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今月の言葉(11)

「お喋りは金、沈黙は銅」 

― 諺の裏表を考える

十一月三日は「文化の日」。国民の祝日である。戦前、戦時中の世代には「明治節」でなじんだ祝日。「今日のよき日は 大君の うまれたまひし よき日なり」明治天皇の誕生日を寿いだもの。敗戦後は昭和二十一年十一月三日に廃止。二十三年(一九四八年)七月二十日に公布。同年十一月三日を「文化の日」と制定された。

自由と平和を愛する国民の意識を高める意図があった。いま国民の多くは、当初の趣旨を理解しているだろうか。

戦前は音楽も演劇も絵画、文学(俳句、短歌)、出版、集会…。あらゆる面での国策を盾に、検閲の暗黒社会…。あの当時のことは、国民の高齢化とともに記憶が風化…。とかく若者は、お年寄りのお喋りを忌避しがちである。が、そのお喋りのなかに世の中の「真実」があることを知らなくてはいけない。

過日、広島出身の世界的なバレーのマドンナ、森下洋子さんと彼女の亡父準氏の三回忌法要で会った時、ご主人の清水哲太郎さんともどもお喋りの真意の大切なことを知る。理解する。ことをおっしゃった。

彼女は被爆、ケロイドを負いながら明るく振る舞う祖母のお喋りから原爆の恐怖を。そして彼女は自分の生い立ちを語る。

お喋りには、個人的な、かしましいものもあれば、たんたんと語り継ぐ内容もあるだろう。しかし、一般的にはお喋りは―

「やかましい」「かまびすしい」「女三人よればかしましい」=広辞苑という。

が、少年時代に見聞した出来事がある。

ある夕方の銭湯。「きょう広島湾にはご用船(輸送船)が多かったな」―。こういったお喋りをしたおじさんが、あとから秘密保護違反で警察に捕まった。

国鉄呉線(いまのJR)では海側は艦船の動向をみせないように全部鎧戸をおろさされた。いま考えるとばかばかしい限り。

日本敗戦への気配は、大衆のお喋りで察していた。

時代は変わった。さまざまな偽装、偽表示が露見、社会問題化してきた。中国の偽装表示はさることながら、国内でも有名企業までもとりざたされている。

当然、内部告発であろう。と同時に、企業内のお喋りから発端しているとも。

私がここで取り上げるのは、お喋りの功罪である。

「功」は歴史を伝え語り継ぐ力。正義感への触発…。「罪」は風評の起因。付和雷同の火付け役…さきの福島の原発事故による農作物の放射能汚染の風評、影響もその一例…。広島の被爆直後、郊外から広島市内に入ると『ピカ』がうつる―といったデマのもとも、お喋りからである。

前述の『ピカ』というのは、残留放射能による原爆症の症状のこと。ことほど左様にお喋りの罪は大きい。

しかし、このお喋りこそコミュニケーションの大切な要素でもある。お喋りを戒める諺に「巧言令色鮮(すくな)し仁」がある。

語訳するまでもあるまいが、「言葉巧みに愛嬌よく話す人には真心がない」というわけ。諺には表と裏がある。

「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」

「君子は豹変す」

私が強調したいのは、高齢者がとかく口数が少なくなり、寡黙になること。「わしらの出る幕じゃない。若いもんに任せればええ…」世の真相を知りながら、語り継ぐことを避ける―。年寄りには、年寄りの社会的な使命があること。若者たちが耳をかたむける。高齢者の節度あるお喋り(意見)こそ「日本丸」の航路を決める―。

  (風彦)

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2013年11月30日 13:14に投稿されたエントリーのページです。

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