「天災は忘れた頃にやって来る」
寺田寅彦の教訓に学ぶ
このたびの東日本大地震の被災者の皆さんに、こころからお見舞いを申し上げます。と同時に、この大地震による津波で亡くなられた幾多の方々に哀悼の意を捧げます。
三月十一日、午後二時四十六分ごろ、マグニチュード(M)9の地震が発生。悪夢の一瞬から想像絶する巨大な津波…。帰宅直後にみたテレビ中継は、さながら“恐怖のパノラマ”私は言葉を失い、全身に鳥肌がたった。
その後、被害は日増しに明らかになり、テレビの空撮中継では、原爆による廃墟化した広島の惨状と重なった。人智を越えた自然の巨大なエネルギーを思い知らされた。
東大の地球物理学者、寺田寅彦は八十年前に“恐るべき強敵”である「地震国防論」を説いた。随筆家でもあるこの人は「天災は忘れた頃にやって来る」とも戒めた。
青森、岩手、宮城、福島…。太平洋に面した広範囲の沿岸での地震、津波は、有史以来の災害。とくに三陸地方沿岸は、明治二十九年(1896年)六月十五日、昭和八年(1933年)三月三日に大きな津波被害を受けており、津波の常襲地。それだけに地震津波への防災意識は、他の地域住民より強いといわれていた。が、のちの調査では津波への意識は、三十パーセントだったという。防災設備をはるかにこえる想定外の規模だったこともあろう。
「まさか…。という思いもあったろうが、むかしの人たちの体験した津波の悲劇が歳月とともに恐怖への意識も希薄になったのだろう」(日本気象協会・中田隆一氏)
もともと日本列島は、海底プレート上にあり、太平洋岸の海底では、海洋プレートが陸のプレートの下に沈み込んでおり、これらプレート境界ではプレートの先端が跳ね上がることでマグニチュード8クラスの海溝型地震が発生することがしばしばある(中田隆一氏=大要)そうだ。“地震大国”といわれるわけでもある。
その地震も過去の統計からみると周期性がある(詳細は略す)=伊藤和明著「地震と噴火の日本史」という。だから地質学の世界では「過去は未来への鍵」とも説く。社会環境が変わっても先人の残した“智恵”を学ぶべきだとも。「温故知新」である。
今回の巨大地震のなかでみる「人間ドラマの明暗」は、人生のよき教訓である。
「災い転じて福となす」―。被災者も私たちも互いに助け合い、日本人の“智恵と誇り”で、この難局を乗り越えよう。
(風彦)