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ゆらぐ脳 2009年05月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

池谷 裕二,木村 俊介共著  文藝春秋  1,300円(税込)

 著者の本を読むのはこれで3冊目、ちょうど2年前に読んだ最初の『海馬』は糸井重里との対談であり、2冊目の『進化しすぎた脳』(両署とも「感銘の1冊」として紹介)は、中高生たちとの対話形式を採っているが、本著では木村俊介の質問に答えるというスタイルである。
 いずれも対談の相手が「脳科学」の素人というところから、一般の読者にとっていたって身近で入りやすいのが特徴である。
 この『海馬』によって、脳細胞は死滅するばかりだと聞いていたのに、記憶中枢である海馬だけは、使うほど増えるのだということを知って、大いに勇気づけられたものだ。
 タイトルの「ゆらぐ脳」だが、脳の神経細胞が自主的に活動するときに、「ゆらぎ」に似たリズムが見られる。従来はそれを一種の「ノイズ(雑音)」として、脳の活動究明に有害なものだとして不当に扱われてきた。
 それを著者は、脳全体で見ると脳部位の相互関係の中で、たえず揺り動いていることを(綿密なMRI検査で)見つけることで、そうしたゆらぎにも意味と理由があるものとして捉えている。
 そこには、組織を分割して部分だけを見ることの危険性、たとえば、いま注目の「分子生物学」だが、彼らの細分化することで全てがわかるという発想の危うさを指摘している。
 とはいえ著者は、脳の至妙な働きを霊的なものとして韜晦(とうかい)する事なく、あくまでも脳の活動は、脳神経の発する電気作用と、タンパク質・アミノ酸それにイオンの移動とフィードバックという、至極即物的な作用で生まれ、特定の神経細胞が放出する脳内物質、たとえばドーバミンとか、エル・アドレナリンなどの微妙な働きで「喜怒哀楽」が生まれ、その作用が表情にも反映されることだとする立場は崩さない。
 たとえば霊的現象・超常現象として捉えられ勝ちの「幽体離脱」にしても、特殊な装置を使うことで、健康な人でも経験することが可能であることを教えてくれる。
 そうした現象について著者は、この「第三者の目で、客観的の己を見る」という人間の「客観視力」は、生長にかがせない能力であって、決してきかいな現象とは思わないと強調する。
 ただそうした「脳の至妙な働き」は、分解することで見付かるものではなく、いわば無駄も多く、間違いや過ち、それに錯覚などという、一種泥臭い行動原理の中で、複雑に張り巡らされた脳の各部の絡み合いと揺らぎの中で生み出されるのだと言う。 
 もっとも興味深い事例だが、神経細胞は栄養を与えられるとシャーレの中で1年ほどは生きるので、それ自体「生命体」といえそうな感じであるが、培養は難しく分裂・増殖はしないし非常に脆い。
 一方ガン細胞は非常に強くて、東京大学にあるものは50年以上生き続けていると言う。
 本著の中で、著者が博士課程の学生時代に行なった興味深い実験紹介している。
 ネズミの脳組織をミンチしてタンパク分解酵素トリプシンをかけて保温器に数十分すると神経細胞はバラバラになって沈殿する。それを濾過して酵素を洗浄する。
 その時点では単に「丸い細胞」に過ぎないが、それをシャーレに入れて栄養を与え、24時間後にわざと栄養を少なくして飢餓状態にする(かわいい子には旅をさせる)と、周囲の細胞と結びついて生きようとして、次第に神経細胞のネットワークを形成させ、しかも常にダイナミックに内部の結束を強めて、回路のつなぎ替えやシナプスを作っていく。
 と言うのだ。ご存じのように海馬以外の脳細胞は、一定の時期から死滅して減少すると言われている。そうした中でこうした、ある意味タフな「生命現象」を知れば知るほど、脳の持つ可能性に驚嘆するばかりである。
 科学に常識と思われる「仮説」という手段を採らないという著者は、「なにをやりたいか」より、「何を試すことができるか」が大切だという。そして「科学的な論理を詰める」よりも、好奇心を先に走らせることを採るのだという。
 どうも著者は、脳の至妙な働きよりも、むしろ脳細胞の「ガックリするほどヘタクソな使用法」に、いい知れないほど愛着を持っているようだ。
 また日本とアメリカのの学者の違いは、その表現能力の差であって、アメリカの著名大学で教わったことは、いかにうまく表現するかという、プレゼンテーション能力の養成だったと述懐する。 
 そうした問題提起も含めて、複雑で捉えどころのない脳の働きについて、このように親切な入門書の存在と、著者の能力・サービス精神に感謝したい。

感銘の一冊

ちょいな人々 2009年05月

荻原 浩 著
株式会社文藝春秋 発行

 ●社長の気まぐれで、カジュアルな服装での出勤を命じられた印刷会社の社員たち。営業部部長の誠一は、若いOLからの評価に一喜一憂し、振り回されるはめに(『ちょいな人々』)。

●ガーデニングが趣味の女性と庭いじりの好きな老人が、虫やら猫の糞やらをめぐって丁々発止(ガーデンウォーズ)。

●さえない男がカリスマ占い師になってしまったら(『占い師の悪運』)。

●子供のいじめの相談に電話で対応する聡子たち「大人」。子供からの相談に対して過激に対応する聡子は徐々に仲間たちから浮いてゆく(『いじめ電話相談室』)。

●犬や猫に人間の言葉をしゃべらせるという「大人の玩具(がんぐ)」や、指を使わず話すだけで、その時の気分を反映したメールを送ることができる携帯を開発したおもちゃ会社。彼らの先進的なビジネスの行方は?(『犬猫語完全翻訳機』、『正直メール』)。

●治美の、婚約者は熱狂的なタイガースファン、父は巨人「命」な人…(『くたばれ、タイガース』)。
 作者の手帳には、こんなメモがずらっと書いてあるのかもしれない。このネタなら、おもしろくないわけがない。この短編集を読んで、日常の生活も、少し視点を変えて、オーバーに捉えてみたら楽しくなりそうな気がした。
 それにしても、若い子に「その服ステキ」と言われたら、私はおそらく、いや確実に『ちょいな人』になるだろう。

 (哉)

今月の気になる本

スラムドッグ$ミリオネア 2009年05月

【監督】ダニー・ボイル 【出演】デーブ・パテル、フリーダ・ピント

 オバマ大統領はこの映画を大絶賛した。YES WE CAN. 野良犬のような人生でもCHANGEできるというジョークだろうか。スラム街に生まれた主人公がクイズ番組に出演して、大金と初恋の女性を手に入れる物語である。クイズの答えは彼のこれまでの人生の中にあった。貧しくて傷だらけの年月も無駄なものではなかったのだ。  ボイル監督の映画は、感覚がざわざわするような不穏な雰囲気を持っている。この作品も雰囲気はそのまま、それを夢物語に紡ぎハッピーエンドにする強引さでさらに不穏さを倍増している。現実ではこんなことはあり得ないけど始めた人生を降りる訳にはいかない、まぁ頑張ろうぜ、とでもいうような最後のダンスシーンですっかり転がされてしまった。でも後味は悪くない。監督のファイナル・アンサーは大正解である。 

 (amo)

キネマ見ましょか

タニシ君が行く! 2009年05月

タニシ君が行く!

[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―29 2009年05月

 16年ぶりに復活したユニコーン。

ツーデーズの二日目、グリーンアリーナへ見に行きました。

3時間弱のライブに痺れまくり、高揚感余韻に充ち溢れてるんですが
友達も自分もリアルにオッサンマーチ、疲労困憊、疲れてます。

地元でのんびり酒でも引っ掛けて、ライブ話をしようと五日市へ帰ります。
せっかくなんで、以前から目をつけてた店に向かいます。
五日市の北口からまっすぐ歩いて10分弱、洋菓子屋とガソスタが左手に見えたら反対の右手の住宅街へ進む。
若干、南東へと道が斜めってるのでメインの道からはよくわからない。
まさに穴場、地元に住んでいてもわかりにくいかも?
そのうち見えてきた、店の明かりに引き込まれるように入る。

看板には串焼きと魚料理の店。串焼きに今はまっているし、穴子が旨いと聞いていたので前から狙っていたのだ。
店内は連休前の祝日なので貸し切り状態、落ち着いて話しながら呑みたかったので店の人には悪いがラッキー。
雰囲気は落ち着いた感じで小綺麗、カウンターにネタボックスがあるので寿司屋さんのよう。
後で店主さんの話では二ヶ月に一度、本当に鮨を握るそうだ。

ライブでめちゃめちゃに汗をかいたので問答無用で二人とも生を頼む。

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キンキンに冷えた生ビール、ジョッキを掴むとうっすら凍った感触がほてった身体を癒してくれる。
渇ききった喉に生を注ぎ込むと乾いた砂漠のように一気に吸い込んでいく。

旨い、間違いない。

ライブ中に奥田民生がビールを飲んでるのを見てから二人の頭はビールでいっぱいだった。
一つだけ残念なのは民生が呑んだのはキリン、今日の店はアサヒ。
まあ冷えた生ビールが呑めるだけハッピー。
生ビールは最高。

一息ついたタイミングでカツオのたたきが登場。

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なんだかカツオのたたきって好きなんよね~と呟くと友人もビールに合うし、俺も好きなんよね~とビールと箸が進む。
気付けばカツオのお陰でジョッキが空に、勢いお代わりする。

店主、お勧めの春巻参上。
珍しい魚を使った春巻はタチウオと梅肉が入ってる。
タチウオは白身だが脂の旨い魚だから春巻にしても旨いんだとビックリ。
サクッとした食感とタチウオのうま味にビールもさらに進む。  

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続いていい感じのタイミングで串焼きがくる。
ツクネとネギマだがどちらも大きく、ボリュームがある。
最近では1番、大きいサイズかも?
やはりある程度は塊が大きくないと肉はジューシーさがでないよね~。
この店は串の種類自体はたいして多くはないけど暖かさや安心感ある味なんだよね~。
続いて変わり串で揚げ納豆串。

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焼いた油揚げに納豆が入ってるのだ。納豆って時々無性に食べたくなるよね
そしてお待ちかねの穴子が来て、気分はMAX、今日のライブの盛り上がりで言えば大迷惑か人生は上々だって感じ。

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柔らかい穴子は口の中でふんわり溶けて、美味さがじんわり広がる。
何度もいうが穴子好きなんでたまりません。
添えてあるモロキュウがまたナイスな感じ。
穴子とキュウリは相性いいし、モロキュウならなおいっそうビールが進みます。
昼には穴子丼もあるみたいだから昼ご飯食いにこようと誓う。

楽しかったライブの余韻に浸りながら友人と美味いビールと酒の肴をつまむ。
こんなラッキーでハッピーな事はない、まさにこの世はオッサンマーチ。

店主も感じの良い方で気さくな接客でほっとします。
いただいた、大根のきんぴらの優しい味がこの店と店主の人柄を現してるみたい。

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明日も仕事なのにジョッキはあっという間に空になり、とめどなく、流れる河のようにお代わりしてしまう。
ユニコーンのライブも最高だし、いい店でのんびりと酒を飲めたし、今日はいい一日だった。

もうすぐ連休だが、いい呑みスタートになった。

 

おまけ

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ライブの翌日です。
新球場です。

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 フィラデルフィアチーズステーキとチーズタコス。
今日は看板でユニコーン。
カープが巨人に負けたので苦いビールになりました。   

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広島くっちゃね隊

社員のひとこと 2009年05月

・だんだんと暑くなってきて、もうすぐ夏だなと感じます。(K)

・急に暑くなってきました。春をすっ飛ばしていきなり夏になった気分です。(山)

・経済対策の為の政府紙幣ができる?イチローがお札の顔かな~?(Q)

・今年もぉ~鯉の季節がぁ~キタァー!!って古いか。とにかくたのむぞW健太!! (^_^)v(お)

・とうとう舞台本番まで1ヶ月を切ってしまった!とにかく楽しみながらやるしかない!!(伸)

・あわただしい毎日が過ぎて行きます。横になったら寝てる…疲れてるのかな…(モン)

・もうそろそろ新しい時季なので、あらゆることに取り組んでみようと思います。(幸)

・「宮江西」「駅宇横」さて、どこでしょう?(北)

・発送…?いっぱいある(ふーん)…。で、だれが…?ぼくも…?…ですよねぇ、やっぱし…。みたいな。(哉)

・去年は子供会、今年はPTAの役員。子供のためにもう1年がんばろう。(千)

・仕事中って、なんであんなひなたぼっこをしたくなるんだろ。(尚)

・子供たちの作ったこいのぼりが元気に泳いでいます。(朝)

・ジョギングとはまるで人生のようでした。(B)

・鯉のぼりを見たのは遠い昔のような気がする…(高)

・杉が終わったかと思うと今度は桧。身体が免疫反応でグダグダです。(秀)

社員のひとこと

今月の写真 2009年04月

「アカタテハ」
初夏のような陽気に誘われ、満開のミツマタの花に立ち寄り、一瞬のうちに飛び去った。 (2009.3.17 撮影)

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今月の言葉(4月) 2009年04月

「勝敗と勝負」「叱ると怒る」

            ―風彦 


 「本格的なプロ野球シーズン。WBCも閉幕。日本代表選手もそれぞれの所属チームに戻り、ペナントレースに賭ける。これからが本番再開。そこで冒頭の言葉を考えた。字義的な解釈は同じだろう。ちなみに辞書の定義は―。
☆【勝敗】=勝つこと負けること。「勝敗は時の運」(広辞苑)/=勝つか負けるか。「勝敗の鍵。勝敗を競う」(新明解国語辞典)
☆【勝負】=かちまけ。「勝負をつける」争ってかちまけを決すること。「勝負に出る」「真剣に勝負せよ」(広辞苑)/=命や生活をかけて勝ち負けを争うこと。またその勝ち負け。「勝負を賭ける」「勝負の世界のきびしさ」(新明解国語辞典)
 と、慣例的な言葉もあげている。
 私の独断と偏見でいうならば―。【勝敗】と【勝負】とは、違う意味がある。
 勝敗は、チーム、団体競技的な勝ち負けの結果であり、勝負は個人的な勝敗を決する―ことであろう。野球の場合、投手対打者の対決では「勝負」である。【叱ると怒る】にも似て非なる解釈である。
☆「叱る」は目下のものに対して過ちをとがめ、戒める―。教え導く意味合いがある。
☆「怒る」はミス、失敗した者に我慢できなく、不快な気持ちを言動でなじることである。
 この言葉と態度で指導者の器量がわかる。個々の勝負の結果の集大成が、勝敗につながる。だから、勝負への執着心―命や生活までも賭けて挑む―。そこから技術の進歩もある。
 ある監督は言った。「稽古は千日の行。勝負は一瞬の行」―。蘊蓄のある言葉だった。
 当然、監督、指導者が意図する用兵術にともなう選手への育成方針のなかで、「叱る」と「怒る」の認識が大きなポイントになる。
 古い話になるが、川上巨人のV9時代の牧野ヘッドコーチが生前、こう語った。
「失敗、ミスは、だれにもある。だが、絶対人前では、叱らなかった。ロッカールームで叱った。そこは家庭…。選手は家族であり、他の選手もそのミス、失敗に対して共通の認識をもち同じ過ちをしなくなる」。
 私の知るN監督は、しばしば公然とマスコミの前で失敗した選手を指弾した。後年、N監督は、その癖を直したというが、いまだに?である。温故知新―。明治新政府の逓信大臣・榎本武揚が人の使い方を清水次郎長親分に聞いた。「どんなつまらない野郎でも人前で叱ったことはありません」と答えたそうだ。
 監督四年目のブラウン。新球場での「勝負の年」。勝敗の結果をどのように導き出すか。
 監督の用兵策―才覚・器量―が問われる。

(風彦)

今月の言葉

雑感(4月) 2009年04月

代表取締役 田河内秀子

 かなり前になるのだがデパートで開催されていた「ターシャ・テューダー展」を見に行った。以前テレビで放映されていたのを見ていて心惹かれるものがあり、新聞で開催の告知を見て、これは見逃せないと友人と行ってみた
 ターシャ・テューダーは一九一五年生まれ、昨年の六月十八日に九十二才で亡くなったアメリカの絵本作家。バーモント州の山奥に三十万坪という広大な敷地を四季折々の草花で埋め尽くした庭園は「ターシャの庭」として世界中の園芸愛好家に愛されている。
 何もない荒れ野に十九世紀風の家を建て、庭作りと自給自足の生活を始めたのは五十八歳の時。三歳の時に将来自分は花を咲かせる人になろうと心に決めたというのだから驚く。
 三才から九十二才まで一貫した姿勢で貫かれた人生のありようは、百冊近い著書や温もりのある家、糸から紡いで作った服、こだわりのある美しい庭に表現されている。
 その展示会で一冊絵本を買い求め、ベッドサイドに置き朝晩眺め、とても癒されていたが、孫が来た時、「この本いる?」と聞くと、「いる」と答えたのでやってしまった。
 それでもやはりあの絵本が欲しいので、とうとう今日はアマゾンで注文をした。
 居ながらにして本を注文できる便利な生活は捨て難いが、自然と共にあるターシャの生き方には憧れる。せめて本を眺めていつの日か草ぼうぼうの庭を花いっぱいの庭に変身させたいと思うのだが、何の予定もない休みの日は死んだように寝ている身ではいつのことになるやら・・・

雑感

身近な野鳥 「林の中のミヤマホオジロ」 2009年04月

野鳥観察の楽しみ(七十九)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
 新 名 俊 夫
 ▲写真はミヤマホオジロ('09.3.21.西条町)〔Nikon D300, Nicon ED,AF-S Nikkor 600mm, 1:4 D Ⅱ, ♂1/160秒,♀1/80秒,f/6.3,ISO400,トリミング〕
     

温暖化の影響か今年の春も暖かくなるのが早い。これでは、写真に収めたいと思っているミヤマホオジロが故郷へ早々と帰ってしまうのではないかと気が気ではない。それに、たとえ出会う事が出来たとしても彼らはすぐ藪の中に逃げ込んでしまう。

遠くからでも良いから、とにかく撮っておこうと、わざわざ三脚を担いで林の中に入った。暫く進むと直ぐにチッ、チッ、と微かではあるが透き通った声がする。この場所ではホオジロかアオジか、もしかしてミヤマホオジロかも知れない。

パラパラっと数羽の鳥が地面に刺さるように降りた。比較的まとまって行動しているのでミヤマホオジロの可能性が高い。急いで三脚を立て、シャッターを連射する。もっと良いアングルをと私が動いたので、あっと言う間に逃げ去った。

ミヤマホオジロは雌雄共にヒバリのような立派な冠羽があり、その下部が鮮やかな黄色をしている。特に雄(写真上)は黒い過眼線が太く、喉も黄色なので目立つ。雌(写真下)は全体に薄い茶色をしているが、雄同様に下部の黄色い冠羽が目印となる。

(2009年3月25日記)

 

野鳥観察の楽しみ

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