子町までの一・六キロ。桜の季節もよいが、桜並木の黄葉、紅葉の時期がとりわけ風趣がある。日本の代表的な哲学者、西田幾多郎が京大時代に思索にふけって歩いた小径である。
「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は走ってしまった後で考える」-。戦後間もない頃のベストセラー。「ものの見方について」の書き出し。著者は戦時中、滞欧していた朝日新聞の特派員、笠信太郎。各国の国民性を明快に分析。その国の政治、教育などのあり方にも言及した一書。今日の日本はスペイン型。暴走した軍国主義から見れば、スペイン以上だろう。思慮深さに欠けるきらいがある。
なにもすべてに哲学的であれ、というわけではない。「哲学」とは原語のギリシャ語では愛智の意。西周(にしあまね)により賢哲を希求するという意味から哲学という訳語に定着。のちに人生の根本原理を追求する学問となる=広辞苑(概要)
冒頭の言葉をとりあげたのは、健康管理のための「一日一万歩」が強調され、最近は携帯電話にまで万歩計の機能がある。私の友人は、ひたすらに「一日一万歩」を目標に万歩計の数値にこだわっている。数値よりも、西田幾多郎ではないが、思索を楽しみながら「散策」をする、自然のうつろいのなかで人生を考える、いまはそのよい季節。このような「ものの見方」・「考え方」で気ばらずに「歩く」-、すなわち「散策」こそ心身の健康によいのではなかろうか。
この季節に私の好きな句がある。
―秋深し石に還りし石仏― 福田蓼汀
―村村のその寺寺の秋の暮― 鷹羽狩行
(風彦)
| 雑感(10月) | 2008年10月 |
先日、香港・中国に行ってきました。今まで韓国には二回行きましたが、それ以外海外旅行はビギナーです。回りは海外に行ったことがないという人を見つけるのが難しいくらいたくさんの人が海外旅行をしています。仕事で海外に行く人も本当に増えました。
今回の旅行で一番感心したのは現地のガイドさん。韓国では二回とも中年女性で、いかにも日本にもいそうな感じのガイドさんでしたが香港・中国は違います。若い男性です。
中国では日本語学校に行って勉強し、日本人旅行者のガイドをする若者が多いらしく、工場見学をさせて頂いた社長さんも初めは日本人旅行者のガイドから出発し、ビジネスの世界に足を踏み入れ、今や大成功を収めているとのことでした。中国は観光大国世界一を目指し目覚しい進歩を遂げつつありますが、そこには優秀な若者が活躍し、チャイナ・ドリームが実現できる世界が広がっているように思いました。
翻って日本はどうでしょうか? 世界の観光大国の三大条件は、①国の知名度 ②交通アクセス ③安全性 だそうです。日本は全ての条件を満たしているのにもかかわらず、世界で三十位以内にも入っていないそうです。若者が外国人観光客のガイドをしているのも余り聞いた事がありません。
政府は二〇一〇年までに訪日外国人旅行者を一〇〇〇万人にするビジット・ジャパン・キャンペーンをしており、二十一世紀の日本のリーディング産業と位置付けています。
人口減少時代に入り、これからは観光でお金を稼ごうという訳です。日本は料理も美味しいし、人情も豊かだし、自然の美しさは比類ありません。でも来る外国人観光客が少ないというのは、きっと外国人旅行者が来たくなるような仕掛けがないのでしょう。政府任せにしないで、私たち一人一人が考える必要があるのではないでしょうか。
| 身近な野鳥 「幼鳥コウノトリの冒険」 | 2008年10月 |
東広島市の志和町にコウノトリがやって来た。早速発見者のTさんに案内してもらう。「昨日はこの辺りにいたのに、何処へ行ったのだろう。」と平野部ばかりでなく、谷筋まで探してもらうがなかなか見つからない。
もう飛び去ったのだろうかと諦めかけたとき、遠くの稲穂の向こうに頭が見えた。近づいて見ると、昨日の地点から約1kmも離れた休耕田で、近くには工場や民家が点々とある。コウノトリは絶えず歩きながら餌を啄み、時々、カエルやバッタを食べている。足輪にJ0006とあり、今年6月22日に巣立ったばかりの雌の幼鳥で、長崎までの冒険の帰りのようだ。
コウノトリは姿や形、それに体長も鶴に似ていて、昔の人にはよく間違われたようだ。しかし、黒い嘴は鶴より太くて長い。目の縁が赤い。長い足は淡紅色。体は白色で翼の先から後側(風切)が黒い。
コウノトリは国の特別天然記念物に指定されたが、国内での自然繁殖が一度途絶え、兵庫県豊岡市で人口繁殖により生まれたものが放鳥されている。飛来したコウノトリの親は共に2004年生まれで2006年に放鳥され、昨年も自然の中で巣作りをしているが、今年初めて一羽の子育てを成功させている。
('08年9月17日記)
| 『縄文が日本を救う!』 あとがき | 2008年10月 |
2002年2月から「縄文塾通信」に掲載を始めて、先月2008年5月までの66回、途中で入院・手術で中断期間を含めて、(もっともメルマガ以前の郵送時代から数えて)6年と3ヶ月になる。
その間ご愛読賜った方々に心より感謝申し上げたい。
ここで復習として、日本民族特有の気質というか、あるいは性状というかだが、渡部昇一がつとに指摘するように、
これはごく卑近な例に過ぎないが、明治という王政復古・藩政返還によって、諸侯のお抱え時計師達は失職する。
精巧極まる和時計を作っていた彼らが目にした舶来の「ゼンマイ時計」は、至極幼稚極まりないものであって、彼らのDNAの中に眠っていた、
1.これなら我々(日本人)にはすぐ出来る
2.我々(日本人)なら、もっと良いものが出来る
という気持ちが働いたとしても決して不思議ではない。また渡部昇一、それに堺屋太一が強調するように、日本人はつねに、
「新しい文明を吸収する場合、不要なもの危険なものを鋭く嗅ぎ分けて捨て去り、換骨奪胎し自家薬籠中のものにしてきた」
のである。
当然そうしたことが許されたのには、我々(日本人)特有のメンタリティがあっただけでなく、それが許された理由として,「他とは隔絶された」特異な風土があったことも忘れてはならない。
つまり幸運にも、こうした立地・風土は、他からの文化はなんとか吸収できても、そとからの武力的な攻撃は受けることがなかったのである。
「逆も又真なり」で、その歴史上国力を外に向かって発揮することは稀であり、しかもその悉くが失敗に終ったという経緯がある。
その立地から、日本を海洋国として、大英帝国に擬するという思想もあったが、これは全くナンセンスなものであった。
さて、この両識者が指摘したメンタリティは、明治以降近代化した西洋文明の吸収に止まらず、、その後昭和の御代、欧米列強との戦いに敗れ去った後にも遺憾なく発揮され、むしろ一層強化され、「追いつき 追い越せ!」というスローガンを強化し、拍車をかけて脇目もふらず走り続けてきたのだのである。
ところが今、気付いてみると、目標とすべき先行ランナーがいなくなったことから章狼狽しているのが現状だと謂えるだろう。なにしろ先頭ランナーだと信じてきた対象が、実は一周遅れのランナーだったのだ!
このあたりを前号・前々号で触れてきたが、このことに加えてもう一つ重大なことは、それに軌を同じくするように、文明的爛熟による退廃の機運と、少子化による人口減少と重なりあっていることである。
すなわち今の日本は、目指すべき目標の喪失と、少子化による「人口減」という、かつて経験したことのない二つの難題に直面しているのだ。
こうした事情から、日本が2000年に亘って求めてきた道、「追いつき 追い越せ」というスローガンを捨て去って、「過去の英知から学ぶ」という新しいスパラダイムを国是とすべき重要な時期に来たのである。
折しも、内には食糧自給率の低下・ゆとり教育の弊害・老齢化の進行など、かつてないマイナス要素が重なり合って問題を大きくしており、外では、エネルギーの高騰から、穀物事情の逼迫、加えて環境の悪化と砂漠化の進行など、問題山積である。
特に中東を舞台に血を血で洗うエンドレスの宗教戦争から、世界中に拡大したテロの恐怖と、世紀末から新世紀に掛けていつ何時、第3次世界大戦が勃発してもおかしくない状況下にある。
本文中紹介した「東西文明800年周期説」が、ますます現実味を帯びてきたとも謂えるだろう。
こうした状況下、他国と比較するべくもないが、かつての明治維新における政治家・施政者の真摯且つ無私無欲な取組みに反して、いまの政治屋たちの無能さと脳天気さには唖然とするばかりである。
もっともこうした人たちを選良と称して選んだ我々にも大きな責任がある。彼らの無能さに加えて,かつて世界最高の「テクノクラート」と賞賛された国家官僚の堕落と硬直性は目を覆うべきものがある。
一方国民サイドではどうだろうか。多様化時代とはいうものの、昨今あまりに非道で不条理な事件が多すぎる。子供達もだが、、親の側や世間全般に対する「教育」の不毛性を指摘する声も多い。
今こそ少子化を前提に、あらたに教育の基本的姿勢を再構築する必要が最大の課題であろう。
これもまた大切なことだが、道州制度への前提としての小さい政府への移行の為に、何から何までお上が定めるという姿勢からの脱皮が肝要であろう。
ただ悪い点ばかり強調しても事態はなんら改善されない。すでに先頭ランナーが居ないと言うことは、日本の技術が世界で最高に位置していることを示していることに通じる。
今我々に求められるのは、現実を逃げることなく凝視して、自らの未来を、一部政治家や官僚に委託してよしとせず、加えて目を国外にも向け、積極的に日本をアピールする時期だと認識することではないか。
環境問題にしろ、省エネ技術にしろ、今や日本の技術や発想抜きには成り立たないことに自信と誇りを持つべきである。
加えて日本の精神文化としての「勿体ない!」「有り難う!」の心も、アニメやJポップと一緒に,輸出しようではないか。
| 第三の母国日本国民に告ぐ!―日本に帰化した韓国系中国人による警世的日本論 | 2008年10月 |
十二月九日、番外編の「繩文塾・忘年の集ひ」に今年もまた參加させていただいた。本來ならば、塾長恩顧の方々の集ひなのだらうが、あつかましく、かつ場所を辨へないのが小生の取り柄ゆゑ、「如何しますか」のお誘ひに、ついついのつかることと相成つた。
ゆゑに、この本は若い世代に讀んで欲しいと思ふ。
| 「ペット・サウンズ」「嫉妬」 | 2008年10月 |
「ペット・サウンズ」
ジム・フリージ 著/村上春樹 訳 株式会社新潮社 発行
60年代中盤、イギリスのビートルズと人気を二分していたアメリカのバンド、ビーチボーイズ。本書は、そのリーダー、ブライアン・ウィルソンの音楽と半生を、作家ジム・フリージが回顧して綴ったもの。
本書のタイトル「PET SOUNDS」は、ビーチボーイズの同名のアルバムから採られている。ビートルズの「Sgt.Paper's Lonly Heart Club Band」の先駆となる刺激に満ちた作品で、ロックの最高傑作アルバムと呼び名も高い。しかし、それは、ビーチボーイズの作品というよりも、リーダーであるブライアン・ウイルソンがスタジオミュージシャンを指揮して作り上げた、ソロワークに近いものであった。しかし、そのとき彼は、心身ともに危機的な状況に直面して苦しんでいた。
ドラッグに溺れ、心身に異常をきたしながらも、ブライアンは、なぜ、「PET SOUNDS」を作り上げねばならなかったのか。スタジオにこもって自分の音を彫琢する、神に選ばれたミュージシャンの生き様に、読むものは圧倒されるだろう。
「嫉妬」
アニー・エルノー 著/堀茂樹・菊地よしみ 訳 株式会社早川書房 発行
いったん「嫉妬」という感情にとりつかれたら、やっかいだ。その感情が思考を占領し、行動を規定する。フランスの作家らしく乾いた文体で、そんな状況が描き込まれた本書、頁を繰る指がひりひりする。「毒をもって毒を制する」とは本書のためにあるような言葉だ。
(哉)
| BACK DROP KURDISTAN バックドロップ クルディスタン | 2008年10月 |
【監督】野本 大
【出演】カザンキラン一家、他
クルド人とは「国家を持たない世界最大の少数民族」。トルコ国内で建国しようと活動している人々は、トルコ国民から憎まれている。だから、トルコ国内に住むクルド人のほとんどは、建前上トルコの政策を受け入れ、表面的にはクルドの精神を放棄し、トルコに迎合して生きていく道を選ぶ。それを潔しとしないクルド人たちは、国内にとどまりゲリラとなるか、国外に逃亡して「難民」となる。
この映画は、難民として日本にたどり着いたカザンキラン一家を追ったドキュメント。難民受け入れに対して慎重な日本政府の態度に失望したザンキラン家の人たちは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の前で有志の日本人たちと座り込みのデモを始める。いったんはUNHCRから「難民」の認定を受けた一家だったが、ある日突然、父親と長男が捕縛され本国へ強制送還される。
映画監督を目指して勉強中だった青年、野本大は「クルド難民」という重いテーマに取り組んだ。日本国内にいては、答えは見つからない。野本は、トルコへ、そしてニュージーランドへと飛ぶ。多くの人々と会い、彼が作り上げた作品は、何も知らない、自己中心の国日本への強烈なバックドロップとなった。
(naoさん休みにつき、amoが書く)
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