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クリスマス・カロル 2009年12月

ディケンズ 著 村岡花子 訳  新潮文庫

 金儲けのことしか頭になく、困っている人に一銭も恵んでやろうなどと思っていない、嫌われ者の老人スクルージのもとにかつての相棒マーレイと3人の幽霊が現れた。スクルージは、幽霊たちにつれられて、過去・現在・未来の自分の幻影を目の当たりにすることになる。
 子ども時代、ひとりぼっちで過ごしていた自分。青年時代、守銭奴への道を歩み始めたスクルージと、それに愛想を尽かした婚約者とのやりとり。現在、自分をクリスマスパーティーに招待してくれた甥とその家族の中で交わされる自分の噂。そして、未来。ケチで冷酷な男として死んで行った自分のことを悪し様にけなす人々。見たくもない幻を、幽霊たちと見ていくにつれて、スクルージの心に変化が起こる。固く氷のように閉ざしていた心が、自分以外の人間に対して開き始めたのだ。そんなストーリーだが、出現する幽霊のイメージや、幻想的なシーンは150年以上も前に書かれた小説とは思えないくらい、特撮的な表現だ。現在、ディズニーの映画として公開されていることもうなずける。
(クリスマスは)「親切な気持ちになって人を赦してやり、情けぶかくなる楽しい時節ですよ」と、スクルージの甥が言う。
 私は、スクルージほどお金への執着心はないが、引きこもりがちな性格なので、もしかしたらクリスマスの晩、幽霊の訪問をうけるかもしれない。怖くもあり、訪ねて来てほしいような気もする。(哉)

今月の気になる本

正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官 2009年12月

【監督】ウェイ・クラマー
【監督】ハリソン・フォード、レイ・リオッタ、アシュレイ・ジャッド、ジム・スタージェス

 アメリカ合衆国は移民の国、という。これを理解しておくことが小説や映画を鑑賞する上で重要だという。しかし一つの国に多くの民族が存在しているという状況を、日本に住む日本人の私は実感することができない。それどころか、日本人であることがどういうことなのか、把握することもできない。
 この映画の中で移民局のベテラン捜査官が見つめる一人ひとりの物語は、数枚の書類で片付けるには重過ぎるものだろう。1枚のグリーンカードのために多くの涙や血が流され、嘘や裏切りや二度と会えない別れが生まれる。中には要領よく規制をすり抜ける者もいるが、不法滞在者と呼ばれる彼らはみな、自分と祖国とのあり方を強く想っている。ここで示されているのは、遠い国の流浪の民の事情ではない。「この国に住むこの国の自分」を捉えることのできない私のような者に、国境を越える足の重さを刻み込む楔である。(nao)

キネマ見ましょか

タニシ君が行く! Re 2009年12月

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タニシ君が行く!

社員のひとこと 2009年12月

この季節の街路樹の近くに住む人はそうじが大変そうです。 (K)

洗い物をしている時に土鍋を割ってしまいました。これから鍋がおいしくなるのに…。 (山本)

ダルビッシュ有君は、骨折を隠して登板!! 私も精神力の強さを見習いたい。 (Q)

最近気になっているお店は、たまごかけごはん専門店です。 (お)

忘年会シーズン突入!昨年は会社と個人、大小合わせて14回も!!さて今年は? (伸)

今年のクリスマスは何をしてすごそうかなと考えています。 (幸)

年を重ねると新しい事はなかなか…でも今月は一杯吸収したよ~ン。勉強するってやっぱりいいかナ? (モン)

http://twitter.com/funairisanpo (哉)

「イヤイヤイヤイヤ」はY君の口ぐせかと思っていたら、全国的な流行らしい。 (北)

子供が新型インフルエンザにかかり、学校も学級閉鎖になりました。うがい、手洗いをしっかりしましょう。 (千)

恥ずかしながら、またコケてしまいました。 (朝)

すっかり寒くなりましたね。今年こそはコタツを出そうかなと思っています。 (元)

カキの美味しい料理を模索中です。 (B)

インデザイン講習、大変ためになりました。知ってるつもりで知らない機能がてんこもりでした。まだまだ修行の身。改めて感じました。 (高)

やっと寒くなってきた。我が家のシャコバサボテンにたくさんの花芽。今年こそ咲いてね♪ (秀)

社員のひとこと

今月の写真 2009年11月

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【ベッコウシリアゲ】 奇妙な顔をした昆虫と出会った。
(2009.09.02 東広島市で撮影)
東広島の野鳥と自然に親しむ会 環境カウンセラー(環境省登録) 新名 俊夫

フォトギャラリー

今月の言葉(11) 2009年11月

カラオケは大衆文化である
─ ご当地ソングが育たない広島事情は ─
 

            ―風彦 

 広島の繁華街の一隅にカラオケ喫茶の店がある。主は先田正光さん。年齢は六十歳。根っからの歌好きが高じて、本職の機械製作所をやめ、音楽学院に通ったほどの人。カラオケ仲間に呼びかけ、地域社会にも貢献しており、数々の感謝状を? 店名は「カラオケ情報ステーション・ひろしま気分」である。
 「ひろしま気分」は、歌の題名からつけたもの。今から十年前だった。広島市が広島のイメージアップをはかるため、広島商工会議所観光協会などとタイアップして作詞・作曲家 あき たかし(本名・水野喬)に依頼。歌手も当時、人気のあった田川寿美を起用した演歌であった。しかし、歌のほうは、なぜか全国的に流行しなかった。あき たかし(現在、泉佐野市在住)は、地元民放出身の有能なディレクターで、数多くの作詞作曲を手がけた人。広島での歌謡文化の振興に情熱を傾け、広島では知る人ぞ知る存在。広島港を舞台にした演歌調の「雨の港から」、カープファンの心意気と広島の街を歌った「広島天国」…。郷土広島一筋に歌手活動する南一誠の育ての親でもある。
 広島にはご当地ソングが根づかない―、という通説があり、ヒットメーカーの作詞家、石本美由起=故人=(広島)、星野哲郎(山口・大島)の作品もはやらなかった。
 美空ひばり、北島三郎、島倉千代子、都はるみ、瀬川瑛子…。著名な歌手が歌ったが、なぜか流行しなかった。印象に残るのは、美空ひばりの「一本の鉛筆」、北島三郎の「尾道の女」ぐらい。いま話題の「安芸の宮島」(歌手・水森かおり)も流行するか、懸念される。ちなみに広島を歌った曲は、戦前からでも四百曲余あるそうだ。それでいて、全国的に流行しないのはなぜだろう。
 瀬戸内の海、山、川…。盛り場の流川…。演歌の舞台背景に恵まれているのに、である。
 広島は原爆と平和のイメージのせいだというムキもある。しかし、同じ原爆の被爆地の長崎は、「長崎の鐘」、「長崎は今日も雨だった」が一世を風靡?した。広島在住のマスコミの知人は、広島と長崎では文化と歴史の違う点をあげながら、広島の持つ語呂のイントネーションを指摘する。
「すべては大衆の心にどう響くかである」(あき たかし)
 カラオケは大衆文化でもある。文化とは「文徳で民を教化する」(広辞苑)意味もある。
 十一月は各地で文化事業の花盛り。広島のカラオケ大衆文化を考えてみた。

(風彦)

今月の言葉

雑感(11) 2009年11月

代表取締役 田河内秀子


 先日、私が住んでいる廿日市市の団体、広島西部ロハスの会主催の『廿日市漁民の森づくり―どんぐり大作戦―』に参加した。二〇〇六年に始まったこの活動は今年四年目を迎え、参加者も増えてきているそうだ。知り合いの永本建設の社長さんがこの会の代表者ということで、参加するきっかけをいただいたのだが、娘と孫と一緒に参加してみると、世話人側にも参加者側にも知った顔が・・・。
 実はこの春、我が家から歩いていける海岸(鰆浜)で貝堀りをしたのだが、死んだ貝殻ばかりでほとんどアサリがいなかった。昔私が子どもの頃は、学校から帰ると近くの海岸で貝堀りをし、砂を吐かせたバケツ一杯のアサリを、母が佃煮にしていたのを思い出す。その海岸は今や高層ビルの下だ。しかし、今幸いにして、歩いていける海岸がすぐ近くにあるのに、貝がいない浜は本当に寂しい。
 この浜を、この海を、アサリや牡蠣や小魚たちがザックザック取れるような豊かな海に戻すには、戻そうとする強い意志と、たくさんの人の努力と、多分長い長い時間が必要なのだろう。
 豊かな海は、海に流れ込む川、川の水の源である森が豊かでないといけないと、全国各地でいろいろな活動が盛んになっている。こんな活動に参加することによって、より身近に自然や環境を考えることができる。
 この度この『廿日市漁民の森づくり―どんぐり大作戦―』で、孫と一緒に四本の苗木を植えたのだが、是非来年も参加して、今年植えた木が大きくなる様を見てみたい。

雑感

身近な野鳥 「迷鳥アカハシハジロ」 2009年11月

野鳥観察の楽しみ(八十六)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
新 名 俊 夫
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写真はアカハシハジロ雌(‘09.10.28.山口県山口市)〔Nikon D300, Nikkor ED,AF-S 600mm,1:4DⅡ,1/1600秒,f/6.3,ISO400,トリミング〕

 

 アカハシハジロが山口県にやって来たとの情報が入った。山口県でも初認らしく、勿論、広島県では観察されたと言う報告を聞いたことがない。急いで行ってみる事にしたのが10月28日。10月23日に確認されたそうなので、まだ居てくれればよいがと思いながら早朝から車を走らせた。

 きらら浜自然観察公園に9時35分には到着したが、淡水池には既にバードウオッチャー数組が訪れており、盛んにカメラのシャッター音をさせていた。アカハシハジロはホシハジロの群れの中に居り、水中に首を突っ込み、水草のようなものを食べている。集団はやはり、こちらを気にかけているようで50m以上は離れている。

 このアカハシハジロは雌で、ミコアイサの雌に良く似ている。頭から背中にかけて茶褐色をしていて、頬から咽喉にかけて淡白色、全体に淡茶褐色をしている。嘴の先が橙色、大きさはホシハジロと同じくらいで、1羽だけなので目を離すとどこに行ったかすぐに見失ってしまう。

 アカハシハジロの雄は頭部が赤味がかった橙色、嘴と目が赤くて、首から胸が黒、背中は灰褐色をしている。ヨーロッパでは普通に見られるようだが、日本は飛来地から遥かに離れており、稀にしか見ることができない。しかし、琵琶湖には毎年雄1羽がやってきて、越冬しているし、この様子では、この雌もここで越冬してくれるかも知れない。

 

(2009年10月29日記) 

野鳥観察の楽しみ

動的平衡 2009年11月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

福岡伸一著  木楽舎

 分子生物学者でありながら、前著“ 生物と無生物の間 ”が60万部超という大ヒットしたのは、その内容に加えて、日本の学者には珍しく類い稀な筆力を持っているからで、前著以上に哲学的で難解なタイトルにかかわらず、09年2月の発売からわずか2ヶ月ほどで7万部を超えたと言われる。

 日本が先の大戦に参戦する頃、ユダヤ人科学者ルドルフ・シェーンハイマーはドイツからアメリカへ亡命、ニューヨークのコロンビア大学で、マウスにアイソトープで標識を付けたアミノ酸を与える実験を行なったところ、3日以内に半数以上が体内の筋肉・肝臓・血液などに認められ、しかも体重は増えなかった、という研究結果を得た。
 そこで彼は、我々の身体そして生命は、日々変わりゆく身体組織の流れの中で、辛うじて一定の状態を保っている特異な有り様、すなわち「動的平衡(Dynamic equiibrium)」だと定義づけた。当然本著のタイトルはそこから来ている。
 著者は、「(シェーンハイマーの実験結果は)デカルト的な機械論的生命観に対して、還元論的な分子レベルの解像度を維持しながらも、コペルニクス的変換をもたらした、20世紀最大の科学的発見だった」としている。
 ただシェーンハイマーにとって不運だったことは、当時同じニューヨークの、ロックフェラー大学にいたオズワルド・エイブリーによって、遺伝物質である「核酸」が発見され、それが複製メカニズムを持つ「二重螺旋」を持つことがわかり、一挙に分子生物学時代の幕が切って落ちされることになったことである。 
 その結果、偉大な業績にもかかわらずシェーンハイマーの名前と業績は、歴史の澱(おり)に沈むことになった。
 ご存じのように、それ以後分子生物学の世界では、シェーンハイマーのいわばアナログ・ワールドは打ち捨てられ、以降遺伝子=DNA・RNAの解析から、ゲノム解明・遺伝子操作という、ディジタル・ワールドという還元論者が跋扈する時代となっていくのだ。
 本著の伏流として全巻に流れる思想は、生命ですら全て物質とみなす最近の分子生物学の趨勢、たとえばクローン・遺伝子操作・生体間臓器移植・ES胚細胞・iPS細胞(人工多機能性幹細胞)などなどへの、行き過ぎに関する警告であり、「生命もすべて物質である」という思想、また細分化が行き着く還元主義的発想の危険性である。
 脳内の記憶を司る器官内で、記憶関連物質として認められるのは「ペプチド」というタンパク質だが、本著では、かつてマウスの記憶中枢に蓄積されている「ペプチド」を抽出して別のマウスに注入して失敗した例を挙げる。
 ここで再登場するのが、上述シェーンハイマーの実験である。すなわち、食品から体内に移行したタンパク質は、ごくわずかの時間で消えてしまい、すべては新しく取り込まれたタンパク質と交代し、わずか3ヶ月ほどで体内の細胞はすべて新品になってしまうと言う事実である。
 このことは「生きる」あるいは「記憶」という働きは、決してタンパク質あるいはアミノ酸という物質だけではない事を示している。すなわち、わずかな期間に過去の物質と入れ替わった際に受け継いだ「生命」「記憶」などは、すぐさま次の物質に受け渡されることになる。
 そうしたわずかな期間の持つ「揺らぎ」の中にこそ、「生命」や「記憶」が存在する、というのが題名の由来なのである。
 当然のことながら、物質で構成され、そのわずかな電気パルスによって行なわれる生体反応は、いくら分子レベルにまで細分化し還元化しても、決して再現できないのは、そうした生命体構成物質が、たえず移り変わり、移動し、微妙に揺らぎ続けているからだということなのだ。
 著者はいろんな研究を元に、(例えば)100gのタンパク質を摂取し、20g排泄したら、80g消化されたかと問う。答えはノーである。これを「ペニー・ガム」と呼ぶそうだが、その心は、「自動販売機に1ペニーのコインを入れてガムが出た」ことと同じたと説く。
 なぜなら生体は、別の形で(膵臓という器官で)、食事で得たとは別に、毎日常に100gに相当するタンパク質を造り続けているのだという。
 その事実の裏返しとして、最近サプリで膝の軟骨にいいとして、コラーゲン含有製剤があるが、本来コラーゲンは吸収されにくいアミノ酸で、消化されなかった残滓はすぐに排泄されてしまい、一方消化されたものは血液によって全身に運ばれ、その時点で身体が必要としている部分で使用されるというのが正解らしい。
とすれば「看板に偽りあり」であって、「個人差があります」などと小さく添え書きしてもいわば詐欺行為ではないか。
 著者はまた、食物(その中に含まれるタンパク質=アミノ酸)によって動物の身体が成り立っているという事実から、タンパク質の摂取にしても、それが毎日の三度の食事に配分されないと、時間的に飢餓状態を招くと指摘する。
 これは昨今母親の怠慢によって、幼児から学生など若い世代、それにダイエット目的の女性など、朝食抜きという傾向が強いことへの大きな警告でもある。
 その一環としてだが、フール・フーズ(全タンパク質をバランス良く含んだ食品)として、鶏卵を挙げていることも、(経歴柄)うれしい限りである。
 また「人間は考える管である」として、もともとの先祖が、腸管主体のミミズとかナメクジウオなど腔腸類だったのだから、「すべて脳で考える」という発想は行き過ぎであって、脳以外の腸を主体とする脳以外の器官の作用を無視する風潮に釘を刺すことも忘れていない。
 その柔軟な発想と共に、日本の科学者には珍しい際だったストーリーテリング能力を認めざるを得ない。目からウロコを沢山落としてくれる好著として、一読をお勧めする。

感銘の一冊

葛飾ブランド 葛飾町工場物語 2009年11月

発行:葛飾区/東京商工会議所 葛飾支部 

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 東京都葛飾区は、町工場集積している場所であり、地域の技術のすばらしさを紹介していこうと設けられたのが「葛飾ブランド」。本書は、その中で選りすぐられた10社を親しみやすい漫画で紹介したものです。メッキ加工、極薄ゴムシート、ツインメガホン、ペンクリップ、メガネフレーム、セルロイド雑貨、ケーブルをまとめる器具、美術館の展示ケース、六角ナット。様々な物が、葛飾の町工場から生み出されていることがわかります。JGASの記事でも紹介した布地への染色の会社も「葛飾ブランド」です。当社が所在している舟入にも結構工場があります。本書に刺激され、「舟入ブランド」というものがほしいなと思いました。 

(哉)

今月の気になる本

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