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21世紀の国富論 2009年06月

縄文塾塾長 中村 忠之

縄文塾  

原 丈人著  平凡社  1,470円(税込)

 著者は日本人には珍しく、ベンチャー・キャピタリストとして、多くのシリコン・ヴァレーでベンチャー企業を育成してきたことで有名だが、もともと考古学者になりたかったのでトロイを発掘したハインリッヒ・シュリーマン( 1822~1890)のように、お金持ちになるための手段として実業家の道を選んだという変わり種である。
 そのためまず本人自体がベンチャー企業創設し、それを売却して資金を調達、次第に実績を重ねていくのだが、たとえば1980年代、脱工業化の波に乗ってアップル・マイクロソフト・インテル社などがベンチャー・キャピタルの支援を受けて急成長していったことは記憶に新しい。
 しかしながら、時代を経てベンチャー・キャピタルの性格も次第に大きく変貌していき、著者に言わせると「(アメリカにおいて)すでにベンチャー・キャピタルは死んだ!」のである。
 もともとアメリカでは、住居が動産であるのと同じように、企業すら一種の商品という発想があった。それが脱工業化社会として、「物的工業製品」から「知的工業製品」への道を歩み始めた時分から次第に強くなり、ついに企業は完全に金融商品化していったのである。
 企業経営手段としてのNBA(ビジネススクール)での技法が次第に最終目的と化し、ROE(Rules Of Engagement=株主資本利益率)」を最重視するという「株主のための会社」に変質するに従って、ベンチャー企業の持ち味である「研究費・先行投資・内部留保」などが圧迫されていったからである。
 結局アメリカにおいて、「企業は社会に貢献する」というかつての理念は空洞化し、企業の売買・乗っ取り・合併によって成長するという歪なものになり果てていく。
 そうした中アメリカでは、いわゆるCEO(Chief Executive Officer 最高経営責任者)という企業経営スタイルが定着していくのだが、彼らの中には行き詰まった企業に乗り込んでリストラを強行し、株価を低下させた後、MBO(Management Buyout=経営実績による報酬)の権利を取得し、業績改善に応じて巨利を得るという、ある意味会社を食い物にする行為が公然と横行するようにすら成り果てるのである。 
 著者に謂わせれば、「知的工業製品」としてのITとは、インテルとかマイクロソフト・アップルなどであって、ヤフーやアマゾン・樂天・ソフトバンク(それにライブドアなど)は、ITを利用したサービス業として、厳然と区別すべきだという。
 そう考えると、日本のお家芸である「物的工業製品」分野の企業もITが不可欠なものとなっていることも明白である。
 著者は本著の中で、アメリカ型経営システムの破綻と併せ、すでにいまポストITとして、ソフトとハードが一体化した、PUC(pervasive ubiquitous comunications=パーペイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)の時代に入ったのだと理論を展開する。
 たとえば現在のIT社会の中心であるパソコンは、電源を入れてから実際に利用できるようになるまで一定以上の時間を必要とする。他の電機製品なら決して許せぬこの状況をなぜか多くの人は当然視して、他の電機製品の場合、クレームが集中するようなケースでも、「こんなもんだ」と諦め半分自分を合わせているのが現状である。
 一方PUCとは、使っていることを感じさせずに、どこにでも存在し、コミュニケーション機能を中心とした──ソフトとハードが一体化し不可分な──次世代のコンピュータの技術形態を指す概念のことである。
 
 なおここで取上げられた「ユビキタス」だが、かつて万能的OSであるトロンの開発者坂村健──当時東京大学助手(現教授)──が提唱したものだが、著者は坂村説はまだソフトとハードが一体化していない理論だと、その違いを明確にする。
 そしてPUCは、「物的工業製品」で圧倒的な力を持つ日本にとって、もっとも可能性を秘めた分野だと言う。
 本著はこうした技術分野を実際に活用している実例として、バングラデッシュでは、PUCを応用して、大画面のハイビジョンによる「遠隔教育・医療支援システム」──学校あるいは病院同士をワイヤレスのブロードバンドの先端技術でつないだ──リアルタイム双方向ネットワークを紹介している。
 また今後救援が穀類というデンプン質に偏ったアフリカにおいて、有効なタンパク源を豊富に含有した藻類「スピルリナ」の、製造から製品化までの技術を提供するなど、全く新しい分野に力を注いでいる。
 ただ著者の理念として、こうした行為は決して援助としてでなく、事業として利益を上げ得る、一種のベンチャー企業あるいはベンチャー・キャピトルとして取り組むべきだということを強調している。
 著者は、昨今日本において、いまだに時代遅れのアメリカ型の経営に偏向することで、優秀な人材や資金がマネーゲームに浪費されていることにに対する警告を発すると同時に、景気後退に伴う税収の減少・財政悪化から、増税の是非が論議されている中で、日本を「先進国の中でもっとも税率の低い国にする」ことで、世界中の優良企業を日本に呼び込むことを提唱している。
 景気の後退期には、ともすれば庶民の生活や福祉の向上に、また税収の増加など後ろ向きの議論が増えるものだが、そうした中で著者の英知と幅広い視野によって、日本の将来像としての「国富」のあり方について、情熱を傾けて論じた貴重な一冊と言えるだろう。

 <参考サイト>
  ほぼ日刊イトイ新聞より
 http://www.1101.com/hara/2007-11-19.html
「原丈人さんと初対面」(0~10回までつづく)参照

感銘の一冊

ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影 2009年06月

内堀 弘 著
ちくま文庫

  昭和初期、鳥羽茂という人がいた。ボン書店という出版社を一人で経営し、シュルレアリスムなど、当時の最先端の詩集などを刊行した。7年間の活動の末、忽然と姿を消した不思議な出版社ボン書店。選ばれた紙と素材を使い、鳥羽自身が活版印刷し、製本も手がけたらしい。大手の出版社が出す豪華本とは比べ物にならないが、貧しいながらも、独特の美意識で貫かれた瀟洒な本の数々は、美的なセンスでは豪華本を凌ぐほどの出来。若い詩人たちを魅了したようだ。
 そんなボン書店は、鳥羽本人の他界で自然に消滅。夢の中の出来事のような、小さな出版社。その実体とはどのようなものだったのだろうか。著者は、当時を知る人々や記録にあたり、想像力を駆使して、鳥羽の残した痕跡を追う。まるで足跡を消しながら歩くような鳥羽の人生をたどるのは困難を極めたようだ。結核に冒され、妻に先立たれ、幼いわが子を連れて東京を去った鳥羽だが、最期の時をどこで迎えたかということすらわからない。ところが、本書の初版の単行本発行以後、著者のもとに届いた新情報で、それまで見えなかった事実が明らかとなり、晩年の鳥羽の姿が『文庫版のための少し長いあとがき』として収録されている。そこに語られていることは、せつなく、悲しい。できることなら、読まずに本を閉じてしまいたいほどに。
 でも、こういう生き方をした人がいたということを知ることができて良かった。人はみな、それぞれが自分の名前を冠した店の店主みたいなものだから。

 (哉)

今月の気になる本

西山仁胤のおもしろインターネット放浪記 2009年06月

インターネットで禁煙!

 先日、ひねもすのたりとネットサーフィンをしていますと、「5月31日は世界禁煙デー」というページを見つけました。なんでも、世界中で毎年約300万人の人が、喫煙が原因と思われるガンや心臓病で亡くなっているそうです。300万人っていうと、広島市の人口が約110万人ですから、広島市3つ分の皆さんが毎年タバコが原因で亡くなっている、という訳なんですね~。コワ~。
 実は私も元喫煙者なのですが、7年前に禁煙しました。何度も挫折して辛かったですが、先日ある方から聞いたこの禁煙方法を知っていれば、もっと楽にやめられたかも、という方法をご紹介します。
 まず、動画配信サイト「You Tube(http://www.youtube.com/)」にアクセスしてください。次に「肺がん手術」で検索すると、たくさん動画がヒットします。それを片っ端から見てください。段々と怖くなって、煙草を吸う気が無くなるそうです。僕もやってみましたが、最初のサムネイル画像を見ただけで、気持ち悪くなって閉じました。
 本気でタバコをやめたいあなたは、ぜひお試しあれ!

(エリッキサー 西山仁胤)

インターネット放浪記

タニシ君が行く! 2009年06月

タニシ君が行く!

[不定期連載] ひろしまくっちゃね隊―30 レバ刺し 2009年06月

美味い内臓肉と焼肉が喰いたい。

そんな熱い三人の男が皐月晴れの黄金週間に集まった。

みんなガッツリと生ビールが飲みたいので、車は使わず広電に乗って向かいました。
バカ話しながらノンビリ向かうのもまた楽し。

まだフラワーフェスティバルの賑わい冷めきらぬ市内に到着。
平和大通り沿いの観音町にあるその店に到着。
予約は6時にとっていましたが、まだ5時ちょっと過ぎ、構わず入店。

時間よりかなり早いが、愛想の良い、面倒見のよいおばちゃんに案内される。

三人揃って生ビールを注文。
何を頼むか、悪ガキ達のように作戦会議。
歳をくったので昔みたいに適当に沢山頼むのが無理なんで食べたい順に慎重に選ぶ。
みんな同級生だがジジイになったよね~。

東観音町の『せっちゃん』と評価を二分するレバ刺しとタン好きが集まったためににタン刺しを頼む。

焼肉はもちろんタン、牛バラ、そしてホルモン。
ホルモンは上中下と3種類あるが、熱烈なホルモン愛好家の友人の意見を取り入れて1番脂の乗った「下」にあたる普通のホルモンを頼んだ。

それと定番のキムチで本日はスタート。

まだ5時半にもならないのに生ビールで乾杯。

まさに休日最高、至福の時間。

三人とも普段は働いてる時間なんで、ささいな事で感激して自然と笑みがこぼれる。
ビールも別名に笑ってる酒と言われるから重ねて嬉しい。
冷えた炭酸が笑いながら喉を心地良く潤す。
暑い一日だったがこの生ビールで一発でなんだか解消してしまう、素敵な時間。
タン刺しとキムチがくる

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すかさずタン刺しに三人の箸が伸びる。
細かく切られたタン刺しを塩にチョンと付け、口にほうばるとうま味と独特の歯触りが美味い。
ちょっと予想外の味だが個人的にはとろける感じが好き。
ビールも進み、お代わりを頼んだ。
肉が皿に盛られてくる。

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牛バラとタン、ホルモンが来て丁寧におばちゃんが焼きかた、焼く向きなど丁寧に教えてくれる。
基本は片面をしっかり焼き固め、無駄な肉汁を落とさない、逃がさない。

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基本の味は素材がいいので、塩で喰う。
確かに理には適っているし、言われた通りにすると美味いよね~。
牛バラ肉もタレに漬けこまない、肉の味で勝負する自慢なんだとおばちゃんに教えてもらった。
酔っ払って聞いていたが多分、間違いない。

お待ちかねのレバ刺しがくる。

rebasasi.jpg

先ずはタレに付けないでそのまま食べる。
う、やっぱり美味い。
ていうか蕩ける。
で、なんでこんなに甘いの?
ていうか臭みがないから甘く感じるのか? レバーだから甘いのか?
あまりの旨さに三人の称賛が熱く熱く集まる。

『せっちゃん』のレバ刺し以来の興奮と感動。

箸が止まらない、ビールが止まらずお代わりを頼む。

タレは胡麻油に塩というよくあるスタイルではなく、胡麻油に醤油タレぽいタレだがこれまた美味く、レバ刺しに合う、ビールにももちろん合う。

歳だジジイだと言う割には三人共に肉をたくさん喰い、しこたまビールが進む。
だからビールお代わり、肉も追加。
ホルモン愛好家の友人は文句言いつつホルモン。
いつもの相方はミノ、白肉を。
自分はヤサキと牛肉刺し。

nikusasiyasaki.jpg

で三人共通の意見でレバ刺しをお代わりしました。
やっぱ外せんでしょう。
ホルモン愛好家によればレバーは生が1番レバー嫌いに向いた食べ方で、臭みやパサパサ感、苦手な食感を感じさせない食べ方だとのたまう。
確かにこの蕩ける甘さや旨さは、ジャンルは違うが皮剥ぎの生肝の如く舌の上で拡がり蕩けて、深く心に染み渡る。
野性の肉食動物のライオン等もも新鮮な内臓しか喰わないというが内臓てやっぱり美味いよね。

あとコウネを注文、コウネって広島以外ではあまり見ないって本当なのだろうか?

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おばちゃんがコウネも焼きかたを教えてくれる。
コウネは片面焼いて、キャベツに乗せてキムチをコウネで包むのがこの店流。
おばちゃんが見本で焼いて包んでくれて、代表して自分がいただく。

キャベツの歯ごたえと甘味、とコウネの脂、キムチのバランスが良くうまい。
ビールに合う。
味わっているとご丁寧に三人に見本を作ってくれる。
普段はコウネはレモンと塩だがこれはこれで美味い。
白肉も、もちろん美味いがヤサキが美味い。
心臓独特の味わいだが新鮮なのか臭みがなくフレッシュと言いたくなるようなキレのあるうま味、歯ごたえの良さに、思わず野獣のような微笑みを浮かべる。

だが友人二人は肉とビールに夢中で気付いていない。

焼肉は男達を時に野獣に、時に無邪気な悪ガキにかえる。
仲間に負けずにビールをぐいぐいと煽る。
喉にこんなに快感を感じるなんて

ギンギンに冷えた生ビールにしできない至福の瞬間なのだ。

お代わりのレバ刺しにまた溺れ、堪能して熱く語り合いながら呑んでるうちに3時間以上たっているがまだ9時前。
やっぱり早い時間から呑み始めると長くゆっくり楽しめますよね。
こんな時間の使い方も贅沢なんかも。

散々、焼き肉とビールに満足したにも係わらず、メタボ検診手前の三人組は懲りずに締めのラーメンを求めて店を出た。

また近いうちにレバ刺しを食べると固く誓いながら。

締めのラーメンを求めて三人の中年は観音の町並みを歩いて南下。
一心亭、すずめ、つばめという東観音町トリオに向かうが
ゴールデンウイークのために全滅。
河添いを文句言いながら、舟入本町まで歩いていきました。

疲れたね。 歳だよね。 運動不足だよね。
太りすぎだよね~。

無事、店は開いていたので入店。
三人揃って、ツケメンを注文。

 

motonari1.jpg

僕は海老塩ツケメンにしました。
motonari2.jpg

酔った後のラーメンは美味いけどツケメンもあうよね~。

特にこの店のツケメンは味が濃いし、ビシッとうま味が効いてるから締めには最高だね。

 

絶対、太るね。

 

 

広島くっちゃね隊

社員のひとこと 2009年06月

・もうすぐ雨の季節。夕立の後のアスファルトの匂いが大好きです。(K)

・茹でた野菜を鍋に入れたまま1日経っただけで腐った。これからの食品の保存はお忘れなく。(山)

・昔、トイレットペーパーが売り切れで騒動以来のマスク売り切れ、恐るべしウィルス。(Q)

・長いことさぼっていた腹筋背筋腕立てを復活させました。(@_@)(お)

・最近ジョギングを始めました。川沿いのコースはとても気持ち良いッス!!(伸)

・我が家のレタスが元気に育っています。あと、きゅうり・パセリ・冬瓜・ブロッコリー等家庭菜園頑張ってます…(モン)

・まだ7月にもなっていないのに、もう暑いので体調管理を気をつけようと思います。(幸)

・腰をいわしてしまいました。不便です。迷惑かけます。(北)

・「記事は足で書く」風彦さんの言葉(哉)

・新型インフルエンザの影響で子供の修学旅行が延期になりました。早く過ぎ去ってほしいですね。(千)

・関西に遊びにいこうと画策してます。楽しみ!(尚)

・油断していたら、足の甲が日焼けしていた。恐るべし紫外線!(朝)

・いつまでも若々しくおられるよう日々努力して参ります。(B)

・じめじめの季節がやってきた。いつ洗車したらいいのだろう。(高)

・孫を預かり、2晩一緒に寝た。ベッドの端から端まで動き回り、どうやっても起きない眠りの深さに「寝る子は育つ」という言葉を実感!(秀)

社員のひとこと

今月の写真 2009年05月

【ギフチョウ】
サンヨウアオイの葉につかまり産卵中。後で、そっと葉裏を覗くと
1mm程の半透明で黄色の卵が一つあった(右下円内)。
(2009.4.13撮影)

フォトギャラリー

今月の言葉(5月) 2009年05月

「子どもは国の宝」
 ― 自然の摂理を讃え、命を慈しむ ―

            ―風彦 


 さわやかな風、明るい陽光。野も山も若葉の輝き。ある年、ある日、山あいの里で出会った光景のメモを思い出した。
『藁葺きの農家。三、四人の喪服が出入り。読経が流れる。鶯も法華経を説く/山鳩は低く鳴咽(おえつ)する/早苗の田んぼにシオカラトンボ一匹/弔問か/すいすいと旋回/小川の水豊かに/水車を回す/人も自然も/四季の中に息づき/そして四季の中で息絶える』
 向かいの農家の庭には大空を緋鯉の幟が泳ぎ、矢車が回っていた。
 五月の風物詩は、夏への序章を飾る。
 この月は『子供が主役』である。五日は『子供の日』。私は、よく歩道で乳母車におさな子を乗せて買い物、散策の母親とすれ違うとき、また、バス、電車の乗り物で隣あわせになると、決まって声をかける。
「子供は国の宝ですから大事にね」
 お世辞でもなんでもない。子供を慈しむ心からである。昭和一桁生まれの世代は、「産めよ殖やせよ、国の宝」の軍国主義の国策を知っている。が、現在は時代背景も違う。国家の衰亡につながりかねない、危機感がある。
 子供を思う親心を詠んだ歌といえば、山上憶良の万葉集。
『銀(しろがね)も/金(くがね)も玉も/何せむに/まされる宝/子にしかめやも』
 山上憶良は、子供思いであると同時に、良き家庭人だったようだ。宴席から退席する時に詠んだ一首がある。
「憶良らは/今は罷(まか)らむ/子泣くらむ/それその母も/我を待つらむぞ」
 意訳すれば、私、憶良は失礼いたします。今頃は子供が泣いているでしょうし、その母親も待っているから。ということだ。
 母親といえば、十日は『母の日』。母親への感謝デーである。昔から子を持った女性は、その子のためには、どんな苦労も厭わぬシンの強さを示す。
「女は弱し、されど母は強し」と言ったのはフランスの文学者 ビクトル・ユーゴー。『レ・ミゼラブル』などの著者であり、ヒューマニズムの詩人でもある。
 ちなみに、『母の日』の設定が五月の第二日曜日となったのは、北米ウェブスターのメソジスト教会の信者が、母親の追憶のために白いカーネーションを配ったことから教会を通じて全世界に広まる。現在では健在の母親には赤のカーネーションを贈り感謝する。
 最近、わが子を殺す母親の事件が多い。胸の痛む思いであるが、この月は、連休となる祝祭日の趣旨を通じて人間の営み、自然との共生などを考えたい。

(風彦)

今月の言葉

雑感(5月) 2009年05月

代表取締役 田河内秀子

 薫る五月、新緑が目に染みる季節です。先日宮島に行ってきました。
 広島に住んでいながら宮島に行くのは、新年の初詣か夏の水上花火大会くらいです。この度は還暦の仲間たちで宮島の弥山に登りました。ロープウエーを使って登ったことがありますが、全行程自分の足でというのは高校の時以来です。
 弥山への登山ルートは主には三つ、大聖院ルートと紅葉谷ルート、大元公園ルート。遠足くらいのつもりで参加したのが、何が何が全くの登山でした。登りは大聖院ルートで、下りは紅葉谷ルート、杖無しには歩けないくらい私にとってはハードな行程で、わが身のふがいなさに情けなくなりました。
 しかし、頂上からみる瀬戸内海の島々は遠く霞たなびき、穏やかな瀬戸の海はどこまでも平和で美しかったです。又、驚いたのは外国人の多い事。ニュースでは宮島への外国人観光客が過去最高とありましたが、弥山に登るのは日本人より多いのではと思う程、登り下りに行き交い挨拶をするのは外国人ばかりといっても過言ではないくらいでした。
 宮島は日本三景のひとつとして、又、平成八年に世界文化遺産として正式に登録され、誰でもが良く知っていますが、その歴史は推古天皇の時代から始まり、平安時代に平清盛が今の社殿を築き、戦国時代に毛利元就と陶晴賢との合戦の舞台ともなり、江戸時代には祭礼市が催され遠方からも商人が集まり、常設の芝居小屋や富くじ興行が行われ近世文化の拠点・遊興の地として栄えていきます。いつも通る商店街を一歩外れた町屋通りや滝小路をそぞろ歩きすると、今まで知らなかった宮島と出会えることでしょう。

雑感

身近な野鳥 「足の長いツルシギ」 2009年05月

野鳥観察の楽しみ(八十)

東広島の野鳥と自然に親しむ会
環境カウンセラー(環境省登録)
 新 名 俊 夫
 ▲写真はツルシギ、成鳥冬羽('09.3.28.西条町)〔Nikon D300, Nikon ED,AF-S Nikkor 600mm, 1:4 D Ⅱ, 1/1000秒,f/7.1,ISO400,トリミング〕
     

お昼前、「ツルシギが1羽来ているよ!」と会の仲間から連絡を受けて、急いで駆けつけた。丁度、水の張ってある蓮田の畦で休憩中。せっせと羽繕いをしていたが、こちらの様子が気になるらしく動きを止め、緊張の面持ち(写真)。申し訳ない。

暫くすると、安心したかのように動き出し、蓮田の水の中に入った。足が長いので腹は水面より2cmあまり上にあり、水に浸かるようなことはない。畦から1mくらいの所を畦に沿って忙しく餌を啄みながら歩いて行く。

ツルシギの成鳥夏羽は頭から首、下面にかけて真っ黒になるのですぐ識別されるが、冬羽は頭から上面が他のシギ達と似た褐色をしている。しかし、嘴が長く、足が赤橙色をしていて長いのが特徴。同様に赤橙色の足をしたアカアシシギの冬羽の姿と似ているが、ツルシギの嘴の方が長くて細い。

旧東広島市でツルシギが確認されたのは3年振り、その時私は見ていない。じっくり観察しようと思い腰を据えた矢先、犬を連れて散歩される方があり、ツルシギはサッと飛び去ってしまった。辺りの蓮田や、水田を探したが見つからず、諦めて用事に出かけた。夕方再び辺りを探したがもう姿がなかった。

(2009年4月30日記)

野鳥観察の楽しみ