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今月の言葉(11) 2011年11月

「文化」と「文明」を考える

習慣、風俗と技術開発の物質的な影響

 十一月は日本列島「文化の花」の花盛り。三日の「文化の日」をきっかけに小、中、高校、大学のみならず国をあげ多彩な文化祭が催される。皇居では各界の文化功労者の表彰も。まさに季節の風物詩。戦前のこの日は明治天皇の誕生を祝う「明治節」。1948年、廃止され、「国民の祝日」―「文化の日」―になった。
 ある友人がいった。「文化の日」があって「文明の日」がなぜ無いのか。また「文化」と「文明」の違いはどうなのか。
 いささか返答に窮した。多分に「文化」は「文明」と同義に解釈されることがある。
 「文化とは文徳で民を教化すること。世の中が開けて生活が便利になること。学問、芸術、道徳、宗教、政治などの生活形成の様式と内容―。西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び技術発展のニュアンスが強い文明と区別する。文明は文教が進んで人知の明らかなこと。主教、道徳、学芸、などの精神的所産としての狭義の文化に対し人間の技術的、物産的所産」(広辞苑)
 生前、司馬遼太郎さんがいった言葉が一番分かりやすかった。
 「文明は交通信号機。文化は赤になったら止まる。青になったら進む。交通道徳や」
 この人はまたこんなことを話した。
 「個人の文化もあれば、民族が共有する文化もある。それは慣習、習慣といってよい」
 環境、風土により、それぞれの文化がある。
 その文化の違いを理解することである。都会には「都会の文化」があり、田舎には「田舎の文化」がある。「文化の日」の趣旨は自由と平和を愛し文化をすすめることだという。
 話は前後する。
 確かに「文明の日」はない。「文化」と「文明」とは表裏一体だからか。
 これまでの近代日本史からみれば、「文明」といえば、鉄道、郵便もあるだろうが、やはり電気、電力にかかわる事業だろう。(これは私の独断と偏見)と、なると電気の普及に貢献した発明王のエジソンの誕生日、1847年二月十一日を「文明の日」にしたらどうだろう。
 いま私たちの生活様式は、電気エネルギーなくして考えられない。その電気エネルギーの基盤に登場していたのが、原子力エネルギー。それが東日本大地震で福島の原発事故から核汚染を誘発。一気に脱原発運動が盛り上がる破目に。原子力をめぐる賛否両論は国運を左右しかねない。日本民族の最大の課題である。「文化」が「文明」を、「文明」が「文化」を滅亡させるのか。これは人類の悲劇である。
―原子力を考えたのも人間ならその悲劇を救うのも人間―

(風彦)

今月の言葉

雑感(11) 2011年11月

代表取締役 田河内秀子


 去る10月15日、広島県中小企業家同友会の県経営研究集会があり、基調講演に立教大学経済学部教授 山口義行氏を迎えた。講演テーマは「生き残る企業の条件」~これから何がおこるか、何をすべきか~。
 山口先生の話は、中小企業経営者にとって耳の痛いことばかり。我々経営者に必要なことは、「読む力」と「繋ぐ力」のふたつ。世界が今どうなっているのか「読み解く力」を持つこと、今がわかると未来がどうなっていくか予想が付く、予想がつけば行動するということ。又先生は、今まで中小企業の経営者に勉強会等でいろいろな警告を発してきたが行動に移す人が少な過ぎると苦言を呈されました。勉強が足りないし、行動力も足りない、と。自分にしてもドルとユーロと円の関係など、ようわからんと勉強してきませんでした。自社の仕事に海外進出は関係ないと思っていましたし、ましてや自社のホームページも日本語のみ。
 これから中国の武漢がユーラシア大陸の要になるだろう。これから高速鉄道網ができていって、中国からロシアを通ってヨーロッパへ繋がっていくだろう。日本も日本海側が表日本になっていく可能性が…。以前板門店に行った時、韓国と北朝鮮は鉄道で繋がっていました。政治の問題さえ解決すれば朝鮮半島は繋がり中国もあっという間に繋がっていくことでしょう。
 つい70年前には、是非は兎も角、中国には日本が租借した満州国があり、まだ10代だった私の両親も故郷を後にして胸躍らせて向かったのです。酔うと中国語で歌を歌う父、母は満州で習い覚えたと餃子をよく作っていました。それほど近い国だったのに私にとっては遠い遠い国。この度の山口先生の話を聞いて一挙に近づいてきました。
 自社だけでは何をすればいいのかわからなくても、ネットワークを作り知恵を集めて新しいビジネスを考えていかなければいけないのだとつくづく思いました。「読む力」と「繋ぐ力」肝に銘じて参りましょう。

雑感

身近な野鳥 「忙しく餌を採るエリマキシギ」 2011年11月

野鳥観察の楽しみ(百十)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はエリマキシギ、(‘11.09.16.東広島市八本松町)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm, 1:4 DⅡ,1/640秒,f/6.3, ISO800,トリミング〕

 

 おや?見慣れないシギがいる。ちらっと見て一旦通り過ぎ、彼に気付かれぬよう写真機を取り出し、車をバックさせた。しかし、そこには彼の姿はもうなかった。夕方の帰宅時にはその田んぼの傍をゆっくり通り、隅から隅まで探したがやはり鳥の姿を何処にも見付けることは出来なかった。

 次の朝は無駄になっても良いと思って、予め写真機を用意し注意深くその田んぼに近づいていった。いる!首から胸にかけて淡い赤褐色をしているシギだ。図鑑で調べると冬羽になったエリマキシギだ。水を張った田んぼの中に嘴を差し込み、忙しく噛むように嘴を動かしながら餌を探している。

 エリマキシギの雄の夏羽は首のまわりに濃い赤褐色の大きな襟巻をしていて、その独特な姿は誰が見ても見間違うことはない。しかし、冬羽は襟巻が取れ、首の色も褪(あ)せて淡い赤褐色に変化している。さらに、この個体は羽縁がはっきりし、ひどく擦り切れているので幼鳥であろう。

 東広島ではエリマキシギは比較的珍しく、この10年で3回しか報告がない。訪れる頻度も個体数も少なく今回もただの1羽である。このエリマキシギは常に顔を水に浸けるようにして餌を採り続け、なかなか顔を上げてくれない。ここは車1台がやっと通れる農道、じっくり待つことも憚られ急いでその場を離れた。

(2011年10月23日記)

野鳥観察の楽しみ

きょうの猫村さん 1~5 2011年11月

きょうの猫村さん 1~5

ほしよりこ 著(マガジンハウス)

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 由緒ある家柄の裕福な家「犬神家」に奉公にやってきた家政婦、猫村ねこ。家事万能、得意料理は「ネコムライス」。2時間ド ラマや人情刑事ドラマの主題歌を歌いながら、海外へ行ってしまった「ぼっちゃん」との再会を夢見て頑張ります。
 普通の家政婦のお話ですが、主役の家政婦が「猫」というシュールな設定。しかし周囲の人々は、猫村さんが「猫」であること を認識しつつ、それを自然に受け入れ物語はまったり進んでいきます。
 鉛筆で描かれた柔らかな絵と、登場人物たちのちょっとした優しさに癒されます。日々の生活に追われていると感じたとき、何 も考えずにのんびりページをめくるのもいいかもしれません。(高)

今月の気になる本

タニシ君が行く! Re 2011年11月

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タニシ君が行く!

社員のひとこと 2011年11月

メットが壊れ出費三万と思いきや、部品代五百円で済みラッキーでした。 (aki)

20代最後の歳を迎えました。まだまだ全力で突っ走ります!! (M)

秋の花粉症? 鼻がムズムズして、くしゃみが出ます。 (香)

秋が深まってきました。今年も紅葉を見に行くのが楽しみです。 (友)

朝晩が涼しくなり、ようやく秋らしくなってきました。昼を除いて。 (小)

きのこの山より、たけのこの里派です。 (⑨)

今月から始まった自転車通勤。片道40分は厳しい。でも健康のため頑張ります。 (G)

平和マラソンがんばるぞー。おー。 (サン)

産休がスタートして、まったり暮らしてます。11月11日が予定日なのでドキドキです! (デミ)

食欲の秋がやってきた! おでんがうまい! 味がお店それぞれで違うのがこれまたいい… ('v') (お)

朝・晩の気温差で体調を崩し気味なので、なにか体に良い事ないですか? (Q)

季節の変わり目。早速風邪をひきました。 (S)

朝と昼の気温の差があって体調を崩さないか心配です。 (K)

芸術の秋、読書の秋などいろいろですが、僕の秋は10割が食欲の秋です。 (山本)

次郎焼き、三郎焼き…九兵衛焼き…花子焼き。なぜ一郎がいない? (哉)

名古屋に行ってきました。矢場とんの味噌カツ美味しかった~☆ (B)

最近、また視力が落ち始めました。 (尚)

貴方は猫派、それとも犬派? 私はネコ派ニャン。あの可愛い仕草にノックアウトです。 (モン)

朝晩が冷えるようになりました。そろそろダウンの出番でしょうか。 (元)

はじめて八丁座に行ってきました。椅子が気持ちよすぎて寝そうでした。 (高)

息子が走るのに合わせて夜の散歩を始めました。いつまで続くかな? (千)

腰の次は腕、肩、首。全くねぇ。 (北)

facebookを始めて4カ月…未だに初心者! とりあえず毎朝の「おはよう」コメントは続けてます。 (伸)

早朝ウォーキング途上、阿品海岸近くで2艘の船が底引き網漁? 双眼鏡とカメラがあったら良かった! (秀)

社員のひとこと

今月の写真(10) 2011年10月

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ノシメトンボ(雌)

 

山(757m)の頂上付近で休んでいる。
 
(2009.09.17.東広島市豊栄町)
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫

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今月の言葉(10) 2011年10月

天下の秋を知る

自然界の輪廻転生と政局に学ぶ

 星野富広さんの画集詩 「木の葉」が気に入った。「木にある時は/枝にゆだね/枝を離れれば/風にまかせ/地に落ちれば/土に眠る」(後略)―。「葉っぱのフレディー命の旅」を描いたレオ・バスカーリアを思い出した。春から夏、秋から冬にかけての葉っぱの物語り。
 共通するのは、輪廻の精神だろう。秋は、実りのときであり、落ち葉の季節。そして新しい生命を生み出す春を迎える。それは人間の一生にも似た転生―。なにごとも生に執着するのではなく、感謝する豊かなこころで一生を送ることを説いている。
 星野富広さんの画集詩、バスカーリア博士の絵本も「神さまからの教本」かも知れない。とくに秋の日本風趣に富んだ自然の変化がある。それが侘び、寂びの文化を生んだわけだが、こと政治になると人間模様が変わる。これがまた日本の政治文化だろう。
 「一葉落ちて天下の秋を知る」―。
中国の漢時代の準南子書にある言葉。意訳すれば、物事のきざしを見て衰亡を推し量る比喩的な表現である。いまの日本の政治でいうならば、一葉とは、時の首相(前、菅直人氏)であり、天下とは国の行く末であろう。
 三月の東日本大震災は、「千年に一度」の大規模な天災。加えて人災といわれる原発事故をめぐる政府の対策の遅れに、官僚発言の不一致などから野党の反発のみならず、世論からの不信感も。
 なにしろ平成になってから二十三年間に歴代の首相は十七人目。竹下、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅―。新首相をめぐる政治体制は、依然、不透明。与野党の駆け引きは、活発になる。季節の秋は、変化に富んだ自然の美があるけれどこの世界は、政治家の人間模様による「政局の秋」となる。
 その変化と行く末は、世界各国からも注目されている。
 国内外での多難な秋―。多難な時―(新辞源では秋を時とも読む)
 日本の針路を委ねる私たちにも責任の一端はある。いたずらに世論に付和雷同するのではなく政治家の動向を「監視」すべきである。
 芭蕉の句では無いが、「秋深き隣は何をする人ぞ」と無関心であってはいけない。
 私たちは、一人ひとりが、確かな目で冷静に判断することである。
 芭蕉と同じ俳人、蕪村の句にこんな句がある。 「人は何に化(ばく)るかもしらじ秋のくれ」
 いやはやである。
 駄句を一句―。
 「秋深き狐狸うごめきし永田町」

(風彦)

今月の言葉

雑感(10) 2011年10月

代表取締役 田河内秀子


 やっと朝晩涼しくなって参りました。三・一一から半年、月日のたつのは早いものです。あの震災で亡くなられたご遺族の方たちは、いつまでたっても気持ちがあの日から離れることはないでしょう。
 原発事故の為に行方不明者の捜索さえ出来なかった場所で、子どもさんを失った方はいないのでしょうか? 膨大な数の犠牲者のおひとりおひとりに、その数だけの人生も家族もあるのに、「死の町」などと軽々しく言うような指導者を持った、いえそのような人を選挙で選んでいる私たち国民も一体何なんでしょう? 福島の方たちは全国に離散せざるを得なくなり、家族もバラバラになって、これからどう生活を立て直していくのか、いつ故郷に帰れるのか暗澹たる気持ちだろうと察します。今更ながら福島三号機が一、二号機の水蒸気爆発と違い、核爆発事故で本来は七〇~八〇キロを避難区域にしなければいけなかったと言われているとあとで知ってももう遅いです。
 ここ広島にいる私でさえ、あの日から当分は孫を育てている娘に対して、「空はつながっているのだから、こどもを絶対雨にぬらせたらダメ、外に出るときはマスクをさせて」と、言っていたので、放射能の恐怖に曝され続けている東日本の親御さんたちのためにも、本当に早く有効な手を打って欲しいものだと思います。
 放射線の量に対して、少量の放射線はかえって健康にいいとか、一年二〇ミリシーベルトでも健康には影響ないとか、法律で一年一ミリシーベルトに決まっていて、国際的にも通用しなくなる等、様々な意見で世の中は右往左往しています。
 新聞では放射能に汚染された表土を削り取っても今度はそれを捨てるところがないと書いてありました。どうやってもなくならない、ただ長い長い時間がたつのを待つしかないやっかいな物質を、一体原発推進派の方たちはどう処理しようと思っていらっしゃるのか、納得のいく答えが欲しいものです。地震の無い国、原発大国フランスでも核処理施設で事故が起き、フランス国民も脱原発の世論が起きてきたとニュースにありました。
 経済の発展と命の大切さを両立させていく賢いやり方が本当にあるのでしょうか?

雑感

身近な野鳥 「貝を食べるオバシギ」 2011年10月

野鳥観察の楽しみ(百九)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
  1110obashigi2.jpg   
写真はオバシギ、(‘11.09.12.東広島市安芸津町)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm, 1:4 DⅡ,1/2500秒,f/6.3, ISO800,トリミング〕

 

秋はシギ・チドリの仲間が渡る季節、連日海岸に来ている。今日は早めに来て潮の引き始めから観察しようと意気込んだ。擁護壁からそっと足元の干潟を覗きこんでいるその時、1羽のシギが訪れた。それが何んとオバシギだった。続いてイソシギ1羽、ソリハシシギ2羽がやって来た。

オバシギはイソシギよりかなり大きく感じられ、背中が茶褐色、羽の縁(羽縁)が一枚一枚白く縁取られているのは第一回冬羽を示し、胸の黒褐色斑が密なのは幼羽が残っているのかもしれない。腰は白い。地面の穴にやや長い嘴(頭の長さと比較して)を突っ込み、アサリを銜(くわ)えて取りだし、海水で表面の砂を落としてから丸のみした。

一方、ソリハシシギは素早く走り、蟹を捕まえては海水で洗いながら食べている。オバシギとソリハシシギはお互いに水際に沿って移動している。そのうち左右からそれぞれ一羽ずつ近づいてきた。ご対面にはどのような事が起こるか固唾をのんで見守っていた。

ところが、お互いの距離10cmもないところをすれ違ったが、何事も起こらず、相手には何の関心も示さなかった。餌の種類がお互いに違うので、近くにいても争いは起こらず仲良く暮らしている。同じ環境をお互いに上手く棲み分け(食い分け)している姿を目の当たりにして、自然界の摂理に改めて感心した。

(2011年9月30日記)

野鳥観察の楽しみ

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