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今月の言葉(7)

「戦争と天災」

原爆の被爆と原発の被曝―広島と福島

 最近、友人に出す葉書に私は「戦争と天災」についての私見を縮小コピーして出している。
 =「天災と戦争の違いがあるけれども、天災は自然のエネルギーの想定外の脅威を。戦争は民族の差別から。共通するのは人類の過信がもたらす。(異論もあるが…)
 科学の進歩は驚異的である。その驚異が人類への脅威になり、いまや地球、人類の破滅にもつながりかねない。端的な例は、原子エネルギーの開発だろう。
 天災は人災をも招く。今回の福島原発爆発事故による放射能の汚染。戦争も核戦争への懸念も。私たちは人類の叡知を集め、地球の安全と平和を守ろう。
 地球は宇宙に存在する星。
 科学者、政治家よ。論理より倫理を」=
 といった内容。過日、NHKの番組制作キャスターの女性が知人を通じて、「被爆の廃墟から現在の広島に至るまでの発展過程を調べたい」との話があった。
 後日、会って私なりの意見と知識をお話ししたが、彼女は、四月から番組キャスターになったばかり。奇しくも仙台であの東日本大地震津波の災難に遭遇。広島の祖母から聞いた原爆被爆当時の話がきっかけで番組企画を思い立ったそうだ。
 広島では被爆当時の惨状を知る人も高齢化がすすみ、だんだん知る人も少なくなっている。
 その祖母は「被爆した人たちみんな一人一人ががんばってきたんだよ」としか多くを語らないそうだが、福島での原発事故による汚染情報は複雑な思いで聞くという。その思いは、被爆者の多くがそうであろう。
 私もその一人。原爆で父親を亡くし、その父親の安否を求めて被爆後、入市した。真夏のさかり。乾いたノドを潤すために破れた水道栓からあふれた水を飲んだし、残留放射能にさらされながら、廃墟と化した焼け跡をさまよった。のちに入市者も、被爆者と同じような症状を訴えて亡くなったり、病魔に苦しんだりした。被爆後、わずかな空地で野菜を作り、飢えをしのいでいた人もいた。
 今回の福島の原発事故の汚染禍のニュースは、あらためて放射能の恐怖の波及を知った。
 過日、「原爆市長」―よみがえる廃墟広島の記憶―浜井信三元市長の回顧録を読み、当時の市長が都市復興計画策定のために、心血を注いだ実情の一端を知る。紆余曲折のすえ「広島平和記念都市建設法」が成立したのは、被爆後、四年。そして廃墟の街が、緑の都市に再生できたのは、二十余年の歳月も。福島の原発事故は、近代文明への警鐘…。天災も戦争もその悲劇は人災から―。いま被爆地、広島はあの夾竹桃の花が平和に咲き誇っている。

(風彦)

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2011年07月01日 11:54に投稿されたエントリーのページです。

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