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今月の写真 2011年04月

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ナミテントウムシ

 

暖かくなると一番に出てくる。
 
(2007.04.20 東広島市西条町寺家)

東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫

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今月の言葉(4) 2011年04月

「天災は忘れた頃にやって来る」

寺田寅彦の教訓に学ぶ

 このたびの東日本大地震の被災者の皆さんに、こころからお見舞いを申し上げます。と同時に、この大地震による津波で亡くなられた幾多の方々に哀悼の意を捧げます。
 三月十一日、午後二時四十六分ごろ、マグニチュード(M)9の地震が発生。悪夢の一瞬から想像絶する巨大な津波…。帰宅直後にみたテレビ中継は、さながら“恐怖のパノラマ”私は言葉を失い、全身に鳥肌がたった。
 その後、被害は日増しに明らかになり、テレビの空撮中継では、原爆による廃墟化した広島の惨状と重なった。人智を越えた自然の巨大なエネルギーを思い知らされた。
 東大の地球物理学者、寺田寅彦は八十年前に“恐るべき強敵”である「地震国防論」を説いた。随筆家でもあるこの人は「天災は忘れた頃にやって来る」とも戒めた。
 青森、岩手、宮城、福島…。太平洋に面した広範囲の沿岸での地震、津波は、有史以来の災害。とくに三陸地方沿岸は、明治二十九年(1896年)六月十五日、昭和八年(1933年)三月三日に大きな津波被害を受けており、津波の常襲地。それだけに地震津波への防災意識は、他の地域住民より強いといわれていた。が、のちの調査では津波への意識は、三十パーセントだったという。防災設備をはるかにこえる想定外の規模だったこともあろう。
 「まさか…。という思いもあったろうが、むかしの人たちの体験した津波の悲劇が歳月とともに恐怖への意識も希薄になったのだろう」(日本気象協会・中田隆一氏)
 もともと日本列島は、海底プレート上にあり、太平洋岸の海底では、海洋プレートが陸のプレートの下に沈み込んでおり、これらプレート境界ではプレートの先端が跳ね上がることでマグニチュード8クラスの海溝型地震が発生することがしばしばある(中田隆一氏=大要)そうだ。“地震大国”といわれるわけでもある。
 その地震も過去の統計からみると周期性がある(詳細は略す)=伊藤和明著「地震と噴火の日本史」という。だから地質学の世界では「過去は未来への鍵」とも説く。社会環境が変わっても先人の残した“智恵”を学ぶべきだとも。「温故知新」である。
 今回の巨大地震のなかでみる「人間ドラマの明暗」は、人生のよき教訓である。
 「災い転じて福となす」―。被災者も私たちも互いに助け合い、日本人の“智恵と誇り”で、この難局を乗り越えよう。

(風彦)

今月の言葉

雑感(4) 2011年04月

代表取締役 田河内秀子


 未曾有の大災害が発生しました。被災者の皆様には何と言っていいか言葉を失います。自然は人智をはるかに超えています。二〇〇九年にギネスに登録されたという十一メートルの防波堤はいともやすやすと乗り越えられ、三重にも四重にも安全ガードで囲まれたはずの原子力発電所も、人間の必死の努力をあざわらうかのように暴走しました。日本で記録された津波の最大の高さは三十八mだそうですので、十一メートルではまるで足りなかったのです。でも例え五十メートルの防波堤を築いたとしても原発直下でマグネチュード9がきたらどうなるのでしょう?
 CNNニュースにいつも出てくる世界地図の右端にある小さな小さな島国は幾万年かの歴史の中で、周期的に繰り返す大地震や大津波、火山の噴火に見舞われ続けています。それがこんな風光明媚な日本列島を作り上げてきて、今もその活動の真っ最中にあるのです。
 でもどんな災害があろうとも人間は生きていかなければいけません。今日も明日も生きている限りは生きていかなければなりません。そして子供たちに孫たちにこの美しい日本という国を残していかなくてはいけません。今までそのように日本人はやってきたのです。
 三日後に助かったお年よりが言っていました。「大丈夫! 大丈夫! また一から始めたらいい」と。四枚のプレートの上に乗っかって何千年も生き抜いてきた日本人のDNAの言わせる言葉でしょうか。
 しかしそれにしても世界で一番地震の多い日本で、五十四基もの原子力発電所が稼動しているのは正気の沙汰ではないですね。この度のことは本当に肝が冷えました。今こそ世界に誇る日本の技術を駆使して自然エネルギーに大転換していく事はできないのでしょうか。そしてそれと共に少々電気がこなくても生活できるような知恵を持ちたいものです。

雑感

身近な野鳥 「ぼさぼさ頭のウミアイサ」 2011年04月

野鳥観察の楽しみ(百三)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はウミアイサ♂、(‘10.03.12.山口県光市)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm,1:4DⅡ, 1/1250秒,f/7.1, ISO400,トリミング〕

 

 ウミアイサがいるとの情報を得て、山口県八代のナベヅルを観ての帰りに、光市の島田川河口へ寄ってみた。昨年3月の中旬のことで早や一年を経過している。本当に時の経つのが速い、歳をとったせいだろうか。

 私が初めて冬鳥のウミアイサを観たのは宍道湖だった。その後、八幡川河口でも見ているが、広島県の賀茂台地では未だに観察記録がない。カワアイサは内陸にもやってくるが、ウミアイサは名前通りに海か海に近い環境を好むものと思われる。

 ウミアイサの姿はカワアイサによく似ているが、後頭部の毛がぼさぼさに伸びて、カワアイサの後頭部は毛が綺麗になでつけられている。嘴はウミアイサもカワアイサもカワウに似て、細長く、先がかぎ型に曲がっているし、嘴の色は鮮やかな柿色をしている。

 午後の訪問なので、写真撮影の光線の具合を考えると、河口の西岸が良いと考えて行ったが、川の流れは東岸寄りで、西岸は広い砂浜となっていて、ウミアイサまでの距離があまりにも遠い。仕方なく東岸に廻った。やはり逆光のため赤い眼はかろうじて見えるが、緑のビロード色に輝く頭が黒くなってしまった。

(2011年3月31日記) 

野鳥観察の楽しみ

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