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マンゴーと丸坊主―アフリカ自転車5000km! 2010年01月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

山崎 美緒 

プロローグ:
 著者は大学の後輩である。女性一人でアフリカ大陸を自転車で走破した珍しい経験の持ち主なので、同窓会広島支部総会に際し、来広頂き冒険談を聴かして貰った。
 頭を丸刈りにし、胸にさらしを巻き、男装で冒険に挑んだとのことだったので、さぞかし筋骨隆々な女子プロレスラーを思わす体躯の持ち主だと思っていた。しかし当日お会いすると理知的な顔に均整の取れたスリムなボディーの可愛い乙女であった。
 しかし足が化膿して自転車が漕げなくなった時、現地の医師に麻酔なしで切開手術をうけたり、摂氏53度の砂漠を乗り切り、マラリアに罹ったりもしながら、5千キロを一人で走破したのだから、 やはりただ者ではないと感じた。
 彼女の話がとても面白く、且つ大変に感動したので、早速彼女の著書を求め、一気に読み下した。

 その読後感を下記に纏めた:
 著者は五年前、22歳の時に、自転車により、単身でアフリカのナイロビ(ケニア)から喜望峰(南アフリカ)までの五千キロを三カ月半かけて走破した。
 その冒険旅行記である。
 うら若い女性がたった一人で、アフリカ大陸を五千キロも自転車旅行する!
 屈強な男性でも大変な勇気と体力が必要な冒険を彼女は成し遂げたのだ!
 まさしく前人未到の壮挙である。
 文章は簡潔で、若者らしい表現に満ちている。
 しかし体験した者だけが語れるリアリティに満ち満ちており、深遠な人生哲学の真髄を突く記述がキラリと光る。
 珍しい体験談として面白く読み流すことも出来るが、読者の感性と哲学によって、行間から豊かな泉が湧き出してくる。
 これからの輝く人生を持つ若者には無限の可能性を示唆し、生きる勇気を与えてくれる。
 輝く過去を持つ熟年者にとっては、己の人生哲学を再検証し、更に深めるよすがとなる名著である。
奥中 正之

感銘の一冊

この世界の片隅に 上・中・下 2010年01月

こうの史代 著 株式会社双葉社 発行

「江波の出ている漫画があるんよ」
 その江波在住のKさんが興奮した声で教えてくれた。
 本を開いてみて、うなずいた。第二次世界大戦前、中、そして戦後に少しまたがっているといった時代のお話だが、江波(現在、広島市中区内)から呉市に嫁に行った「すず」という女性が主人公。作者は、話題の漫画『夕凪の街 桜の国』を描かれた方だ。
 上巻の2話目に、子供時代のすずが、草津(現在、広島市西区内)の親戚から江波の自宅に干潟を歩いて帰る様子が描かれている。現在では広大な埋め立て地が広がり、海岸線が沖に出て、さらにコンクリートの護岸で固められ、干潟の景色など望むべくもない。
 また、すずは、海苔を洗ったり干したりする作業を手伝ったりしているのだが、そんな光景も現在は見ることができない。本書を教えてくれたKさんがグッときたわけもわかるような気がした。もちろん私も、グッときた。著者の略歴を見ると、私よりもお若いのに、現在は幻となってしまった情景を見事に再現されており感心した。
 それにしても、登場人物、とりわけ主人公のすずがとても魅力的だ。清純で、まっすぐで、夢見がちな、少女のような若い妻。夫の周作も、おとなしいけれども男らしい性格。ひとつひとつの絵、セリフから、若い夫婦がお互いに相手を想っている気持ちが伝わってくる。すずと周作の出会いは、伏線がきいており、途中まで読んだところで、「なるほど!」と思わず手をうった。
 呉の大空襲や原爆など悲しい出来事に見舞われるが、優しいタッチの絵と、登場人物たちの醸し出すしみじみとした雰囲気に、読むものは救われる思いがするだろう。(哉)

今月の気になる本

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない 2010年01月

【監督】佐藤祐市
【監督】小池徹平/品川祐

 久々に泣いて笑って清々しい気分になれる映画を見た。まずタイトルからしてインパクトがある。これだけでなんだか過酷で辛い状況が伺える。今この大不況の中、ブラック会社と呼ばれる会社がいくつあるのだろうか?この映画ほどではなくとも、近い状況の中どれだけの人たちが自分の限界に挑戦し、必死に毎日を這い上がっているのか…。
 働かずして暮らせたらなんて誰しも一度は考えるだろう。しかし私達の生活は生きる事こそが、働く事であり、働く人々は戦士と化して毎日、戦場に出て様々な課題に奮闘している。そこは1人ではない、たくさんの仲間達がいる。時には衝突したり、話し合ったりしながら絆を深めている。そして過酷な状況に陥った時こそ皆、自分自身の中で限界を位置づけているのではないだろうか。では限界の先には何があるのか、それを越えた者だけが体験できる、自信と達成感に溢れ成長した自分に出会えるのではないだろうか。(B)

キネマ見ましょか

タニシ君が行く! Re 2010年01月

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タニシ君が行く!

社員のひとこと 2010年01月

1年が経過するのがとても早く感じます。もう少しゆったりすごしたいです。 (K)

お年玉、つい最近までもらう側だったので、あげる側になるとちょっと切ないです。 (山本)

新年に向けて、今年こそ自分の決めた目標は必ず実行する!!(目標はヒミツですが・・・) (Q)

虎党のみなさまおめでとうございます。・・・・・ちなみに僕は鯉党です。(^_^) (お)

毎年、毎年、この時期に誓うのですが・・・・やはり今年も脱メタボ! (伸)

今年の1月は、することがないので困っています。 (幸)

全ての人に公平なのは年のお年玉…年末に大台に乗ります。良いトシを取って来年も頑張ります (モン)

2010年の抱負。男たちの集える秘密基地の建設に着手いたします。 (哉)

大和川の土手で見た初日出。10年代の始まりに君は何思う? (北)

今年は寅年。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」の気持ちでがんばろう。 (千)

今年も元気に頑張りま~す。 (朝・笑)

一年の計は元旦にあり。今年も元気に頑張るぞ。 (元)

今年こそはお菓子卒業します! (B)

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。今年の夏までに68キロを目指します。 (高)

外食続きで体重がヤバイことに・・・。今年は目標体重をキープ!! 体重量るたびに手帳につけよっと。 (秀)

社員のひとこと

今月の写真 2009年12月

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【ウスキツバメエダシャク】 暖かい秋の日差しをいっぱいに受けて、静かに休んでいた。
(2009.11.04 東広島市で撮影)
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫

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今月の言葉(12) 2009年12月

「誓文払い」
―“罪滅ぼし”の歳末商戦のいまは―
 

            ―風彦 

 一昔前、師走の商店街、デパートでは、「誓文払い」で賑わった。
 いつの世でも同じで、歳末になると〝商戦〟は異常にまで活発、激化…。町は狂騒曲で渦巻く。不景気な時代ではなおいっそうである。
 近年ではXマスを当て込んだ「Xマスセール」「感謝セール」「歳末バーゲンセール」…。最近では「閉店セール」「特価」「格安30%OFF」。広島では「広島東洋カープ感謝セール」も。チームの成績よりも新球場誕生を祝う記念感謝セールだろうが、さまざまなキャッチフレーズで消費者をひきつける。
 「誓文払い」というフレーズはすっかり影をひそめた。現代の若者はこの言葉すら知らないようだ。
 知人の学生は「約束を守るためにかわした誓約書を破棄すること?」と答える。
 昔の商人(あきんど)の商売手段である。その故事来歴は、辞書にも記載されている。
 「近世、陰暦十月二十日。日ごろ商売上の駆け引きに嘘をついた罪を祓い、神罰の放免を請う行事。今でもこの日の前後、京阪の商店は特に安値の売り出しをする」(広辞苑)
 「近世以来、十月二十日を含めて数日間、罪滅ぼしと称して京阪の商店では特売などが行なわれる」(大辞林)
 要するに商人の罪滅ぼしから始まった〝特価セール〟というわけ。
 罪滅ぼしといえば、ファンを裏切った広島東洋カープだろう。「All in」烈を合言葉に今年こそ「CSシリーズ」への熱い願いもむなしく五位。十八年連続Bクラス…。
 責任をとってブラウン監督も辞任。(後任は、待望の監督に野村謙二郎さん)。カープにとっては、まさに「誓文払い」―。皮肉にもこの「誓文払い」は、予想外の盛況ぶりで、カープグッズは、億単位の売上げ。新球場の誕生もあって観客動員も百八十七万余…。不況の風もどこ吹く〝顔〟(風)? が、しかし、他のデパート、商店街のあの手、この手の大安売り〝商戦〟も伸び悩みのありさま…。商売の神サマは、商人たちに、日ごろお客サマへの嘘に〝神罰〟を与えたのだろうか?
 考えてみると商人の「誓文払い」のこころが、商売繁盛の秘訣かもしれない。過日、読んだ「旧暦はくらしの羅針盤」(小林弦彦著=日本放送出版)で旧暦の知恵を学んだ。
 四季の風旧暦に見る師走かな 

(風彦)

今月の言葉

雑感(12) 2009年12月

代表取締役 田河内秀子


 
 今年もあとわずか! あわただしく一日が過ぎていくが、今夜はとても楽しい時間を過ごした。
 町内の水野工業所の水野さんのお宅で行われたアコースティックギターのライヴ! 私にとっては見ず知らずの人たち20人余りで、水野さんの同級生、プロミュージシャン茂村泰彦さんのソロライヴを聞いた。いい音楽と美味しい食事、まるで知らない人たちと同じテーブルを囲み、楽しく会話をするというのも、なかなかいいものだ。最近は名刺交換ありきの出会いが多い中で、本当に得がたい時間だった。
 又その日は、商工会議所で森まゆみさんの講演を聞いたのだが、これも私にとって実に時を得た出会いだった。森まゆみさんは編集のプロ、聞き書きという方法でたくさんの著書を刊行されている。1984年から2009年までは地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を発刊し、その活動の中で建物保存や自然環境の保全運動などを勧め、今では「谷中・根津・千駄木」地域に人が呼べるまでになっているということだった。わが社は「舟入散歩」を始めてまだ1年半だが、少しでも地域の役に立てるような紙面作りを心がけ、この舟入にタニシ企画印刷があってよかったと言われるような会社になっていきたいと思った。
 「出会うべき人にはきっと出会う」「人と人はゆっくり知り合っていくのがいいと思う」とその著書「起業は山間から」の中で森さんは言われている。還暦以後の次なる一年、出会うべき人に出会い、ゆっくり知り合って、夢と希望あふれるいい年にしていきたいものだ。

雑感

身近な野鳥 「大きな冠羽ヤツガシラ」 2009年12月

野鳥観察の楽しみ(八十七)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はヤツガシラ(‘09.10.28.山口県山口市)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm,1:4DⅡ,(上)1/800秒, (下)1/640秒,f/6.3,ISO400,トリミング〕

 

  きらら浜自然観察公園でアカハシハジロを観察していると、ヤツガシラが常盤公園にいるとの情報が耳に入った。そこは直ぐ近くなので寄ってみることにした。桜の木の下にいるとの話であったので、正面入口から入り、常盤橋を渡って重い三脚を担いで坂道を登った。そこには数人のカメラマンがいた。

 ヤツガシラはどこにいるのか尋ね、木の上の葉蔭にいるのをやっと見つけた。カメラマン達は彼の飛び立つ姿を捕えようとじっとカメラを構えて待っている。慌てて私もカメラをセットした。しかし、ヤツガシラはくつろぎ、身繕いをしていて飛び立つ気配はない。カメラマン達には申し訳ないが、お陰でめったに見られない冠羽を立てたところが撮れた。

 ヤツガシラはハトより少し小さく、胸から上の部分が橙褐色、普通後頭部には冠羽がたたみこまれていて尖がり帽子のように見える(写真下)。広げると写真上のように実に見事で、名前の由来を想像させる。羽は黒色に白色の太い線模様で良く目立つ。嘴は細長く少し下に曲がっている。小さくて真っ黒い円らな目が愛らしい。

 ヤツガシラは昨年の12月6日に西条町三永水源地の芝生の上にいるところを発見されが、直ぐに逃げられてしまったとの事で、私は目にしていない。旅鳥なのでめったにお目にかかれない野鳥である。このように珍しい鳥であるにも拘わらず、常盤公園で会った個体があまりにも人を恐れない様子に驚いたが、これはヤツガシラの気質なのかも知れない。

(2009年11月28日記) 

野鳥観察の楽しみ

大計なき国家・日本の末路 日本とドイツ、それぞれの戦後を分けたもの 2009年12月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

奥中 正之

 ドイツ在住40年にもなるのに、日本国籍を保持し、母国への熱い思いを燃やし続ける筆者が、遠く離れたわが祖国に対し、母のごとき深い愛情と憂慮をもって放った「頂門の一針」である。
その心は「末路」の一語に凝縮されている。一見祖国を見限ったかと思われる言葉であるが、この激しい言葉により、心有る日本人が目覚めることを願う強い母の言葉として受け止めた。 
 それは本書をひも解けば自ずと分かる。祖国に対する愛情と憂国の情との二つのテーマが織り成されフーガのように奏でられ昇華されて、筆者の結語へと導かれる。そこには決して忘れることが出来ない祖国への熱い思いが主題として貫かれているのである。
 国民・国家の総力をあげて戦ったあの戦争に完敗した日本とドイツの両国は共に戦勝国から苛酷な報復を受けた。その報復への対応の仕方が、冷戦後、世界覇権が多極化する激動の国際社会において日・独それぞれの地位に大きな差異を生むことになった。その経緯がまことに明確に描き出されている。両国の対応の違いについては具体的な事実が例示されており、分かりやすい記述となっている。
 詳しくはお読み頂くとして、紙面の都合上一例として、国家の基本法たる「憲法」について触れると、著者は終章で取り上げ、「独自の憲法を持つ国・持たぬ国――なぜ日本は、国家の芯を抜かれてしまったのか」と指摘している。
 その回答として、著者はあるドイツ人の言葉を借りて次のように分析している。「人類最初の原爆犠牲となったショックは甚大です。そのトラウマから解放されないまま、今日にいたっている」というのだ。
 そのために日本は戦後、アメリカに次ぐ経済大国として見事に復興を果たしたが、安全保障と教育面ではアメリカに首根っこをつかまれたも同然の状態に置かれたという事実を著者は指摘している。
 これに対比して、東西に分断され日本よりも更に苛酷な報復状況下に追い込まれたドイツは決してアメリカをはじめ戦勝国に屈しようとしなかった。ドイツは戦勝国の狡猾さ、弱点をしっかりと握っていた。
 そして知らぬふりをして、地道に忍耐強く国際社会の信頼を回復してゆき、戦勝国の介入を一切はねのけて独自の憲法を制定したと、彼我の違いを明確にしている。
 一針の痛みを自己覚醒の妙薬とすることを著者は我々のDNAに眠る大和心に期待しているのである。
 中国は核武装の強化に加え、軍艦や航空機の増強に狂奔している。そしてその強大な軍事力を背景に、東シナ海の海底ガス田開発に関して両国の合意を無視する理不尽な対応を行っている。
 北朝鮮は核武装路線をひた走っており、拉致被害者全員の解放をしようともしない。かような東アジアの激動の渦中にある日本では民主党政権が誕生し、さらに社民党と野合する。
 民主党は政権を奪取したならば、無謀とも言える選挙公約の中身を大胆に修正して現実路線を目指すものと、かすかに期待していたが、産業界に言わせると「荒唐無稽」な温室ガス削減目標を、選挙公約に謳った通りに、国連で約束する気配が濃厚である。
 その上国家安全保障に関して現実無視の社民党と連立を組めば、この日本は世界の潮流及び東アジアの激動の中で、迷走しさらには沈没する危険性すらあり得る。
 まさにクライン孝子氏が強く訴える「末路」に日本はあるようだ。その「末路」の危機から抜け出す勇気と知恵を得るヒントがこの図書にはちりばめられている。全日本人必読の書である。

感銘の一冊

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