「野草天国」
萌ゆる春の摘み草にみる野趣
―風彦
春は生命の萌ゆるとき、春を待ち望む心情は、万葉集にも詠まれている。巻頭歌の雜歌―雄略天皇の御製歌には―。
「籠もよ/み籠持ち/掘串もよ/み掘串持ち/この岡に/菜摘ます子/家聞かな…」(後略)がある。
「石走る/垂水の上の/さわらびの/萌え出づる春に/なりにけるかも」(志貴皇子)
「明日よりは/春菜摘まむと/標めし野に/昨日も今日も/雪は降るりつつ」(山部赤人)
しかし、近年は、春草摘みの情景もみられなくなった。それでいて〝七草粥の日”ではスーパーでの野菜売場での七草をパックにした商品が、結構売れている。
自然環境をふくめ生活風土や食生活の変化が招いたものだろう。
過日、太田川の堤に散策がてら、つくしをみつけ、つくし摘みに夢中になっているとき、三、四人の女子中学生が声を掛けてきた。
まず驚いたのは、つくしを知らない子がいたこと。まして家庭でのつくし料理も知らない。草むらでの摘み草を、汚いものだという妙な潔癖感で育っていること。
植物学とまではいかなくても、小、中学校で野外学習による自然とのふれあいを通して身近な野草の生態を教える必要があろう。
もう一つ考えるべきは、核家族化でお年寄りとの生活の場がなくなり〝野草の伝承”も希薄になったこともあるだろう。
ちなみに春の七草は、せり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろ。
これをお粥のなかに入れて〝七草粥”として正月七日に食べる(むかしは、旧正月。地方により材料も多少違いがある?)。春の野草にある生命力にあやかり、無病息災を願う風習だともいう。このほかつくし、わらび、ぜんまい、よもぎ、ふき、のかんぞう、うど……食べられる野草は山野に萌える。
日本列島は四季に恵まれており、植物の分布も多岐にわたる。とりわけ春の植物は、むかしから食用の野草も豊富。一見、雑草のようだが、雑草にもそれぞれ学術名のあることを、生前、昭和天皇はおっしゃった。あらためて植物図鑑をひもとき、春の野草の生態系を。さらに「日本たべもの歳時記」で食べられる野草の知識と知恵を学んだ。
江戸時代の俳人・一茶にこんな句があった。
―おらが世やそこらの草も餅になる。
戦争中の食料難時代を思い出す。が、時にはどうだろう。
―菜を摘みて家族団らん春の野に
(風彦)