「遊びはスポーツのはじまり」
SPORTの言葉の要素を知る
十月は、スポーツの快適な季節。競技スポーツをはじめ地域社会、職場でのレクリエーション・スポーツは、人間関係を豊かに、健康な人生にも大いに効果を。学校での運動会は、個人の能力、団体生活、友情をはぐくむ教育にも効用がある。戦後、疲弊した国民の体育向上の一環としてはじまった国民体育大会もこの時期だったし、東京オリンピックもそうだった。
「体育の日」として国民の祝日になったのは、1966年十月十日。東京オリンピック開会日を記念して制定(2000年から十月第2月曜日)されたほど。
ちなみにスポーツ論については、数多くの書物がある。古代の狩猟生活を通して論じたものもある、が、私は、ギリシャ語の語源説=遊び=を身近に感じる。
以前、こどもたちに同行した山村学校で見聞した時、土盛りの山登り、かくれんぼ、かけっこなど自然の環境の中での遊びに、スポーツの要素をみた。ジャンケンで順番を決める。彼らは互いに遊びの中でちゃんとしたルールを決めていた。遊びを構成するものは、決めごと。約束ごと。ルールである。
遊びからスポーツへの発展過程を論議することは割愛しよう。スポーツ自体も政治、社会の変革により、ルールまで変わった。アメリカ系(バレー、野球、アメフットなど)にくらべて、イギリス系(ラグビー、サッカー、ホッケーなど)のスポーツにそれをみる。選手交代、レフリーの権限…。しかし、決められたルールだけは、厳然としている。それはルールがなければ、スポーツは、成り立たないからである。それは社会秩序も同じ。スポーツで学ぶことは、大きい。
そのスポーツの原点は、遊びである。が、最近は、こどもたちの遊びが昔と違ってきた。屋外の遊びをする者が、陰をひそめ、部屋のなかに引きこもり、ゲーム機器での遊びに夢中だという。学校教育のあり方もさることながらITの発達による感化もある。
機器の異常な発達は、こどもたちへの“危機”であり、スポーツの“危機”に成りかねない。
参考までに|。
SPORTのSは、スピード(速さ)。Pは、パワー(力)。Oは、オンワード(前進)。Rは、リピート(繰り返し)。Tは(タイム=時間)…。
この五つの文字を克服した人こそが、スポーツの“哲人”である。
(風彦)