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身近な野鳥 「素早く走るメダイチドリ」 2010年06月

野鳥観察の楽しみ(九十三)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はメダイチドリ夏羽(‘10.4.29.愛媛県松山市)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm,1:4DⅡ, 1/1000秒,f/6.3, ISO400,トリミング〕

 

 「大型連休の頭は大潮で鳥観には良いのだが、」と誘いがあり、早速4月29日の朝には出発、昼前に愛媛県松山市に着いた。昼食もそこそこに重信川河口に行った。河口は既に綺麗に潮が引き、中州にまで大勢の貝堀の客が詰め掛けていた。

 これでは鳥は恐れて飛び去り、いないだろうと思ったが、水の流れている浅瀬に、大型のシギであるダイシャクシギやチュウシャクシギが数羽いた。近づいて見ると、中州にはメダイチドリやシロチドリが人のいない所を走り回っていた。

 メダイチドリは夏羽で頭から胸にかけてレンガ色になっているのを3羽見かけたが、冬羽のままや幼鳥の方が多かった。夏羽に狙いを付けカメラで姿を追うが、立ち止まっては走り、立ち止まっては走りを繰り返すので、なかなかうまく捉える事が出来ない。せっかく捉えたと思っても、真っ黒な過眼線が太過ぎ、黒い眼がはっきり見えない。それに走り出すとかなり長い距離を素早く走る。

 メダイチドリは小型のチドリで、大きさはシロチドリかそれよりやや大きく見える。走り着くと、地面の穴に先の尖った嘴を突き刺し、中からゴカイのような虫を引っ張り出して食べている。あちこちに走り出して、散らばっていたのに、何かに驚いて辺りのチドリ類が一斉に飛び立った。メダイチドリはメダイチドリだけが集まり飛んで行った。

(2010年5月30日記) 

野鳥観察の楽しみ

広告  人はなぜ、再びものをつくりはじめたのか? 2010年06月

発行:株式会社博報堂
 

 ウラが白いチラシを何枚か折って、厚い紙でくるみ、ホッチキスで留める。表紙に、色紙を貼り付ける。野暮ったいが、自分なりに愛着のわくノートになる。こんなことに夢中になる自分も、本書のテーマである『生産する生活者』かもしれないと思う。
 お気に入りのノートができると、人に見せたくなる。それを使いたいと思ってくれる人はいるだろうか?
「プロとは、「依頼がある人」のことです」と、作詞家の秋元康が書いている。『つくる』という行為と、『プロか、否か』の問題は、くっついているらしい。
 「好きだから」・「ひとりで」・「社会現象を」・「企業や組織と一緒に」・「みんなで」・「新しいしくみ」を「つくる」…。『生産する生活者カタログ』という記事で紹介されているのは、プロなのか、プロを越えたアマチュアなのか判然としない人たちも多い。しかし、その曖昧さが最大の魅力。記事を読んで、そう感じた。
 この季刊誌での若い論者たちの議論を読むと、『何かつくりたい』、『消費するだけでは飽き足らない』と思う人たちがことさら増えて来たというよりも、生活者が生産者でもあるということにこだわり、それについて議論される傾向が増して来たとのではないかという気もする。
 しかし、そんな理屈を抜きにして、たくさんの美しい写真が掲載された本書は眺めているだけで楽しい。
『つくって発信する』ことについて、思考と感覚が刺激される『やわらカタい』雑誌だと思う。(哉)

今月の気になる本

マイレージ、マイライフ 2010年06月

【監督】ジェイソン・ライトマン
【出演】ジョージ・クルーニー

 1年のほとんどの日を出張に費やす“リストラ宣告人”ライアン。G・クルーニーの演じる主人公は、最初とてもクールで最先端のビジネスマンに見える。ところがいまどきの若い女性が相棒になると、人情味のある古風な中年男性に見え始める。そして生意気に見えたこの相棒の女性は、徐々に憎めない愛らしい存在に思えてくる。こちらの印象が変わっていくように、主人公に絡む“大人の女性”も加えた三人の登場人物は、大陸を飛び回るにつれて心を変化させていく。
 所有物も対人関係も最低限に保つこと。映画の初め、それはそれで悪くない生き方だとライアンも観客も思っている。しかし人の心は人と関わらなければ変わらないということを、主人公と一緒に気が付いていく物語である。(nao)

キネマ見ましょか

タニシ君が行く! Re 2010年06月

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タニシ君が行く!

社員ひとこと 2010年06月

今月の仕事終わり、休日はもっぱら自動車学校。早く免許が欲しい! (デミ)

ようやく仕事に慣れてきました。次は仕事を早く出来るようにせねば! (サン)

そろそろ夏に向けて肉体改造をやり始めなければならない時期になった (G)

段々夏らしくなってきてとてもすごしやすくなって気分良いです (K)

大腸炎になり、4~5日のた打ち回るハメに。牡蠣に当たるよりひどい。 (山本)

朝晩、寒いのでなかなか夜服の仕分けができませんね。蓮舫さんに頼もうかな? (Q)

最近、車でよく聴くのは“THE BAWDIES”です・・・(=^▽^)v(お)

最近は暴飲暴食をしていないのに「太った?」と聞かれる・・なぜ?やせねば! (伸)

日曜日に野球の試合をやりました。7対0で負けてしまいました。(T_T) (S4)

家探ししてます。これが結構大変…宝くじ当たるといいな… (モン)

納品、間に合いますように。(哉)

旧友M君の今度の引越し先は、久々の四條畷やて。 (北)

結婚20周年、お互いの努力と我慢の結果です。 (千)

GWは高知県へ! ハプニングもあった久々の旅行でした。 (朝)

いい季節になってきましたが体調を崩してしまいました注意しなければ (元)

ウインドウズ7を購入、早く使いこなしたいなぁ…(B)

寒かったり暑かったり、今月は寒いだろうか。野菜が高い。 (高)

ウツギが満緑の中に楚々と咲いている。なぜ6月は白い花が多いのだろう? (秀)

社員のひとこと

今月の写真 2010年05月

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【ルリシジミ】 晴れて暖かい日、蝶に出合った。 
(2010.3.20 東広島市で撮影)
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫

フォトギャラリー

今月の言葉(5) 2010年05月

「童心」を育てよう

            ―親から子へつたえたい十七の詩― 

 青空に鯉のぼりが泳ぐ…。矢車が風に鳴る。野も山も若葉が輝く…。爽やかな情景が浮かぶ…。五月の日本の原風景である。
 以前、読んだ今泉正彰さんの「短い短いスピーチ」(三笠書房)の著書での福島県郡山市在住の詩人・佐藤浩さんの言葉を思い出した。「子供たちから遠ざかったものの第一は自然、第二は働く父親の姿と母親の笑顔。反対に子供たちに近づきすぎたのは、公害とマスコミ…。子供たちの重圧となっているのは、学歴社会、テスト、宿題、習い事。子供たちから消えていくものは、ガキ大将と遊び集団、三世代家族、家事労働…」
 日本社会の変革がもたらした現状でもある。
 政権交代した民主党は、こうした状況の打開策の一つとして、子供を社会全体で育てよう―という。理念は理解できるが、容易なことではあるまい。
 が、次世代を背負う子供たちへの親の願いは、昔も今も変わらない。
 古くは、中国の故事にもある。孟子の母親が子供の教育のために三度も家を移転させたという。「孟母三遷」―。
 親の子供への思いと願いを綴った詩集―。「親から子へ伝えたい十七の詩(うた)」(双葉社)は一読する価値がある。皇太子が記者会見で紹介されたドロシー・ロー・ノルト作の「子は親の鏡」もある。その一部を―。
 ―叱りつけてばかりいると/子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう/励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる/親が正直であれば/子どもは、しょうじきであることの大切さを知る」
 二行ごとに書かれた言葉が十九行。谷川俊太郎の「生きる」、ケント・M・キーの「逆説の十カ条」、ウィリアム・ワーズワースの「虹」、葉祥明の「きみは守られている」、ジョン・レノンの「イマジン」、サミエルウルマンの「人生に贈るメッセージ」、ビートたけしの「友達」など十七篇の詩集である。
 そのなかで毛里武の「名前は祈り」の一部を紹介しよう。「名前はその人のためだけに/用意された美しい祈り/若き日の父母が/子に込めた願い」(後略)
 子供に生きる力を、心の豊かさを、国境の無い平和を、友情の大切さを、訴えている。
 ワーズワースの「虹」には、大人は子供に教えられるもの―という一節がある。
 次時代を背負う子供たちに「童心」をはぐくむ社会環境を考える季節でもある。
 元カープの鉄人、衣笠祥雄さんは、子供たちへの色紙には必ず「童夢」と書いた。子供たちに夢の実現を願う一筆であった。

(風彦)

今月の言葉

雑感(5) 2010年05月

代表取締役 田河内秀子


 いつもインフォメーションをお送りしている方から素敵な贈り物を頂いた。広島菜と言えば漬物で有名な株式会社山豊の顧問森原様からだった。日経新聞の「うたの動物記」に田螺についての記載があり、そこに出ていた俳句と詩を「色紙」と「短冊」にしたためましたとお手紙にあった。北原白秋の詩を色紙に、夏目漱石、久保田万太郎、永井荷風の俳句をそれぞれ短冊に記し、小池光先生の解説を裏面に書いて下さっていた。紙面が小さくて残念なのだが、許可を頂き掲載させていただいた。こちらから勝手に送っているのに思いがけないプレゼントを頂き本当にうれしい。他の会社の方からも「楽しみにしてるよ」とわざわざお電話を頂いたり、「何も印刷を頼まないのに申し訳ない」と言われたりするが、読んでいただくだけで私としては有難いし、出し続けようとモチベーションがあがる。
 インフォメーションの読者の皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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雑感

身近な野鳥 「叫ぶセンダイムシクイ」 2010年05月

野鳥観察の楽しみ(九十二)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はセンダイムシクイ(‘10.4.18.東広島市豊栄町)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm,1:4DⅡ, 1/2000秒,f/6.3,露出補正+0.7,ISO400,トリミング〕

 

 「チョチョビー、チョチョビー、ジー。」と山の中腹で鳴くと言うより、叫んでいるように聞こえる鳥の声に誘われ、春のバンディング(鳥の標識調査)の場を離れて、一人で山道を行く、だんだん声が大きくなる。突然、葉を落とした一本の樹の枝の中を移動しているセンダイムシクイの姿を確認した。

 色や形や大きさ、白くて長い眉斑などウグイスそっくりであるが、腹が白く見える。腹が草色に薄汚れているウグイスと違っている事は分かるが、ウグイス類、とりわけムシクイの仲間は皆よく似ていて識別が難しい。ただ鳴き声だけは特徴があるのではっきりと同定出来る。

 私には冒頭に記述したように聞こえたが、一般には「焼酎一杯グイーッ。」などと聞きなされている。ウグイスと同様に声は良く耳にするが、姿を見ることは稀である。特にセンダイムシクイは夏鳥であるので、樹木の葉が茂り姿を隠してしまい、なかなか見る事の出来ない鳥であると言われている。

 毎年この時期に行われるバンディングの時に、食べさせて貰うコシアブラの新芽は今春の天候不順のせいでいつまでも寒く、新芽の伸びが悪かったので、とうとう食べさせて頂けなかった。しかし、樹木の葉が出そろっていないのが幸いし、センダイムシクイの姿を写真にも撮り、じっくりと観察も出来た。

(2010年4月27日記) 

野鳥観察の楽しみ

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 2010年05月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

夏井睦 著  光文社新書

 昨年の2月、肺炎の後で発病し、同11月に再発して手術を行なった「MRSA=耐性黄色ブドウ状菌(院内感染症)」に言及しているということで、友人より紹介頂いた一冊だが、常識を覆すタイトルが気に入って早速購読した。もしそれが事実なら、医師もだが私たちはずっと間違いを犯してきたことになる。
 もしそれ(傷の消毒をしないこと)が事実だとすれば、なぜ日本中の殆どの外科・整形外科の医師は、なぜそんな間違いをいまだに続けているのだろうか。たとえば著者が外科医から形成外科に変わったのだが、外科では患部を乾燥させることが常識なのに、形成外科では濡らす、湿らすことが常識だという。
 著者は、医師がジャンルによって、それぞれの慣習に従い、同じものに違った対応することをみても、「医学は決して科学ではない」と喝破する。
 筆者がまだ外科医の時代、ある病院でインターンから傷や火傷の治療に「湿潤療法」という治療法があるという話を聞いて興味を持って実際に試したところ、顕著な効果が見られたという。
 その後学会で発表して注目されるが、だからといって従来の仕組みを打破することは決して出来なかったこと、そして同じ病院で医師によって違い治療法を行う事への不信感の醸成を招いたところから独立することを選び、且つ学会発表からインターネット上での発表・啓蒙にシフトして今日に到っている。
 なお著者のホームページ『新しい創傷治療』
    ⇒http://www.wound-treatment.jp/
は、訪問数600万にあとわずかと迫るマンモス・サイトである。
 湿潤療法とは、患部を消毒しないことと併せ乾燥させないことがポイントだという。著者はその1例として、火傷をした際にまず水で冷すと痛みが止まり、自ら患部を出すとまた痛み出すことを見ても、「傷は乾燥させるな」ということの正しさを指摘する。
 ごく軽い傷を家庭で湿潤療法をするためには、傷の上に貼る治療用被覆材がひつようだが、同サイトによると、調剤薬局・院内薬局(ただし店舗限定)で処方箋なしに購入できる「プラスモイストP」、一般薬局で購入できる「ハイドロヘルプ」バンドエイドの「キズパワーパッド」「ケアリーヴ バイオパッド」、同じく「ケアリーヴ 血を固めるタイプ」などがある。
 ごく軽い傷の場合は、傷口に白色ワセリンを塗布し、上に上記パッドを貼るといい。なお、「最長5日」は大丈夫とあっても、原則毎日張り替える方がいいということだ。
 なお、近く最盛期が予想される「花粉症」だが、目の周囲や鼻の下辺りに、白色ワセリンを塗っておくと、ッ症状が軽減するそうで、該当される方はぜひお試しあれ。

 さて、本題の「 傷は消毒するな」について、たとえば腹部の手術で、胃や腸の縫合部分は消毒しないのに、なぜか皮膚・筋肉の縫合部分は消毒するの矛盾しているではないか、という。腹部縫合したら胃や腸の消毒が出来ぬからというのは、本末転倒であり、結果として消毒しなくても大丈夫という事を示しているのだと指摘する。
 またもっと単純な例で、「痔」で、排泄物と常に接触する肛門部を消毒しないのに、それが致命的感染症に罹らないではないかという。言われた見ればその通りである。
 著者はまた、昨今の清潔志向・抗菌物質依存傾向にも警鐘を鳴らす。著者の仮説では、
「細胞壁を失い、脆弱な細胞膜が露呈した多細胞生物が生き残るために、自分の皮膚や粘膜に、大きな危害を与えない細菌を棲まわせることで、彼らの働きで病害菌からの防御を行なってきた」
というもので、抗菌物質による手や喉の消毒や洗い過ぎは、かえって感染症を増やす作用に結びつく恐れがあるという。
 さて普段はごく弱くておとなしいMRSAだが、身体が弱ったときとか、他の感染症で抗生物質を多用した際などに、いたずらをすることが知られている。
 著者によると、病院内とか自分の身体の中に助剤するMRSA(緑膿菌)が、抗生物質に対する抵抗性を獲得する代わりに、その作用を保持するために、分裂・増殖する機能を著しく犠牲にする必要がある、実はひ弱な菌なのだという。
 最後の部分で、同じく仮説としながも、「脳は皮膚からつくられた?!」のだという。詳述は避けるが、なかなか説得力のある論旨で、それだけでも一読に値する一冊である。

感銘の一冊