| ぼくのエリ200歳の少女 | 2010年12月 |
【監督】トーマス・アルフレッドソン
【出演】カーレ・ヘーデブラント、リーナ・レアンデション
静謐…そんな単語があるのを思いだすほどに静かなオープニングに心うばわれる。長く暗い北欧の冬にしんしんと雪がふる中、出会いと惨劇がはじまる。12歳のオスカーは学校で陰湿ないじめをうける友達のいない孤独な少年。ある日隣の部屋に越してきた美少女エリに心ひかれるが、いきなり友達になるのを拒絶される。それでも謎めいた彼女への興味をおさえきれない。そして町では猟奇殺人がおきる…エリは永遠に12歳のままのヴァンパイアだった!
徹底して“少年”目線でみた世界感が異色で出色。吸血鬼ものなのでホラーシーンや流血もありますが、オスカーにとって苛めっ子たちの暴力の方がはるかに怖い。生理的な好き嫌いでつきすすむ子供の残酷さに、思わず自分の過去をふりかえりぞっとする人も多いのでは。社会やモラルに縛られない人間でないエリに(こそ)心をひらくことが自然に納得できてしまう、演出のうまさが光ります。それぞれ孤独を抱え込む二人が壁をたたきモールス信号で「会話」するシーンに切なくもほっとさせられますが、果たして二人に幸せはあるのか? 不気味な伏線もあり一筋縄ではいかない余韻のある映画です。(neo)
| タニシ君が行く! Re | 2010年12月 |
| 社員のひとこと | 2010年12月 |
やっと、保健委員長になれました~~~~~\(^o^)/ (S4)
平和マラソン無事完走しました。膝の痛みが1週間経っても治りません。 (サン)
最近めちゃめちゃ寒いですね。バイクでの出勤等は拷問です。 (G)
最近冬らしくなってきてあたたかい物がおいしいです。 (K)
何でも器用だった幼馴染がネイリストに!フレンチネイルにはまってます。 (デミ)
平和マラソン走りました。10kmちょろかったです・・・・なんてね。ちょっと辛かった。けど楽しかった(v^_^v)♪ (お)
家の周りを必死でそうじしていたら両足を同時につりました。 (朝)
念願の一人暮らしを始めるのですが、予想外の出費が多くてあせります。 (山本)
ついに来た。Macにビートルズがやってきた。12曲D.L.してしまった。 (哉)
最近はぐっすり眠れています! (B)
いよいよ年末です。今年は東京にあそびに行く予定。楽しみ! (元)
鍋の季節になって来ました。 (高)
今月の定期検診で、お薬が一種類減り、量も減りました!! (モン)
部屋を改装中。要らない物は即処分のスタンスで進行してます。 (尚)
20年ぶりに胃カメラをしました。やはりつらかったです。 (千)
琴浦の港は今でもゆったりとした時を刻んでいた。 (北)
新婚旅行はディズニーワールド&ブロードウェイ!!…いつ行けるのやら? (伸)
今年は新しい家族を迎えてのお正月! さぁ準備をどうしよう? (秀)
| 今月の写真 | 2010年11月 |
葉の上でじっとしていた。
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫
| 今月の言葉(11) | 2010年11月 |
「政界の菊人形」
夢幻の秋―有情と人の無情 ―風彦
11月は、秋から冬にかけての「晩秋」の季節。今夏の“酷暑”続きで紅葉前線も異変をもたらしそう。その異変をめぐり、地球規模で論議されているなかで、日本列島は四季のうつろいをみせる。
新古今和歌集でやはり魅かれるのは、秋の夕暮れを詠んだ「三夕の歌」である。
―寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ―(寂蓮)
―心なき身にもあわれは知られけり鴨たつ沢の秋の夕暮れ―(西行)
―見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ―(定家)
それぞれが、行く秋の情景を詠んだもので、江戸時代の初めから名歌といわれた。
秋を題材に詠んだ和歌には、百人一首にも選ばれた名歌もある。
風、月、雨、草木、鹿、虫…自然の中での秋を詠んだ歌人たちの感性に、日本人の伝統的な心の豊かさを学ぶ。
新古今和歌集の撰者の一人藤原定家は「詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め(後略)…」と説いている。独断と偏見。異論もあろうが、これが現在の日本人の感性の源流となり、茶道、華道、陶芸、短歌、俳句、絵画、文学…。芸術、文化を紡いでいるといっても過言ではあるまい。
秋の「夢幻の有情」を読んだあと気になる一首を思い出した。古今和歌集である。
―世の中は何か常なる飛鳥川きのふの淵ぞけふは瀬になる―(読み人知らず)
この世の中は、いったい何が永久不変であろうか、そういうものは何も無い。あの飛鳥川の淵が、きょうは、瀬になっている―。
この一首は、「きのう」「きょう」「あす」という時の推移から人生のはかなさ、人の世のうつろいを飛鳥川(明日香川)=奈良・明日香=の流れに託して詠んだものだろう。
とくに混沌とした今日の社会情勢、とりわけ政界の動向は、飛鳥川の“深淵”―再編―への暗示にもなりかねない。
いま、晩秋の風物詩でもある各地の菊花展。登場する菊人形に思いをはせる。その“主役”は古典的な武士役者から、テレビの大河ドラマの主人公までも。これも時代の流れか…。
歳時記に渡辺水巴の一句がある。
―菊人形たましひのなき匂いかな―
名句をもじって駄句を。
―政界や菊人形の魂(たま)ありや―
―政界や色とりどりの菊人形―
政界の“主役”の動向に注目したい。
(風彦)
| 雑感(11) | 2010年11月 |
代表取締役 田河内秀子
知り合いの印刷会社の社員と事業を引継ぎ、そこのT社長様のご逝去に伴う様々な出来事、そして待ちわびていた息子の結婚式と尋常で無く慌しかった10月が終わりました。そんな慌しさの中でたった数時間でしたが、能の世界に触れました。
10月16日の夕刻、能楽シテ方喜多流能楽師大島衣恵さんの講演に参加し、大島さんの指導のもとに初めて謡と仕舞の一端を経験しました。能は室町時代に始まり、その精神性は死者の魂を慰めるものから始まったというお話。大島さんの実演ではろうろうと響く謡の声と仕舞の所作を体感し、その声は、その朝収骨室で骨壷に収めさせて頂いたT社長様の魂に届いているのではないかと心震える思いをしました。
人生は短く感じます。娘と孫を先に天国に送った身には、今生きていることはまだまだやるべきことが残っているから生かされているのだろうと思います。誰でもなんらかの使命をもってこの世に生まれてきて、その役割が終わったらいやおうなくこの世にさようならをしなくてはなりません。
「ひろしま女ヂカラ」という本の中で、大島さんは若者たちに向けてこう言っています。「自分のやりたいことを探すのではなく、自分の出来ることの中から、社会に役立つものを考えてやっていってはどうか!」と。若干32歳の彼女の凛としたたたずまいに深い精神性を感じました。2歳からひたすら能の世界で生き、厳しい練習を経て、今や世界の人に能を広めようと活動している彼女の言葉は使命感に満ちています。
一度しかない人生、自分の出来ることで人様のお役に立つことを追及していけばいいのだと納得しました。でもそうは言っても「薪能」や「狂言」、「歌舞伎」など日本の伝統芸能に触れる時間もつくり、心豊かに生きていきたいのもです。
| 身近な野鳥 「通過途中のエゾビタキ」 | 2010年11月 |
その10日後、構内の野鳥調査をした時も、何度も会ったが200mmのズームレンズしか持っていなくて残念な思いをした。早速、次の日も居てくれることを願って同じ場所を訪れると、エゾビタキは林の中から運動場の傍の桜並木の地面に降りてきて、餌を啄むと、さっと逃げ、林の中の枝に止まった(写真)。
エゾビタキはスズメくらいの大きさだが、枝に止まる角度がスズメより立っているので、よりスマートに見える。頭から背中、尾の先まで黒色がかった褐色。胸は白地に黒褐色の縦斑があり、下腹は白い。ヒタキの類は皆そうだが、黒くて円らな瞳が他の小鳥類より大きくて愛らしい。
今年の夏は猛暑が続き10月中旬にも拘わらず夏のような日が続いた。渡り鳥や旅鳥はどうして正確な渡りの時期を知るのだろうか、このような異常気象の年には影響はないのだろうか。暖かいと言って油断せず、例年通り渡って行ったこのエゾビタキは、下旬に一気に訪れた真冬のような寒さに会うことなく、南に飛び去ったものと思われる。
(2010年10月31日記)
| 石光真清の手記 | 2010年11月 |
石光真清氏が残した膨大な手記をご子息の石光真人氏が整理・編集した作品である。石光真人編集とせずに、石光真清著として出版しているところに、真人氏の父に対する尊敬の念と父の無念に報いたいという心情が溢れているように思える。
全編を通じて、幕末から明治そして大正時代にわたるわが国歴史の側面を鮮やかに浮かびあがらせる。幕末から維新への激動、熊本神風連の騒動、西南戦争から日清・日露の両大戦、大正期の軍部と政界の混迷など的確な観察と記録が光る。一方石光真清の個人史として人情の機微にふれる記述に満ちている。中には哲学的響きを持つ個所もあり、しばしば書を置いて沈思黙考した。
米国大統領ルーズベルトが石光氏と同程度の危機感を共産主義に対して持ち、レーニン率いるソビエト政府に対処していたら、世界歴史は違った方向に進んだ可能性はある。
との思いに至り愕然とする。
生きた歴史書として、また誠実にしかも凄まじく生き抜いた著者の個人史として類い稀なる良書と思う。久し振りで読後に余韻が残る作品に巡り合えた。NHKがテレビドラマ化しており、中公文庫のベストセレクションにも選ばれている。それだけ値打ちのある書籍である。
補遺:
~歴史に残された無数の事実はあたかも空中に浮かぶ水滴のようである。
無数の水滴にある方向から光をあてると鮮やかに虹が浮かびあがる。
その虹がその民族にとっての歴史である。~
| 「流星ワゴン」と「くじけないで」 | 2010年11月 |
流星ワゴン
重松清著/ 講談社文庫 発行
「36才のぼくが、36才の父親に出会っていたら、ぼくたちは友達になれただろうか」
作者の、そんな考えから書き綴られた小説です。
この小説を読み終わったとき、普通に楽しめたのですが、それでも20代の私にはまだ読み切れていない部分があると感じました。きっとこの小説は自分が30才か40才、もしくは父親になった時にもう一度読むと、また違った表情を見せてくれる。家族間の大切な何かに気付かせてくれるそんな父と子の物語なのだと思います。
ストーリーとしては、不思議なワゴン車が~となるんですけど、私的には冒頭に書いた「36才のぼくが36才の父親に~」の作者の言葉だけで充分に読みたくなれる小説なのではないかと思いますので、気になった方は是非どうぞ。(尚)
くじけないで
柴田トヨ著/ 飛鳥新社 発行
友人にいい本があるよ、それにとても読みやすいと勧められた。
日々の生活の言葉がある。同じ思いの言葉がある。一言ひとことが心にしみこんでくる。
私を取り巻く優しい子供たちや、友人たち。それに加齢とともに不具合はあるが、健康な体。感謝しなければ。ついカッとなって人を傷つけてしまう…私も今日から“その人の心の中を訪ね ごめんなさいといいながら 消しゴムとエンピツでことばを修正”していきます。
私も日々感じた事を書きとめて『詩』を書いてみたいと思わせてくれる1冊でした。(もん)
| 十三人の刺客(2010年版) | 2010年11月 |
【監督】三池崇
【出演】役所広司、稲垣吾郎、松方弘樹
江戸の終わり頃、将軍の弟で異常なまでの残虐さで知られた明石藩主松平斉韶。法で裁けないこの男を暗殺すべく12人の武士たちが集められ参勤交代の途上を狙う。さらに1人が加わり道筋の宿場を決戦の場所にするが!
劇場に入るとカップル(稲垣吾郎めあて?)とかなり年齢上のカップル&おじさん組(時代劇好き?)で結構にぎやか、老若男女の混ざり具合がいい感じ。三池崇監督のエログロ趣味が果たしてどうなのか、というのはありますが(年配の人が割に平気で、逆に若者の方が引いていたのが可笑しかった)、前半の頭脳戦とクライマックスの1時間近い大殺陣(たて)も見応えあり。稲垣の悪殿も頑張って?いたのではと思うのです。 で、これはリメイク。オリジナルは1963年東映で作られた白黒映画で今回と基本ラインは同じ。“集団抗争時代劇”とも言われ、カッコをつけない斬り合いとかリアルさが画期的だったのです。するとこの映画の面白さはもとの脚本の良さなんだと気づきます。個人的には同時上映で新旧あわせて大スクリーンで見たかったなあ… (neo)



