アントニオ・タブッキ 著 須賀敦子 訳
株式会社白水社 発行
『あの小説を読みかえしたい』と頭の隅で思いつつ10年以上経ってしまった。ネットで探そう。PCの前に座ったら検索してみようと思いつつ、また日が経つうち、町のいつもよく行く書店の棚で見つけた。
なぜ、私の心の中で、浮きつ沈みつしながらも、引っかかっていたのだろう。その理由を探るように本書を開いた。
『失踪した』友人の所在を求めて、インドを放浪する男が主人公。彼が、ポンベイ、マドラス、ゴアといった町で出会う人々は、現在のインドという国を体現している人たち。タクシードライバー、娼婦、牧師、占いをする少年、ホテルのボーイ…。
第一人称で語られる文章は、謎めいていて、推理小説のような感じもするが、読みながら、手に汗を握る…という類いの小説ではない。明確な解決が示されるわけでもなく、そもそも問いからして読者に取っては曖昧模糊としている。最後の頁までたどり着いたら、おぼろげながら、作者の意図が見えるような気もした。しかし、それが正しいかどうかはわからない。
主人公の目に映る情景は詩的で美しい。たとえ、そこが貧富生死がごった煮となった場所であり、そこにいるのは寂しい人間ばかりであるとしても。
初めから終わりまで、ずっと夢を見ているような感じ。それを味わいたい。この小説が、密やかに私の心の片隅に残って来た理由かもしれない。「インド夜想曲」というタイトルは、まことに適切だと思う。同じ著者で、「遠い水平線」という本もあり、これも同じように淡く長く私の心に留まり続けている。(哉)